世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~ 作:Soularti
# Lunaria's_Crimson_Circle:
ルナリアが夜の平原でスカートを捨てようとしたあの夜から数日。
彼女もすっかりいつもの落ち着きを取り戻している。
俺たちは、王国と共和国の国境の間にそびえるエリシウム山の麓、その街道を進んでいた。
話に聞いていたエリシウム山は雄大だった。
なだらかな斜面が大きく裾野を広げ、その山を中心に深い森林がどこまでも続いている。
頂上付近だけは木々もなく、白く染まっていた。あれは雪ってやつなのだろうか。
青白く霞むその頂は、ただそこにあるだけで、俺たちを静かに見守るような雄大さをたたえていた。
大森林以外の森林にも、平地とは桁違いに強い魔物が生息している。
だから実際には、あの森にも上位魔物が数多く潜んでいるだろう。
それでも、この景色を前にすると胸が高鳴る。
見たことのない景色に出会うたび、世界の広さと、自分が今そこを歩いているのだという事実を強く実感する。
そんな雄大な景色を馬車から眺めていると、スカウトが接敵を知らせる甲高い笛の音が鳴り響いた。
先行していたフェリスさんからの敵影発見の知らせだ。
御者台のルナリアが素早く手綱を引き、馬車を止める。
俺がさっと飛び降りると、すでにヴァレリーさんは剣を抜き、戦闘態勢に入っていた。
歩けるまでに回復したマルクさんが、いななく馬たちを必死に宥めている。
ガストンさんは事前の取り決め通り、馬車の奥へ身を潜めたはずだ。
手早く作業を終えたルナリアが、凛とした空気をまとい、金糸の髪を揺らしながら少し遅れて俺のもとへ駆け寄ってくる。
緩やかなウェーブのかかった髪が、陽光を反射してきらきらと輝いていた。
「お馬さんたちはしっかり繋いできたよ。動かず大人しくしているように、きちんと言っておいたからね」
彼女にそう言い含められたなら、ブラウンとブルーは今ごろ、直立不動で震えながら待機していることだろう。
「ルナリア、フェリスさんからの知らせだ。お前にも支援魔法をかけるから、先行してフェリスさんに合流してくれ。中級魔物以下ならそのまま単独で戦闘開始。上級、もしくは人間が相手の場合は牽制に徹しろ」
指示と同時に、俺はルナリアの身体へ魔力を流し込む。属性は速度上昇と物理耐性向上。
「……んぁっ、……ふぁ……っ。……う、うん! 任せてよ……っ」
俺の支援魔法を受けて、ルナリアから熱を帯びた吐息が漏れた。
ヴァレリーさんたちと行動を共にする中で、数回の小規模な戦闘があった。
俺は、冒険者になって以降、ルナリア以外とろくにパーティーを組んだことがない。
だから、あまり気にしたことがなかったのだが、俺の支援魔法を受けた際、こういう甘ったるい反応をするのはルナリアだけらしい。
「馬車の中だと自由に動けないから、身体がなまっちゃうね……っ」
甘い痺れを振り払うように、ルナリアは自身の身体の動きを確かめるため、軽くその場で跳躍し、上半身を大きくひねった。
新品のバトルドレスの内側で、下着を着けていない豊かな胸が、その動きに引かれて大きく揺れた。
布擦れの音とともに、彼女の健康的な色気が真昼の街道に振りまかれる。
「よし! じゃあフェリスちゃんのところへ行ってくるね。アルスも早く来てよ!」
彼女は弾むような足取りで前線へと駆けていく。
その後ろ姿を見送りながら、俺はヴァレリーさんに歩み寄って声をかけた。
「ヴァレリーさん、俺はこのまま二人の支援に合流する。うちの馬車も含めて、こっちの護衛を頼んでいいか?」
「承知した。すまないな、ここ数戦は君たちに頼りっぱなしだ。護衛は任せてくれ」
少し申し訳なさそうにする彼に、俺はにっと笑いかけてから、ルナリアの後を追って地を蹴った。
しばらく走ると、街道の脇、背の高い草が揺れる草原の向こうから、激しい戦闘音が聞こえてきた。
走りながら目を凝らすと、うっすらと背の高い獣の影が見えた。
熊……いや、魔物だ。巨大なエリシウムベア、それが五体か。
戦況を素早く分析しつつ、俺は二人のもとへ急行する。
その視界の先で、ルナリアが大地を力強く蹴った。
純白のスカートを花びらのようにひるがえしながら、彼女は最も近い熊の頭上へと軽やかに跳躍する。
ふわりと舞い上がったスカートから、健康的な尻の輪郭が、白い下着越しに露わになった。
下着の白と、太ももを包む白いニーハイが、そのあいだに挟まれた素肌のやわらかさをいっそう際立たせている。
だが、そんな色香を漂わせながらも、彼女の動きに微塵の乱れもない。
ルナリアは空中で鋭く身を捻り、右手に構えた赤く燃える銀の剣を薙いだ。
一太刀で大熊を両断した彼女は、着地することなく空中に留まり、重力さえ無視したかのように身を翻す。
そのまま流れるような動作で、背後から迫っていた別の大熊へ狙いを定めた。
左手から解き放たれた火炎の槍が空気を裂き、咆哮を上げようとしていた熊の顔面へと突き刺さる。
「グォォォッ!」
灼熱の苦悶に怯み、大熊が体勢を崩したその瞬間。
フェリスさんは、その隙を逃さず一気に間合いを詰めていた。
鋭く跳躍し、双手に握られた短剣が、静寂を切り裂くような一撃を放つ。
分厚い外套の裾から、踏み込んだ彼女の脚線をなぞる深緑のニーハイがちらりとのぞく。
短剣が鋭く大熊の首筋を斬り裂いていた。
ルナリアの放つ強者の圧。それが、残る三体の熊の憎悪を完全に引きつけていた。
着地と同時に片手を地につき、一瞬の隙をさらすルナリア。
熊たちは咆哮を上げ、三方向から一斉に巨大な腕を振り下ろす。魔物が連携した波状攻撃だ。
だが、彼女はその赤い瞳で迫る腕を見据え、瑞々しい唇の端をかすかに持ち上げた。
次の瞬間、上空へと跳ぶ。人間離れした脚力でエリシウムベアの頭上を飛び越え、その身は中空に浮かんだ。
彼女が目をすっと細める。
その瞳の奥で、星形の瞳孔が鋭く収縮した。
ルナリアは左腕を大熊たちへ真っ直ぐに伸ばす。
「――ファイアブラスト!」
轟音と共に、爆発的な熱風と炎が地面を叩く。
その衝撃に三体がのけぞった中心へ、彼女は凛とした姿で舞い降りた。
アストライアの剣に纏う炎が、彼女の魂に呼応するようにさらに燃え盛る。
ルナリアは片足で軽く地を蹴る。
その次の瞬間、その身は鋭く、疾く、横へ一回転していた。
彼女を中心に、赤い炎の円が描かれた。
凄まじい熱風とともに描かれた炎の軌跡は、のけぞっていた三体の熊を両断した。
紅蓮の円の外へ、重い血飛沫が弧を描いて放射状に散り、遅れて巨躯が地に崩れ落ちる音だけが響き渡る。
彼女は剣を振り抜いた姿勢のまま、ゆっくりと身を起こした。
ルナリアは剣を軽く払ってから鞘に収める。
そして駆け寄る俺を視界に捉えると、花の咲いたような笑顔を浮かべて大きく手を振った。
「あ! アルスー! もう、遅いよー。全部倒しちゃったよ!」
俺は、ルナリアが大熊にファイアブラストを撃ち込んだあたりで、すでに足を緩めていた。
彼女から少し離れた位置で、思わずぼやく。
「あいつ、前より強くなってる気がする……。俺、なんにもしてない……」
呆れ混じりの声を漏らす俺のすぐ近くでは、フェリスさんが熊の死骸から、ドロップ品になりそうなものを手際よく選り分けている。
その呟きを耳にしたフェリスさんは、静かに頷き、少しだけ言葉を交わしてくれるようになった涼やかな声で言った。
「……ん。私も、笛を吹いて、一回小突いただけだ」
ここ最近の戦闘で、ルナリアの規格外の力を一番近くで見ていたフェリスさんは、深く被ったフードの下で、柔らかく息を吐きながら苦笑を漏らした。
# Campfire Hospitality:
ぱちぱちと、爆ぜる薪が小気味よい音を鳴らす。
赤みがかった温かな炎の明かりが、野営を囲む俺たちの顔を揺らめきながら照らし出していた。
鍋からは、香ばしく焼ける肉の脂と、煮込まれた野菜の甘い匂いが夜の平原に漂ってくる。
俺たち人間は、決して魔物を食べない。
それは、どんな土地に生きる人々であれ、どれほど貧しい暮らしをしていようと共通の認識だった。
飢えに追い詰められた極限状態なら、あるいは手を出そうと考える者もいるかもしれない。
だが、それでもなお、死と天秤にかけてもなお、その強烈な生理的忌避感を拭うことはできないだろう。
理由はわからない。
だが、そうした事情もあって、俺とルナリアの二人旅における食事は、日持ちのする干し肉と塩漬けの野菜ばかりだった。
だからこそ、ガストンさんが気前よく振る舞ってくれる新鮮な食材の数々は、俺たちにとってこの上なくありがたいものだった。
「さあさあ、どうぞ! 皆さん、遠慮なく食べてください」
「アルス君たちが合流してから、やけに太っ腹ですね、旦那……」
ヴァレリーさんが苦笑交じりに突っ込む。
まあ、俺たち……というか、主にルナリアの力を目の当たりにした以上、商人として繋がりを持っておきたいのだろう。
それでも、美味しい食事が振る舞われるのは素直に嬉しい。
「ありがとうございます。いただきます。……美味しいですね。ガストンさん、これ、調味料もかなり使っていませんか?」
「ガストンさん、ありがとうございます! わあ、美味しいね、アルス!」
俺の隣に座るルナリアが、花がほころぶような笑顔を向ける。
ガストンさんは、かなりの豪商なのだろう。
凄まじい食事量を誇るルナリアを前にしても、まったく臆した様子を見せない。
むしろ好機とばかりに、終始笑顔で、大量の食材を次々と運ばせていた。
炎の熱気と満腹感で身体が温まったのか、ルナリアからは汗の甘い匂いが漂ってくる。
「さすが一流の戦士ともなると、健啖家っすね! 俺もいっぱい食わねえと!」
だいぶ顔色の良くなったマルクさんが、ルナリアの食べっぷりに快活な声を上げる。
「お前は少し遠慮しろ。元気になったのは何よりだが……今回、俺たちは何もしていないんだぞ」
ヴァレリーさんに軽くたしなめられ、マルクさんが口を尖らせながら頭を掻いた。
とはいえ、あのグリフォン戦では、彼はフェリスさんを庇って一撃を受けたらしい。
きっと、これも彼らなりのじゃれ合いなのだろう。
当のフェリスさんは、火を囲む輪には加わっていない。いつものことだ。
なぜか彼女は食事を共にせず、少し離れた暗がりで、いつも一人の時間を過ごしている。
スカウトとして、食事中も周囲への警戒を怠らないようにしているのだろうか。
「ルナリア殿! もしよろしければ、この西方の教国から取り寄せたお茶菓子など、食後にいかがでしょう! なに、いつも助けていただいている、ほんのお礼ですぞ!」
「い、いいんですか……! すっごく美味しそう……。えへへ、じゃあ一ついただいてもいいですか?」
ルナリアが順調に餌付けされている。
差し出された焼き菓子を小さな口で上品に齧り、ふにゃりと蕩けたような笑顔を浮かべる彼女を見て、俺は小さく息を吐いた。
まあ、いいか……。
ガストンさんは、怪我をした護衛のために馬車を譲るような人だ。こちらとしても、懇意にしておいて損はないだろう。
「アルス君。今日のエリシウムベアのドロップ品だが、さすがに俺たちは受け取れないぞ。何もしていないんだからな」
食後の茶を啜りながら、ヴァレリーさんが切り出してきた。
ドロップ品というのは、牙や皮といった、魔物の死骸の中でも利用価値の高い部位を指す。
加えて、リッチやグリフォンのような上位魔物は、個体ごとに固有の特殊な品を、ごく稀に落とすことがある。
ヴァレリーさんたちと討伐したグリフォンは、淡く光る羽を残していた……だが、だいぶ前に倒したリッチは何も落とさなかった。
「俺も何もしてないよ。それに、少なくともフェリスさんはちゃんと働いてた。スカウトって凄いな」
「うーん……では、一対九だ。むろん、そちらが九だ」
俺は腕組みをしながら答えた。
「せめて三対七にしよう。爪や皮をもらっても荷物が増えるだけだし、俺たちはどうせ後でガストンさんに換金してもらうんだ」
俺がそう提案すると、ヴァレリーさんは少し考え込んだあと、やがて頷いた。
「しかしなあ……。よし、わかった。ではこうしよう。ガストンさんの目指す街に着いたら、俺が美味い酒と飯をご馳走するとしよう」
それを想像して、俺も少し楽しくなる。
「ああ、それはいいな。旅路の打ち上げにしよう」
ヴァレリーさんが、笑みを浮かべて応じた。
「打ち上げか。いい案だ。ガストンさんの商会の支部まで着けば、今回の護衛報酬も入るからな。いい店を見繕っておこう。任せておけ」
それを聞いた俺は、何気なく言葉を返した。
「結構大きい街なのか? じゃあ、俺も向こうに着いたら、旅費稼ぎにいくつか冒険者ギルドで依頼を受けようかな」
その言葉に、ヴァレリーさんが眉をひそめた。
「……アルス君。冒険者ギルドは、セレスティア王国固有の制度だぞ? 共和国ではだいぶ前に廃止されているし、教国には元々ない」
「……え?」
俺は間抜けな声を漏らし、思わず大声を上げた。
「えっ! 冒険者ギルド、ないの? えぇぇぇ……。じゃあ俺たちは、どうやって生計を立てながら首都を目指せばいいんだ」
普段の俺なら、事前に下調べをしてから動く。
だが、さすがに他国の制度までは、図書館の書籍にも詳しく載っていなかった。
頭に入れていたのは、最低限の地理と文化の違いくらいだ。
ユーリに聞けば教えてくれただろう。
だが、あれでも第三王子である。気軽に辞書代わりにしていい相手ではない。
魔物への対処はどうしているのだろう。国軍がすべて対処しているのか?
戦闘で稼げないとなると、ルナリアはただの金髪超絶美少女貴族になってしまう。
(あれ? 別にルナリアは生きていけそうだな)
「あ、アルス……ごめんね……。わたし、きみなら当然知っているものだと思って、何も言わなかったの……。うぅ、わたしのせいだね……」
潤んだ上目遣いのまま、きゅっと太ももを擦り合わせながら、ルナリアが申し訳なさそうに身を縮こまらせる。
いや、全くルナリアは悪くない。
自分の常識だけで未知を測ろうとするなんて、冒険者失格だ。
俺が自分の迂闊さを反省していると、ヴァレリーさんが心配そうに尋ねてくる。
「アルス君。一応聞いておくが、通行証は大丈夫なのか? 国境を越える際の身分証明だ」
さすがに、越境には何らかの制限があるだろうと思い、そちらに関してはあらかじめカタリナさんに相談していた。
「あ、ああ。そっちは大丈夫だ。王子殿下から通行証と身分証明書を頂いている。これだよな?」
俺が懐から、王家の紋章が刻まれた羊皮紙の束を取り出した瞬間。
それまで静かに話を聞いていたガストンさんの目が、商人特有の鋭い光を宿した。
「お、王子殿下……? 君たちは冒険者なのだろう? なんでまた、王族から……」
俺は茶色の髪をかきながら、なんと説明したものか微妙な顔をする。
「いやぁ、色々あってさぁ……」
「アルス、あれは色々どころの話じゃないよ?」
俺の端的すぎる回答に、ヴァレリーさんが絶句する。
そんな彼を押しのけるように、ガストンさんが身を乗り出してきた。
「大丈夫ですよ、アルス殿! 王国の王子殿下直々の身分証明書があるのでしたら、適切な事務処理を行えば、武装請負業の免状もすぐに取得できます。手続き諸々はもちろん、その後の業務斡旋も、うちの商会が丸ごと請け負いましょう!」
俺は腕を下ろし、ガストンさんの方へ顔を向けた。
「武装請負業……?」
「ええ! というか、共和国では免状を取っておかないと、武器を携帯することすらできませんぞ!」
他国に行くということに対する意識が甘かった……。
いや、今は反省するよりもやることがある。
俺はガストンさんに深く頭を下げた。
「ありがとうございます。助かります。……あの、できれば今後のために、共和国の事情や制度の情報を、ある程度教えてもらえませんか?」
ガストンさんはにこやかに笑うと、ゆっくりと教えてくれた。
それは商人としての下心だけではなく、自分の国を訪れてくれた異国の旅人への、もてなしの心でもあった。
# COORDINATE 0016 END