世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0003] Flame Incarnate Dragon 1

# Awareness_of_Dissonance:

 

 魔物に襲われていた親子は、近くの村からフリージアへ、奥さんの薬を買いに来た帰りだったらしい。

 ぜひ、お礼をさせてほしいと言われたが、魔法も見られてしまったことだし、お断りしておいた。

 

 あの街道で魔物が出ることは稀だ。今回、彼らが遭遇してしまったのは不運だったと言える。

 村も近いそうだし大丈夫だとは思うが、彼らがまた魔物に襲われでもしたら後味が悪い。

 俺は、念のためにギルドで買った聖水を一本譲った。

 高純度だから、下級魔物くらいは撃退できるだろう。

 

 俺たちは、彼らと別れて依頼のあった村へ再び向かっていた。

 

 現在は野営中だ。

 

 焚き火の薪が、ぱちぱちと弾ける音がしている。

 

 ルナリアが、串を通して焚き火で焼いた魚を俺に渡してくれた。

 親子からお礼としてもらった食材だ。

 旅中は保存食ばかりなので、実はかなり嬉しかった。

 

「あの人たち、無事でよかったね」

「ああ、そうだな。間に合ってよかった」

 

 焚き火の揺らめく光が、ルナリアの美しい顔に柔らかな陰影を作っていた。

 俺は塩気の効いた焼き魚を齧りながら、彼女のその神秘的な美しさに見惚れていた。

 

 食べ終わったルナリアが清潔な布で口元を拭った。

 彼女の潤った小さな唇が妙に艶めかしい。

 ルナリアはそのまま、新しい布を持って俺の口元へ手を伸ばす。

 

 彼女の温もりが近づいてきたのを感じた。

 

「ほら、油がついてるよ。拭いてあげるね」

「……いや、自分でやる……むぐっ。……ありがとう」

 

 彼女は、口元に笑みを浮かべて目を細めた。

 そして満天の星空を見上げながら言った。

 

「いつまでも、こうやって二人で冒険できるといいね」

 

 俺は、焚き火で照らされた彼女の横顔を見つめた。

 ルナリアは穏やかな微笑みを浮かべたまま、夢見るような赤い瞳で続けた。

 

「わたしたちなら、いつかS級になって、本当に語り継がれるような勇者パーティーになれるかも」

「……そうだな。そしたら悪い魔王をやっつけて、世界樹にでも住むか。女神様も喜ぶだろうよ」

 

 俺が冗談で返すと、ルナリアは顔をこちらに向け、楽しそうに瞳を輝かせた。

 

「あはは、それいいね!」

「だろ? それに、女神様にも、夢の中で世界樹を目指せって言われてるしな」

 

 彼女は湯を沸かす準備をし始めた。茶を淹れるためだろう。

 やがて俺の方へ視線を向け、驚いた様子で尋ねてきた。

 

「夢の中で? え、じゃあこの前、リゼット様の名前を呼びながら飛び起きたのも?」

「ああ、ここのところ同じ夢をよく見るんだ。毎回、世界樹を目指せって言われるんだよな」

 

 鍋の中で、湯がことことと沸き出した。

 ルナリアは茶を淹れて俺に渡し、自分も茶を淹れた木杯を持って座った。

 

「ねえ、きみは本当に勇者様なんじゃないの?」

 

 茶に口をつけながら、俺は苦笑して答えた。

 

「ありえないだろ。どこに攻撃手段を一切持たない勇者がいるんだよ。それを言うなら、お前が勇者だろう。俺はそのお供だ」

 

 俺が呆れて肩をすくめると、ルナリアは「んー」と可愛らしく唸りながら、胸をゆさりと揺らして俺に寄り添ってきた。

 密着した身体から、熱を帯びた甘い香りが漂ってくる。

 

「勇者どころか、きみはこの世界を救う救世主にだってなれる。わたしは本気でそう思ってるんだけどな。

攻撃なんて、わたしがいれば十分だよ。きみはその精神が勇者なんだよ、きっと」

 

 ルナリアの瞳には、徐々にどろりとした熱がこもり始めていた。

 

 だが、俺はそれに気が付かず、視線を落として木杯を見つめながら、少し別のことを考えていた。

 自分の呑気な考えに、違和感を覚えたのだ。

 

 あの夢を見るのは、この前のを含めて四回目だ。

 

 俺はあんな星空を知らないし、あんな少女も見たことはない。

 そんな女神様に、伝説の地を目指せと何度も言われる。

 これは、もう少し真剣に考えるべきものなんじゃないか?

 

 なぜ俺は、こんなにいつものことみたいに受け止めていたんだ。

 

 俺が勇者だとは思わない。しかし、何かしらの意味があるのかもしれない。

 調べるとしたら、聖都に行くか、王都に行くか。聖都は遠すぎるし、まずは王都の図書館あたりが無難か?

 

――女神リゼット。

 

 彼女は、ルナリアを世界樹に連れていくための案内役として、俺を選んだのだろうか。

 ルナリアは俺の言うことしか聞かないから、という理由だとしたら、神様も意外と世俗的なのかもしれない。

 

 

# The_Lich_Lord:

 

* * *

 

Core_Drive: 潜在欲求、欲望の源泉、魂の願望

Reason_Gauge: 理性、内的規範、存在の輪郭

 

"Core_Drive"と"Reason_Gauge"の拮抗と平衡が、生命に精神を宿す。

 

* * *

 

 田舎特有の、清涼な風が心地よく吹き抜ける。

俺たちは依頼のあった村へ到着した。

 

 のどかな田舎の平穏はそこにはなく、村を包む空気は重く沈んでいた。

 まるで鋭利な刃物を突きつけられているような、張り詰めた緊張感が村の隅々にまで満ちている。

 

 冒険者然とした俺たちを見て、藁にも縋るような切実な目を向ける大人たち。

 そして何も知らずに、広場で泥だらけになって笑い転げる子供たち。

 

 遊びに夢中になっている子供たちを見て、俺は少しだけ安心した。まだ致命的なところまではいっていないらしい。

 

「……ねえ、アルス」

 

 ルナリアが腰に帯びた剣の柄に、そっと手を添えた。

 その赤い瞳には真っ直ぐな正義感が鋭い光となって宿っていた。

 

「あの人たちの目、見てるだけで胸がぎゅってなる。でも、大丈夫だよね。だって、今日はわたしたちが来たんだもん」

 

 ルナリアは俺の顔を真っ直ぐに見つめ、凛とした声で続けた。

 

「きみが隣にいてくれるなら、わたし、この村に、影ひとつ落とさせない。あの子たちの笑い声、わたしたちできっと守ろう!」

「そうだな」

 

 冒険者ってのはかっこいいものだ。

 そして、こういう時に活躍してこそ冒険者だ。

 

「あいつらが明日も、あのあほ面のまま遊べるようにしてやろう」

 

 俺は腰に差した日本刀に左手をかけて歩き出す。

 

 到着の報告と依頼確認のため、俺たちは村長宅を訪れた。

 相当に困窮しているのだろうと、家の様子を見ただけで分かる。

 

 すぐに案内され、村長から現状の話を聞いた。

 古びた木の椅子に腰掛けた村長は、組んだ指を震わせながら、ゆっくりと、けれど切実な口調で語り出した。

 

「最初は、数名の若者が墓地へ行ったきり戻らなくなったのです。捜索に向かった自警団のうち、命からがら逃げ帰ってきた者が、死者が歩いていたと申しました。もう、五人が命を落としております」

 

 村長の話によれば、墓地はすでに生者の立ち入れる場所ではなくなっているとのことだった。

 死者を魔物化するということは、アンデッド・ミドル以上は確実だ。

 ギルドの報告どおりだった。

 

「そうですか……。お悔やみ申し上げます。俺たちがきっと解決してみせます」

 

 俺の言葉に合わせるように、ルナリアも力強く答えた。

 

「わかりました。わたしたちがきっと村を守ってみせます。行こう、アルス。わたしたちならリッチでもヴァンパイアでも、魔王にだって勝てるよ!」

 

 隣に座るルナリアが立ち上がった拍子に、胸元の豊かな質量がぷるんと震えた。

 

 魔王は無理だよ。

 俺は恥ずかしさを誤魔化すように内心で茶化しつつ、気合を入れ直した。

 

 そうだ。俺たちなら守れる。勝てる。

 ルナリアとなら、どんな困難も乗り越えられる。

 

 アンデッドは、夜に活動を開始する。

 俺たちは日没を待ち、村から離れた高台にある共同墓地へと移動した。

 夕陽が完全に地平線の向こうへ沈み、冷たい夜の帳が共同墓地を包み込む。

 

 宵闇の星空には、青白い月である『アズール』が浮かび始めていた。

 

 墓地の中から、魔物の蠢く音が聞こえてくる。

 墓石の間をうごめいているのは……十数体のスケルトンの群れ。

 

 かちゃ……かちゃ……と、嫌な骨の鳴る音が静寂をつんざく。

 少し数は多いが、ルナリアの敵じゃない。

 

 だが……。

 

 スケルトンの群れのさらに奥。

 邪悪な魂を感じさせる、浮かぶように佇む、襤褸布をまとった不吉な影。

 

(……最悪の状況を引き当てたな)

 

 アンデッドの群れを率いていたのは『リッチ』だった。まごうことなき、ハイ・アンデッド。

 

 ここは魔力の濃い大森林じゃない。

 こんな辺境にいるってことは、手も足も出ないような規格外の個体ではないだろう。

 だがそれでも、ハイ・アンデッドには違いない。

 俺たちには十分すぎる脅威だ。

 

「もう少し、信心深くしておくんだったなあ」

 

 俺は内心の舌打ちを、軽口で誤魔化しながら、ルナリアの華奢な背中へ手をかざした。

 魔法攻撃力向上と、速度上昇の支援魔法を立て続けにルナリアの身体へ流し込む。

 そうあれと願うだけで俺の魔法は発動した。

 

「魔法攻撃力向上と速度上昇だ。魔法攻撃から入ってくれ。奥のリッチの魔法を警戒しろ」

 

 淡い光がルナリアの身体を包み込む。

 びくっと彼女の華奢な肩が跳ね、甘く艶っぽい吐息が夜の空気に漏れた。

 

「……んっ、ぁ……っ。そんな一気に……。すごく熱い……。んぅ……っ」

 

 ルナリアは震える身体を意志で抑えつけ、毅然とした姿勢を取り戻した。

 

「はぁっ……ん、でも、すごい力……これならっ。任せて、アルス!」

 

 ルナリアは力強く頷くと、一切の躊躇なく前へ踏み出した。

 アストライアの剣はまだ抜かず、前方へ真っ直ぐに左手を突き出す。

 

「――ファイアブラスト!!」

 

 魔法名を口にするだけで、未知の力が彼女の左手に収束した。

 彼女の左手から撃ち放たれた紅蓮の炎は爆発的に広がり、夜の闇を真昼のように照らし出す。

 熱波が頬を叩き、数体のスケルトンが炎に呑み込まれた。

 

 ルナリアの火力なら、この一撃で群れの半数は消し炭になるはずだった。

 だが、炎が収まったあとも、数体のスケルトンがかろうじて立ち上がってくる。

 

 スケルトンは黒い靄のようなものに守られていた。リッチの強化魔法がかかっているのか。厄介だな。

 

「ルナリア、突っ込め! 前衛を崩してくれ! こっちは気にするな!」

「了解っ!」

 

 ルナリアはアストライアの剣を抜き放つ。

 

 刀身が爆発的な炎を纏い、宵闇を鮮烈に照らし始める。

 業火の炎が唸りを上げ、肌を刺すような熱波となって俺の頬まで届いた。

 

 燃え盛る炎の光が、ルナリアの金糸の髪と、星の宿る赤い瞳を鮮烈に照らし出す。

 炎の熱で陽炎のように揺らめく視界の中、彼女は大地を深く踏み込んだ。

 

 轟音を立てて飛ぶように突進したルナリアは、残ったスケルトンの群れの眼前へ瞬時に辿り着く。

 スケルトンが右手に持った古びた剣を振り下ろした。

 だが、ルナリアはそれを見ることすらせず、赤い炎の剣を横へ振り抜いた。

 斬撃がスケルトンを両断し、砕かれた骨が後方へ吹っ飛んでいく。

 

 ルナリアは踊るように剣を振るう。

 

 業火の剣が縦横無尽に炎の軌跡を描きながら、次々にスケルトンを両断していく。

 炎の女神のような彼女の剣技は、暴力的な美しさだった。

 

 俺は腰の日本刀を抜き放ち、奥にいるリッチの動向に注意を払う。

 だが、乱戦の中、数体のスケルトンがルナリアをすり抜け、俺に殺到してきた。

 

「まあ、そりゃそうかっ! こっちに来るよな!」

 

 俺は、スケルトンが振り下ろす錆びた剣を、下から弾き上げる。手首に重い衝撃が走った。

 自分の近接能力はしっかり把握している。俺は殴り合ったら中堅以下だ。

 まともに打ち合う気など毛頭ない。

 

 いなし、弾き、姿勢を低くして地面を蹴る。

 俺はスケルトンから距離を取るように走りながら、前衛で剣を振るうルナリアへと声を張り上げた。

 

「ルナリア! スケルトンを倒しつつ前線を押し上げろ! 俺が呼んだらすぐ下がれ!」

「わかった! アルスは防御を優先してねっ!」

 

* * *

 

 夜の帷の中、アルスがルナリアへ指示を飛ばす。

 

 少女の理性を削る、少年の力強い言葉が魂に響く。

 それは、彼女の根源的欲求< Core_Drive >を甘く刺激した。

 

[ System : Lunaria Reason_Gauge -10 ]

 

* * *

 

 リッチの動きを注視している俺は違和感を覚えた。

 なぜ、攻撃をしてこないんだ。様子見か?

 そう思った瞬間、奥に佇んでいたリッチを覆う黒い影が、不気味に揺らいだ。

 

 空気が凍りつくような、冷たく濃密な魔力の奔流が起きる。

 未知の力が収束していく。

 

 脅威を見定めていたのか?

 いや、そんなことを考えている場合ではない。

 俺はスケルトンをいなしながら走り、急いでルナリアへ指示を飛ばす。

 

「ルナリア! リッチの魔法攻撃がくる! 避けろ!」

 

 ルナリアは俺の指示を聞き、即座に後退しようと地を蹴る。

 だが、運悪く足元に半壊したスケルトンが這いつくばっていた。

 彼女の細い足首が、容赦なく捉えられてしまう。

 

「っ……!」

 

 ほんの一瞬の足止めが、ルナリアに致命的な隙を生んだ。

 リッチの放った黒い槍が、空間を削り取るような音を立てて彼女へと迫った。

 ルナリアは業火を纏う銀の剣で、かろうじて防御姿勢をとる。

 

「くぅっ……!」

 

 止めきれなかった魔法の力がルナリアを襲う。

 鈍い衝撃音と共に、濃紺のバトルドレスの肩口が裂かれた。

 

「ルナリア!」

「心配しないで! わたしは大丈夫! あんな魔法くらい、かすり傷だよ!」

 

 体勢を立て直したルナリアが、気丈な声で叫び返す。

「もうっ! アルスに格好悪いところ見せちゃったじゃない! 容赦しないよっ!」

 

 彼女は本当に軽傷のようで、その剣技には少しの陰りも見えない。

 アストライアの剣を覆う炎は、彼女の想いに呼応してさらに強く燃え上がり、スケルトンの数をどんどん減らしていく。

 

 なんであいつは、リッチの魔法をまともに食らってかすり傷なの?

 

 相棒が与えてくれる新鮮な驚きに、俺は心の中で呟いた。

 

 だが、俺にそんな余裕などあるはずがなかった。

 背後から勢いよく迫ってくる魔物の足音に、俺は振り向く。

 スケルトンが、俺へ向かって古びた武器を振り下ろしてくる直前だった。

 

「うぉ!? まずい、俺の方がやばい。俺の相手はスケルトン二体なのに!」

 

 迫る古びた剣を、日本刀で弾いた。

 もう一体が、硬直した俺に武器を振り下ろしてきた。

 無理やり身体を動かし、後ろへ跳んで回避する。

 

 だが、それは明確に焦りからきた判断ミスだった。

飛び退いた先に、大きな古い墓石の欠片があった。足が引っ掛かり、俺は無様に地面へと転がる。

 

 仰向けになった俺の視界に、錆びた刃を容赦なく振り上げる二体のスケルトンが映った。

 

「くそっ」

 

 無駄だと理解しながらも、刀で防御しようと腕を上げる。

 

――死ぬ。

 

 そう直感した瞬間だった。

 

「わたしのアルスに、触るなああぁぁっ!!」

 

 凄まじい踏み込みの音が聞こえた。

 

 暴風のような熱波と共に、金色の髪をなびかせたルナリアが、俺の視界の端から人知を超えた速度で飛び込んできた。

 

――赤い閃光。

 

 アストライアの剣が、横一文字に薙ぎ払われる。

 俺に刃を振り下ろそうとしていた二体のスケルトンは、その業火の刃によって上下に両断された。

 火炎の勢いは止まらず、凄まじい破砕音とともに、スケルトンだった骨が辺りへ飛び散った。

 

 遅れて爆ぜた炎の余波が、彼女の白いスカートを激しく捲り上げた。

 

[ System : Lunaria Reason_Gauge -20 / Phase Overheat Reached ]

 

 空に浮かぶ青白い月。アズールが、蒼く瞬いた気がした。

 

 

# COORDINATE 0003 END

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