世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0051] Dinner_Gatherings

# Ars’s_Dinner_with_Selna:

 

 激闘の首都ヴァレリオン防衛戦を終えて、俺たちはしばし休養を兼ねて街に滞在していた。

 

 俺たちが不在の間、愛馬たちはとても良くしてもらっていたようだった。

 

 それでも、俺の顔を見ると鼻を鳴らしながら駆け寄ってきてくれた。

 もう半年近く、一緒に旅をしているんだ。

 もしかすると寂しかったのかもしれない。

 

 俺はその日、まる一日ブルーとブラウンと遊んだ。

 そうして、次の旅路に向けて細々とした準備を進めていたある日、セルナ統領から呼び出しがかかった。

 

 当然のように、俺は三人で行くものだと思っていた。

 しかし、フェリスが少しルナリアと話したいことがあるとのことで、今回の会談は俺だけで向かうことになった。

 

 久しぶりの一人である。

 

 酒の席とのことだったので、俺は夕食をその辺の屋台で済ませてから、指定された店に一人で向かった。

 

 宵の口で、少しずつ星がまたたき始めていた。

 

 やがて、ひっそりと隠れるように建っている黒塗りの石壁の建物を見つけた。

 石壁には本庁と同じように継ぎ目がない。

 一体、あの壁はどうやって造られているのだろう。

 

 そう思いながら近づいていくと、入口の脇に待機しているベルナールさんを見つけた。

 

「こんばんは。ベルナールさん、遅くなりました」

「アルス殿、ご無沙汰しております。いえ、時間にはまだ少しあります。閣下はまだいらっしゃっていませんので、先に席へご案内いたします」

 

 俺は案内されて二階へ上がった。

 大きなグランドピアノが置いてあるが、人の気配はなかった。

 

 窓際の席へ案内され、俺はゆっくりと出された酒を飲みながらセルナ統領を待った。

 

 この店も、前回と同じ珍しい透明な杯だった。

 薄い茶色の液体が、薄暗い照明の中でゆらゆらと揺らめいていた。

 

 一杯飲み終わる頃に、かつかつという足音が階段から聞こえてきた。

 短く切り揃えられた茶褐色の髪を揺らしながら、鋭い目元をこちらへ向ける。

 セルナ統領は微笑を浮かべて口を開いた。

 

「なんだ。今日は一人なのか。勇者殿は、一人でも外出できるんだな」

「俺だってたまには、一人で酒を飲むくらいするよ!」

 

 俺が一人でいるとよくされるからかいを、セルナ統領もしてきた。

 セルナ統領は愉快そうに笑っていた。

 

 ベルナールさんが、俺たちの杯に酒を注いでくれる。

 静かに杯をぶつけ、俺とセルナ統領は乾杯した。

 

 少し礼儀に沿った挨拶をお互いに交わし、すぐに俺たちは本題に入った。

 

 俺は、セルナ統領がとても会話しやすい相手だと感じていた。

 理解が早いし、端的で伝わりやすい。

 

 人によっては威圧感を受けるかもしれないが、俺とは相性が良かった。

 

「そうか。無事、賢者の迷宮は攻略できたのか。おめでとう。それで、これで目的の世界樹には行けそうか?」

「ありがとうございます。いえ、案内人の話を聞いた限りでは、王国と教国の迷宮攻略も必要なのではないかと思っています」

 

 セルナ統領は杯を傾けながら続けた。

 今回はこのあと仕事を入れていないのだろう。俺と同じ酒を飲んでいた。

 

「なるほど。神器製造の件はどうだった?」

「製造魔法を新たに手に入れるのは不可能だそうです。そうですね、俺たちが最深部で聞いた話をお伝えしたほうが早いでしょう。えーっと……ベルナールさんには席を外してもらったほうがいいかもしれません」

 

 俺はちらりと壁際で警護しているベルナールさんのほうを向いて言った。

 

「いえ、アルス殿。私は閣下の護衛ですので。情報の漏洩などいたしませんので、ご安心ください」

 

 いや、これから俺がする話を聞けば、ベルナールさんがさらに余計な苦労を背負い込むだろうと思っただけなんだが。

 

 まあ、いいか。

 

「わかりました。セルナ統領もいいですか?」

「ああ。ベルナールは大丈夫だ。しかし、いいのか? その知識は迷宮を踏破した証だ。恐らく、これまでの踏破者がそれを他人に伝えたことはない」

 

 それは話せなかっただけだろうな。

 

 俺はこの会談前に、迷宮で見せられたあの光景について、じっくり時間をかけて考えていた。話す内容をまとめる必要があったからだ。

 

 そうしてようやく気がついたが、あの魔法で知らされた歴史は、結構際どい内容だ。

 

 一番危険なのは、神器についての話だ。

 

 指導者たる資格は、女神リゼット様より賜ったものである。

 

 それが王家や教皇の権力の後ろ盾であり、この世界の大前提でもある。

 その正当性に疑問を投げかける内容だ。

 

 まあでも、眼前の女性はそんなことは関係なく、実際に国家転覆を起こした張本人である。

 なので俺は遠慮なく、丁寧にすべて話した。

 

 セルナ統領は話の内容をすぐに理解したのか、眉根を寄せて口元に手をやり、深く思案し始めた。

 

 ベルナールさんは、表情をあまり変えず黙り込んでいる。

 あれは多分、理解が追いついていないな。

 あとで悶絶するやつだ。

 

 話を聞いてしばらく、セルナ統領は酒に何度か口をつけながら黙り込んだ。

 情報を整理しているのだろう。

 

 俺はゆっくり待ちながら、つまみの乾物に手を伸ばしてぽりぽりと齧った。

 

 美味い。なんだこれ。

 塩辛い鮭の味がする。

 

 しばらくして、セルナ統領が俺の方へ顔を向けた。

 

「ありがとう、アルス。半分程度しか理解できなかったが、参考になった」

「すごいですね。俺は、聞いた時はぜんぶ意味不明でしたよ」

 

 セルナ統領もつまみに手を伸ばす。

 彼女の白くて細い指先が乾物をつまみ、口へ運んだ。

 

「ベルナールに気を使ったあたり、すでにお前も理解できているのだろう。大したものだ。製造魔法が入手できない理由も察しがついた。だが、逆にひとつ、神器の入手方法について思いついたことがある」

 

「内容について、丸一日かけて考えましたからね。どんな思いつきですか?」

 

 俺は透明の杯に注がれた酒に口をつけた。

 この茶色の酒は相変わらず美味しい。

 喉にがつんとくる。

 

「つまり、賢者は後任を求めているのだろう? 迷宮はそのための施設だという。ならアルス、お前は、いずれ賢者になる」

 

「……はぁ。え? そうなんですか? ……いやだなあ」

 

 セルナ統領は、少し楽しそうに口元をゆるめて俺に言った。

 

「まあ待て、最後まで聞け。神器は賢者が造ったという。だから、お前は神器を与える側になるわけだ」

 

「なるほど。そういうことになるんですかね」

 

 空になった杯に、セルナ統領は自分で酒を注ぎだした。

 あわてて寄ってきたベルナールさんを手で制し、並々と注いだその酒を一気に飲み干して続けた。

 

「お前は、重要性をまだ理解していない。くくく、お前は王を任命する側になるんだ。共和国の神器が減っていくことなど、どうでもいい。傑作だ、ははは!」

 

「おお、確かにそうか。じゃあ俺がそうなったら、格安で神器を売ってあげますね」

 

 セルナ統領は、俺の杯へ酒を注いでくれた。

 

「ふふ、そうか。ありがとう。久しぶりに胸が躍る話を聞いた。もし可能なら、他の迷宮で手に入れた情報も、ヴァレリオンに立ち寄った際には、ぜひ聞かせてくれ。礼はもちろんする。次の目的地はどうするのだ? 王国の迷宮か?」

 

「それなんですけど、先に教国に行こうかと思ってます。ダイアナ渓谷の西側から進むなら、教国の横を通りますよね」

 

 杯を傾け、酒をあおりながらセルナ統領が口を開いた。

 結構飲んでいるだろうに、その姿勢に崩れは一切ない。

 

 酒の入っていた器が残り少なくなったようで、ベルナールさんが追加を持ってきた。

 それを受け取りながら、セルナ統領は話を続けた。

 

「そうだな。良い判断だ。国境の隣を進むことになる。どうせなら、一度迷宮の調査だけでもしておくといいだろう。おい、ベルナール。勇者殿へ書籍庫の入場許可証を出しておけ」

 

「助かります。地理と魔物の情報くらいは、調べておきたかったんですよ」

 

 セルナ統領は、受け取った新しい酒を、自分の杯と俺の杯になみなみと注いだ。

 

「冬の準備はしておけよ。教国の冬は寒い。ああ、預かっている馬と馬車の冬支度はこちらで済ませておいてやる」

 

「ありがとうございます。あ、そうだ。賢者の迷宮なんですけど、これからも巡礼者を待っていると言ってました。今後も迷宮を踏破すれば神器は手に入るそうです」

 

 それを聞いて、セルナ統領は眉根を寄せて答えた。

 杯に口をつけ、俺に呆れるような視線を向けたまま言った。

 

「……ベルナール。国軍の魔法使い総出で挑めば、踏破できると思うか?」

「はっ、閣下。……迷宮へ辿り着く前に、渓谷を抜ける時点で半壊するものと思われます」

 

 セルナ統領は杯をテーブルに置き、口元に薄く笑みを浮かべた。

 

「だ、そうだ。まあ、我が国は格安の神器を待つとするよ。アルス、今日はまだ時間があるのか?」

 

 俺は久しぶりの一人なので、会談が終わったらどちらにしても他の店へ飲みに行くつもりだった。

 透明の杯の茶色い酒をぐいっと飲み干した。

 前回、この酒で一瞬で酔っ払ってしまったことを、俺はもう忘れていた。

 

「はい。ルナリアたちは二人で食事に行くと言っていたので大丈夫です」

「よし、ならもう少し付き合え」

 

 綺麗な加工のされた透明な杯に注がれた茶色い液体が、月明かりを反射してきらきらしていた。

 

 

# Lunaria_and_Ferris’s_Dinner:

 

 わたしは、フェリスちゃんと小洒落た酒場へ来ていた。

 

 淡い色の木を丁寧に磨き上げた店内は、清潔感がありつつもどこか洒落ていた。

 

 テーブルには鮮やかな赤い布が敷かれていて、落ち着いた内装の中でそれがよく映えている。

 運ばれてくる料理は肉料理が中心で、香ばしい匂いが店の中に漂っていた。

 

 お酒は初めて飲む葡萄の果実酒で、甘酸っぱい香りがふわりと鼻に抜けた。

 

 アルスは、セルナ統領との賢者の迷宮の報告を兼ねた会談に出かけていた。

 わたしは当然ついていこうとしたのだが、フェリスちゃんに誘われて二人で食事に来ている。

 

 フェリスちゃんは、この機会に二人で話したいことがあるらしかった。

 

 そんなわけで、珍しく今日は女の子二人での食事だ。

 わたしにとって、友達とする食事会は初めてかもしれない。

 

 フェリスちゃんを楽しませるべく、頑張らなければ。

 

 わたしは鳥の串焼きをもきゅもきゅ頬張りながら、フェリスちゃんの瑠璃色の瞳を見た。

 彼女の瞳孔は綺麗な星型をしていた。

 

 店内の薄暗い照明をほんの少し反射して、その星を宿す瞳は幻想的に輝いていた。

 彼女の長い睫毛に覆われた目元は、酒の杯に視線を落とすと半ば隠れ、それがまたとても神秘的だった。

 

「……ん。どうした?」

「えへへ。なんでもないよ! ここのお肉美味しいね」

 

 果実酒に口をつけながら、フェリスちゃんは静かに店内へ視線を巡らせた。

 

「……それはよかった。……しかし、まあ小綺麗な店だ。あの子供兵士は、よくこんな店を知っていたな」

「リュック君は、お姉ちゃんに聞いたって言ってたよ」

 

 気づけば、最初に頼んだ鳥串はもうなくなっていた。

 わたしは次の皿を待ちながら、豚と牛をお任せで追加する。

 共和国は料理の種類が豊富で、何を頼めばいいのかまだよくわからないのだ。

 

 フェリスちゃんは、木杯をテーブルに置いて、わたしの目元へ視線を向けていた。

 彼女が聞きたいことは、なんとなくだけどわかった。

 その瞳の中に宿った星型の瞳孔は、わたしとおそろいだったからだ。

 

「強かったね。フェリスちゃん」

「……かなり、段階を飛ばして強くなった自覚がある。しかし、ルナリアにはまだまだ及ばないな」

 

 わたしは果実酒に口をつけながら、少しだけ笑みを浮かべて聞いた。

 

「やっぱり、迷宮でアルスを抱きしめた時? フェリスちゃんって、意外と大胆だよね」

「……ん。……いや、お前はそれでいいのか? こほん。あれは最後の一押しだった。だが、あの時……星空の向こう側のようなものを感じた」

 

 それは、わたしにも覚えのある出来事だった。

 

 懐かしいな。

 あれは、もう十年以上前だ。

 

 フェリスちゃんは前髪を細い指でそっといじりながら、少しだけ目元を伏せて言った。

 

「……これは、アルスへその……あれを感じて、あれなんだが。お前もそうだったか?」

 

 フェリスちゃんの言葉は、びっくりするくらい何も説明していなかった。

 けれど、何を聞きたいのかはちゃんとわかった。

 

 友達だからね。

 

 わたしは果実酒の入った杯をそっと置いて、とっておきの内緒話を聞かせてあげることにした。

 

「うん。これはアルスには内緒にしてね。わたしが子供の頃の話なんだけど――」

 

 店内には柔らかな灯りが落ちていて、落ち着いた雰囲気の中、客たちの語らいが静かにざわめいていた。

 

 その空気に背中を押されるみたいに、わたしはアルスと初めて出会った時の話を、少しずつフェリスちゃんへ聞かせていく。

 

 彼は覚えていない。

 

 けれど、わたしはあの日から、彼のことを考えなかった時間なんて一度もなかった。

 

 わたしはアルスをひと目見た瞬間、彼がわたしの運命の人だと思った。

 ちょっとした出来事があって、その想いはすぐに確信へ変わった。

 そして、その時にわたしの赤い瞳へ星が宿った。

 

 フェリスちゃんは黙ってわたしの話を聞いていたが、やがて確かめるように口を開いた。

 

「……ん。じゃあ、お前は子供のころから、……アルスを知っているのか?」

「えへへ。アルスには内緒だよ? 五歳の頃に、家族で休養に行った海で出会ったの」

 

 わたしは少しだけ恥ずかしくなって、誤魔化すように果実酒へ口をつけた。

 

 ちょうどその時、頼んでいた肉料理が次々とテーブルへ運ばれてくる。

 焼きたての肉から立ちのぼる胡椒の香りがふわりと漂ってきて、さっきまで少し熱くなっていた頬とは別の意味で気持ちが浮き立った。

 わたしはさっそく皿へ手を伸ばした。

 

 フェリスちゃんは、そんなわたしの食べる様子をちらりと見てから、自分もようやく料理へ手をつけ始めた。

 

「……私は星空の向こう側を感じたとき、自分の力が跳ね上がったと感じた。……お前の剣技も、やはり同じように獲得したのか?」

 

「魔法が使えるようになったのは、間違いなくその時なんだけど、剣技はどうだったかなあ……。魔法剣を覚えたのは、結構あとだけど……」

 

 わたしは、遠い記憶を思い出すように唇に指を添えた。

 

「うーん。うん、剣技はもともと得意だったね。その前から下級魔物くらいなら勝てたし」

「……五歳の女の子が? ……いやそもそも、なぜ五歳の女の子が魔物と戦闘を?」

 

 フェリスちゃんが、長い睫毛に縁取られた目で呆れたようにわたしを見た。

 子供の頃のわたしは、かなりお転婆だったので恥ずかしい。

 

 照れ隠しに頬をかきながら答えた。

 

「えへへ。剣術が好きで、こっそり抜け出して討伐しに行ってたの。あ、でも剣術の先生に勝てたのは、アルスに出会った後だったと思う」

 

「……五歳の女の子が、……貴族家の剣術の家庭教師に勝ったのか?」

 

 彼女は果実酒を一気に飲み干してから、自分の木杯に注ぎ直し、ついでにわたしの木杯にも足してくれた。

 それから少しだけ、思案するように黙り込む。

 

 たしかに、家庭教師さんを気絶させた時は家の中が騒然としていた。

 あの時は、なんだか窮屈だなって感じたのを覚えている。

 

「うん。そのせいか、剣術の先生は来てくれなくなって……それからは、自分だけで訓練を始めたの。アルスが冒険者になるって言ってたから、強くならないといけないと思って」

 

 セレスティア王国には、冒険者養成学校が五か所ある。

 わたしの家とアルスの家は幸運にも同じ区域だったし、正確な年齢は知らなかったけど、きっと同じくらいだと思っていた。

 

 だから、アルスに会うために、入学年齢の下限だった十三歳でわたしは養成学校に入学した。

 彼ならきっと、最短で冒険者になると思っていたからだ。

 

 初めて十三歳のアルスを見た時は、心臓が止まるかと思った。

 同じ年だと知った時は、その日一日、世界がきらきら輝いて見えたのを覚えている。

 

 わたしの話を聞きながら、フェリスちゃんは眉根を少し寄せ、額へ手を当てていた。

 

「……なあ、お前は五歳で会ってから、十三歳のその日までアルスに一度も会ってないのか?」

「え? うん……。えへへ。ちょっと、会うためだけに行くのは恥ずかしくて……」

 

 今思うと、勇気を出して会いに行けばよかったのかもしれない。

 でも、わたしは彼の剣になりたくて必死に訓練していたし、本当に時間もなかった。

 彼に再会するまでに、中級魔物くらいは一人で倒せるようになっていたかったのだ。

 

「……五歳の時に、数か月くらい一緒にいたのか?」

「ううん。六日だよ」

 

 フェリスちゃんは少し悩むような顔をしたが、すぐにいつもの涼やかな表情へ戻った。

 果実酒に口をつけながら、瑠璃色の瞳をわたしへ向ける。

 

「……まあ、ルナリアだし、気にするのはやめよう」

「えぇー。何か変だった?」

 

 わたしは豚肉の胡椒焼きを食べながら、当時のことを思い出していた。

 まさか同じ年に養成学校へ入れるなんて、本当に運命みたいだった。

 

 けど、入学したばかりの頃のアルスはわたしを少し避けていた。

 たぶん、最初の声のかけ方がよくなかったのだと思う。

 

 それでも、警戒しているくせに優しくしてしまうあの感じが、今思い出してもすごく彼らしくて、やっぱり素敵だなって思う。

 

 フェリスちゃんが、そんなわたしを訝しげな目で見ていた。

 しかし、すぐに納得するように頷いて、口元に薄く笑みを浮かべた。

 

 それから少し思案して、わたしに言った。

 

「……ルナリア、時間のある時でいい。少し訓練に付き合ってくれ」

「うん? 訓練はいつも一緒にしてるじゃない」

 

 わたしは豚肉を食べ終わったので、口元を布でそっと拭った。

 果実酒で喉を潤してから、今度は牛肉へ手を伸ばす。

 

「……いや。そうではなくて、模擬戦をしてほしい。……力量が上がりすぎていて、逆に危険だと思っていてな。……自分の天井を知っておきたい」

「うーん……。でも、危ないよ。わたし、手加減がものすごく下手なの」

 

 フェリスちゃんは葉野菜へ手を伸ばし、わたしの分と自分の分を取り分ける。

 それに塩を振ってから、小さく口へ運んだ。

 わたしも同じように葉野菜をつついた。

 

「……まあ、アルスがいれば大丈夫だろう。……あいつは嫌がりそうだが、納得させる方法は考えてある」

「あんまり、気乗りしないなあ……」

 

 飛び越えられる高さは知っておかないといけない、という彼女の言い分はわかる。

 魔族戦の時の大魔法は、まさにそれが原因でわたしは負けかけた。

 

 最近はアルスに甘えて、自分の判断力が少し鈍っていたことも理解している。

 そこはちゃんと反省していた。

 

 それでも、フェリスちゃんの言う模擬戦は少し怖い。

 わたしが考え込んでいるのを見て、フェリスちゃんはさらに条件を足した。

 

「……こうしよう。ルナリアは、私の手足しか狙わない。これなら最悪でも四肢が飛ぶだけで済む。アルスがいれば大丈夫だ」

「全然、大丈夫じゃないよ」

 

 わたしは香ばしい牛肉の炙りを、もきゅもきゅと食べながら考えた。

 ドラゴンとの戦いで見た、最後のフェリスちゃんの動きを思い出す。

 

 あのときのフェリスちゃんを想像して力量を予想する。

 わたしは少し考えてから、条件をさらに付け加えた。

 

「じゃあ、それに加えて、フェリスちゃんは神器を使う。わたしは木剣ね」

 

 フェリスちゃんが、ほんの少しだけ眉を上げ、むっとした表情を浮かべた。

 

「……ほう。お前こそ怪我をしても知らないぞ」

「じゃあ、勝ったほうがアルスを一日独占ね」

 

 彼女は腕を組み、少しだけ視線を上げて宙を見た。

 そのまましばらく考え込んでから、わたしへ視線を戻した。

 肩をすくめ、苦笑しながら言う。

 

「……いや、言ってみたものの勝てる気がしない。賭けはやめておこう」

 

 わたしたちは顔を見合わせ、少しだけ無言になってから、どちらからともなく笑みをこぼした。

 

 

――それから、わたしたちはいろんな話をした。

 

 話題のほとんどは、アルスのことだった。

 

 わたしたちは店を変えてお酒を楽しんでから、宿へ戻った。

 アルスが帰ってきたのは、もう深夜もかなり遅い時間だった。

 

 彼はぐでんぐでんに酔っていて、ほとんどベルナールさんに担がれるようにして帰ってきた。

 ベルナールさんは、とても申し訳なさそうな顔をしていた。

 

 けれど、アルスは本来、回復魔法で酔いを飛ばせる。

 それでもそうしなかったのなら、きっと楽しいお酒だったのだろう。

 わたしはそう伝えて、お礼を言った。

 

 ベルナールさんは感激したように敬礼をして、そのまま帰っていった。

 

 同じようにアルスを待っていたフェリスちゃんも、少し飲みすぎたらしく、ベッドの上でうつらうつらしていた。

 起きていようとしていたのだろうけど、もう瞼がだいぶ重そうだった。

 

 わたしは、お酒に酔えないのが少しだけ寂しいな、と思いつつ、アルスとフェリスちゃんをベッドへ寝かせて、自分も寝る準備を始めた。

 

 窓の外を見ると、アズールは少し細くなっていた。

 

 もうそろそろ冬が来るんだな、と思いながら、わたしは静かに窓を閉めた。

 

 

# COORDINATE 0051 END

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