世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0002] Vision of The Future

# Adventure_Guild:

 

 ギルドの扉を開けると、いつもの騒々しい熱気が押し寄せてきた。

 お世辞にも綺麗とは言えないこの独特の喧騒を、俺は嫌いじゃなかった。

 

 俺は、声をかけてくる数人の知り合いに手を上げて挨拶しながら、奥の受付カウンターへ進んだ。

 

「たのもー! アリシアさんいますか?」

 

 俺はカウンターの奥へ向かって、少しだけ声を張って名前を呼んだ。

 ほどなくして、書類の束を抱えた一人の女性が顔を出す。

 

 アリシア・ヴァレンタインさん。

 

 てきぱきと仕事をこなす所作が美しい、この支部の看板受付嬢だ。

 そして何より、身体に沿うように仕立てられた制服の上から覗く、豊かな胸の輪郭が素晴らしい。

 凛とした雰囲気も含めて、俺の好みど真ん中だった。

 

 ああいう女性に「わたしをめちゃくちゃにして」と言われてみたい。そして、断りたい。

 

 頭の中でくだらない妄想をしながらも、表情には出さないように気をつける。

 

 俺はにこりと微笑んで、アリシアさんに声をかけた。

 

「アリシアさんは、今日もお綺麗ですね」

「こんにちは、アルスさん」

 

 アリシアさんが、仕事として浮かべているにすぎない微笑みを口元に浮かべた。

 俺に男性としての興味が一切ないのがよく伝わる、素敵な笑顔だ。

 

 ごきげんな顔で俺がアリシアさんと話していると、そばの空気がぴりつく気配を感じた。

 

 俺にはわかる。これはルナリアの殺気だ。

 

 ちらりと視線をそちらへ向けると、ルナリアが不機嫌そうな顔をしている。

 真っ直ぐに結ばれた唇。少しだけ眉根を寄せた赤い瞳には、ほんのり熱がこもっていた。

 

 普段はあまり見ることのない珍しい表情だ。

 

「ねえ、アルス。依頼、選ぶんでしょ。早くしよ」

 

 ルナリアの声音は鈴の鳴るような美しいものだった。その、いつもと変わらない声に、わずかな棘を感じた。

 

 彼女は基本的に嫉妬しない。

 

 だが、俺が好みの女性と話しているときだけは、少し不機嫌になることがある。

 そして、ルナリアの少しの不機嫌は、突き刺さる刃のような殺気だ。

 彼女が本気で怒ったら俺はおしっこを漏らすだろう。

 

 俺はルナリアの嫉妬が、自分の魅力を理解していないがゆえの、自信のなさから来ていることを知っている。

 なので、俺は彼女を見つめ、にこりと微笑んで言った。

 

「次の冒険も、一緒に頑張ろうな」

 

 ルナリアは顔を上気させたあと目線を逸らした。

 金糸の髪の隙間から覗く耳の先まで、ほんのり赤くなっている。

 唇がだらしなく緩み、むにむにと動いていた。

 

「な、なんで急に見つめるの? もうっ、ほらちゃんと依頼を選んでね!」

 

 そう言いながらルナリアは、自分の頬をぺちぺちと叩いて熱を逃がそうとする。

 

 俺はそれを確認して、アリシアさんの方へ顔を向けた。

 

「俺たち、この間の迷宮探索失敗で金欠なんです。何か、割のいい仕事はありますか? ルナリアの強さを活かしつつ、他の冒険者と関わらないようなやつがいいです」

 

 アリシアさんは、俺たちのやり取りを見ても表情を変えることなく書類の束をめくった。やがて、一枚の書類を抜き出して俺に見せてくれた。

 

「条件に合うものがあります。近隣の村の墓地でのアンデッド討伐です。魔物の詳細と数は不明。多数のアンデッドが確認されているようなので、アンデッド・ミドルは確実にいるでしょう。もしかすると、ハイ・アンデッドがいるかもしれません」

 

 話を一度切り、悩む素振りを見せて、アリシアさんは続けた。

 

「神器持ちの魔法使いが二人なら、十分に達成は可能でしょう。ですが……」

 

 俺は腰に差した日本刀に左手をかけながら、話の続きを待った。

 

 魔法使いは、神器と詠唱がなければ魔法は使えない。

 だが実は、俺とルナリアはそのどちらも必要としない魔法使いだ。

 ギルドどころか、他人に話したことは一度もない。

 

 この日本刀は神器ではない。神器っぽく見える刀を選んだだけで、その辺の武器屋で買ったものだ。

 ルナリアの銀の剣は、本物の神器らしいが、彼女も銀の剣がなくても魔法は使える。

 

 アリシアさんは俺の目をしっかりと見て、意思を確認するように続けた。

 

「ハイ・アンデッドがいる可能性があります。もしそうだった場合、討伐は困難どころか、命の危険もあります。もちろんその分、報酬は破格です。どうされますか? 念のため言っておきますが、おすすめはしませんよ」

 

『ハイ・アンデッド。』

 リッチやヴァンパイアなどの高位アンデッドだ。

 

 上級魔物か……。

 

 ルナリアは大丈夫だろう。問題は、俺が足手まといなことだ。

 

 もう少し簡単な依頼にするべきだろうか。

 だが、アンデッドは放置していると被害が広がりやすいと聞く。

 

 俺は思案しながら、隣にいるルナリアへ視線を向けた。

 

 俺の様子に気がついたルナリアは、金糸の髪をふわりと揺らし、小首をこてんと傾けた。

 さっきの俺の言葉に頬を緩めたまま、潤んだ赤い瞳で俺を真っ直ぐに捉える。

 

「どうしたの? ふふっ。好きにアルスが決めていいんだよ。きみが選んだことなら、わたし、どんな大変なことだって頑張れちゃうから」

 

 ルナリアの普段と変わらない、その言葉が俺の胸に響いた。

 

 そうだな、未知に怯んでいてなにが冒険者か。

 俺は、冒険してみたかったんだ。

 

「よし、受注するか。俺たち二人なら最強だ」

 

 俺がそう言うと、ルナリアはぱっと顔を輝かせ、花の咲いたような笑顔を浮かべた。

 

「うんっ。任せてよ。きみが見ていてくれるなら、魔物なんか全部斬り飛ばしちゃうんだから」

 

 俺はアリシアさんの方へ向き直って伝えた。

 

「受注します。アリシアさん、手続きをお願いします。……ルナリア、お前の方で何か足りないものはあるか?」

 

「うーん、そうだね……。移動中の食料と水は、ここで揃えちゃえばいいと思うな。装備はこの前きみが一緒に見てくれたばかりだし、わたしのほうはもうばっちりだよ!」

 

 ルナリアはそう言って、弾んだ声を上げ胸を張った。

 彼女の星の宿る瞳を見ていると、なんだかどんな敵にだって負けることはないと、そう思えた。

 

「それじゃ、早速出発するか」

 

 俺たちはアリシアさんに礼を言ってから、ギルドの重厚な扉を抜けようとした。

 

――その、瞬間。

 

 キィン! と頭の芯を突き刺すような鋭い耳鳴りが響いた。

 

 自分の重心がどこにあるのか分からなくなるような感覚。

 一瞬、銀色の光が世界を覆い、奇妙な既視感が俺を襲った。

 

「……くっ」

 

 俺はこめかみを押さえて立ち止まる。

 周囲の声が遠く、聞き取れない。

 

「……したの? ……ルス。大丈夫? 顔色が悪いよ。少し休む?」

 

 俺の視界に、心配そうに顔を近づけるルナリアが映った。

 その宝石のような赤い瞳と、小さな唇の動きが俺の気持ちを落ち着けてくれる。

 

 俺はルナリアに手をひらひらと振って応えた。

「……いや、ちょっとした立ちくらみだ。大丈夫」

 

 姿勢を戻し、冷や汗を拭う。

 

 俺は目を上げて少し思案し、カウンターへ戻ってアリシアさんに頼み事をした。

 

「アリシアさん、すみません。念のため、高純度の聖水を売ってもらえますか? 多少値が張っても構いません」

「聖水ですか? 高純度となるとかなりお高いですよ?」

 

 正直、金に余裕はない。

 

 けれど躊躇するべきではないと、俺は直感していた。

 

「ええ。三本……いや、四本売ってください」

「きみは心配性だねぇ。ハイ・アンデッドくらい、わたしが全部なぎ倒してあげるのに!」

 

 購入した聖水の器を、大事そうに抱える俺を見て、ルナリアは鈴を転がすような声で笑う。

 

 彼女は自信満々に胸を張ってみせた。

 

 俺は聖水を荷物にしまいながら、苦笑を浮かべてルナリアに答えた。

 

「バカ言うな。お前は平気かもしれないが、俺はハイ・アンデッドの攻撃なんか喰らったら即死だ」

「あはは。大丈夫、わたしが守るもの。ちゃんと、わたしの後ろにぴったりくっついててよ。絶対、傷一つつけさせないから!」

 

 彼女はそう言うと、宝石のような赤い瞳で俺を捉えたまま微笑んだ。

 灯りが、彼女のウェーブがかった金糸の髪を柔らかく照らしていた。

 

 そうして、俺たちは今度こそギルドを後にした。

 

(銀色の光か。……久しぶりに見たな)

 

 俺は、いつだって選択を間違える。

 

 己の欲求に負けて、ルナリアを傷つけそうになったことがあった。

 

 彼女が倒れたときは、焦りから自制を失い、無策のまま駆け寄ろうとした。

 

――けど、優しい銀色の光は、いつも俺を正しい道へ引き戻そうとしてくれる。

 

 

# Flame_Magic_Sword:

 

 俺たちはフリージアを出立し、依頼のあった村へ続く細い街道を進んでいた。徒歩である。

 

 聖水を買ったせいで、残りの金が心もとなくなってしまったからだ。

 とはいえ、貸し切りを諦め、乗り合い馬車を使うくらいの金ならまだある。

 

 だが、俺はそれを選択しなかった。

 

 俺は、上機嫌で隣を歩く相棒の姿へ目をやる。

 春の暖かな日差しが、彼女の美貌を明るく照らしていた。

 

 胸元は柔らかく揺れ、白いスカートからはニーハイに包まれた健康的な太ももが覗いていた。

 ときおり、気になることがあるたび、俺に身体を寄せて話しかけてくる。

 

 うん。乗り合い馬車は、やはり厳しいな。

 

「ん、どうしたの? アルス」

 

 景色を眺めていたルナリアが、俺の視線に気づいて不思議そうに首を傾げた。

 肩より少し下まで伸ばしたセミロングの髪が、きらきらと金色に輝いていた。

 

 冒険者養成学校で、初めてルナリアと出会った頃は、それはもう警戒したものだ。

 

 なんて露骨であざとい女だ、と思っていた。

 

 俺は、養成学校で自分の魔法を隠していた。

 自分の魔法の特異性を、俺は子供ながらにきちんと理解していたのだ。

 だから、俺は座学だけが得意な冒険者志望らしからぬ落ちこぼれだった。

 

 ルナリアは、当時から剣術の天才で、魔法も使えた。さらにはこの美貌だ。

 

 あまり興味がなかったが、風の噂では貴族の令嬢だとかいう話まで聞いた。

 そんな神に愛されたかのような優等生が、何かにつけて俺と一緒にいようとするのだ。

 

 それが俺の恐怖心と不快感を煽り、俺は頑なに距離を置いていた。

 

 だが、あるきっかけで、ルナリアがそういう女ではないことを知った。

 彼女は、ただ自分の魅力に対して無頓着なだけだった。

 

 それ以降、徐々に距離は縮まり、今では彼女は大事なパーティーの相棒だ。

 尊敬しているし、彼女の危機となれば自分の命も勘定に入れないだろう。

 

 俺は腰に差した日本刀に、左手を置いて歩きながら口にした。

 

「いや、少し昔のことを思い出していた」

「昔っていうと、養成学校の頃の話? 懐かしいね。わたしは全部覚えてるよ」

 

 少し気恥ずかしくなって、俺は目線をそらした。

 

 ルナリアはそんな俺を愛おしそうに見てから、再び前を向いた。

 ときおり雑談を交わしながら、俺たちは楽しげに街道を進んでいた。そんな時。

 

――ふいにルナリアが立ち止まった。

 

「止まって、アルス。魔物がいる」

「何体いるか分かるか」

 

 俺は意識を即座に切り替え、左手をルナリアにかざし、無詠唱で支援魔法を彼女へ展開する。

 淡く白い光が彼女を包みだし、すぐに粒子となって消えていく。

 

「あ……っ! ぁん……! ……え、えっと狼が八体ぃ……んっ。……あっ、怪我人がいる!」

 

 支援魔法の刺激に甘い吐息を漏らしながらも、ルナリアが正確に報告をしてくれた。

 

「属性は魔法攻撃力向上だ。最初に魔法で牽制して敵視を引いてくれ。俺は怪我人のところへ行く」

「わかった。絶対にわたしの前に出ないでね!」

 

 そう言うと、ルナリアは腰の鞘から銀の剣を抜き放った。眩い刀身が、綺羅びやかに光を返す。

 

 彼女の赤い瞳が陽光を反射して輝いていた。

 

 すぐに、ルナリアの魂に呼応した業火が、彼女の剣を包み込んだ。

 彼女はその銀の剣、『アストライアの剣』を右下に下ろした。

 

——魔法剣。

 

 高熱の炎を纏う斬撃で魔物を一掃する剣技。

 

 魔法剣という名前は俺がつけた。

 ルナリアはこれを気に入ったらしく、自分を魔法剣士だと言っている。

 

 ルナリアが大地を強く踏み込み、飛ぶように駆け出す。

 魔物との間合いを詰める途中で、彼女は身を捻りながら鋭く跳躍した。

 

 ルナリアが左手を魔物へ向けた。

 勢いに引かれて白いスカートが翻り、そこから伸びる肉感のある太ももが覗いた。

 

「――ファイアランス!!」

 

 燃え盛る炎の槍が巨大な狼へ直撃し、轟音とともに炭化させた。

 彼女はそのまま、灰色の巨体を持つ狼の群れへ飛び込んでいく。

 

 彼女は魔法名を口にするだけで、魔法を速射できる。遠近のどちらにおいてもルナリアは、異常に強い。

 

 俺はそれを目で追いながら、怪我で倒れている人のところへ駆け寄った。

 

 ルナリアは一瞬で距離を詰めていたが、俺に同じことはできない。

 それでも必死に走り、すぐに怪我人が視界に入った。大人が倒れ、子供が縋り付いているのが見える。

 

 子供を庇った親が負傷しているのか。

 まずい。ひと目でわかる致命傷だ。

 

 俺はさらに速度を上げてそこへ走り込んだ。

 泣き叫ぶ子供が、必死に声をかけていた。

 

「お、お父さん!」

 

 この子の目を逸らさせることはできないだろう。俺の回復魔法を見られることになる。

 しかし、この状況でそんなことを気にしている余裕はない。

 

「大丈夫だ! 心配するな! 今助けてやる」

 

 俺は男性の大きく抉られた背中の傷に左手をかざし、回復魔法をかけた。

 柔らかな光が傷を覆い、みるみるうちに癒していく。

 俺は魔法名を言葉にする必要すらなく、ただ、そうあれと想うだけで行使できた。

 

 怪我は治ったが、男性は気絶したままだ。

 

 俺は男性の身体を起こし、大きく声をかけて意識を呼び戻す。

 

「おい! 起きろ! 子供を守るんだろう!!」

 

 男性は俺に大声で呼びかけられ、意識を取り戻した。俺たちが助けに入ったことを理解すると、子供を抱えて立ち上がった。

 

「あ、ありがとうございます。冒険者様。お、お名前を」

「名前は秘密だ。怪我は治癒した。頼むから、俺たちのことは他言しないでくれ」

 

 子供を抱えた男性は、真摯な目で俺を見て強く頷いた。

 ひとまず、命に別状はなさそうだと判断し、俺はルナリアの方へ視線を向けた。

 

 三体の巨大な狼が、鋭い牙を剥き出しにして、同時にルナリアへ飛び掛かっていた。

 

 ルナリアは、燃え盛るアストライアの剣を両手で握り、左へ引き絞った。そして、溜め込んだ力を解き放つように、鋭く横へ薙ぎ払う。

 

 業火の剣が赤い半円を描き、飛び掛かってきた狼たちをまとめて両断する。

 

 残った狼は、彼女を警戒したのか、囲むようにぐるぐると駆け回っていた。加速した狼たちが、流れるように次々と飛び掛かった。

 

 一体目を、ルナリアは右手で握った燃え盛る炎の剣で薙ぎ払い、両断する。

 

 間髪入れず飛び掛かってきた狼の牙を、身体を捻るようにして避ける。そのまま、勢いを殺さず、横へ回転。

 炎の剣閃が弧を描き、背後へ着地した狼を斬り飛ばした。

 

 ルナリアの激しい動きに、胸のふくらみが大きく揺れる。

 

 彼女は大地を蹴り、残りの狼へ鋭く突進する。

 

 業火の剣が赤い剣閃を引き、狼を斬った。流れるような剣技は止まらない。燃える炎は右へ走り、左へ奔る。

 

 ルナリアは美しく舞うように、魔物たちの命をすべて刈り取った。

 

――やがて、街道に静寂が訪れた。

 

 返り血ひとつ浴びていないルナリアが、俺に目を向け、少女のようににこりと笑った。

 風に吹かれ、金糸の髪がふわふわと揺れている。

 

 俺はルナリアに回復魔法をかけようと、走り寄りながら思った。

 

 どう考えても、勇者はルナリアだろう。

 

 

# COORDINATE 0002 END

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