世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0029] Leo Brought Me Here

# Moonlit Night:

 

* * *

 

 私は夕食の準備をしながら、今日あった出来事をきっかけに、昔のことを思い出していた。

 

 黒い神官服をまとったエルフ族の剣士、リナルド様がこの村を救ってから、もう十年になるだろうか。

 

 レオが迷子になった以外は、取り立てて特別なことはなかったあの日の夜。

 この村は波のように押し寄せる魔物の群れに襲われた。

 

 その群れに対し、先陣を切ったリナルド様は剣で次々と敵を屠り、村の男たちへ的確に指示を飛ばして、この村を守り抜いた。

 畑や家屋の被害は決して軽いものではなかったが、奇跡的に死者は一人も出なかった。

 

 リナルド様への強い感謝の念から、今のこの村にはエルフ族に対する差別意識は少ない。

 

 だが、当時はそうではなかった。リナルド様も嫌な思いをされただろう。

 それでも彼は、この村を守ることに一切の躊躇を見せなかった。

 

 魔物の襲撃時、女子供は真っ先に集会所へ避難させられていたらしい。

 しかし、家畜当番だった私は異変に気づくのが遅れ、逃げ遅れてしまっていた。

 家畜小屋の藁の陰に隠れて震えていた私は、とうとう魔物に見つかり、その刃にかかる寸前だった。

 

 そこへ颯爽と現れ、私を救い出し守ってくれたのがリナルド様だった。

 

 震える私と魔物の間へ飛び込んできた、その水色の髪が月明かりを反射するさまは、今でも鮮明に思い出せる。

 

 彼は黒い神官服をひるがえし、見惚れるような剣術で瞬く間に私に殺到していた魔物を全て斬り殺した。

 

 そりゃあ、そんなことを十六の時にされたら、惚れてしまうというものだ。

 もっとも、リナルド様にはすでに心に決めた方がいらっしゃったようで、私の淡い初恋は実ることはなかったのだけれど。

 

「おーい、マドレーヌ。お茶を淹れてくれ」

 

 主人の声が聞こえる。

 

 お茶くらいは自分で淹れてほしいものだが、口は悪くても主人はあれで優しいところがある。

 見た目はリナルド様に比べるべくもないけど、主人だって中身は素敵な人だ。

 

 まあ、お茶くらいは淹れてあげるとしよう。

 

 そういえば、彼らのパーティーにはエルフ族がいるようなことを言っていた。

 明日、彼らが発つ前に少し話をしてみたいなと思った。

 

* * *

 

 俺たちは、村から少し離れた街道沿いで待機していた馬車のところまで戻ってきた。

 

 少しずつ日が傾き始めている。

 

 長居して遅くなったことを謝ると、フェリスは荷台のへりに腰かけたまま、斥候道具の手入れをしながら平坦な声で答えた。

 

「……ん。いや、思ったより早かった」

 

 ルナリアは、マドレーヌさんから分けてもらった抱えきれないほどの食材を、フェリスへ見せびらかすように掲げる。

 

「見て見て。フェリスちゃん、ここの農村の採れたて野菜だよ。いっぱい売ってもらっちゃった」

「……すごい量だな。……ん、葉野菜もあるのか」

 

 フェリスは手入れしていた道具を素早くしまい、荷台から音もなく軽く跳んで降りてくる。

 

「……幸運だったな。新鮮なうちに、葉野菜を使うか。……鍋じゃないほうがいいな」

「うんうん。このまま生でかじっても美味しそうだよね」

 

 俺は夕餉の献立を決めている二人のやり取りを眺めながら、背後に広がる村の畑へ目を向けた。

 

 地平線へ沈みかけた太陽が、広大な野菜畑を美しい橙色に染め上げている。

 高原の風が少しだけ冷たさを増してきた。そろそろ火を起こしておかないとな。

 

「ああ、そうだ。フェリス。この村は昔、エルフ族の剣士に窮地を救ってもらったらしいぞ」

 

 俺の言葉に、フェリスは薪を拾う手を止め、少しだけ興味を引かれたような目で俺を見る。

 

「……ほう。誇らしい話だ」

「村の広場に、立派な銅像まであったよ。食事が終わったら、散歩がてら見に行かないか?」

 

 彼女は少し考え、それから短く頷いた。

 

「……そうだな。……同族の英雄だ。少し見ておくか」

「すごく格好良かったよ。アルスと同じような神官服を着ていてね……」

 

 無邪気に話すルナリアの声を背中で聞きながら、俺は手早く野営の焚き火の準備を始めた。

 

 ゆっくりとした時間を過ごしていると、やがて完全に日が沈んだ。

 虫の音だけが響く静かな夜が高原に訪れている。

 

 俺はルナリアがよそってくれた器を受け取り、夕食に口をつけた。

 持ち込んでいた保存用の塩鮭を調理して、この村でもらった新鮮な葉野菜を合わせた食事だ。

 

 うまい。

 

 葉野菜がしゃきしゃきで美味しいのはもちろんだが、鮭の味付けが素晴らしい。

 丁寧に塩抜きされていて、下ごしらえもいい。

 

「美味しいな。リヨンまでの道中で食ってた干し肉とは雲泥の差だ」

「……ん。それはよかった」

 

 隣のルナリアと、向かいのフェリスは、俺が食べ始めるのを確認してから、自分たちも食事に手をつけ始めた。

 

 いつもこうだ。

 

 俺を立てているのだろうか?

 だとしても彼女たちの浮かべる優しげな表情のせいで、なんだか自分が幼児になった気分になる。

 

 ルナリアが、ウェーブがかった金糸の髪を左手でかき上げながら、野菜を口に運んだ。

 焚き火の柔らかい光が、暗闇の中で彼女の目鼻立ちの整った輪郭に淡く陰影を落とす。

 食べた瞬間、彼女は赤い瞳を見開いて驚いた。

 

「この葉野菜、すごく美味しいね。本当に、王都で食べるものより甘くて美味しいんじゃないかな?」

「……葉野菜は、傷みやすい。新鮮な方が美味しい」

 

 フェリスは長い水色の髪を左手で耳にかけ、食事をしながらルナリアに答える。

 リヨンを出立してから、フェリスは以前ほどフードで顔を隠さなくなっていた。

 

 焚き火の揺れる光が、二人の美しい横顔をやわらかく照らしている。

 炎の影がまたたくたび、金と水色の髪が揺れ、どこか現実離れした幻想的な光景に見えた。

 

 俺はそんな二人を見つめながら食事を続け、ふと思い出したようにフェリスへ声をかける。

 

「わるいな、フェリス。……道草くっちゃってさ」

「……構わん。アルス、食べながらしゃべるな」

 

 フェリスがとても嫌そうな顔で俺を見る。あれはお姉ちゃんの顔だ。

 横でルナリアが、くすくす笑っている。

 俺は大人しく、よく噛んで食べることに集中した。

 

 喉が渇いたな、と思ったその瞬間、横からすっとルナリアが水筒を差し出してきた。

 

「はい、どうぞ。一気に食べちゃ駄目だよ。喉に詰まるからね」

「ありがとう」

 

 ……やはり、俺は幼児なのかもしれない。

 

 美味しい食事を終えたあと、俺は三人に灯火の魔法をかけた。

 

 淡く青白い光が、高原の冷たい夜の闇をやわらかく押し広げていく。

 俺は夜空を見上げた。そこには空に浮かぶアズールが静かに輝いていた。

 

「じゃあ、少し腹ごなしに散歩に行こうか」

 

 俺たちは家畜小屋の脇を抜け、土の匂いが残る畑の間の道を歩き出した。

 

 俺の隣を一歩前に出るように歩くルナリア。

 

 軽やかな足取りに合わせて、濃紺のバトルドレスに包まれた豊かな胸が、重たげに揺れている。

 

 青白い灯火が、ウェーブがかった金糸の髪を淡く照らし、その美しい横顔をやわらかく浮かび上がらせていた。

 

 後ろには、再びフードを深くかぶったフェリスが静かについてきていた。

 

 夜風にひるがえる外套の前がわずかに開くたび、浅緑のワンピースの裾から、すらりと伸びた脚がちらりとのぞく。

 

 深緑のニーハイの上に覗く太ももだけが、魔法の光に照らされて白く浮かび上がっていた。

 

「気持ちのいい夜だな」

「たまにはこうやって、夜道をみんなで歩くのも楽しいね」

 

 ルナリアが振り返って無邪気に笑う。

 

 途中、畑の向こうに、夜空を背にした森林の黒い輪郭がぼんやりと浮かんでいた。

 あの森林にも、多数の強力な魔物が潜んでいるのだろう。

 

「森林があるのか。……大丈夫なのかな?」

「……高原のかなり下だ。……途中に川もあるし、滅多なことはないだろう」

 

 俺の目には暗闇に溶けて川の輪郭すら見えない。

 

「ルナリア、もしかしてお前も川が見えるのか?」

「え? うん。結構大きな川だね。高原の横の山から流れてるんじゃないかな。立派な歩哨も立ってるよ」

 

 そう言われてみれば、遥か遠くにわずかに松明の明かりが見えるような気もする。

 二人は夜の闇などないかのように、再び前を向いて歩き出している。

 俺は二人の視力に対抗するように、川があるらしいあたりをじっと見つめた。

 

 駄目だ。そこだけ妙に黒い気はするが、川だとはわからない。

 

 ふと、唯一見えていた松明の小さな明かりが、不自然にすっと消えたような気がした。

 

 気のせいだったのだろうか。瞬きをした間に、その明かりはまた戻っていた。

 なぜか胸の奥がざわついた。

 冷たい夜風のせいだけではない、微かな違和感を俺は感じていた。

 

 やがて、昼間見た集会用の広場が見えてくる。

 

「あれ? レオが銅像の前にいる」

 

 またあいつ、勝手にほっつき歩いているのか。

 昼間の話を聞いたあとだと、何だか切なすぎる。

 マドレーヌさんも、きっとわかっていてわざと止めていないんだろうな。

 

「よう、レオ。月が綺麗だな」

「ワン!」

 

 俺の言葉を聞いて、ルナリアとフェリスが同じような呆れ顔で近くまでやって来る。

 リナルドさんの銅像の前まできて、俺はフェリスを見て言った。

 

「これがその銅像だ。昔、押し寄せる魔物からこの村を救った剣士様らしい。レオが連れてきたらしいぞ。あれ? いやレオが連れてこられたんだったか?」

 

「ワン!」

 

 フェリスはそれを聞いて、銅像へ目を向ける。

 

「……ん。そうか」

 

 レオは、誇らしそうな顔で真っ直ぐに銅像を見上げている。

 レオはもう、会えないことはわかってるんだろうな。

 

 そうか。

 

 ……まあ、そうだよな。

 会えるかどうかじゃない。

 想っているかどうかだ。大事なのは。

 

 珍しく、レオはルナリアを強く警戒する様子もなく、銅像の前に寝そべった。

 むしろ、しっかりと彼女を視界に入れている。

 まるで、ルナリアがそこにいることが重要だと考えているかのようだ。

 

「ねえ、アルス。綺麗にされてるね。村の人に大事にされてるのがわかるよ」

「うーん、確かにそうだな。供えられた花も新しいし、村の象徴なんだろう」

 

 フェリスはその薄い綺麗な唇に指を添えながら目を細めている。

 

「……うーん?」

 

 彼女は像の周囲をぐるりと回って細部を見ていたが、裏へ回り込んだところで背中を見てわずかに眉をひそめた。

 やがて戻ってきて、俺へ尋ねる。

 

「……アルス。この剣士の名は?」

「ええと、リナルドさんだったかな」

 

 それを聞いたフェリスは、驚いたように瑠璃色の目を見開き、それからひどく懐かしむように呟いた。

 

「……なるほど。剣聖リナルドか。……えらく懐かしい名前だ」

「有名なの?」

 

 フェリスは銅像を見上げて懐かしそうにしながら答える。

 

「……そうだな。同族の間では、変わり者で有名だ。……ああ、そうだな。お前のような男だったよ、アルス」

 

 十年前の剣士を直接知っているようなその言い方に違和感を覚える。

 

 んん?

 フェリスって何歳なの?

 

 詳しく聞こうとした、その時だった。

 

 レオの耳がぴくっと動き、鼻を上げて匂いを確かめる。

 かと思うと、跳ね起きてぴんっと背筋を伸ばした。

 

 彼は夜空へ向かって、突然大きく吠える。

 

「ワオオオオオオン!!!」

 

 急な遠吠えが、静寂の夜気をびりびりと裂く。

 おいおい、この状況でそんなことしたら、俺がご近所さんに怒られるだろう。

 

 レオは俺の神官服の裾をくわえ、強くどこかへ引っ張ろうとする。

 お前は賢いのか馬鹿なのか、どっちなんだ。

 俺が動かないのを見て、レオがうろうろと落ち着きをなくす。

 

 その瞬間、フェリスのフードの下で、細長い耳がぴくりと動いた。

 彼女は即座に左手を地面につき、鋭い声で言う。

 

「……レオ、止まれ。聞こえない」

 

 ぴたりとレオの動きが止まる。

 

 数秒の沈黙。

 フェリスは目元に強い緊張を宿して立ち上がった。

 その空気の変化で、俺も異常事態だと完全に理解していた。

 

「魔物だな? どっちだ」

「……さっきの森林の方角だ。もう川を越えている。数は不明」

 

 ルナリアは動かない。

 

 ただ、その夜の中でもなお輝く宝石のような赤い瞳が、まっすぐこちらを見つめている。

 早く命令しろと告げるように。

 

「向かうぞ。畑も守る。俺も一緒に走るが、俺は遅い。まず二人は先行しろ。絶対にお互いに離れるな。無理はせず防衛、俺が追いついてから本格戦闘だ」

 

 そう言うなり、俺は左手をルナリアに、右手をフェリスにかざした。

 ルナリアは俺を見つめたまま優しく微笑み、フェリスは口元をきゅっと引き結ぶ。

 

 俺は速度属性の支援魔法を、二人の体へ一気に流し込んだ。

 

「あぁん……っ。んぁっ……。フェリスちゃん、いくよ! レオ、アルスをお願いね!」

「……くぅっ。んふぁ……っ。ちょ、ちょっと待てルナリア! ……私はまだ慣れてないんだ!」

 

 二人は宵闇の中、飛ぶように跳ねながら、爆発的な加速で川の方へ駆け出していく。

 浅緑のショートワンピースから覗く、太ももの白さが暗闇に浮かび上がった。

 

(この際レオでいいから、一緒にいろと言われてしまった)

 

 俺は大きく息を吐き出し、隣の相棒に声をかける。

 

「レオ、行くぞ。お前は俺を、このために引き止めたんだろ?」

「ワン!」

 

 俺は二人を追って、暗闇の道を全力で走り出した。

 

 

# The_Stampede:

 

 レオが暗闇の中を、弾かれたように駆け抜けていく。

 それをなぞるように、俺も神官服の裾を翻し、必死に走った。

 

 道は高原の上から麓へ向かって下っている。

 歩くぶんには気にならなかったが、全力で走るとこの傾斜が思いのほか厳しい。

 ええい、どうせ転んで骨を折っても、俺は大丈夫だ。とにかく今は全力疾走だ!

 

 高所から見下ろす形になるため、下方の魔物が到達している辺りが、かろうじて視認できた。

 しかし、月の光だけでは暗くて、詳細な様子まではわからない。

 

 そう焦った、その時だった。

 

 突如、夜空を斬り裂くような業火が走る。

 ルナリアだ。

 

 今の一瞬の閃光で、状況が見えた。

 魔物が徒党を組んで押し寄せるなんて、聞いたことがない。とんでもない数だ。

 しかも……さっき見えた感じでは、一種類の群れではなかった。

 

 遠くに輪郭だけ見える、あの森林で一体何があったんだ?

 

 世界樹があるという大森林はもちろん、その辺の深い森であっても、平地とは魔物の強さの桁が違う。

 あれが全部、あの暗い森林から溢れ出てきたものなら……。

 

 とにかく急がないと。

 あの数でも、俺たち三人なら確実に対処できるだろう。

 だが、あの集団が村の近くまで到達してからの戦闘になれば、人は守れても村が守れない。

 

 うちの主力の魔法剣士は、話に聞いたリナルドのように繊細な戦いはできない。

 ルナリアが本気で暴れたら、村ごと消し飛ぶ。

 そんな状況では、当然あいつは本気を出せない。

 

「はぁ……っ。はぁ……っ」

「ワン! ワンワン!」

 

 先を走っていたレオが、急かすように戻ってきて俺に吠える。

 

「はぁ……、はぁ……。う、うるせえ。わかってるよ!」

 

 俺は息を荒らげながら、再度足に力を込めた。

 この前から走ってばかりだ。

 これが終わったら二人に脚をマッサージさせよう。そうしよう。

 フェリスはしてくれるだろうか。

 

 妄想を糧に、俺は再び力を振り絞り、呼吸を整えながら斜面を駆け下りる。

 

「すっ……。はぁ……。レオ! お前、家畜の様子か何かで、この予兆を感じていたんだろう!?」

「ワン!」

 

 やがて、高原の斜面がゆるやかになる。

 

 傾斜で上がった速度を俺は殺しきれず、前のめりに盛大にこけた。

 頭だけ守りつつ無様に転がって止まり、土まみれのまま立ち上がる。

 幾分かあらぬ方向に曲がった手足を、回復魔法で手早く癒やした。

 

「レオ、見てろよ。茶色も結構やるってところを見せてやるよ」

 

 息を整え直し、再び走り出す。

 

 二人が戦っている前線は、もうすぐそこまで迫っていた。

 暗闇の中、赤い剣閃が縦横無尽に走り、殺到している巨大な猪の群れを次々と斬り飛ばしている。

 そして彼女の死角を補うように、防衛線を抜けそうになった魔物を、紫と黒の二本の短剣の軌跡が切り裂いていく。

 

「はぁ……。はぁ……。ついた。さ、さすがだ、二人とも」

 

 ルナリアが一度高く跳び上がる。

 その瞬間、下着を着けていない胸が、たぷんっと生々しく跳ねた。

 彼女は白いミニスカートを夜風に翻しながら、左手を前方にかざす。

 

「――ファイアブラスト!」

 

 彼女の手のひらから放たれた燃え盛る火炎が、殺到していた巨大な角猪の群れを丸ごと焼き払った。

 

 着地と同時に、ルナリアは燃え盛る剣を右へ薙ぎ払う。

 その剣閃は、炎の壁を抜けようとしていた残りの猪を一息に真っ二つにした。

 

 残心とともに、濃紺の薄布一枚に包まれた胸が柔らかく揺れる。

 

 俺をすでに視認していたのだろう。

 そのまま、こちらへ鋭く後転しながら跳んでくる。

 

「アルス! 今のところは全然大丈夫! でも、数がすごく多いね」

 

 俺はじっとりと汗の滲んだルナリアの肩に触れ、即座に回復魔法をかけながら答える。

 彼女の汗の匂いが甘く俺の鼻腔をくすぐった。

 

「ああ、上から見えた。異常な数だ。さすがにこれは想定していなかった」

「ワン!」

 

 答えながら、俺は左手をかざし、追加で魔法攻撃力向上の支援魔法と防御結界をルナリアへ展開する。

 

「種類が一種類じゃない。時間差の波に気をつけろ。フェリスにローディングを行使して支援魔法をかける。しばらく一人だ。最前線で耐えろ」

 

「……んぅ……っ。ぁあん……っ。わ、わかった。任せて!」

 

 ルナリアはぞくっと背中を震わせ、ひどく甘ったるい声を漏らす。

 それでも赤い瞳には熱を残したまま、整った顔に確かな戦意を浮かべた。

 

 彼女は銀の剣についた血糊を払い、再び群れへと駆けていった。

 

 ルナリアは加速し、アストライアの剣を右横に下げたまま、凄まじい勢いで地を蹴って跳躍する。

 

 空中で左手から業火が放たれ、密集した群れの中央を穿つ。

 その爆炎の中へ自ら飛び込み、右下に構えていた燃え盛る剣を左上へ振り抜いた。

 そのまま右腕を引き絞り、限界点で滑らかに手首を返して、半円を描くように剣を振るう。

 

 アストライアの剣を覆う赤い炎が、巨大な三日月を描き、触れた魔物を余すことなく消し炭に変えていった。

 

 俺はその背中を見守りながら、自らの精神を深く集中させる。

 

――キンッ!

 

 その澄んだ音とともに、俺の周囲から戦場の喧騒や魔物の咆哮が、嘘のように遠のいていく。

 消えた雑音の代わりに、上空から静かで荘厳な讃美歌が降ってくるのを感じた。

 

 柔らかな光が、俺の周囲に湧き上がるように生まれる。

 淡く薄いその光は、この血生臭い戦場には似つかわしくない、確かな神威を備えていた。

 

[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]

 

 俺の近くへ、後転しながらフェリスが舞い戻ってくる。

 彼女は俺に魔物が近づかないよう周囲を警戒するように、腰を落としたまま怜悧な目元で辺りを見回した。

 戦闘の邪魔になるからか、すでにフードを取り払った彼女の瑠璃色の瞳は、戦士の輝きを宿していた。

 

 だが、彼女の眉は少し上がっていて、あからさまに嫌そうな顔をしていた。

 

[ System : Universal_Truth_Load 40% Reached ]

 

「フェリス! ローディングを完了した。四段階位だ。こっちへ来い」

 

 魔物の波の中、巨大な洗熊のような魔物が俺へ直接向かってきていた。

 

 フェリスは鮮やかな青の外套をひるがえしながら跳躍し、前方へ飛ぶように踏み込む。

 右手には逆手に持たれた紫色の短剣。

 水色の真っ直ぐな髪が、その動きに合わせて流れた。

 

 そのまま彼女は魔物の横で横回転し、巨大な洗熊の首筋を二度斬り裂く。

 魔物はそのまま息絶えた。

 

 フェリスは素早く後方へ跳躍し、後転しながら俺の胸元へ飛び込んできた。

 

「……声を聞いたら、殴る」

 

 彼女はそう言って、俺の耳を両手で塞ぐ。

聞かないから安心しろ、と俺は微笑みかける。

 

「いつも通り、速度上昇属性でいいな。かけるぞ」

 

 俺の手から溢れた柔らかな光が、彼女の細い身体を包み込む。

 魔法が甘く痺れる電流となって、フェリスの背筋を突き抜けた。

 

 フェリスは透き通る水色の髪を激しく揺らし、逃げ場のない快感を逃がすように、熱を持った額を俺の胸へぐりぐりと押しつける。

 きつく食いしばった薄い唇の隙間から、堪えきれなかった声が微かに漏れた。

 

「……ぅ。んぁっ! ……くっ! あ、あぁっ……! ぃや……っ」

 

 俺の神官服に押しつけられた彼女の髪から、荒い呼吸に混じって甘い汗の匂いが漂ってくる。

 しばらく俺の胸に額を押しつけたまま呼吸を整え、やがて彼女はゆっくりと落ち着きを取り戻した。

 

 顔を上げた瑠璃色の瞳には、まだ潤いが残っている。

 だが、その目元には凛とした戦士の表情が戻っていた。

 

 彼女は自身の身体の調子を確かめるように軽く跳躍する。

 俺たちのすぐそばでは、ルナリアが引き起こす戦闘の轟音が絶え間なく響いていた。

 

「……よし。……私は彼女の補助に入る。それでいいな?」

 

――俺が頷こうとした、まさにその時だった。

 

 俺たちの足元に、すうっと巨大な影が落ちる。

 嫌な予感とともに上空を見上げると、アズールに巨大な翼の影がかかっていた。

 

「ワ、ワイバーン!?」

 

 森林から飛び出してきたであろう亜竜が、俺たちの頭上へ迫ってきていた。

 

 は、早い。

 あっという間にここまで来てしまう。

 

 どうする。

 相手は飛んでいる。

 全部で五体。

 

 くすんだ墨緑色の鱗に覆われたワイバーンが四体、その中に一体だけ、ひときわ濃い黒緑の鱗をまとった個体が混じっている。

 

 ワイバーンたちは地上の俺たちを嘲笑うかのように、そのまま頭上を抜けようとしていた。

 

 全部が村の中へ飛び込んでしまったら……。

 

「ルナリア!! 地上の敵はすべて無視! ワイバーンを撃て!!」

 

 ルナリアは俺の声を聞いた瞬間、角猪への攻撃を完全に止めた。

 

[ System : Lunaria Reason_Gauge -10 ]

 

 跳び、身を捻り、最低限の回避だけを行い、いくらかの攻撃をその細い体に受けつつも、それらをすべて無視した。

 

「――ファイアランス! ――ファイアランス! ――ファイアランス!!」

 

 彼女の魔法はすべてワイバーンに命中する。

ワイバーンたちは標的をこちらへ向け直し、三体……いや、四体がこちらへ方向を変えた。

 

 村の方へ向かったのは、あの黒緑の一体か。

俺は目の前のフェリスを真っ直ぐ見た。

 

「こっちの四匹は、俺とルナリアでやる。フェリスはあの一匹を追え。絶対に負けるなよ」

 

 俺の指示を待っていたフェリスは、張りつめた顔のまま少し驚き、それから小さな口元に笑みを浮かべる。

 

「負けるな、か。……いいじゃないか。……任せろ」

 

 最後にフェリスは、慈愛のこもった瞳で俺を見つめたあと、鋭く身を翻した。

 そのまま一陣の疾風となって、村の方へ飛ぶように駆けていく。

 

 足元で様子をうかがっていたレオが、悩んだ末にフェリスの背中を追おうとする。

 

「レオ、待て。お前にも魔法をかけてやる。速度上昇の支援魔法と、防御結界だ。これでクロエを守れ」

 

 俺はしゃがみ込み、レオにも魔法をかけた。

初めは未知の感覚に戸惑っていたレオだが、やがて自分の四肢に一段上の速度が宿ったことを理解し、俺に応えるように力強く一声吠えた。

 

「ワン!」

 

 レオもまた、フェリスの背中を追って暗闇の中を矢のように駆け抜けていった。

 

 

# COORDINATE 0029 END

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