世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0031] Wyvern Battle 2

# Jet_Coaster_Romance_Again:

 

 俺の左脚から、焼けつくような熱とともに鮮血が吹き出した。

 巨大な爪で俺の肉を深く抉ったワイバーンが、強い風圧を発しながら至近距離をすり抜けていく。

 

「……がっ! がはっ……っ」

 

 左脚が利かなくなった俺は、そのまま地面を転がる。

 

 転がりながら左手に意識を集中させ、脚へ回復魔法をかけた。

 

 ワイバーンへ視線を向ける余裕はない。

 

 治癒しきるのを待たず、左脚が動かせるようになった瞬間、その勢いのまま前へ踏み込み、がむしゃらに飛び込んで前転した。

 

 背後で、風を鋭く斬る音がする。

 転がり起き、呼吸を整えながら俺は視線を上げた。

 

 俺が倒れていたその場所へワイバーンが突進し、高原の地面を抉っていた。

 動けない俺に止めを刺そうと考えたのか、ワイバーンはその抉られた地面の脇に着地していた。

 

 ワイバーンは、俺のことをまるで化け物でも見るかのような目で見ている。

 

「ははっ……! 俺がもう動けないと思ったか! ばーか!」

 

 次にあいつが魔法でも撃ってきたら、俺は回復する暇もなく即死だろう。

 

 だが、もう俺たちの勝ちだ。

 すでにそのワイバーンの上空にはルナリアがいた。

 

 俺の背後、空に浮かぶアズールが月光で彼女を照らしている。

 

 ルナリアの赤い瞳は、宝石のように美しく輝きながら、その奥に凄まじい憎悪を宿していた。

 

 上段に振りかぶられたアストライアの剣。その剣を覆う炎は、彼女の怒りに呼応するかのように眩い赤光を放っていた。

 燃え盛る赤い剣閃が、轟音とともに縦に一直線に奔る。

 俺の目の前で、ワイバーンの巨大な身体は俺を睨みつけたまま左右へ両断された。

 

 真っ二つに割れた魔物の死骸の隙間から、徐々にルナリアの姿が現れる。

 

 彼女の赤い瞳には大粒の涙が浮かび、ウェーブがかった金糸の髪が夜風に揺れて緩やかになびいていた。

 ルナリアは、両断された魔物の身体をすり抜けるように走り、一直線に俺の胸へ飛び込んでくる。

 

 ルナリアは俺に腕を回して抱きついた。

 

 柔らかく暖かな彼女の感触が、一気に俺へ押し寄せる。

 下着を着けていない柔らかな胸が、俺に押しつけられて形を歪める。

 彼女の涙が俺の黒い神官服を濡らした。

 

「……うぅ。……ごめんなさい、アルス。痛かったよね。わたしが、一撃で全部倒せれば……」

 

[ System : Lunaria Reason_Gauge +10 ]

 

 そのうち、こいつらなら本当に一撃で一掃しそうだな。

 

 実のところ、最初から一体くらいは俺の方へ来るかもしれないと思っていた。口には出さないが。

 ルナリアはまったく悪くないのに、謝られて俺はばつが悪くなる。

 

「ありがとう、ルナリア。あと、ごめん。俺の判断が悪かった」

 

 泣き縋るルナリアの背中を優しく叩いて宥めながら、俺は視線を残った二体へ向ける。

 

 残りは二体か。

 ルナリアは余裕を持って勝てるだろう。

 

 だが、ワイバーンの片方が俺に来た場合のことを考えておかないといけない。

 それに、下級魔物もまだいくらか残っている。

 

 俺が思考を巡らせていると、ルナリアは神官服から手を離し、涙を湛えた瞳のまま俺を見つめてきた。

 そして今度は、左腕だけで俺を抱きしめる。

 そんなに心配をかけたのかと、俺は少し申し訳なくなった。

 

 ふっと視界が持ち上がる。

 

 ルナリアは俺を左腕でしっかりと抱え込んだまま、くるりと身を翻した。

 真っ直ぐにワイバーンを見据え、銀色の剣を右下へと構える。

 

 俺の視界には、先ほどまで背後にあったはずのアズールだけが、青白く夜空に浮かんでいた。

 

「ルナリア、なんで俺を抱きかかえてるんだ?」

「……うん。今日は、このまま抱っこして戦うね」

 

 え? いやなんだけど。

 

 ルナリアの温かくて柔らかな身体の感触が密着して伝わってくる。

 彼女の濃紺のバトルドレスは汗でじっとりと湿っており、彼女の石鹸の匂いと混じり合って俺の鼻腔を甘く刺激していた。

 

 ルナリアは、右手に握るアストライアの剣を構えたまま少し身体の後ろへ下げる。

 銀色の剣を覆う紅蓮の炎が、その戦意に応えるようにさらに激しく燃え盛っていた。

 

 彼女は左腕だけで、俺を抱き上げているので、俺の足が地面を擦った。

 俺の方がルナリアより背が高いのだから当然だ。

 

 俺の視界からは、彼女の綺麗な金糸の髪と、小さな丸い頭の輪郭しか見えない。

 ウェーブがかった毛先が俺の体を撫でる。

 俺の胸板の下あたりに、彼女の豊かな胸の柔らかさを確かに感じる。

 

 けど、俺にはそんな柔らかさを堪能する猶予はなかった。

 

 俺の足が、地面に擦れなくなったからだ。

 

「………っ! ……………い、いや、だ!!」

 

 ルナリアは、俺を抱えたまま空高く跳躍した。

 眼下に見える高原の地面がぐんぐん遠ざかる。

 必死に泣きそうになるのを堪える。

 

 やばい。

 高いところ怖い。

 

 彼女は左腕に、絶対に落とすまいとする強い力を込めて俺を抱きしめる。

 剣を持ったままの右手を、ルナリアは真っ直ぐ前へ突き出した。

 

「――ファイアブラスト!!」

 

 至近距離で放たれた爆炎の轟音が、俺の鼓膜を震わせる。

 俺の後ろからは、炎が地面に直撃する爆音とワイバーンの悲鳴が聞こえてきた。

 炎は後方を向いている俺の方まで夜空を明るく染めている。

 

 やがて、跳躍が頂点に達する。

 

 俺は人生で最も強い恐怖に身を竦ませながら、ルナリアの細い首に必死にしがみついていた。

 

 ふと、俺の目にルナリアの背中が映る。

 

 彼女の濃紺のバトルドレスの背中が、鋭利な刃物で斬り裂かれたように大きく裂けていた。

 ……そうか。

 ワイバーンに背を向けて、強引に走り抜けてきたからか。

 俺と同じように、あいつらの爪の直撃を受けたのだろう。

 ほんのわずかだが、その白く綺麗な肌に赤い線が刻まれていた。

 

 俺は左手に意識を集中し、彼女の背中へ回復魔法を流し込んだ。

 淡い光がルナリアの傷を優しく包み、あっという間にその傷は跡形もなく治癒された。

 

 ルナリアが、抱きかかえたままの俺へ、ほんの少しだけ視線を向けた気がした。

 

 猛烈な夜風を浴びて降下する。

 

 彼女は俺を抱きかかえて、極端に狭まった右側の可動域だけで、アストライアの剣を鋭く左に向け薙ぎ払った。

 直後、背後で轟音とともに、分厚い肉と硬い鱗がまとめて断ち斬られる、生々しい音が響いた。

 

 ルナリアのその苛烈な動きによって、彼女の重たげな胸は、必然的に逃げ場を失う。

 肌が剥き出しになった背中からは、むせ返るような甘い汗の匂いが漂ってくる。

 

 左腕に抱きかかえられた俺の体と、力強く振られた彼女の腕に挟まれた柔らかな胸が、薄布一枚越しにむにゅりと生々しく形を変えた。

 極限まで密着した豊かなふくらみは、先端の突起の感触までを、神官服越しに伝えてきた。

 

 俺は少しだけ、恐怖で乱れていた心を落ち着けた。

 

「アルス、少し回るね」

 

 (回るってあれか? あれなのか?)

 

 俺は幼子のように、ルナリアへ全身でしがみついた。

 

 そのまま彼女は俺を抱えたまま鋭く回転し、俺の視界が信じられない速度で反転する。

 

 振り抜かれた剣の炎は凄まじい赤光の帯となって、横へ流れる夜空と魔物の姿を、まとめて上下に断ち割っていった。

 

 一体。

 そして、さらにもう一体。

 

 ワイバーンの巨大な胴体が、真っ赤な光の線によって分断される光景が見えた。

 

 

——月明かりの下、ルナリアは俺を抱えたまま、残るすべての魔物を倒し始めた。

 

 

# Moonlit_Fairy_Again:

 

* * *

 ライオル村の夜はまだ続いている。

 

 フェリスが戦闘を行っている間に、村人は集会所へ避難を完了していた。

 

 水色の真っ直ぐな髪を夜風に流し、フェリスは上空でしなやかに体を捻る。

 

 極限まで捻りを加えた体を解放し、彼女は鋭く横回転しながら、すれ違いざまにワイバーンの太い首筋を切り裂いた。

 黒緑の分厚い鱗がいくつか削り飛ばされ、血飛沫とともに中空へ散った。

 

* * *

 

 私は回転を切り上げ、鋭く地面へ着地した。

 

「……浅いか。……ルナリアのようにはいかないな」

 

 着地の勢いを殺しきらぬまま屈んだ姿勢で、夜空を見上げる。

 

 上空で体勢を立て直したワイバーンが、風を切り裂き、怒りに任せてこちらへ滑空してきていた。

 私は迫りくる巨大なあぎとをぎりぎりまで引きつけ、ふわりと軽く跳躍する。

 

 凄まじい突進の風圧と跳躍の勢いに引かれ、真新しい鮮やかな青の外套が大きく背後へひるがえった。

 同時に浅緑のワンピースの裾がめくれ上がり、深緑のニーハイとのあいだに露出した無防備な太ももを、冷たい夜風がひんやりと撫でていく。

 

 私はすれ違いざまにワイバーンの上を取り、中空で鋭く回転しながら左手の黒い短剣を容赦なく振り抜いた。

 

 刃は巨大な翼の付け根を深く斬り裂く。

 

「ギガァァァァッ!!」

 

 耳障りな甲高い絶叫を上げ、飛竜は体勢を崩したまま広場の地面へと滑り落ちた。

 慣性のまま大地を抉り、激しい音を立てながら少し離れた位置まで滑り、ようやく止まった。

 

 私は両手をだらりと下げ、刃を逆手に持ち直して地を蹴った。

 

 飛竜なぞ、地に落ちたのなら、中級魔物と変わらない。

 

 一度前方へ跳び、回転して着地する。

 その反動をそのまま次の踏み込みに変え、私はさらに加速して中空へ躍り出た。

 

 凄まじい速度を乗せたまま体を捻る。

 

 右手に握られた、紫に禍々しく輝くグラディオの短剣が、冷たい月明かりを妖しく跳ね返した。

 

 だが、地に落ちたワイバーンはこちらへ向けて鎌首を激しくもたげた。

 爬虫類らしい縦に裂けた瞳の奥に、濁りきった強い殺意が浮かんでいるのが見えた。

 

 魔物の周囲の空気が歪み、魔力が急激に集束していくのを感じた。

 

(……まずい!)

 

 咄嗟に、短剣を握ったまま伸ばしていた右腕を胸元へ引き込み、引き絞っていた体の捻りを強引にほどいた。

 

 ワイバーンの周囲に集まっていた魔力が形を成し、薄く緑色に発光する風の刃が出現した。

 空気を裂く鋭い音とともに、三本の真空刃が私へと肉薄する。

 

 一本目は、解き放たれた回転の力を利用し、空中で身をよじって躱す。

 息つく間もなく迫る二本目を、私は体を天地逆さに無理やり持ち上げるようにしてやり過ごした。

 私の両脚が真っ直ぐに夜空を向き、青い外套が重力に従って後ろへ流れる。

 裾の短いワンピースが大きくひるがえり、深緑のニーハイの上にのぞく白い太ももが、夜空のアズールの光の下へさらけ出された。

 

 最後の一本を、逆立ちした姿勢から元へ戻るように空中で激しく回転して躱す。

 その急激な体勢の移動に引かれ、ワンピースの中に収まった胸が、ふるんっと波打つのを感じた。

 

 鋭く地面に着地し、体勢を低く屈めたその瞬間。

 目の前に、ワイバーンの巨大な鉤爪が迫っていた。

 

 私は咄嗟に、左手の黒い短剣で防ごうと前へ構えてしまう。

 駄目だ。私はルナリアじゃない。

 上級魔物の一撃を、正面から受けられるはずがない。

 

 私は一瞬で思考を切り替え、脚と全身の筋肉を一気に解き放って横へ跳んだ。

 

 紙一重で、ワイバーンの直撃を躱す。

 だが、巨大な爪の先端が私の左腕を掠めた。

 ほんのわずかに掠めただけの左腕から、赤い鮮血が夜の闇へ飛び散る。

 

 私は痛みに顔を歪めながらもそのまま体を捻り、中空で後転するように着地して距離を取った。

 

「……くっ……」

 

 左腕からは、少なくない血が止めどなく流れ落ちていた。

 

 油断した。

 

 相手は上級魔物なのだ。

 ついこの間まで、一人では手も足も出なかったはずだ。

 

 アルスの祝福を自分の力だと過信し、万能感に流された。

 左腕は……だめか。

 まともに短剣を振るえる状態じゃない。

 

 だが、右手だけでも十分に戦えるはずだ。

 勘違いをしてはいけない。

 だが、怯んでもいけない。

 

 ワイバーンは、傷を負った私を警戒するかのように上空を旋回している。

 その時、遠く川の方角から凄まじい爆音とともに、夜空を焼き焦がすような赤い閃光がこちらの広場まで届いた。

 

 あいつらは無事か。

 アルスはまた、自分の身を削るような無茶をしていないだろうか。

 

 旋回しながら高度を上げていたワイバーンは、川の方をちらりと見ると、不意に向きを変えて私から離脱していく。

 

(……? なんだ?)

 

 魔物が逃げるなど、聞いたことがない。

 

 いや、まずは血を止めておかなければ。

 私は外套の中から清潔な布を取り出し、ひとまず左腕を止血する。

 

 応急処置をしていると、固く閉ざされていたはずの集会所の中から、悲痛な女性の叫び声が聞こえた。

 やがて男性の怒号が響き、集会所の中がにわかに騒然としているのがわかる。

 

「クロエが! クロエがどこにもいないの!!」

 

 私はその声を聞いて、応急処置を手早く済ませた。

 すぐさま左手を地面につく。

 耳を澄ませ、意識を集中させる。

 

 アルスは負けるなと言った。

 なら、私は負けない。

 

 ……本当は村など、どうでもいい。

 だが、犠牲が出ればそれは私の負けだ。

 

――やがて私の耳が、遠く離れた場所で鳴く犬の声を捉えた。レオだ。

 

 私はすぐにそちらへ向かおうとして立ち上がった。

 

 その時、集会所の分厚い木の戸が、けたたましい音とともに内側から開け放たれる。

 泣き叫んでいたと思わしき女性が、狂乱したように外へ飛び出してきた。

 

 夜風に揺れる水色の髪を見て、彼女ははっと息を呑んだ。

 そのまま、縋るようにこちらへ駆け寄ろうとする。

 

「リナルド様! クロエが……私の娘がいないの!」

「……落ち着け。私はフェリス。リナルドの姉だ。……娘は私が助ける。ここを離れるな」

 

 言い残し、私は強く大地を踏む。鋭く跳び上がり、さらに踏み込んで加速する。

 衝撃で屋根を少し陥没させながら、私はレオの鳴いた方角へ夜の闇を駆け抜けた。

 

* * *

 

 ライオル村のレオは、賢い犬だった。

 

 アルスはレオが安全に帰還するために魔法をかけたつもりだった。

 

「これでクロエを守れ」という言葉は、アルスなりの照れ隠しだった。

 

 だが、レオの賢さは飛び抜けていた。

 彼は驚くほどに利口な犬だった。

 

 アルスが特別な祝福を自分に与えてくれたことも、その言葉の意味も理解していたのだ。

 

 故に彼は、クロエのもとへ向かうことに決めた。

 途中まではフェリスの背中を追いかけていたが、やがて夜風に混じるクロエの匂いに気がついた。

 フェリスを追いかけるのをやめ、彼は匂いのする方へと目的地を変更する。

 

 だがその矢先、クロエのいる場所へ、空から巨大な魔物が接近していることに気がついた。

 賢いレオは、まず可能な限りの大きな声で数度鳴いた。

 

 それから天へ向かって遠吠えを一度響かせた。

 

 自分の位置を群れの仲間へ知らせたのだ。

 

 そのあとは、祝福を受けた脚で一直線にクロエのもとへ走った。

 

* * *

 

 わたしは真剣な顔をしたお父さんとお母さんに夜中に起こされて、集会所の広場に連れて行かれた。

 まだ半分眠っていたけれど、冷たい夜風に当たって少しだけ目が冴えてきていた。

 

 わたしは、アルスが村の近くで野営をしていると言っていたのを思い出した。

 あとでこっそり抜け出して遊びに行こう、そう思った。

 

 がやがやと、大人たちが焦ったように話している。

 

 そういえば、レオがいない。あの子はまたどこかで迷子になっているのだろうか。

 大人の難しい話はよくわからない。

 ただ、魔物の話をしているのだけはわかった。

 

 わたしは、ここのところレオがずっと家畜小屋の様子を気にしていることに気づいていた。

 

 もしかすると、レオは家畜小屋にいってしまったのかもしれない。

 迷子になっていたら、魔物に襲われてしまうかもしれない。

 

 わたしはお母さんに厠に行きたいと告げて、大人たちが話し合っている隙に集会所を抜け出した。

 夜道を駆けて、こっそり家畜小屋へ向かった。

 

 初めて見る深い夜の星はとても綺麗だった。

 時折、川の方から眩い赤い光がここまで届いていた。

 夜って、ああいうこともあるんだなあと思った。

 

――ほどなくして、わたしは家畜小屋に到着した。

 

 暗い小屋の中を、小さな松明の明かりを頼りにレオを探していた。

 

「レオー、魔物がきてるんだって! 危ないから皆のところへ行くよ! レオー!」

 

 わたしは眠る家畜たちの影をあらかた見て回ったが、レオはいない。

 

「もう、しょうがないんだから」

 

 もしかしたら、先に家に戻ったのかもしれない。

 まだ少し眠いわたしは早々に諦めて、家に帰ることにした。

 家畜小屋の外に出て、しっかりと小屋の戸を施錠した。

 

 ふと空を見上げるとアズールが見えた。

 本当の夜に見るアズールは、青白く輝いて美しかった。

 

――聞いたことのない嫌な風の音がして、わたしの足元を、大きな黒い影が横切った。

 

 振り向くと、巨大な魔物が音もなく降り立っていた。

 わたしは全身から力が抜けて、その場から動けなくなった。

 

「ひっ……。ひい……っ」

 

 その魔物は、恐ろしい目でわたしを見下ろしている。

 その爬虫類みたいな瞳には、見たこともない感情が浮かんでいた。

 なにか鬱積した不満を、ただぶつける相手を見つけたような、そんな嫌な目だった。

 

 その魔物がゆっくりと歩いてくる。

 わたしの体からは力が抜けていて、指先一つ動かせなかった。

 なのに不思議と涙だけはぼろぼろとこぼれていた。

 

 魔物が、鎌のような大きな翼の爪を振り上げる。

 わたしは、ぎゅっと目をつむった。

 

「ウウウ……、ガウ!! ガウウウウウ!!」

 

 レオの鳴き声がした。

 目を開けると、小さなレオが魔物の足元に必死に噛みついていた。

 

 それを見たわたしは、ようやく声が出せた。

 

「だ、だめ! レオ! 死んじゃう!!」

 

 叫んだ。

 でも、まだ体は動かない。

 足がすくんで、動かない。

 

「だ、誰か! 誰かレオを助けて!!」

 

――その時、わたしの後ろから風が吹く。

 

「このクソ野郎が!!」

 

 透き通るような綺麗な声で、言っちゃいけない悪い言葉が聞こえた。

 

 鮮やかな青い布を翻し、透き通るような水色の髪をした妖精が空から飛んできて、わたしとレオを助けてくれた。

 

 

# COORDINATE 0031 END

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