世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~ 作:Soularti
# Republic_Lessons:
* * *
――ヴァレリオン帝国。
かつて、人類の生存圏には巨大な軍事国家が存在した。
徹底した実力主義を掲げる帝国では、出自を問わず、戦争に資する者には相応の地位と身分が与えられた。
一方で、その繁栄は飽くなき軍拡と征服の上に築かれたものであり、帝国末期には、セレスティア王国との間で戦争を幾度となく引き起こしている。
戦そのものは、決して一方のみの意思によって始まるものではない。
双方にそれぞれの論理と事情があり、単純にいずれか一方だけを発端と断ずることはできない。
それでもなお、ヴァレリオン帝国の軍国主義、帝国主義が、その大きな一因であったことは疑いようがなかった。
だが、行き過ぎた全体主義と合理主義は、やがて国家そのものを内側から蝕んでいく。
絶対的な軍事国家として覇を唱えた帝国は、ついに内側から崩壊の時を迎えた。
戦乙女ヴィクトリア・セルナ。
重圧と圧政に喘ぐ民衆を糾合し、さらに軍事利用のために消費され続けてきた被差別民族であった、エルフ族や獣族を味方につけて、ヴィクトリア・セルナは、当時十七歳という若さで革命の旗を掲げた。
天才的な戦術家であった彼女は、圧倒的な兵力差をものともせず、幾度もの戦場で帝国軍を打ち破る。
そしてついには、皇帝オーギュスト・ルイ・ヴァレリオンを捕らえ、これを処刑。帝国を打倒した。
こうして彼女は、民草を圧政から解き放った英雄として歴史に名を刻み、新たにヴァレリオン共和国を樹立することとなる。
* * *
「こうして二十年前に新政府が樹立された我が国は、現在、選挙による民主主義という体制になっております。その影響で、冒険者ギルドをはじめ、既存の公営ギルドはすべて解体されました」
温かい茶を啜りながら、ガストンさんが噛み砕いて説明してくれている。
「元々は帝国だったんですね。じゃあ、セレスティアの国王陛下が自ら指揮を執って戦争をした相手というのは、帝国の頃ですか」
「いいところに気が付きましたね」
ガストンさんが、我が意を得たりといった様子で相槌を打つ。
「ロドリック陛下の武勇伝ですな。ええ、その通りです。当時の私も一介の兵卒として戦場にいたのですが、いやはや……獅子王子の異名には震え上がっておりましたよ」
懐かしそうに、少しだけ自嘲気味に笑うガストンさん。
そうか、このくらいの年代の共和国の人は、みんなあの戦争を経験しているのか。
「まあ、そういったわけで、今の共和国では選挙で選ばれた議員たちが政治を担っております。国の代表も同じく選挙で選ばれますが、これを我が国では『統領』と呼びます。もっとも、その座は共和国樹立以来、ずっとセルナ閣下のものですがな」
正直、理解できない箇所が多々ある。
まず、選挙というものがよく分からない。
民主主義ってなんだろう。
冒険者養成学校の、班長と副班長を選ぶ人気投票みたいなものか?
副班長は人気次第でしょっちゅう入れ替わるが、班長だけはずっとヴィクトリア・セルナって人がやり続けているようなものか。
まあ、十七歳で革命を起こした美人戦乙女だもんな。そりゃあずっと選ばれるか。美人なのかどうかは知らないが。
「でも、なんで冒険者ギルドまで解体されちゃうんですか?」
俺が尋ねると、ガストンさんは楽しそうに身を乗り出してきた。
この人、商人より教師のほうが向いているんじゃないか?
「公営ギルドというのは、どうしても利権や汚職の温床になりがちでしてな。セルナ閣下は、疲弊した共和国を経済の力で立て直すため、それを解体し、商売も仕事も自由競争に寄せたのです」
段々と話が難しくなってきた。
ふと隣を見ると、ルナリアが真剣な顔で頷きながら話を聞いている。これは、きちんと理解している顔だ。
こいつが実は頭が切れるのは知っているが、なんだか負けているみたいで少し悔しい。
えーと、……そうだ。
養成学校の食事当番と同じだ。
ずっと同じ奴が食事当番をやっていると、段々調理場のおばちゃんと仲良くなって、自分たちだけ先に多めにいい肉を食べて、結果的に俺たちの食い分が減る。
これが汚職と利権だ。
ああ、わかってきたぞ。
だからといって当番制を完全にやめて「誰でも自由に厨房に入って食事を取っていい」という決まりにすると、手癖の悪い奴やどんくさい奴が場を荒らして、結局、配給そのものに問題が出る。
だから、食事を運ぶことに長けた奴にだけ許可を与えて、より早く食事を届けることを競争させるんだな。これが免状制度だ。
「なるほど。ギルドという明確な後ろ盾がなくなる代わりに、国が発行する免状によって、戦士の質を担保するわけですね」
俺が自分の導き出した結論を口にすると、ガストンさんは目を見開き、驚いた顔で俺を見た。
隣のルナリアは、俺の横顔を少しうっとりとした潤んだ赤い瞳で見つめている。火照った太ももが、俺の膝にぴたりとすり寄ってきた。
この養成学校置き換え法は、完璧かもしれない。
「……驚きの理解度ですな。アルス殿は辺境の漁村出身で、学校を出てそのまま冒険者になられたのでしょう? どこかで商人か、官僚の真似事でもされていたのですかな?」
「いえ、自分の人生経験に置き換えて理解しただけです」
ガストンさんは少し考え込むように顎を撫でた後、真顔で俺に言った。
「あの、アルス殿。もし冒険者業に飽きることがあれば、ぜひうちの商店で働いてみませんか? 支店長待遇からでも構いませんよ」
向かいの席で、茶を飲んでいたヴァレリーさんが派手にむせ返った。
「冒険者業に飽きることはないと思いますが……その際はお願いします。ところで、その選挙というのは全国民で行うんですか? 相当な手間暇がかかりそうですね」
ガストンさんは鷹揚に頷きながら答える。
「本来はそれが理想なのでしょうが、現実には難しい。ですので今は、納税額が一定以上の人族の男子にのみ、選挙権が与えられております」
ふんふん。……うん?
「あれ? 共和国にはエルフ族や獣族っていう人たちもいるんですよね? その人たちは選挙に参加できないんですか?」
俺の素朴な疑問に、ガストンさんはちらりと、離れた暗がりで一人佇むフェリスさんのほうへ視線をやった。
そして、少し後ろめたいような、苦い顔をして口を開く。
「……ええ。革命を成功させた立役者でもある彼らですが、選挙権はありません。市民権は保障されているのですが……これは明確な差別です。共和国の理念を掲げる民としては、恥ずかしい限りです」
俺はこめかみを掻きながら、正直な感想をこぼした。
「なるほど。正直、俺は自分の周りの小さな世界しか知らないので、差別というものがそもそも何なのかも、よく分かってないんです。そのあたりは、実際に共和国に入ってから自分の目で見て、勉強します」
そういえば、カタリナさんが言っていた。セレスティア王国では、エルフ族や獣族はそもそも国民として認められないと。
深く考えていなかったけれど、なんでなんだろう。凄まじく悪い奴らなのかな……?
「……少し話が逸れましたな。アルス殿が共和国で収入を得る手段は、魔物討伐が主軸でしょう。依頼は、我々のような商店が受注し、それを免状持ちの戦士の方々へ直接持ち込む形が一般的です」
ガストンさんは、そこで話を一度止め、口元に笑みを浮かべた。
「手前味噌ですが、うちの商店は国内の主要都市をほぼ網羅しております。アルス殿も免状さえ取れば、以後は冒険者ギルドとさほど変わらぬ感覚で動けるはずです。その際の手数料も、特別におまけしておきますぞ」
抜け目なく、そしてしっかりと俺たちとの縁を繋ごうとするガストンさん。だがまあ、ここはありがたく甘えておこう。
ガストンさんは、伝え漏れがないか確かめるように続けた。
「それと、エルフ族は水色の髪と長い耳を持つ種族です。獣族は、耳などに獣の特徴があり、尻尾もあります。どちらも、人族から色を帯びた目で見られることを嫌います。礼儀として、その点には気をつけてください」
少し間を置いてから、ガストンさんは思い出したように口を開く。
「ああ、そうです。最後に一つだけ気をつけてください。我が共和国の魔法使いの神器は、すべて国が厳重に管理しており、軍事行動の際にのみ貸し出す形になっております」
(……えぇ?)
俺は腰に下げた星切を思わず押さえた。これはユーリからの大切な贈り物だ。
国に没収されてたまるか。渡すくらいなら共和国になんて行かないぞ。
「ですがご安心を。書面を拝見したところ、アルス殿はセレスティア王国の第三王子からの特命大使という身分になっておりました。ですので、所持したまま生活できるでしょう。ただ、国内にはそういう慣習があることだけは知っておいてください」
なるほど。特命大使か。……知らなかった。
ユーリのやつ、結構、無茶苦茶な権力の使い方をするな……。
「ありがとうございます。概ね、気をつけるべきことと考えるべきことが分かりました。あとは少し自分で整理してみて、また分からないことがあったらお聞きします」
「ええ、いつでもどうぞ!」
ガストンさんは快く頷いた。
* * *
私がこの若者たちに目をかけたのは、もともとアルス殿の気持ちの良い性格と、彼に騎士のように付き従うルナリア殿の圧倒的な力に惹かれたからだった。
商人として、今のうちに縁を作っておく……初めは、その程度の考えに過ぎなかった。
しかし、アルス殿と接するうちに、私の認識は少しずつ変わっていた。
アルス殿には、戦士としての才だけでなく、商いに通じる高い資質がある。
交渉の勘があり、空気を読むのも上手く、人を惹きつける愛想まで備えている。
極めつけは、今の会話で彼が見せた高度な理解力。
(彼は、剣を振るうより、むしろ商人として育てたほうが大成するのではないだろうか)
私は本気でそう考え、決意する。
商人といえばガストン、共和国といえばガストン商会。
まずは、アルス殿にそう思ってもらえるよう、今のうちにしっかりと縁を繋いでおくのだ。
そしていずれ、我が商会で活躍してもらおう。
消えかけた焚き火を前に、私の胸には商人としての熱が静かに燃え上がっていた。
* * *
# Lyon_the_River_City:
王国と共和国を隔てる国境を越え、さらにいくらか街道を進んだ先。
とうとう俺たちは、ガストンさんの目的地である辺境都市リヨンへと到着した。
街は、滔々と流れる大きな川のほとりに位置していた。
首都ヴァレリオンからは遠く離れた辺境であるにもかかわらず、フリージアとは比べものにならないほどの規模を誇っている。
活気に満ちた人々の喧騒と、川から吹く湿った風が、俺の頬を撫でていった。
街には宿屋も数多くあるらしいが、俺たちはひとまず、ガストンさんの案内で彼の商会の支部へと向かった。
「こちらです。少々お待ちください。すぐに中の者を呼んできますので」
ガストンさんは恭しくそう言うと、巨大な建物の裏手へと回っていった。
取り残された俺とルナリアは、目の前にそびえ立つガストン商会の支部を見上げ、並んでぽかんと口を開けていた。
「……なあ、ルナリア。でかくないか? 真っ白だぞ」
「うん。すごく大きいね……。それにすっごく綺麗。お屋敷みたい」
大きな商店だとは思っていたが、俺の想像を遥かに超えていた。
純白に塗られた四角い石造りの建物は、優に四階建てほどの高さはあるだろうか。
嫌味のない、それでいて豪奢さを備えた正面玄関からは、ひっきりなしに人が出入りしている。
様々な服装の、様々な人々が忙しなく行き交う雑踏。
――!?
ぼんやりと人の流れを眺めていた俺は、不意に雷に打たれたような衝撃を受けた。
大半は見慣れた人族の姿なのだが、その中に時折、見慣れない特徴を持った人々が混じっているのだ。
おそらく、あれがエルフ族や獣族なんだろう。
薄い水色の髪を揺らし、まるで精霊かと見まごう透き通るような美しさを持つ者たち。すらりとした手足に、噂に違わぬ長い耳。あれがエルフ族か。
だが、俺が受けた衝撃は、エルフ族を見たからではなかった。
頭に猫や犬……あれは狐だろうか? ふさふさとした獣の耳を持ち、腰から立派な尻尾を生やした人たちがいる。あれが獣族だろう。
しかし……その特徴自体はどうでもいい。そんなものは、ルナリアの頭に猫耳の髪飾りをつけるのと大差ない、些末な問題だ。
重要なのは、獣族の女性たちが軒並み胸部の脂肪に極めて恵まれているという事実だ。そう、おっぱいが、とても大きいのだ。
しかも、そのほとんどが、少し強気で仕事のできる、自立した大人の女性という雰囲気を纏って歩いているのである。
「……ルナリア」
「うん? どうしたの? お腹痛いの?」
俺は腕を組んで隣の相棒へ顔を向けた。
「俺たちのスカウトは、獣族もいいんじゃないだろうか」
「全然だめだよ?」
ルナリアは許可してくれなかった。
「そうか。まあそうだな。駄目だろうな」
俺は即座に諦めた。
というか、これまでに聞いた話だとエルフ族も獣族も性的に見られるのが嫌だという話だったな。じゃあ、絶対に無理だ。
性的にしか見られないわ。
ちょうどその時、建物の裏手からガストンさんが複数人の従業員を引き連れて戻ってきた。
「お待たせしました。ヴァレリーは、このまま私と一緒に中へ来てくれるか。精算をしよう。アルス殿の馬車は裏手に専用の厩舎がありますので、そちらへ停車を」
ガストンさんが従業員に手早く指示する。
「うちの者が案内しますから、その後は応接室でお待ちください。今回の護衛報酬のお支払いと、武装請負業の免状の話もそこで進めましょう」
至れり尽くせりの待遇に、俺は深く頭を下げた。
「何から何まですみません。本当にありがとうございます」
俺の言葉にガストンさんが笑って頷き、ヴァレリーさんがその後に続きながら、残るフェリスさんたちに声をかけた。
「マルク、お前は俺たちの宿を取っておいてくれ。フェリスもお疲れ様。お前への報酬の支払いは明日にでも商会で受け取ってくれ。後で預けておく」
フェリスさんは無言で頷いた。
「了解っす。じゃあアルスの兄貴もまた! 姉御も色々とありがとうっす!」
すっかり元気になったマルクさんは、俺たちにひらひらと手を振りながら宿の手配へと向かっていった。
ヴァレリーさんが、こちらへ向き直る。
「アルス君、打ち上げの店は近いうちに商会に言伝てしておく。免状の取得手続きで、しばらくはこの街に滞在するのだろう?」
「ああ、ありがとう。魚の美味い店を頼むよ。川魚はあまり食べたことがないんだ」
俺が希望を伝えると、ヴァレリーさんは任せろとばかりに手を上げ、商会の中へと入っていった。
残されたのは、俺とルナリア、そして外套のフードを目深に被ったフェリスさんだ。
俺は彼女に向き直り、お礼を伝える。
「フェリスさん、道中本当にありがとう。スカウトっていう存在のありがたみを痛感したよ。ルナリアも、やりやすかっただろ?」
「うんっ。スカウトの技能だけじゃないよ。フェリスちゃん、すっごく強いんだ。わたしの動きに、あんなに合わせてくれる人なんて、アルス以外ではじめてかも!」
ルナリアが手放しで称賛すると、フェリスさんは少しだけ戸惑ったように顔を伏せ、静かに答えた。
「……いや、私は自分の職務をこなしただけだ。それに、彼女の動きに合わせられていたとは到底言えない。明らかに、私は劣っていた。……だが、まあ。いい刺激になったよ。ありがとう」
しっかりと言葉を選んで紡がれた彼女の返答を聞いて、俺は綺麗だなと思った。
「じゃあ、フェリスさんも打ち上げでな。ヴァレリーさんを破産させてやろうぜ」
俺が笑いかけると、深く被ったフードの奥で、彼女が微かに息を呑む気配がした。驚きに目を見開いているのが、雰囲気でわかる。
「……私も、行くのか?」
「え? そりゃそうだろ。一緒に戦った仲間なんだから。……え、来てくれないの?」
「フェリスちゃん、来てよ! 一緒に美味しいもの食べて騒ごうよ! しばらく会えないかもしれないんだしっ」
俺の間の抜けた返しと、ルナリアの屈託のない誘い。
その裏表のない態度に当てられたのか、彼女を覆っていた冷たい空気が、ふっと柔らかく解けたような気がした。
「…………少しだけ、顔を出すよ。じゃあ」
彼女はそれだけ言い残すと、ひらりと身を翻し、賑やかな雑踏の中へと静かに消えていった。
「ルナリア、フェリスさんってあれかなあ? 一人でご飯を食べるほうが好きなのかな? 無理言っちゃったか?」
ルナリアが金糸の髪を揺らしながら答えた。
「うーん。旅の間も一緒に食事することなかったもんねぇ。もしかしたらそうかもしれない。でも、仲良くなるには一緒に食事するのが一番だよ! わたしたちで頑張って楽しませてあげよう!」
「そうだな。人見知りっぽいもんな。俺たちが気を使ってやろう」
俺は頭の後ろで手を組み、ぼんやりとそう言った。
# COORDINATE 0017 END