世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0030] Wyvern Battle 1

# Jet_Coaster_Romance:

 

 フェリスとレオが村の方へ駆け出すのと同時に、俺はルナリアの方へ駆け寄った。

 

 幸か不幸か、押し寄せる巨大洗熊が肉の壁になっており、上空のワイバーンはうまく降下して攻撃できずにいる。

 

 ルナリアが前線で時間を稼いでいるのを確認し、俺は早々にローディングに入る。

 

――キンッ!

 

 俺の周囲から戦場の喧騒が引き、静かに流れる讃美歌を耳に感じながら、夜空を旋回するワイバーンを観察する。

 

 くすんだ墨緑色の強靭な鱗に覆われた大きな体。

 そして、その体の倍はあろうかという巨大な翼。

 上級魔物のワイバーンだが、その脅威度の大半は飛行能力に由来しているはずだ。

 

[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]

 

 俺がローディングを続行していると、背後の暗闇から微かな魔物の気配がした。

 ちらりと後方を見る。

 一体の大猪がこちらへ向かってきていた。

 だが、ここで移動したらまたローディングのやり直しだ。今は動けない。

 

「ルナリア!」

 

 俺の声を聞き、彼女が弾かれたようにこちらを振り返る。

 その機敏な動きに合わせて、艶やかな金糸の髪が、月明かりを浴びて夜空にきらめいた。

 

「――ファイアランス!」

 

 彼女は振り返りざま、激しく身を捻って魔法を放つ。

 純白のミニスカートが遠心力で大きく翻り、その下のなめらかな太ももが夜の闇にさらされた。

 

 その肌に一瞬視線を奪われる。

 そんな俺の横を、凄まじい熱量を持った炎の槍が高速で通り過ぎていった。

 

 直後、背後で鋭い火炎の槍が爆ぜる音がした。背後の魔物は一撃で炭化しただろう。

 俺は振り向かず、そのまま集中を続ける。

 

 この戦いでやらなければならないことはふたつ。

 ひとつは、魔物の群れの敵視を俺たちに引きつけ続けること。

 もうひとつは、まだ完全に敵視を固定できていないワイバーンが飛び去る前に、再度攻撃を加えることだ。

 

 前者はすでに達成されている。

 魔物は攻撃してきた相手を無視できない。

 俺たちを狙い続けるだろう。

 

[ System : Universal_Truth_Loading... 40%... 50%... 60% ]

 

――達成するために必要なのは、俺の勇気。

 

[ System : Universal_Truth_Load 70% Reached ]

 

「ルナリア! 戻れ!」

 

 俺の鋭い声を聞き、彼女は赤く燃え盛るアストライアの剣を両手で握り直し、左から右へ鋭く振り抜いた。

 赤い炎は刃となり、彼女に殺到していた魔物の集団の右側をまとめて両断する。

 

 ルナリアは軽く跳び上がりながら、両手で持った剣を手早く返す。

 

 今度は上段から一気に振り下ろした。

 

 紅蓮の炎が剣閃に合わせて線を描き、火炎が爆ぜる。

 ルナリアの正面近くにいた魔物は消し炭になり、距離のあった魔物も爆風で吹き飛んでいった。

 

 攻撃力はルナリアだけで足りている。

 必要なのは速度だ。

 

 彼女はその場で身軽に跳躍し、空中で身を捻りながら俺の足元へ駆けてくる。

 

 激しい戦闘のせいで、その細い体はじっとりと汗で濡れていた。

 濃紺のバトルドレスが肌に張りつき、その薄布越しに、柔らかで豊かな胸の輪郭が強調されている。

 

 しかし、青白い魔法の光に照らされた彼女の美しい顔には、一切の疲労の色は見えなかった。

 

「ルナリア、属性は速度上昇。階位は七段だ」

「うん」

 

 ルナリアは短く答える。宝石のような赤い瞳は俺を捉えて離さない。

 俺は魔物たちから意識を逸らさないよう視線を前方へ向けつつ、左手を彼女へとかざした。

 

 俺の手のひらから流れる支援魔法を受け、ルナリアの身体がびくりと跳ねた。

 焼けつくような電流に貫かれたように、彼女は背を反らし、熱い吐息を漏らす。

 

 弓なりに背を反らしたルナリアが、熱い吐息とともに掠れた声を漏らす。

 

「あっ……! ぁあんっ……なかが……! んぁ、熱い……っ! ……んくっ!」

 

 それでも、彼女はしっかりと銀の剣を握ったまま立っている。

 堪えきれない快感の波が彼女の体の震えとなって現れ、下着に覆われていない胸の輪郭が、彼女の動きに合わせてぶるんっと生々しく揺れた。

 

 熱に潤んだ赤い瞳は、それでもなお俺を真っ直ぐに見つめている。

 

「攻撃力は上がってない。その速度向上でワイバーンの進路上の敵をすべて倒し、ワイバーンを攻撃する」

「んあ……っ。はぁっ、はぁ……。わ、わかった。大丈夫。任せてよ! 待ってて!」

 

 俺は、熱に潤んだルナリアの唇が言葉を紡ぐのを見ながら、悩んでいた。

 とても怖い。魔物と戦うよりも怖い。

 

 俺たちのやるべきことは、魔物の群れを一直線に突き抜け、ワイバーンへ素早く接敵して攻撃することだ。

 だが、巨大洗熊や猪の後ろには、オーガやトロルといった中級魔物も混ざり始めている。

 

 突破自体はルナリアだけでできる。

 だが、そのあと追ってくる連中も倒さなければならない。

 これを確実に達成するには、火力担当の隣に支援担当もいなければならない。

 

「……? どうしたの、アルス? お腹いたいの?」

 

 ルナリアは普段通りだ。

 それを見た俺は、躊躇する気持ちを抑え込み決心する。

 

 怖くない。怖くないぞ。

 

 そもそも、こいつ一人だけを危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 

「……ルナリア、いいか。合体だ」

「……? ……え!? な、なに言ってるの!? だ、だめだよ、こんな所でっ!」

 

[ System : Lunaria Reason_Gauge -10 ]

 

 真っ赤になった顔。

 その綺麗な宝石のような瞳の中の星が、ぐるぐると落ち着きなく動いている。

 

 綺麗な唇が少しだけ、だらしなく開いていた。

 

「……ちがう。いや、ごめん。俺も怖くて、茶化した言い方になってしまった。そうじゃなくて――」

 

 

——アズールが青白く照らす、夜の暗闇の中。

 

 ルナリアが、異常な速度で加速し、魔物の群れへ向けて鋭く跳躍する。

 

 そんなルナリアの背中に、俺はしがみついていた。頬を、夜気が冷たく撫でる。

 

 ルナリアが中空へ飛び上がった頂点で、凄まじい慣性に引かれて俺の体がふわりと浮き上がる。

 これまでの人生で経験したことのない異常な速度と、恐ろしい高さから見る初めての景色。

 

 それらが、魔物との戦闘など比ではない、本能的な恐怖を俺に与えた。

 

「…………っ! ……………っ!!」

 

 声を出すこともできない。声を出したら落ちてしまうんじゃないか。

 そんな恐怖に涙目になりながら、俺はルナリアの首元へ必死にしがみつく。

 彼女の甘い汗の匂いが、中空の暴風の中で少しだけ俺の鼻をかすめた。

 

 俺は気力をなんとか取り戻し、しがみついている両手のうち、左手に意識を集中させる。

 

「ル、ルナリア! 物理攻撃力向上をかけた!」

 

 中空で器用に自分の体だけを回転させたルナリアは、振り落とされそうになっていた俺を正面へ抱え直し、左腕だけで優しく支えた。

 

 彼女の柔らかい胸の感触が、俺の身体へ温かな柔らかさを伝えてくる。

 涙目になっている俺の顔に、風に舞う彼女の金糸の髪がふわりとかかった。

 

 そのくすぐったさが、少しだけ俺を落ち着かせる。

 

 ルナリアは透き通るような優しい赤い瞳で俺を見つめ、それからうっすらと微笑んだ。

 俺が落ち着いたのを見て、彼女の目元に戦士の鋭さが戻る。

 中空で、左手に俺を優しく抱え、右手に銀の剣を握る。

 

 彼女はその銀の剣を上段へ構えた。

 その剣を覆う炎は、夜空を焦がすほど熱く燃え盛っている。

 

 ルナリアは勢いを殺すことなく鋭く下降し、着地する寸前でアストライアの剣を一気に振り下ろした。

 俺は彼女の剣閃を、こんな至近距離で見るのは初めてだった。

 

 もはや、それは俺には赤い一筋の閃光にしか見えなかった。

 

 彼女の振り下ろした剣は、燃える赤光の奔流となって前方の魔物をすべて消し炭に変える。

 

 完全に油断していたのだろうワイバーンが一体、運悪くその赤い光の進行上にいたせいで、呆気なく首を両断された。

 

 ……えぇ。

 速度を上げただけなのに、なんなんだあれは……。

 

 あ、やばい。

 

「……ぐふえっ!」

 

 着地した瞬間、ルナリアの肩から俺の体へ凄まじい衝撃が伝わり、俺は呻いた。

 その声を聞いて、ルナリアは次の動作へ移るのを一瞬ためらう。

 

「……俺に遠慮するな。跳べ!」

「……うんっ!」

 

 ルナリアは俺の声を聞き、再び前方へ向かって大きく跳躍した。

 左右にいた巨大な猪たちが、ルナリアを挟み撃ちにしようとする。

 だが、その速度にまるで反応できず、お互いに激突して無様に潰し合った。

 

 俺は再び、信じられない高度へと連れて行かれる。

 

 ルナリアが遠慮しないよう、俺は必死に悲鳴を我慢して、彼女の柔らかい首筋にしがみついた。

 中空で、ルナリアは俺を抱いたまま、銀の剣を握った右手の拳を力強く突き出す。

 

「――ファイアブラスト!」

 

 俺たちが着地するであろう方向へ放たれた業火は、待ち構えていた巨大洗熊を、悲鳴を上げる間もなく炭化させた。

 

 今度は、俺の負担を減らすように、彼女の肉感のある太ももが衝撃を吸収して柔らかく着地する。

 

 ワイバーンは、一体が即死した影響か、残る三体は強くこちらを警戒しつつ、一定の距離を保って上空を飛翔している。

 

 もうすぐそこだ。俺たちの射程に入る。

 

 俺はそれを視線に捉えたまま、ルナリアの腕の中から飛び降りた。

 

「いてて……っ」

 

 全身の骨がきしむような悲鳴を上げている。

 俺は自分に回復魔法をかけ、さらに速度向上も付与した。

 

 ルナリアは少し心配そうで、それでいてどこか名残惜しそうな瞳で俺をじっと見ていた。

 

 やがて、群れの後方から巨大猪を無造作に蹴り飛ばしながら、数体のオーガとトロルが地響きを立てて迫ってくる。

 

 前方へ躍り出た三体のトロルが、丸太のような巨大な棍棒を頭上高く振り上げ、一斉に俺たちへ振り下ろしてきた。

 

「左二体の棍棒は俺が止める! 走るぞ」

「わかったよ!」

 

 俺は咄嗟に左手を突き出し、防御結界を手早く前方に展開した。

 それと同時に、ルナリアは爆発的に加速しながら、右手に握る業火の剣を上段に構える。

 

 すさまじい衝撃音が響き、左のトロルの棍棒が俺の防御結界を叩き割る。

 

 その反動でトロルは後ろへ仰け反った。

 

 ルナリアが振り下ろした業火の剣が、右のトロルの分厚い胴体を左右に両断する。

 

 赤い剣閃は前方の魔物ごと地面を抉り、一直線の突破口をこじ開けた。

 

「ルナリア!」

「うん!」

 

 俺たちは残っている魔物を完全に無視し、ルナリアが切り開いたその道へ一気に加速した。

 

 背後から、怒り狂ったトロルとオーガが地鳴りを立てて追いかけてきた。

 

 駆けながら、ルナリアは再び左手で俺の体を抱きかかえた。

 細くしなやかな腕が俺の腰に回り、俺は重心を安定させるため、右腕を彼女の首へ回す。

 

 密着した瞬間、彼女の汗ばんだ肌の熱と、二つの柔らかな膨らみが、俺の体にむにゅりと形を変えて押しつけられる。

 その生々しい感触に戸惑う暇もなく、ルナリアは再び前方へ向かって鋭く跳躍した。

 

 今度は俺の恐怖心は煽られなかった。

 俺は高くなければ大丈夫なのか。

 ……あれは二度とやらない。

 

 ルナリアには七段階位の速度上昇がかかっている。

 その彼女の跳躍力は、背後のオーガとトロルを一瞬で大きく引き離した。

 

 抱きかかえられる格好になっている俺は、追ってくるそいつらを視界に捉えたまま警戒を続ける。

 トロルは何を考えているのか、焦って棍棒を投げつけてきた。

 俺は防御結界を展開し、それを完全に防ぐ。

 

 これで前列にいた魔物とは距離ができた。

 

「ルナリア。止まれ」

 

 ふわりと着地し、ルナリアは優しく俺を降ろした。

 彼女は後方から追ってくるオーガとトロルを見据える。

 その背で、俺は前方上空のワイバーンを目に捉えた。

 

 ……未だ、飛竜が降りてくる気配はない。

 

 俺は星切を抜刀する。

 

「ルナリア、始めろ」

「えへへ……。久しぶりだね。この感じ」

 

 彼女は頬を上気させ、俺の顔を見てたまらなく嬉しそうに笑った。

 

 ルナリアは押し寄せる魔物の方へ向き直る。

 その横顔は月明かりに照らされ、柔らかな陰影を作っていた。

 

 眉はすっと斜めに走り、目元には戦士の鋭さを宿している。

 赤い宝石のような瞳は、熱に潤みながらも真っ直ぐ前方の魔物を捉えていた。

 

 ルナリアは白いスカートから伸びる脚をわずかに開き、銀色の剣を両手で握って静かに正眼に構える。

 アストライアの剣は、真っ直ぐ夜空を指していた。

 

[ System : Universal_Truth_Loading... 5%... 10%... 20% ]

 

 徐々に、彼女の華奢な体を揺らめく赤い炎が覆い始める。

 静かな、飛竜などとは違う本物の竜の唸り声が地の底から響いてくる。

 

[ System : Universal_Truth_Load 30% Reached ]

 

 ワイバーンとトロルたち、そのどちらに奥義を撃つべきか。

 俺はそれを見極めるため、ワイバーンを観察する。

 ワイバーンが、ルナリアから発生している唸り声に怯んでいるように見えた。

 

「ルナリア、攻撃対象はトロルたち、群れの方だ」

 

 竜を宿し始めた彼女の背中に、俺は左手を添える。

 魔法攻撃力向上の支援魔法を流し込むと、彼女は少しだけ甘い吐息を漏らした。

 

「……んぁっ! ……ふぅ……。……わかった。任せて!」

 

 揺らめいていた炎は、徐々に眩さと熱を増し、紅蓮へと変わっていく。

 その輝きはさらに赫く激しさを増し、夜の高原で彼女だけが太陽のように眩く輝いていた。

 

 ルナリアが、正眼の剣を右下に引いて鋭く上空へ跳躍する。

 

 空を駆けるように昇った彼女は、頂点で大きく身をひねり、燃え盛る銀の剣を振り上げた。赤い炎の半円が描かれる。

 

 赫く光り輝く紅蓮の炎が、収束する。

 彼女の魂に呼応し、火炎が貌を変える。

 

 それは、紅蓮の竜。

 

 赤く、赫く、燃え盛る竜を従えたルナリアの瞳に宿る星が、強くキラキラと輝きを放つ。

 

「――アストライア・フレイムインカーネイト!!」

 

[ System : Astraea / Flame Incarnate Dragon, Manifest! ]

[ System : Lunaria Reason_Gauge -20 ]

 

 彼女が、アストライアの剣を振り下ろした瞬間。

 轟音とともに、解き放たれた紅蓮の竜のあぎとが、押し寄せる魔物へ容赦なく喰らいつく。

 

 紅蓮の竜が、夜空を真っ赤に染め上げる。

 地上で群れるオーガとトロルたちを、その存在ごと呑み込み、跡形もなく消し飛ばした。

 

 紅蓮の竜は勢いのまま、高原の大地を抉り融解させる。地面が赤く溶けて凹み、業火が円形の荒野を作り出した。

 

 魔物ごと大地を喰らった紅蓮の竜が、夜空へ消えていく。

 

 俺はワイバーンを視界に捉えつつ、横目でルナリアの凄まじい勇姿を見ていた。

 

「うおお! よくやった。さすが、ルナリアだ!」

 

 本当に凄い。

 残っていたすべての中級魔物を、ルナリアは吹き飛ばしてくれた。

 

 わずかに残る下級魔物では、もはや彼女の敵ではないだろう。

 彼女は奥義の爪痕が刻まれた、丸く抉れた荒野へ軽やかに着地する。

 

 その姿を見て、俺が一瞬だけ安堵した、その時だった。

 高原に、ワイバーンの甲高い鳴き声が響く。

 

「キィィィィィィ!」

 

 紅蓮の竜の気配が消えたからか、ワイバーンが唐突に攻撃に移った。

 

 二体がルナリアへ、一体が俺に狙いを定めて滑空してきていた。

 

 地を這うように迫るワイバーンの牙が、俺を捉える。

 咄嗟に跳んで避ける。

 だが、上級魔物の速度は速い。

 ワイバーンの巨大な爪が、準備しておいた防御結界を貫通し、俺の脚を削った。鮮血が迸る。

 

「アルス!」

 

 

# Moonlit_Fairy:

 

* * *

 

 真っ暗な高原の斜面を、私は一陣の風となって駆け上がっていた。

 

 アルスの祝福を受けた私は、疾風だ。

 後方の川沿いからは、ルナリアが引き起こしているであろう轟音が響き、凄まじい炎の光が時折、私の前方の暗闇へ影を落とす。

 

(……あいつも、だいぶ私に遠慮がなくなってきたじゃないか)

 

 アルスの「絶対に負けるな」という言葉のほうが、支援魔法よりよっぽど私の心へ力を与えていた。

 私は走りながら、上空を滑空しているワイバーンの巨大な影を見やる。

 村の上空を旋回していたそれは、ついに明確な進路を定めて降下を始めた。

 

(広場の方か)

 

「……レオ、私は全力で駆ける。先に行くぞ」

「ワン!」

 

 後方から懸命に走ってきているレオへ短く声をかけ、私は全速力で大地を蹴り出した。

 ぐんぐんと、レオの気配が背後へ遠ざかっていく。

 

 視界に入った畑の木柵へ向かい、私は速度を緩めることなく跳躍した。

 中空で前転しながら滑らかに位置を調整し、柵の上へ両足で乗る。

 その柵を蹴って前方へ向かって跳躍する。

 跳んだ直後、足場にした柵が私の踏み込みの力で粉々に砕け散った。

 

(しまった。柵が粉々になってしまった。後で直さなければ)

 

 私は畑の作物を踏まないようにしつつ駆け続け、やがて何軒かの家屋が視界に入ってくる。

 大地を強く踏み込む。

 何度かの跳躍で速度を上げ、跳躍範囲に入った瞬間に民家の屋根へ飛び乗った。

 

 鮮やかな青の外套が大きく翻り、冷たい夜風が、ニーハイとワンピースの裾の隙間に露出した私の太ももをひんやりと撫でる。

 

 最初は、跳ぶたびに太ももを撫でる風に慣れなかった。

 だが、まだそう日も経っていないのに、今ではもう当たり前のように感じている。

 

(……アルスがいないと、外套を翻す張り合いもないな)

 

 そんな益体もないことを考えながら、屋根の上から素早くワイバーンの位置を再確認する。

 広場前の上空にいる。追いついた。

 眼下のいくつかの民家には、不安げな明かりが灯っていた。

 

 その先、村の中心にある一際大きな建物の前に、松明を持った人々が集まっているのが見えた。

 遠目にも、男たちが武器や農具を手に周囲を警戒しているのがわかる。

 

 辺境の村とは思えない対応力だ。

 

 昔、この村を救ったのはリナルドだと言っていたな。ならば、あれはリナルドの影響か。

 あいつは昔から、異常に強いくせに、人を使うことにも、誰かと共に戦うことにも一切躊躇がなかった。

 

 私は走りながら、フードを被るべきか少し迷い、結局そのままにした。

 

 青い外套の中へ押し込めていた長い髪へ手を入れ、外へ流す。

 私の真っ直ぐな水色の髪が、夜風に吹かれてはためいた。

 

 髪や耳を晒すのは苦手だ。

 

 もちろん、嫌な奴ばかりではない。アルスたちのようないい奴もいる。

 だが私は怖い。

 変わった態度が怖いんじゃない……変わるかもしれないことが怖いんだ。

 

 だが、まあ……。

 

 この村を救ったのは、私の弟らしいからな。

 

 あいつが守った村だ。

 今度は私が助けてやろう。

 

 私は思い切り屋根の端を踏み込もうとして、先ほど自分が柵を粉砕したことを思い出す。

 軽く跳躍して屋根から飛び降り、今度は土の地面を強く踏み込んで、全速力で集会所へ向かって地を蹴った。

 

* * *

 

 夕食を終えた私は、妻の淹れてくれた温かい茶を飲みながら、息子の話に耳を傾けていた。

 一生懸命にまくし立てている息子は、話に夢中になると目元が妻にそっくりになる。

 

「父ちゃん! 聞いてるのかよ!」

「そんなにがならなくても聞いてるよ。クロエちゃんの話だろう?」

 

 妻と息子と平和に暮らす私は、のんびりしたライオル村の中でも平凡な男だと思う。

 そんな私にとって、夕食後に家族と語らうこの時間は宝物だった。

 まあ、語らうというには我が息子は少し声が大きいのだが。そこも妻に似ている。

 

 本人は気がついているのかいないのか、近所のクロエちゃんの話ばかりだ。

 やれ彼女が生意気だとか、負けたくないだとか、そんな内容の繰り返しだった。

 

 なるほどなあ……。

 こいつはクロエちゃんが好きなのか。

 

 そんなふうに、息子の成長を少し眩しく、嬉しく思っていた時だった。

 

 そのクロエちゃんの家で飼われているレオが、こんな夜更けに突然、けたたましい遠吠えを始めた。

 最初、私は賢いレオがこんな時間に鳴くなんて珍しいな、とのんびり思っていた。

 

 だが、私は十年前の魔物襲撃事件をはっきりと覚えている。そして今夜は防備当番の日でもあった。

 私は妻へ様子を見に行くことを告げると、急いで物置へ隠してあった剣を取り出し、集会広場へと走った。

 

 この村では、あの魔物の襲撃以来、自衛のために多くの家が密かに武器を所持していたのだ。

 

 集会広場には、すでに見知った男たちが何人か集まっている。

 

 村一番の体格と腕っ節を持つ強者、ローランが私の方へ顔を向けた。

 彼は私の名前を呼び、その厳つい顔に笑みを浮かべる。

 

「む。マルセル、来たか。早いな。……めったなことがなければいいが。……皆、警戒しておこう。あの日も、こんな、ただの普通の日だったんだ」

 

 私はローランの言葉を聞いて、ふと思う。

 もし異常事態なら、村長が話していた彼らの助けを借りられないだろうか。

 

「なあ、ローラン。今日、村長が言ってなかったか? 武装請負業の戦士が三人、この近くで野営するって」

「そういえば言っていたな。もし何かあれば依頼したいところだ。誰か、呼びに――」

 

 その時だった。

 

 私たちが広場で相談している最中、村の近くの川の方角から、大地を揺るがすような轟音が響いた。

 音のしたほうへ目を向けると、ときおり眩い赤い炎の光が、遠くの夜空を鮮烈に照らし出している。

 

 私たちの動きは早かった。

 魔物の襲撃かどうかの確認は、避難が終わってからでいい。まずは、村民の避難だ。

 

「マルセル! 村民を集めろ、戦えるものは武器を。女子供は避難させるぞ!」

「ああ、集会所でいいな!」

 

 村の大人たちは皆、十年前の事件を覚えている。

 私を含め、全員が手早く村の各所へ散っていく。

 それぞれが割り当てられた区画の避難誘導を始め、全村民を広場へ集める。

 戦える者は武器を持って警戒を続け、女子供は頑丈な集会所へ押し込み、分厚い木の戸を固く閉ざした。

 

 ひととおりの避難を終え、この場を守る者と、川の方面へ現地確認へ向かう者を決めようとしていた、まさにその時だった。

 

 風を斬り裂くような音とともに、絶望を運ぶような影が夜空に現れた。

 見たこともない、巨大な羽の生えた蜥蜴のような魔物。

 

 羽蜥蜴は周囲に凄まじい暴風を巻き起こしながら、集会所の前へ、獲物を定めるように降り立った。

 その巨大な威容に、恐怖を感じながらも私たちは武器を持って立ち塞がる。

 

 私たちの背後には、愛する家族が震える集会所があるのだ。

 

「く、くそう……! うちの子には手出しさせない!」

「いいか、お前ら! 俺たちの家族を守るぞ!」

 

 かつて、リナルドと共に魔物と戦った経験が私たちの恐れを抑え、かろうじて剣や槍を構えることができていた。

 羽蜥蜴は私たちを一瞥し、短く羽ばたいて飛翔する。

 まるでそれは、ここにいる人間が取るに足らない敵だと理解したかのような、傲慢な動きだった。

 

 そして上空から滑空し、一番前に立っていたローランを、巨大な爪で抉り飛ばした。

 

「がはっ……!」

 

 ローランは辛うじて剣で致命傷を防いだ。

 だが、その直撃を受けた彼は体を強く地面に打ちつけられ、そのまま血を吐いて気を失う。

 

 ローランは、この村でもっとも強い男であり、皆の防衛の精神的支柱だった。

 その隣でそれを間近に見てしまった私は震え上がる。私はいたって平凡な男なのだ。

 だが……私の背後の集会所の中には家族がいる。

 

 私は絶望で膝が折れそうになるのを必死に堪え、勇気を振り絞って怯む仲間たちを鼓舞した。

 

「ローラン!! く、くそ……! 怯むな、お前ら!」

 

 私たちは自分たちを奮い立たせるように雄叫びを上げ、その身命を賭して家族を守ろうと武器を構え直す。

 羽蜥蜴は、一撃で肉塊に変えるつもりだった人間が死ななかったことに警戒したのか、再びゆっくりと羽ばたき、決して地べたの人間が届かない高さまで飛び上がった。

 

 戦士ではない私には、羽蜥蜴の行動が何を意味するのかはわからない。

 だが、それが破滅的な不幸を撒き散らす何かだとは感じていた。

 

 飛翔する羽蜥蜴が、人間には理解できない不気味な言葉を紡ぎ始めた。

 

「I, a nameless dweller of the mocking sky, manifest the spear that pierces fools who reach for the heavens.」

 

 羽蜥蜴は空中で大きく翼を広げ、体を縦にし、鎌首を真っ直ぐに集会所へと突き出す。

 

 その周囲へ強大な魔力が収束していく。

 未知の力が、魔物の願いを叶えようとしていた。

 

――空高く昇っていたアズールが、うっすらと青白く不吉な光を放っている。

 

 ……魔法だ!

 

 羽蜥蜴は上空の安全圏から、地べたを這う愚か者を一方的に殺戮することを選んだのだと、私はようやく理解した。

 

 私は剣を握りしめたまま、呆然と空高く飛翔する羽蜥蜴を見やる。

 

 剣が、届かない。

 私は、自分の命を賭けてでも家族を守るつもりだった。力が及ばず死ぬかもしれない、そう覚悟していた。

 

 だが、魔物は空にいる。私にできることが何一つない。

 あの魔物の醜悪な顔が、私たちを嘲笑っているように見えた。

 

 私は集会所の前へ走った。この身体が貫かれようとも家族だけは守らなければならない。

 だが、わかる。あの魔法は私の体ごと集会所の壁を貫く。背後の建物の中にいる妻や息子まで届く。

 

 私はそれでも剣を握り続けた。

 

――その時、だんっ、と大地を砕くような鋭い踏み込みの音が響いた。

 

 羽蜥蜴の頭上、月光を放つアズールを背にして、一人の少女の影が空中に舞い上がった。

 その少女は、アズールよりなお美しい鮮やかな水色の髪と、長い耳を持つエルフ族だった。

 

 それはこの村の救世主の姿だった。

 

* * *

 

 強烈な慣性が、私の身体を夜の空へと乱暴に持っていこうとする。

 アルスの祝福は、私の速度を強引なまでに引き上げていた。

 

 だが、あの牛魔の迷宮で彼に行使された最大階位に比べれば、まだ御しやすい。

 

 跳躍した頂点で、私は空中で身体を無理やり横へと捻って鋭く回転する。

 

 その回転で得た凄まじい遠心力を乗せ、右手に逆手で握った禍々しく輝く紫色の短剣を一閃させた。

 ワイバーンの背中の黒緑の鱗を容易く切り裂き、その強烈な一撃が上級魔物の詠唱を強制的に中断させる。

 

 ワイバーンは絶叫し、硬直する。

 

「ギィィィィァァッ!!」

 

 安全圏を飛ぶ臆病者は、痛みに弱いらしい。

 

 私は空中で回転の勢いを殺すことなく、そのまま深緑のニーハイを履いたしなやかな脚を伸ばし、魔物の巨大な頭部へ重い蹴りを叩き込んだ。

 

 ワイバーンはその場でよろけ、私へ反撃もできない。

 

 その反発力を利用して空中で鮮やかに反転し、広場の地面へ着地する。

 

 風を巻き込んで、鮮やかな青の外套がふわりと大きく翻る。

 めくれた浅緑のワンピースの裾から、薄い深緑のニーハイと太ももが、無防備に夜の冷たい風にさらされた。

 

 遅れて、あらかじめ外套の背中から出しておいた真っ直ぐな水色の髪が、さらさらと流れ落ちる。

 月光を反射してきらめくその髪の間から、私は背後の村人たちを一瞥した。

 

 急に空から現れた私へ、男たちは皆、呆然とひどく驚いた顔をしている。

 だが、この水色の髪と長い耳が、私が何者であるかについて最低限の信用を勝ち取ってくれるはずだ。

 

 自分から話すのは怖い……。

 アルス、私に勇気をくれ。

 

「……魔物の群れの本体は、仲間が……川の方で止めている」

「リ、リナルド様……」

 

 集会所の壁際で剣を握りしめていた男は、混乱しているのだろうか、私をリナルドと見間違えている。

 

 まあ、どちらでもいい。

 私は自分にとっての一番の壁を越えたので、そのまま一気にまくしたてた。

 

「……私はリナルドではない。……だが、この村は守る。いいか、こいつは上級魔物だ。……邪魔だ、お前たちも避難所に入っていろ」

 

 彼らの返事を待つことなく、それだけ告げると、私は再び地を蹴って跳んだ。

 

 ワイバーンは上空で体勢を立て直し、私を明確な脅威と認識したのか、さらに高度を取ろうと巨大な翼を打ち振っている。

 

 私は広場の近くにある民家の屋根へ跳び上がり、今度は一切遠慮なく、その屋根を力強く踏み抜いた。

 響く破砕音とともに、屋根がそこだけ陥没する。

 

 今の私は速い。

 ワイバーンごときが、逃げられると思うな。

 

 風を裂いて中空を跳ぶ私は、逆手で握っていた双手の短剣をくるりと回し、順手へ持ち直す。

 両腕を身体の前で交差し、ワイバーンの巨大な首元へ肉薄した瞬間、交差した刃をそのまま十字に振り抜いた。

 

 硬い鱗を裂く感触。首筋から鮮血が夜空へ向かって激しく噴き出した。

 

 浅い。まだだめだ。

 

 私はその勢いのまま、苦悶の声を上げるワイバーンの頭を踏みつけ、さらに上空へと跳んだ。

 中空に浮かんだ私の水色の髪が風になびき、横へ流れる。

 

 眼下の視界の端で、呆然と口を開けていた村の男たちが、私の姿を見て事態を認識し、動き始めたのが見えた。

 

 ……髪を出しておいてよかったな

 

「…………い、急げ! ローランを担いで、私たちは避難所に入るぞ!」

 

 避難所の壁際にいた、その男の怒声をきっかけに、村人たちが一斉に動き出す。

 

 私は滞空しながら小さく口角を上げ、再びワイバーンの急所へと狙いを定めた。

 

 視界の端――アルスとルナリアが戦っている川の方角。

 夜の闇を切り裂くように、輝く赤い炎の竜が天高く昇っていくのが見えた。

 

 

# COORDINATE 0030 END

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