世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0040] Memories

# Mid_Autumn_Moon:

 

* * *

 

 久しぶりに、星空の少女ではない夢を見ていた。

 

 故郷のご馳走だった鯛を食べたからだろうか。

幼い頃の夢だった。

 

 俺は大好きだったじいちゃんと、漁の帰りの小さな船に乗っていた。

 夕暮れの海は穏やかで、赤く染まった水面が船の揺れにあわせてきらきらと光っていた。

 潮の匂いと、魚の匂いと、日に焼けた木の船の匂いが混ざっていた。

 

 俺は櫂を漕ぐじいちゃんの背中に向かって言った。

 

「じいちゃん、俺が漁師を継いでやるからな」

 

 本気ではなかった。

 

 じいちゃんが好きだったから、喜ばせようと思って言っただけだった。

 だが、じいちゃんは俺の方へ振り向き、いつも通りのしかめっ面のまま言った。

 

「馬鹿をいうんじゃねえ。漁師は俺の仕事だ。お前は、お前の仕事を探せ」

 

* * *

 

 なんだよ、と思ったら目が覚めてしまった。

 俺は上体を起こして、ぼんやりと呟いた。

 

「……ちぇっ。喜ぶと思って言ったのにな」

 

 すると、窓際から涼やかで静かな声が返ってきた。

 

「……ん。すまない、起こしてしまったか。とても喜んでいるが。どうした?」

 

 月を見ていたのだろうか。

 声の方を見ると、フェリスが椅子に腰掛け、片膝を立てていた。

 

 月光を背に薄く微笑む彼女は、ひどく神秘的だった。

 

 いつの間にほどいたのか、真っ直ぐな水色の髪が肩から背へさらりと落ちている。

 満月のアズールの青白い光を受けて、それはいつも以上に透き通って見えた。

 

 薄手で頼りない部屋着は、月明かりの中で彼女の身体の影をそのまま映していた。

 柔らかな曲線を描くその輪郭は、ひどく華奢な少女のものだった。

 

 瑠璃色の瞳が、呆けた俺の顔を覗き込むように見つめ、少しだけ細められた。

唇にはやわらかな微笑が浮かんでいる。

 

 俺は彼女から目を離すことができず、まだ夢の余韻を引きずったまま答えた。

 

「いや、夢を見ててさ。寝言だ」

「……そうか。……誰を喜ばせたかったんだ?」

 

 俺はじいちゃんのしかめっ面を思い出す。

 それだけで少し目尻に涙が溜まりそうになる。

 

「俺を育ててくれたじいちゃんだ。大好きだった。喜ばせてやろうと思ってさ、漁師を継いでやるって言ったんだ」

 

 ふと窓の外へ目をやると、アズールは本当に真ん丸で、いつもより大きく見えた。

 

「じいちゃんは、馬鹿なことを言ってないで、お前はお前の仕事を探せって返してきたよ。喜ぶと思ったんだけどなあ。じいちゃんは表情を変えない人だったけど、あの時は凄く嫌そうな顔をしてるって、俺にはわかった」

 

 目が覚めてしまったので、茶でも飲もうかと立ち上がる。

 ルナリアを起こさないように静かにテーブルへ移動した。

 

 茶を淹れていると、フェリスが優しい声音で俺に答えた。

 フェリスの方を見ると、彼女は瑠璃色の瞳に慈愛を浮かべて俺を見ていた。

 

「……素敵な人だ」

「俺もそう思うよ。世界一かっこいい、自慢のじいちゃんだった」

 

 彼女は月の方へ顔を向けた。

 

「……そうか。……今思えばあいつも、自慢の弟だったのかもしれない」

 

 フェリスの言葉が過去形だったことに、俺は引っかかりを覚えた。

 

「なあ、フェリス。墓参りってさ、誰の……」

「……ん。ああ、そうか。言っていなかったな。……その弟の、だ」

 

 フェリスの弟か。リナルドさんのことだろうか。

 

「……リナルドさんか? どんな人だったんだ?」

 

 しばらくして、フェリスは静かにこちらへ向き直った。

 彼女は自分の片膝を抱えるようにして頬を寄せ、こちらへ薄く笑いかける。

 部屋着の合わせがはだけて、太ももが根元まで覗いていた。

 

「……ふふ。知りたいか? ……教えてやってもいいが、茶を淹れろ。長くなる」

「お茶くらい淹れるさ。……なんだか牛魔の迷宮を思い出すな」

 

 木杯を二つ用意して、すでに淹れていたお茶を注いだ。

 

 ひとつをフェリスへ渡し、俺は窓際の彼女の向かいへ腰を下ろした。

 部屋の奥では、ルナリアが気持ちよさそうに眠っている。

 

 夜は深く、川の流れる音だけが遠くに聞こえていた。

 

 青白いアズールの光が、窓辺の彼女の横顔を静かに照らしていた。

 

 

# Ferris_and_Rinaldo:

 

 フェリスは、受け取った茶に一度口をつけてから、再び月へ視線を向けた。

 片膝を抱えたまま、彼女はアズールから目を外さない。瑠璃色の瞳には、青白い光が静かに差し込んでいた。

 

 やがて薄く息を吐くと、フェリスは静かに語り始めた。

 

「……エルフ族は、とても閉鎖的でな。……戦士職でもなければ、ほとんど全員が一生を故郷の村で過ごす。……一人前になると必ず村を叩き出される獣族とは、真逆だな」

 

 俺は黙って耳を傾ける。

 フェリスは少しだけ目元を細めた。

 

「……私は、故郷の村がとても嫌いだった。だから戦士職になった。……幸い、私にはスカウトとしての才能があった」

 

 その言い方には、昔を懐かしむ響きはほとんどない。

 ただ、過ぎ去った過去を淡々と語っていた。

 

「……村を出たくて始めた戦士職だったが。……すぐに私は迷宮探索に夢中になった。初めて楽しいという気持ちを知ったかもしれない」

「迷宮の話をするとき、フェリスは生き生きしてるもんな」

 

 フェリスがこちらをちらりと見る。

 その目は少し驚いているようだった。

 

「……そうなのか? 自分のことだが、知らなかった。ふふ、お前は私のことも見ているんだな」

 

 茶で一度喉を潤し、彼女は続けた。

 

「……迷宮は楽しい。だが、迷宮探索にはエルフ族だけでは入れない。……我慢して人族のパーティーに紛れ込んで迷宮に潜っていた」

 

 フェリスの声音は淡々としているが、少しだけ眉根が寄っていた。

 

「……だが、当時の私は、人族が反吐が出るほど嫌いだった。……特に、不躾な視線や色目を向けられることに耐えられなかった」

 

 俺は今の言葉に引っかかり、フェリスの横顔から無防備な胸元へ視線を移した。

 

 薄手の部屋着が少しはだけていて、胸元へ落ちる肌が露出している。

 頼りない紺の生地に、月光が胸の突起の陰影を淡く浮かび上がらせていた。

 

 俺が視線を戻すと、フェリスと目が合う。

 彼女は眉を上げた後、目元を細めて意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

「……なんだ? お前には無防備なのが、なぜか知りたいのか?」

 

 少し口を尖らせ、視線を外して答える。

 

「べ、別に。今はそんな話をしているんじゃないし」

 

 彼女は、はだけていた胸元を直し、立てていた膝を下ろした。

 

 姿勢を正すのかと思ったら、今度は逆側の膝を立て、そちらを両腕で抱え込む。

 はらりと部屋着の裾が脚を伝って落ちた。

 

「……ふふ、そうだな。まあ、……ある日、私は人族の男を、それはもう思い切りぼこぼこにした。……露骨な目線を向けながら言い寄ってきた男がいてな。そいつをぎたぎたにしたんだ。一切の躊躇を私はしなかったよ。……それはもう痛快だった」

 

 その時を思い出したのか、愉快そうに笑みを浮かべる。

 フェリスって、知能派に見せかけた武闘派だよな。

 

「……当時の帝国は行き過ぎた覇権主義だった。強ければ何をしてもいい。そんなどうしようもない国だったよ。……だが、おかげで罪には問われなかった」

 

 フェリスは少し苦笑した。

 

「……だが、混ぜてくれるパーティーがなくなった。エルフ族は今も昔も、人族と一緒でなければ戦士職は出来ない。私はしばらく休むことにした」

「まあ、そりゃそうなるよな。相手はえっちな目で見てきて、口説いてきただけなんだろ?」

 

 彼女は眉根を寄せて言う。

 

「……今でも、そんなやつがいたら半殺しにする」

「俺に脚を見せるのはいいの?」

 

 フェリスはそれには答えず、口元にうっすらと笑みを浮かべて月の方へ顔を向けた。

 

「……まあ、それは置いておこう。……それでな。金はあったから、生活には困らなかったが、どうにも暇でな。……故郷に顔を出してみることにした」

「そうなのか? 村が嫌いで飛び出したのに?」

 

 彼女はその頃を思い出すように、少し懐かしそうな表情を浮かべた。

 

「……あの頃の私は、迷宮探索が出来ないと……なにもやることがなかった。……それに、親が嫌いだったわけではないからな。……顔でも見に行くかと思った」

 

 フェリスは、大切な思い出を語るように言葉を継ぐ。

 夜風が、真っ直ぐな水色の髪をさらさらと流した。

 

 彼女は、俺の胸元の星屑のネックレスへ目をやった。

 

「……そうして帰った村には、なんと私の弟が生まれていた」

 

 その優しげな目元を見て、俺は最後が分かっている話は残酷だなと思った。

 彼女はゆっくりと続ける。

 

「……リナルドだ。……会った時、あいつはもう十を超えていた」

 

 フェリスは思い出すように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「……好奇心の旺盛なやつだったよ。……姉さん、姉さんと纏わりついてきてな。とても可愛かった。……請われるままに外の話をしてやり、戦いを教えてやった。……親には大層嫌がられた」

 

 星屑のネックレスから目を上げたフェリスは、月へ視線を向けた。

 

「……数年は村で穏やかに過ごした。……だが、まあ気に食わない村なのは変わらない。……ほとぼりも冷めたと思った私は、再び村を出た。それから幾年か経つと、私の耳にもリナルドの名前が聞こえてきた。……あいつは私と同じように村を出て、戦士になっていた」

 

 フェリスは俺に顔を向け、楽しそうに笑った。

 

「……ここからが傑作なんだが。……リナルドの才能はとんでもないものだったらしい。数年で剣聖と呼ばれるようになっていた。……びっくりしたよ」

 

 木杯を覗き込むようにしたフェリスが続ける。

 

「あいつは本当に強かった。村を救い、街を救い、国を救っていた。……私はまだ人族が大嫌いだったが、あいつが救う対象に種族は関係なかった」

 

 窓の外の川の音が、しばらく部屋を満たした。

 

「……何度かリナルドに請われて、私もあいつのパーティーに参加した」

 

 そこでフェリスは、瑠璃色の瞳で俺を見て微笑んだ。

 

「……リナルドは言っていた。……良いやつは良いやつ、気に食わないやつは気に食わないやつ、だとな。どこかで聞いたような性格だろう? アルス」

「うん。そうだな。出会えていれば、いい友達になれたと思う」

 

 俺がそう返すと、フェリスは薄く笑った。

 

「……その頃かな。……少しだけ、人族への嫌悪感が薄れたのは。意外と話してみると良いやつもいるなと思った。……まあ、情欲の目で見てきたやつを、ぼこぼこにするのは変わらなかったが」

 

 フェリスは微笑みを残したまま、楽しそうに続ける。

 

「……たまたま巡り合わせが悪くて、数年会えない時期があった。……あいつは私を慕っていて、それを不満に思ったらしくてな。……必ず年に一度、秋の終わり頃には帝都で会おうと約束させられた」

「帝都っていうと、今の首都ヴァレリオンか?」

 

 彼女は頷いて茶を飲み、少しばつが悪そうな顔で答えてくれた。

 

「……私は弟が外の世界へ出る要因になった自覚があった。……後は、実は人族をぼこぼこにした時に、剣聖の名前でもみ消していた罪悪感もあった」

 

 俺は少しおかしくて苦笑した。

 

「それは断れないな」

 

 楽しい思い出を語っていたフェリスの顔に、少しずつ悲しみが混じり始めていた。

 

 彼女はまた脚を組み替え、抱える膝を変える。頬を膝に寄せると、視線を月へ戻した。

 真っ直ぐな水色の髪が、さらさらと太ももの上へ流れる。

 

「……そんな状態で、また数年が流れた。……年に一度の、姉弟の約束の日だ」

 

 フェリスは月を見たまま続けた。

 

「……リナルドが、人族の女を連れてきたんだ。……ヴィクトリアという名を名乗った、その女は、それはそれは気の強そうなやつだった」

 

 月明かりが、彼女の後ろ髪の輪郭を彩る。

 

「……あいつは、その女性を婚約者だと私に紹介した。……それを聞いた私は、実に馬鹿馬鹿しいと思った」

 

 彼女の水色の髪が、さらりと流れた。

 

「……アルス。お前は、そういったことを意図的に無視しているようだが。……人族と、エルフ族や獣族は結婚などできない。……当時も今も、人族以外を人間として扱う法律などない。共和国法典は幾分か変わったが」

「俺は意図的に無視してるつもりはないんだけど……」

 

 フェリスは顔をこちらに向け、逆側の頬を膝に乗せた。

 

「……ふふ。そうだな。まあ、お前のその雑さは可愛いと思う。……まあ、そう。だから法的にはエルフ族と人族の結婚というのは、人間と……まあ、これはいいか。お前の耳に入れるべき言葉ではない」

 

 そこで一度、彼女は言葉を切る。

 俺を見つめたまま目元を細めた。

 

「……まあでも、面白いかもしれないと思った。……剣聖が女を選んで、戦いを捨ててどこか辺境で二人で暮らす。……これもまた素敵な話ではある」

 

 フェリスの目尻には少しだけ涙が浮かんでいた。

 

「……誰しも好きな道を、好きなように行くべきだ。私はそう言って二人を祝福した。……あいつは、ありがとう、姉さんと言っていたな。弟の嬉しそうな顔を見たのはこれが最後だ」

 

 その一言が、部屋の中に静かに残った。

 しばらくして、彼女は続ける。

 

「……リナルドは好きな道を行かなかった」

 

 フェリスは膝に頬を乗せるのをやめ、月へ顔を向けた。

 表情は見えない。

 話が終わるまで、見せてくれないだろうなと思った。

 

「……当時、帝国は王国を相手に戦争をしていてな。……最後の方は連戦連敗だった。……獅子王子が前線で指揮を執り始めてからの王国軍は、本当に強かったらしい」

 

 彼女は静かに続ける。

 

「……だが帝国は覇権国家だ。……戦争をやめられない。……そこで皇帝は、剣聖を使うことにした」

 

 彼女の声は悲しげでも寂しげでもなく、ただただ平坦だった。

 

「……リナルドは剣聖と呼ばれだしてから、幾度となく戦争への参加を要請されていたが、一度としてそれに応じなかった。……帝国も、あいつの貢献と利用価値を知っていたので、無理強いをしてくることはなかった」

 

 俺はゆっくりと、続きを待つ。

 

「……だが、勝利がなければ必ず皇帝は処刑され、帝位はすげ替えられる。帝国は強いものが正義だからな。……なりふり構っていられなくなった皇帝は、餌を用意することにした」

 

 フェリスの声音には、ほんの少しだけ怒りが混じった。

 

「……帝国は戦争に勝てば、エルフ族の救済を行うとリナルドに約束したらしい。……参加して勝ってこい、そうすればお前たちは人になれる、と」

「そんなのは」

 

 俺の言いかけた言葉を制止するように、彼女は続けた。

 

「……ああ、その場限りの嘘に決まっている。……そんなことは、リナルドも理解していただろうにな」

 

 フェリスは月を見たまま淡々と続けた。

 こちらへ顔は向けない。向けられないんだろう。

 俺は胸元の星屑のネックレスを手で触れた。

 

「……私は、秋の約束の日にリナルドからそれを聞いた。……私の制止も聞かず、あいつは戦争へ行くという。……私は、あいつをぶん殴って別れた」

 

 フェリスが悲しい言葉を紡ぐ。

 

「……そうして、リナルドは戦争で死んだ」

 

 また夜風が、さらりと彼女の水色の髪を流した。

 真っ直ぐな髪は、彼女の気持ちなどお構いなく綺麗で、透き通るようだった。

 

「……別れてから先は、私はあいつに会えていない。死んだ時も何があったのかは知らない。……獅子王子の指揮する軍に敗北したそうだ。……帝国の軍は、とても朴訥な作戦で容易く敗北したらしい。……皇帝の意図がどうあれ、もう軍隊自体が勝つ気がなかったのかもしれないな」

 

 夜の虫の音が聞こえた。

 相変わらず川の音が、静かに均等に響いている。

 

「……その敗戦の責任は、全てリナルドに押し付けられたそうだ。けど、もう弟は死んでしまったんだ。名誉や何やはもう、どうでもよかった。……ただ、あいつが死んだのは外へ導いた自分のせいかもしれないと、そう思った」

 

 フェリスは、少しずつ言葉を紡いでいた。

 

「……しばらくして、革命が起きて、帝国はなくなった」

 

 最後の方は、ほんの少し涙の混じった声だった。

 しばらくの間、静寂が落ちた。

 俺はフェリスの方を見ないようにして、天井を眺めた。

 

 やがて、彼女が顔を拭う気配がした。

 しばらくして、フェリスが俺に声をかける。

 

「……ありがとう。もういいぞ、アルス」

「うん。……なあ、フェリス、リナルドさんが亡くなったのは、お前のせいじゃ――」

 

 フェリスは手で俺を制した。

 彼女の目元は涙の跡で少し赤く、悲哀を宿したままだ。

 だが、瑠璃色の瞳に浮かんでいるのは自責の念ではなく、強い決意だった。

 

「……そういうのはいい。私はな、お前らを見ていて……いや、ルナリアを見ていて考えを改めた」

「ルナリア?」

 

 何故ここで彼女の名前が出てくるのだろう。

 フェリスは部屋の奥で眠るルナリアへ視線を向けた。

 

「……ああ。ちなみに内容は秘密だ」

 

 俺は少し笑って文句を言う。

 

「なんだよそれ」

 

 少しだけ、彼女の顔から張っていたものが緩んだ気がした。

 フェリスは空の木杯の縁をなぞりながら言う。

 

「……リナルドの墓は、首都ヴァレリオンにあるらしい。……過去の汚名は払拭されて、今は英雄として墓が用意されているそうだ」

 

 満月のアズールを見やって、フェリスは続けた。

 

「……私は一度も訪れたことはない。……何もしていなかったからな。……けど、星空を見ていて、思ったんだ。……そういえば、そろそろ首都で会う時期だな、と」

 

 彼女は俺へ振り向き、優しい笑顔を浮かべた。

 左右均整な美しい顔を月光が彩る。

 

「……だから墓参りだ」

「そっか。……じゃあ、そろそろ急がないといけないな」

 

 窓の外から少し強い風が吹いた。

 

 フェリスの真っ直ぐで長い水色の髪が、月明かりの中でやわらかく流れる。

 彼女は白く細い右手をそっと添えて、それを耳元で押さえた。

 

――なんて綺麗な少女なんだろう、と俺はそう思った。

 

 そこで俺は、ひとつの疑問に行き当たった。

 

「……ん? んん???」

 

 俺は腕を組んで考え込んだ。

 

「……どうした? アルス。……ああ、少し寒いか?」

 

 フェリスは窓を閉めてくれた。

 川の音が遠ざかる。

 風が止み、代わりにフェリスから石鹸の匂いがした。

 

「なあ、フェリス。ちょっと聞いてもいいか?」

「……いいぞ」

 

 優しく微笑む彼女に、俺は尋ねた。

 

「あのさあ、フェリスって何歳なの?」

「……ん。十八歳だ」

 

 彼女は全く計算が合わない年齢を即答した。

 俺は少しだけ間をおいて、それに答える。

 

「ふーん。まあ、それでいいか」

「……なんだ。文句があるのか」

 

 フェリスは窓を閉めたあとも立ち上がったまま、こちらを向いて薄く笑った。

 薄暗い部屋の中で、彼女は部屋着の合わせに手をかける。

 

 胸元をずらしながら、意地悪そうな顔で俺に言った。

 

「……じゃあ、この部屋着の中が、十八歳かどうか見てみるか」

 

 部屋の奥、ルナリアが寝ている方から、小さく物音がした。

 

 

# COORDINATE 0040 END

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