世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0026] After the Return

# The_Three_Prepare:

 

 俺とフェリスが散々苦労した、赤黒い鎧を纏った巨大ワーム。

 あわや、俺が喰われる……その危機に、ルナリアは上空から颯爽と現れ、瞬く間にワームを輪切りにした。

 

 なぜルナリアが、都合よくあんなところにいたのか。

 どうやら、俺たちが迷宮攻略を始めた直後から、ずっと近くの街道で一人野営していたらしい。

 朝の訓練をしている最中、迷宮の方から大地を揺るがすような異常な振動を感じ取り、急行してきたそうだ。

 

 朝の陽光を返す金糸の髪を揺らしながら、ルナリアは言った。

 

「迷宮攻略には参加してないから、約束は破ってないよっ」

 

 彼女が駆けつけてくれなければ、俺は今頃ワームの体内でどろどろになっていた可能性が高い。

 文句は言えなかった。

 

 牛魔の迷宮攻略は、最後にとんでもない出来事が待っていたわけだが、そもそもの目的は武装請負業の免状試験を続行することだ。

 

 俺たちは最寄りの村へ移動し、そこに滞在していた発行機関の監査官に経緯を報告した。

 彼を連れて、迷宮の跡地に行き証拠代わりに鎧ワームの死骸を確認してもらう。

 

 監査官は、それを目にした瞬間、血相を変えていた。

 

 

——今、俺はリヨンの街にあるガストン商会の応接室にいた。

 

 主を失った迷宮は、しばらくして完全に崩壊してしまっていた。

 跡形もなく地中へ沈み、俺たちの攻略成功を確認する手段はない。

 どうなることかと思っていたが、試験は無事に続行となり、俺は座学試験を難なく突破した。

 

 座学は得意なのだ。

 

 ルナリアとフェリスは二人で街へ買い物に行っている。

 牛魔の迷宮攻略で、フェリスの外套と武器は消失してしまった。

 それらを新調するよう頼んでおいたのだ。

 今回の冒険はそもそも俺の免状のためのものだった。

 代金は全額こちらで負担するよう、ルナリアに伝えて金を預けてある。

 

 正直に言えば、俺は女性の服選びに付き合わずに済んだことにほっとしていた。

 あれは面倒くさいのだ。

 

 向かいのソファに座るガストンさんが、数枚の立派な羊皮紙を机に置いた。

 

「というわけで、まず、こちらがアルス殿の武装請負業の免状になります」

 

 俺は真っ直ぐガストンさんを見て、深く頭を下げた。

 

「何から何まで、本当にありがとうございます」

 

 真新しい免状を確認している俺を見て、ガストンさんは苦笑を浮かべながら言う。

 

「……正直申しまして、アルス殿への支援は今後のための投資のつもりでしたがな。いきなり、あんな莫大な利益を出されてしまっては、この程度の手配は些細な手間ですよ」

 

 俺は免状を丁寧に丸めて筒に収め、隣に置かれていた報酬額の記された書面に目を落とす。

 今回の鎧ワームの件で、俺に支払われる報酬だ。とんでもない金額が記されている。

 

「あの鎧ワームの死骸の買取金額、やっぱり相当なものだったんですか?」

 

「総額は、先日の大規模な交易で得た利益の倍はありました。こちらに頂いた三割でも相当な金額です。……それでも、恐らく評価額はかなり低く見積もられていましたよ。とはいえ、国相手にあまり粘りましてもな。この街へ来たばかりのアルス殿に悪影響が出かねませんので、執拗な交渉は避けました」

 

 迷宮の核を捕食して強化されたと思われるワームと、その体内に残っていたらしい迷宮の核。

 どちらも滅多にない貴重な存在らしく、急遽派遣された国営の研究使節団が、高額で買い取っていったのだ。

 

 その際、今回の迷宮でのあらましを使節団に伝えることになった。

 

 当然、俺の魔法に関する特異性は伏せて話したのだが、逆に俺は高い評価を受けた。

 普通の支援魔法のみを頼りに、スカウトと二人で第二級迷宮を踏破した凄腕というわけである。

 

 その影響から、免状の発行機関は、酒場の喧嘩程度で俺の免状発行を止めていたことを、国の上層部から強く咎められたらしい。

 

 その結果、即日で試験の続行が決まり、個別で座学試験が行われ、俺は晴れて免状を取得した。

 

 機関の人たちは職務を全うしていただけなのに……正直、俺は少し不憫に思っていた。

 

 迷宮の核、地底で悍ましい赤光を放っていたそれは、発光をやめ、透明感も失って、濁った赤黒い結晶になっていたそうだ。

 だがその結晶は傷一つなく、ほぼ完全な状態だったらしい。

 

 俺は朝焼けの中、目に焼き付いたルナリアの圧倒的な戦いぶりを脳裏に浮かべた。

 

「それにしても、迷宮の核が無傷だったのは驚きですね。ルナリアの剣で、魔物ごと真っ二つになっていると思ってました」

 

「ルナリア殿の残した剣戟の痕は、大地を割るほど凄まじかったそうですからな。たまたま核のあった位置に当たらなかったのでしょう。ついてましたな」

 

 あの縦横無尽な炎の剣閃の中で、そんな都合のいいことがあるだろうか。

 まあ、おかげで当面の活動資金には困らない大金が手に入ったんだ。深く気にしないでいいか。

 

 それより、今後のことを相談しておこう。

 

 俺は意識を切り替え、首都ヴァレリオンまでの道のりと必要な物資について、ガストンさんに相談することにした。

 

* * *

 

 わたしはアルスから与えられた任務に、張り切っていた。

 まずはフェリスちゃんの旅装を、可愛く、そして凛々しく仕立て直さないといけない。

 

 浅緑で少し裾の短いワンピース姿の彼女も、わたしは大好きだ。とっても可愛い。

 けれどスカウトとして動くなら、機能性のある外套は必須らしい。

 わたしたちはまず、外套を新調するために服飾店へ来ていた。

 

 最後のアルスの行動にご立腹らしいフェリスちゃんは、アルスの財布に少しも遠慮していない。

 あのとき彼が何をしていたのかは聞いているので、わたしも同じくらいご立腹だった。

 

 そんな事情もあり、ここは戦士向けの店の中でも、かなり値の張る店だった。

 

 店内に並ぶ衣服を一通り眺めたあと、フェリスちゃんはリヨンまでの旅で使っていたものによく似た、無骨で、分厚く、飾り気のない外套を手に取った。

 

「……ん。……これでいいだろう」

「うーん。せっかくなら、もう少し可愛いのにしようよ」

 

 わたしは彼女の手からそれを取り上げ、代わりに近くの棚にあった鮮やかな青い外套を差し出す。

 

「フェリスちゃんの綺麗な水色の髪には、絶対こっちのほうが似合うと思うな」

「……可愛い必要が、あるか?」

 

 フェリスちゃんは涼やかな目元で、わたしを静かに見つめ返した。

 フードで顔を隠していない彼女は、涼やかな美しさを湛えていて、まるで妖精みたいだ。

 

「あるよ。フェリスちゃんは可愛いんだから、服も可愛くないともったいないよ」

 

 彼女は瑠璃色の瞳でわたしを胡乱げに見つめ、小さくため息をついた。

 わたしが勧めた青い外套の生地や機能を確かめつつ、フェリスちゃんは言う。

 

「……アルスは変わり者だが。……お前も、相当のものだ」

「ええ? わたしはごく普通の魔法剣士だよ。アルスは特別だけど!」

 

 フェリスちゃんは視線を外套に落としたまま、続けた。

 

「……王国は、種族教育をやめたのか?」

 

 わたしは、彼女が何を言いたいのかわかっていた。

 

「……ううん。やめてないよ」

「……そうか」

 

 しばらく、服飾店の中に無言の時間が落ちる。

フェリスちゃんは、わたしの選んだ外套をいったん棚に戻すと、並んでいる外套を指先で撫でながら見比べている。

 やがて彼女は、別の深い青の外套を手に取った。

 

 フェリスちゃんは裏地や縫い目の癖を確かめ、留め具の位置と強度を指で弾いて確認する。

 

 それからポケットに手を差し入れて、深さと取り回しまで確かめている。

 

(……可愛い服を選ぶのが、嫌なわけじゃないみたい)

 

 少し嬉しくなって、わたしも彼女の隣に並び、一緒に候補を探し始めた。

 

「フェリスちゃん、これはどう?」

「……ん? ……もっと濃い青色が好みだ」

 

 フェリスちゃんはまた別の外套を手に取り、胸元に当てて鏡に映し、それからわたしを見た。

 

「……ん。これはどう思う?」

「うーん。悪くないけど、少し分厚すぎないかな? 動きにくそうだよ」

 

 それから、数時間後。

 

 店内に展示された外套を何着も見比べ続けた末、彼女はいま、最初にわたしが勧めたあの青い外套を試着室で身につけていた。

 カーテンが開き、新しい外套を羽織ったフェリスちゃんが、体を軽く動かして布の擦れる音や重さを試している。

 

「えへへ。やっぱりすごく可愛いね! あ、でも少し裾が短かったかな?」

 

 試着する前は気づかなかったけど、以前フェリスちゃんが着ていたものより、ずいぶんと丈が短い気がする。

 彼女はひらりとフードをかぶり、エルフ族の長い耳をしっかりと隠せることを鏡で確認していた。

 それから、ちらりと自分の足元を見て、少し悩んで答える。

 

「……ん。確かに少し短い。……だがまあいい。これにしよう」

 

 フェリスちゃんは、外套の前を軽く留めて、試着室から出てきた。

 

 以前彼女が着ていたような、全身をかっちり覆い隠す作りではない。

 新しい青い外套は、胸元を留め具で留めるタイプで、羽織るような感じの、軽やかな形状だった。

 正面は大きく開くため、浅緑のワンピースが胸下あたりから覗いている。

 

「うん! 可愛いし、すごく似合ってるよ。じゃあ代金を払ってくるね」

 

 わたしは外套以外の旅用の衣類もまとめて会計を済ませ、店内で待っていたフェリスちゃんのところへ戻る。

 ちらりと見ると、ワンピースの裾から、深緑のニーハイと太ももが覗いていた。

 

「やっぱりちょっと、裾が短くて脚が見えすぎちゃうかな?」

 

 わたしが少し心配になって尋ねると、フェリスちゃんは自分の脚を一度見下ろし、平坦な声で答えた。

 

「……まあ、いいだろう。……アルスは脚を見るのが好きなようだったしな」

「え? ……んん?」

 

 わたしは予想外すぎる不審な言葉に、思わず口を開けたまま固まってしまった。

 店の出入り口へ向かいながら、フェリスちゃんが振り返り、意地悪そうに笑いかける。

 

「ふふ、冗談だ。……短剣の代金も、あいつが出すんだろう? 次は武器屋だな」

「も、もう! べ、別に気にしてないよ!」

 

 首都までの長い道中で、フェリスちゃんもきっと、アルスの優しさや格好良さに惹かれて離れられなくなるとは思っていた。

 

(……けど、なんだろう。すでに、そうなっている気がするよ?)

 

 もしかしてフェリスちゃんって、想像していたよりずっと乙女なんじゃないだろうか。

 

 

# Buying_a_Dagger:

 

* * *

 

 私は、自分の頬が少し上気しているのを感じていた。

 ああは言ったものの、さすがに少し調子に乗ったかもしれない。

 これまでと違う風通しのよさに、どこか脚が落ち着かないまま、武器屋の門をくぐる。

 

 リヨンの街、戦士街にある武器屋。鉄と油の匂いが染みついている。

 数件ある店の中でも、ここが一番スカウト向きの品ぞろえが良い。

 

 私は壁に立てかけられた無数の武器を眺めながら、自分の腰に帯びた紫の短剣へ意識を落とす。

 牛魔の迷宮攻略からの帰り道、最終戦で私が握っていたその短剣を、アルスはあっさり私によこしてきた。

 

 その時のあいつ言葉を思い返す。

 

「俺じゃ使いこなせないし、フェリスに使われた方が短剣も喜ぶだろ」

 

 適当な理由だ。

 

 あの時の私は、アルスの最後の行動と、泣いた自分を見られたことに腹が立っていて、不貞腐れたまま受け取った。

 

 ……どちらもまだ許していない。

 

 だが、この短剣は相当な業物だ。

 いったい何なんだ、これは。

 

 そしてさっきから、なぜ彼女はこの短剣に殺気を向けているんだ?

 

「……どうした? 短剣に向ける目つきではないぞ」

「はっ! えへ。つい睨んじゃった」

 

 彼女は顔を上げ、恥ずかしさを誤魔化すように微笑む。

 ウェーブがかった髪が、緩やかに肩からこぼれ落ちた。私でも見惚れるような美しさだ。

 

「……なんだ? アルスからの贈り物だからか? お前に睨まれると、捕食される寸前の草食動物の気持ちになる。やめろ」

 

「だからわたしは虎でも狼でないってば! ……その短剣ね、前にアルスのお腹を裂いた武器なの。えっと、グラディオって賞金首が使ってたんだったかなあ」

 

(グラディオ? ……雷鳴のグラディオか?)

 

 そういえば、あの有名な賞金首は、紫の禍々しい短剣を操るという噂を聞いたことがある。

 その短剣の力は、迸る雷の魔法まで引き起こすという話だった。

 

 彼女は腰に両手を当て、思い出したように少し怒りを含めて言った。

 

「わたしが目を離した隙に、戦ってたみたいなの。そのときに手に入れたんだって」

 

 私は彼女に視線を向けた。

 

「……お前抜きで、グラディオを倒したのか? ……あいつは普段なにをやっているんだ」

「うーんと、実際に倒したのはユリウス王子殿下らしいよ。アルスは時間を稼いだって言ってたかなあ」

 

 なぜ、そこで王子が出てくるんだ。

 

 だが、その辺は考えないことにする。こいつらの運命を見守っている星は、多分、気まぐれに遊んでいるのだろう。

 

(……ん? じゃあこの短剣、神器じゃないか!?)

 

 私は、小さく息を吐いた。

 

「……はぁ。……あいつは、行動が雑すぎる」

「そうなんだよ。わたしが目を離すと、すぐに変なことをするの」

 

 腰の短剣の存在感が急に増した気がして、私はその重たさにため息混じりで言った。

 

 彼女はうんうんと深く頷く。

 自分は雑じゃないとでも思っているのだろうか。人のことは言えないだろうに。

 仲間の帰還を待つために、街道で数日間野営するなんて、私ならまずしない。

 

 気を取り直し、私は壁に掛けられた短剣の中から気になった一本を手に取る。

 彼女は服飾店の時とは違い、武器の選別に加わる気はないらしい。眺めてはいるが、興味も薄そうだ。

 

 私は手に持った短剣の刃を確かめながら、彼女に言った。

 

「……そういえば、お前が来なければ、あいつは……確実にワームに喰われていた。……礼を言う」

「お礼を言われるようなことじゃないよ。アルスを守るのは、当然のことだもの」

 

 彼女は平坦な口調のまま、さらりと言った。

それから少しだけ声を落として、続ける。

 

「……フェリスちゃん。あのとき、アルスを逃がすための時間を稼ごうとしてたんだって?」

 

 私は手に取っていた短剣を棚へ戻した。これでは駄目だ。

 双手で使う以上、残りの一本も腰に帯びた紫の短剣と、ある程度は格を合わせなければならない。

 

「……アルスが距離を取ったら、私も離脱するつもりだった」

 

 彼女は少し非難を含んだ声音で言う。

 

「……わたしに、戦闘での嘘は通じないよ。疲労で動きが鈍りかけていたんでしょう? あの感じだと、逃げられなかったと思うな」

「……そんなことはない」

 

 金糸の髪を揺らしながら、彼女は私を見ていた。

 

「本当は、命を懸けてアルスを逃がそうとしてたんでしょう?」

「……気のせいだ」

 

 私は壁に掛けられた短剣を一通り見終え、もう一往復、棚を見直し始めた。

 

「しかし、事前のお前の忠告は……きちんと聞いておくべきだった。まさか最後、……あんな行動に出るとは」

 

 彼女は特に興味もないだろうに、壁の短剣を手に取って眺めている。

 赤い瞳に、いくつかの思い出が浮かんだように見えた。

 しばらくして、少し苦笑しながら彼女は言う。

 

「びっくりしたでしょ? アルスって、普段は慎重なのに、急に豹変することがあるの」

「……そうだ。……命を懸ける云々はさておき、あの場では、私が時間を稼ぐのが最善だった。……あいつは、意外と正義感が強いのか?」

 

 短剣の物色を一旦止めて、私は腕を組み、横目で彼女を見る。

 彼女は少しだけ小首を傾げて考えた。金色の髪が、さらさらと揺れる。

 

「……うーん。ちょっと違うかも。うーん、うんとねえ」

 

 私はゆっくり彼女の言葉を待った。

 彼女は言葉を絞り出すように紡ぐ。

 

「……なんていうのかなあ。自分の行動を、他の人に決められるのを嫌うの」

 

 返ってきた言葉は意外だった。

 

「……そうなのか? 攻略中、そんなことはなかったが。……指揮は私が執っていたが、終始素直だった」

「そうだね。この言い方だと、ただのわがままか。えーっとね……」

 

 彼女は小さな口に人差し指を当てて考え込む。

やがて何か思いついたのか、ぱん、と手を叩き、少し声音を上げて言った。

 

「わたしが思うに、生き方っていうのかなあ。道を人に決められるのが大嫌いみたい。表現が大袈裟かもだけど」

「…………ああ。……なるほど」

 

 その言葉は、すっと私の腑に落ちた。

 だが、それは結局のところ我儘じゃないか、とも私は思った。

 

「……私の犠牲で生き延びるかどうかは、アルスが自分で決めるということか? ……あいつ自身は勝手にあんなことをするのに?」

「……そうなんだよ! 一方的に決められるのを嫌がるくせに、自分のことは好き勝手に決めるの。アルスの困ったところなんだよ……まあ、そこが格好良いなと思うところでもあるんだけど」

 

 それは同意できない。格好良くはない。

 ……可愛いとは思う。

 

 彼女は、宝石のように輝く赤い瞳に誇りを宿して言う。

 

「だから、わたしはどんな敵にも絶対に負けないし、負けちゃいけないの!」

 

 なぜだか、私は少し嬉しかった。

 ……理由はわからない。

 

「……そうか。お前こそ、格好良いと私は思う」

 

 彼女は驚いたように目を丸くした。

 私も自分の言葉に少し驚いた。

 恥ずかしくなった私は、彼女から視線を外す。

 意識を、迷宮でのアルスの振る舞いへ戻す。

 

「……なるほどな。……アルスの、エルフ族への認識が、……なんというか、いい加減なのも、そのせいか」

「……うん。養成学校のころから、ずっとあんな感じだからね」

 

 なるほど。彼女はよく見ているな。

 

 左の短剣に意識を戻す。この短剣と同格となると、店頭の品では駄目だな。

 店主に、一品物をいくつか見せてもらうか?

 しかし、神器と同格となると、結構な値が張るぞ。

 

 少しだけ沈黙が落ちたあと、ルナリアがもじもじと身をよじらせ、おずおずと口を開いた。

 

「……ねえ。フェリスちゃん」

「……ん? どうした?」

 

 遠慮がちな様子で、赤い瞳を私に向け、彼女は言った。

 

「アルスのことは名前で呼んでるんだから。……わたしのことも、名前で呼んでほしいな」

「……んん?」

 

 私は思わず、彼女の顔をまじまじと見つめた。

 

「……お前はあいつと違って、エルフ族に名前を呼ばせる意味をわかっているだろう? 呪われるぞ?」

「えと、そういう迷信はちゃんと知ってるよ。それは元々どうでもいいんだけど……」

 

 言い淀むルナリアに向き直り、私は続きを待った。

 アルスは、最後の件を除けば誠実な男だった。

 彼女も、きっと真っ直ぐな言葉を紡ごうとしているのだろう。

 

 頬をうっすら染めた彼女は、てれてれと指先を合わせながら言った。

 

「フェリスちゃんとアルスが、名前で呼び合ってることに妬けるというか……。だから、わたしも名前で呼んでもらえば、みんな一緒かなって!」

 

 想像していなかったくだらない理由に、私は思わず目を細めて彼女を見つめる。

 

「あ! 別にやきもちじゃないからね! ちょ、ちょっと特別感を感じて悔しいというか、なんというか……!」

 

 それはやきもちだ。

 本当に、似た者夫婦だな。こいつらの距離感はどうなっているんだ。

 

 私は、自分の悩みが少しだけ軽くなるのを感じた。

 だが……まあ、はしごを外された気分なのも否めない。

 少し意地悪をしてやることにした。

 

「……安心しろ。私は仲間の男を取ったりはしない」

「え、そ、そう? んん? いや、その言い方はなんか余計にひっかかるというか……」

 

 ルナリアがこてんと小首をかしげ、なにやら一人でぶつぶつと悩み始めた。

 

 普段なら「そういう関係じゃない」と返してくるのに、今回は返ってこない。

 この手の話は、すぐに許容量を超えるらしい。ここまでにしておこう。

 

「……ルナリア。短剣の予算の上限はいくらだ?」

「あ、えっとね。アルスから結構預かってきてるよ。お店で一番いい短剣だって買えると思う。……あ!」

 

 自分の名前を呼ばれたことに気づいたのか、ルナリアは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 私は薄く笑みを返し、店主に、展示されていない高額の短剣をいくつか持ってきてもらうよう頼む。

 

 並べられた中から、取り回しがいちばんしっくりくる一本を選んだ。

 この店で三番目に高額な短剣だった。

 

 これくらいで、アルスを許してやるとしよう。

 

 

# COORDINATE 0026 END

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