世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

6 / 28
[COORDINATE 0006] Adventurer's Guild Quest

# Mob_Train_and_AoE:

 

 俺たちは王都から北方に少し離れた、アルシア山の中腹あたりにいた。

 

 王都のギルドで受注した討伐依頼。

 今回の標的は、放棄された砦を占拠しているオーガの群れだ。

 オーガ単体でも相当な脅威だが、それが群れを成しているとなれば、かなり厄介な依頼だった。

 俺たちは、神器持ちが二人という特殊な事情から、まだ王都での活動が短いながらも受注を許可されていた。

 

 人の手が入らなくなって久しい山道は、生い茂る雑草と低木が道を塞いでいる。

 

 俺はその茂みに身を潜め、大金をはたいて購入した拡大鏡を覗き込んで、前方に見える砦を観察していた。

 なんと、この筒にはまった透明な板を通して覗くと、遠くのものが見えるのだ。

 

 一体、何でできているのだろうか。

 

 俺たちには遠距離を索敵する魔法も、スカウトのような探索技能もない。

 この高価な品は、その欠落を物理的に補うための苦肉の策だった。

 

「門番とかはいないのか。ぜんぶ中にいるみたいだな」

 

 すぐ隣で、ルナリアが目を凝らしながら言った。

 

「んー、よく見えないけどそうっぽいね。門も開いてる……よね?」

 

 拡大鏡を握る手に、思わず力がこもった。

 この拡大鏡、かなり高かったんだけどなあ。いらなかったかあ。

 普通あの距離は見えないよ。

 一体、お前の視力はどうなっているんだ。

 

 いつも新しい発見をくれる相棒の言葉を半分聞き流しつつ、俺はギルドで無理を言って貸し出してもらった砦の見取り図を地面に広げた。

 

「もともとは国境監視用の砦だったらしい。警戒対象だった街が魔物に呑まれて、砦自体の必要性がなくなったんだと。国も維持できなくなったんだろうな」

 

 俺が説明すると、ルナリアは感心したように目を輝かせ、吸い寄せられるように俺の肩へと身を寄せた。

 

「きみはすごいね、アルス。討伐クエストで見取り図までもらって、そんなに作戦を練る人はあんまりいないよ」

 

 無防備に身体を寄せる彼女の体温が、薄い布地を通して伝わってくる。

 俺の腕に、彼女の濃紺のバトルドレスに包まれた胸元の膨らみが、むにゅりと柔らかに押し付けられた。

 

 下着をつけていないせいか、腕を動かすたびに大きな胸が、ふにゅんと形を変え、生々しい弾力を伝えてくる。

 砦の構造よりも、この至近距離から漂う甘い匂いと、二の腕を埋没させる柔らかな圧迫に意識を持っていかれそうだ。

 

「……皆無ってことはないと思うけど、まあ数は少ないかもな。魔物なんて、放っておいてもこっちに来るし。わざわざ見取り図を用意して、搦め手を考える意味がないからな」

 

 迷宮の方は地図を欲しがるやつはいくらでもいるだろうが、命をかけて手に入れた情報だ。

 そっちはそっちで、そう簡単に開示はしないだろう。

 ルナリアの柔らかな感触を堪能しつつ、答える。

 

 感心したように地図を覗き込むルナリアは、さらに深く俺の腕に自身の重みを預けてきた。

 

「なるほどお」

 

 あまりの密着具合に、彼女の胸の先端が布地を押し上げている感触までが、鋭敏に伝わってくる。

 

(あっやばい。そこまでいくと冷静に答えられない)

 

「アルスがそう言うなら、きっとそうだね! だったら、今回もきみの立てた作戦通りに動くよ。わたし、きみの指示通りに暴れるの、大好きなんだ」

 

 嬉しそうに微笑むルナリアの赤い瞳。

 そこに宿る綺麗な星が、俺への全幅の信頼を映してきらきらと輝いている。

 

「よし。いい子だルナリア。きちんと俺の言う通り動き、命令には絶対従えよ?」

 

 ちょうどいい殊勝な台詞を吐いてくれたので、ルナリアに縛りをかけておくことにした。

 

「……え? いつもそうしてるじゃない。変なの。分かったよ。ちゃんと、きみの言う通りにするよ、アルス。……何だって、やってみせるよ」

 

 期待に潤んだ瞳で、彼女が深く頷く。

 作戦を開始したら、ルナリアは慌てふためくだろうが、まあこれで大丈夫だろう。

 

 ……以前から思っていたことがある。

 

 今のところ、他の誰かが使っているのを見たことのない、魔法の階位を引き上げるローディングだが、非常に有用だ。

 最大階位なら上級魔物の大魔法に匹敵する出力だって可能だろう。

 だが、これにははっきりとした欠点がある。行使している間は一切、身動きが取れないし、集中がきれれば霧散するのだ。

 

 なら、じゃあ逆に考えれば。

 俺たちは相手が近接特化の場合、自分たちが先に発見したら相当強いんじゃないだろうか。

 

「ルナリア、静かに近づくぞ。音は絶対に立てるな。もし気が付かれた場合はすぐに撤退する」

 

 俺は、おそらくこの作戦はルナリアがしぶるだろうと思ったので、内容は伝えず最初の指示だけを告げた。

 

「りょうかい! 静かにだね……」

 

 彼女は俺の言葉をなぞるように囁き、身体を沈めた。

 俺たちは息を殺し、生い茂る雑草をかき分けて砦の門の脇へと陣取った。

 すぐ隣からは、集中を高める彼女のわずかに早まった鼓動と、甘い身体の匂いが漂ってくる。

 

 俺は深呼吸をし、静かに意識を深淵へと沈めて、ローディングを開始した。

 

――キンッ!

 

 脳裏で澄んだ音が鳴り、周囲の音が嘘のように遠ざかっていく。

 

 俺を祝福するかのように、神威を感じさせる淡く柔らかな光が静かに満ちていく。

 時の流れが遠のいたかのような、深い静寂。

 そのただ中で、天から降り注ぐような静かな、しかし荘厳な讃美歌だけが、微かに響き続けていた。

 

[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]

 

 星空の向こう側へ、かすかに繋がる道筋を辿る感覚。

 そこから、人智を超えた何かが俺の内側へと流れ込んでくる。俺は不思議な全能感でじわりと満たされていった。

 

[ System : Universal_Truth_Load 100% Reached ]

 

 俺を照らす光が、強い神威を帯び始めていた。

やっぱり、最大階位はやばいな……あちらへ持っていかれそうな錯覚を覚える。

 

「え? アルス、どっどうしたの?」

 

 俺はその神聖な魔力を手に集め、ルナリアの背中へとそっと触れた。

 そのまま、階位を最大まで上げた支援魔法をルナリアにかける。属性は魔法攻撃力向上だ。

 

 直後、ルナリアの身体が、まるで落雷に打たれたかのようにびくん、と大きく跳ねた。

 静まり返った空気の中に、熱を帯びた、湿り気のある吐息が漏れ出す。

 

「えっ!? こんな、ところで……なんで……? っ……ぁ……!? ……んんっ……!!」

 

 最大階位の支援魔法を、突然受けたルナリアの背筋に、甘い快感が駆け巡る。

 あまりの衝撃に足が震えたルナリアは耐えきれず、すがりつくように俺の腕に胸を押し付けてきた。

 下着をつけていない胸の先端が、高まった熱と共にぐりぐりと俺の腕を抉る。

 

「……ぁんっ……きみの……まりょく、おっきいよ……。身体の中、すごく、熱い……っ!! んぅ……っ、はぁ、はぁ……。すご、い……力が、溢れて……止まらない、よ……」

 

 恍惚とした表情で、ルナリアが俺を仰ぎ見る。

宝石のような赤い瞳は潤み、星型の瞳孔は、流れ込む膨大な魔力にあてられて激しく明滅していた。

 

[ System : Lunaria Reason_Gauge -10 ]

 

「ルナリア、そのままローディングに入ってくれ。階位を最大まで上げたら教えろ」

 

 俺の短く鋭い指示が、ルナリアの周囲に漂う甘く溶けかけていた空気を切り裂く。

 その声にはっとしたように、ルナリアは強く首を振った。

 

「……っ。う、うん。わかった!」

 

 弾かれたように頷くと、ルナリアは熱に浮かされていた赤い瞳に、無理やり戦士の光を宿す。

 潤んだ目元の朱みや、身体を支配する甘い熱は引かないままだが、彼女は俺の期待に応えようと必死に緩んだ頬を叩き、表情を引き締めた。

 

 ルナリアは銀の剣を両手で握り、正眼に構え、切っ先を立てる。

 ルナリアがローディングに入る。

 綺羅びやかに日の光を返す銀色の刀身から、ちりっと火の粉が弾け、熱を帯びた赤い炎がまとわりつき始めた。

 

 次の瞬間、周囲の空気がびりびりと細かく震え始める。

 地の底から這い上がってくるような、低く長い竜の唸り声。

 魔法剣の火炎が爆ぜる音が響き、彼女の内へ流れ込む未知の力が、辺りの大気をじりじりと圧迫していく。

 

[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]

 

 アストライアの剣を包む炎が、より一層強い輝きを放つ。

 刀身を覆う燃え盛る炎が、やがて彼女の全身を覆うよう広がり始めた。

 剣を起点として巻き起こる濃密な熱波が、背後に立つ俺の肌をじりじりと炙った。

 

「んっ、く……っ」

 

 彼女の深く規則的な呼吸に合わせて、炎の渦はさらに密度を増していく。

 集束する魔力が空間を歪め、彼女の金糸の髪を激しく巻き上げた。

 燃え盛る紅蓮の炎が、凛とした彼女の横顔を鮮烈な赤に染める。

 

 そして、業火の勢いが最高潮に達し、紅蓮の炎が赫い光を発した。

 

[ System : Universal_Truth_Load 100% Reached ]

 

「アルスっ! ……最大階位まで上げたよ!」

 

 轟々と燃え盛る熱風の只中で、彼女は俺へと視線を向けた。

 一切の淀みがない信頼の眼差し。その凛とした声が俺の耳に真っ直ぐに届いた。

 

「よし。そのままそこで待機。奥義発動の準備に入れ。命令だ」

 

 俺はルナリアに待つように指示をした。

 

 それから、自分に速度上昇と物理防御の支援魔法をかけ、念のために防御結界も展開する。

 腰に差した刀には手をかけない。

 俺が刀を抜いても、オーガにできることはない。

 

 代わりに足元に転がっていた手頃な小石を一つ拾い上げ、手のひらで軽く転がしたあと、おもむろに敵の待ち受ける砦の入り口へと走り出した。

 

「えっ、えっ!? アルス!?」

 

 背後から、悲痛なルナリアの声が響く。

 

 突然走り出した俺の背中を追って、彼女は弾かれたように飛び出そうとした。

 ばさりと白いスカートが翻り、急な動作の反動で彼女の胸元の豊かなふくらみが大きく揺れる。

 

「……っ、アルス、だめっ、武器も抜かないで……っ!」

 

 振り絞るような声には、明らかな嗚咽が混じっていた。

 振り返りこそしないが、気配だけで痛いほどにわかる。

 彼女の宝石のような赤い瞳には今、大粒の涙がいっぱいに溜まり、瞬き一つで零れ落ちそうなほど揺れているはずだ。

 俺が傷つくかもしれないという恐怖と、命令には絶対に従わなければならないという縛りの狭間で、彼女の心はひどく乱されている。

 

「うぅぅ。わ、わたしはアルスを信じるっ! 絶対に、無事でいて……っ!」

 

 涙声で懇願しながら、彼女は約束通り、それ以上前へは出なかった。

 すがるような、泣き出しそうな瞳のまま、彼女は奥義の発動態勢へと移行するため、アストライアの剣を頭上高く振りかぶる。

 

 限界まで高まった紅蓮の炎が、彼女の焦燥と悲哀に呼応するように光を増した。

 涙で滲む視界の先で、莫大な魔力の奔流をその細い腕に押さえ込みながら、彼女はただひたすらに砦の奥へと進んでいく俺の背中だけを見つめ続けていた。

 

[ System : Lunaria Reason_Gauge +20 ]

 

 一方、そんな決意と悲しみを抱え、魔法剣士として、己の責務を果たそうとするルナリアの悲壮な表情とは対照的に、そのときの俺の行動は、ひどく馬鹿みたいなものだった。

 

 薄暗い砦の中に足を踏み入れると、魔物の臭いが鼻を突く。

 奥には予想通り、大木のような丸太を抱えた巨大なオーガが数体、蠢いていた。

 

 一、二、三……。五体か。

 

 俺は大きく息を吸い込み、わざとらしく砦全体に響き渡る声で叫ぶ。

 

「やーい、馬鹿オーガ!」

 

 別に、何もしないでも魔物は、憎悪のまま人間に襲いかかる。

 だが、まあこういうのは景気づけが大事だと思い声を上げた。

 その声に反応したオーガたちの濁った瞳が一斉にこちらを向いた。

 

「おい、図体だけの鈍間ども! 脳みそまで筋肉でできてるのか!」

 

 そして、憎悪に醜い顔を歪めかけた巨鬼たちへ向けて、手のひらで転がしていた小石を立て続けに弾き飛ばす。

 ひゅっ、と風を裂く音と共に、三つの石が三体のオーガの眉間や鼻っ柱へと正確に命中した。

 

 こんっ、と小気味良い音が響く。

 

「グオオオッ!!」

 

 石の命中した三体以外も、こちらへ反応した。俺は即座に反転し、一直線に逃げる。

 背後から迫る五体の巨人が、凄まじい地響きを立てて追いかけてくる。

 ここで一度でも足をもつれさせれば、間違いなくひき肉にされて死ぬ。

 だが、俺は転ばない。きっと転ばない。

 

 砦の出口の光が近づく。

 

 そこを抜け、あらかじめ指定しておいた射線へと飛び出した瞬間、視界の先で、限界まで勢いを増した紅蓮の炎を掲げたままのルナリアの姿が飛び込んできた。

 無事に俺の姿を認めた途端、祈るように見開かれていた彼女の赤い瞳から、安堵の大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

「……っ、ルナリア!! 撃て! 全力全開だ!!!」

 

 俺が叫んで射線から大きく身を翻した直後、彼女の顔から不安の涙が吹き飛び、魔法剣士としての鋭い覇気が宿る。

 彼女は大地を力強く蹴り上げ、紅蓮の炎を引いたまま、高く跳躍する。

 空中で白いスカートが激しく翻り、アストライアの剣を頭上高く、上段へと構える。

 

「――アストライア・フレイムインカーネイト!!」

 

[ System : Astraea / Flame Incarnate Dragon, Manifest! ]

 

 ルナリアの凛とした声が響き渡る。彼女の瞳に宿る星がキラメキ、輝きを放つ。

 赫く燃え盛る業火となったルナリアが、空を裂くような勢いで、紅蓮の剣を眼下の敵へと一気に振り下ろした。

 

 ルナリアから溢れ出した莫大な炎が収束する。

 燃え盛る炎の奔流が、中空で巨大なあぎとを持つ『紅蓮の竜』の姿をかたどる。

 

 周囲へ響いていた地鳴りのような唸り声が、紅蓮の竜の咆哮となって天地を揺るがす。

 

 紅蓮の竜は、俺のすぐ横を通り抜け、背後に迫っていた五体のオーガへと真っ直ぐに喰らいついた。

 断末魔を上げる暇すらない。燃え盛る竜の牙に叩き潰され、巨人たちは瞬時に炭化して塵と消える。

 

 だが、解き放たれた竜の猛威はそれだけでは終わらなかった。

 紅蓮の竜は猛り続け、轟音と共に砦の分厚い石壁に激突し、喰らい尽くす。

 砦の半分がまるで飴細工のように吹き飛び、さらに背後にそびえていた岩山の中腹までをも大きく抉り取って、ようやくその威力を霧散させる。

 

 あまりの破壊力で巻き起こった強烈な爆風が、俺の身体と髪を乱暴に煽る。

 

(……山が削れてしまった)

 

 焦げた石と土煙の匂いが立ち込める中、かつて砦の入り口だった場所には、どろどろに融解した円形の大穴が口を開き、その縁だけが真っ赤に焼けて残されていた。

 

「はぁ……。はぁ……。す、すげえな。よくやった、ルナリア」

 

 荒い息を吐き出しながら、地形ごと消し飛んだ砦の跡地を見つめる。

 

 先に敵を発見して二人とも最大まで階位を上昇させておく。

 その強力な支援魔法を受け、ルナリアが自身の最大階位を乗せた奥義を撃ち込む。

 決まれば魔族だってどうにかなると思っていたが、これは予想を遥かに超える威力だ。

 五体のオーガを一撃か。

 

 今後はこういう建物や特定の地形に閉じこもっている魔物の討伐依頼だけを受けて、同じ戦法を繰り返していれば、すぐにでもAランク冒険者になれるんじゃないか。

 

 そんな能天気なことを考えていると、どたどたと慌ただしい足音が近づいてきた。

 

 振り返ると、大粒の涙を零しながら、ルナリアが俺にすがりつくように駆け寄ってきていた。

 

「アルスっ! なんで、なんで最初に言ってくれなかったの……!」

 

 涙声で怒鳴りつけられ、俺は内心で呟いた。

 こんな作戦、正直に伝えたらお前は絶対に猛反対して俺を止めるだろう。

 

「もうやめて……っ! わたしのこと、どんなふうに使ってもいいから……っ!」

 

 ルナリアは俺の服の胸元を両手できつく握りしめ、しゃくりあげながら言葉を続ける。

 急激に飛びついてきたせいで濃紺のバトルドレスが乱れ、彼女の胸元が俺の胸へと押し付けられているが、彼女はそんな自身の状況には微塵も気づいていない。

 

「どんな無茶な作戦だって構わないっ! 魔王に突撃しろって言われたら、わたし、笑って斬りかかるよっ! きみの命令なら全部従うから……っ!」

 

 彼女は俺の袖に顔を押し付けるようにしながら続けた。

「……だから、お願いだから……もう、こんな危ないこと、しないで……」

 

 彼女は涙混じりの声音で言葉を紡ぐ。

「わたしが先に突っ込むの。わたしが前衛で、アルスが後ろ。……逆は絶対に駄目っ」

 

 俺に本気で怒るルナリアを見るのは、これで三回目くらいだろうか。

 俺の服を握る彼女の指先は、俺を失うかもしれないという恐怖でまだ微かに震えている。

「……ごめんな。ルナリア、ちょっと俺が無神経だったよ。もうしない」

 

 泣きじゃくるルナリアに謝りながら、俺はさすがに反省した。

 俺は彼女の頭を撫でながら、顔を上げた。

 

 アルシア山は標高が高いからだろうか。空気は澄んでいて、涼やかな風が絶え間なく吹き抜けていた。

 

...Quest Completed!

 

 

# Lunaria_the_Crimson_Blade:

 

——オーガの討伐依頼から、数週間後。

 

 迷宮の灯りが、揺らめく影を落とす中、俺は宝箱の上に腰を下ろしていた。

 俺は、眼前の鉄格子の向こう側で奮戦するルナリアを見ながら、ひとりごちた。

 

(やっぱり、探索技能がないと迷宮は厳しいな)

 

 俺たちは今、スプートニク高原に位置する迷宮、『人形師の庭』の攻略中だ。

 先日、オーガの群れを短期間で、なおかつ無傷で撃破して帰還したことから、王都の冒険者ギルドにおける俺たちの評価はうなぎ登りだった。

 

 だが、いくつかの討伐依頼をこなしても、待てど暮らせどAランク昇格の打診はやってこない。

 

 しびれを切らしてギルドの受付で相談したところ、「討伐特化でも十分時間をかければいずれAランクになれます。焦らず地道にやりましょう」と、やんわり窘められてしまった。

 

 なんとか期間を短縮できないか食い下がると、やはり護衛、迷宮攻略系の依頼もこなせる万能型のパーティーの方が、Aランク選考の候補に上がりやすいらしい。

 

 そこで手っ取り早く実績を作るため、あえて苦手な迷宮攻略を選択したわけだが……。

 

(みごとに、罠を踏み抜いたな)

 

 迷宮の中層。

 

 いかにもな装飾が施された宝箱を開けようと俺が不用意に手を伸ばした瞬間、部屋の入り口から分厚い鉄格子が降りてきて、見事に閉じ込められてしまったのだ。

 

「まあ、鉄格子の隙間から支援魔法は届くし、俺は逆に安全か。ルナリア無理しないでゆっくりでいいぞ」

 

 閉じ込められたというのに、俺の心に焦りはなかった。

 なにせ、鉄格子の向こう側には、最強の魔法剣士が控えているのだから。

 

* * *

 

 今、わたしだけがアルスを守れるという高揚感を抱きながら、鉄格子の向こう側の彼に声を掛ける。

 

「アルスっ、ちょっと待っててね。すぐに助けるから!」

 

 通路を塞ぐように迫りくる三体のアイアンゴーレムを鋭く睨みつけ、愛剣を下段に構えた。

 

 わたしは右手に握るアストライアの剣に、意識を集中させる。

 直後、ぼわっと爆発的な熱量を持った炎が銀の刃を包み込み、周囲の冷たい空気を赤く染め上げた。

 

 アイアンゴーレム、三体。

 

 わたしはあの分厚い鉄屑を斬り刻んだ後、彼に優しく褒められている自分を妄想する。

 アストライアの剣を覆う炎が、わたしの心の熱に呼応するかのように激しく揺らめいた。

 

 背後から、アルスの支援魔法がわたしを包み込むのを感じた。

 全身に、軽い電流が流れるような甘い痺れが駆け抜ける。

 

「……んっ。……んぅ……。ありがとう、アルス!」

 

 石畳を強く蹴り上げ、一気に距離を詰める。

 

「はぁぁッ!」

 

 急加速した踏み込みの反動で、薄い濃紺の布地が限界まで張り詰める。

 何にも押さえられていないわたしの胸が、重力と激しい動きに振り回され、張り付いた布地と敏感な部分との間に生々しい摩擦を生んだ。

 

 だが、わたしはそんな生理的な違和感など意に介さず、アイアンゴーレムの懐へと潜り込んだ。

 なぜだか知らないが、怪我による痛みや布の摩擦程度で、精神を乱されたことは一度もない。

 

(わたしの身体の奥を痺れさせ、支配できるのは、アルスだけなんだから)

 

ギガァンッ!!

 

 赤い炎の斬撃が、アイアンゴーレムの分厚い鉄の装甲に深く食い込む。

 業火を纏う刃が、強固な装甲すらも容易く断ち、魔物の身体を切り裂いていく。

 

 一体目を一太刀で斬り捨てた後、わたしは勢いを殺さずにその奥へと着地し、左手を残った二体へと向けた。

 

「――ファイアブラスト!!」

 

 すれ違いざま、無詠唱で放たれた炎の爆風が、残る二体に襲い掛かる。

 片側のゴーレムは関節に直撃を受けたようで、高熱でそこが溶け落ち、大きく体勢を崩した。

 

 わたしはそれを見て、素早くアストライアの剣を正眼に構え、ほんの刹那、ローディングを行う。

 周囲の空気が微かに震え、地の底から響くような静かな竜の唸り声が聞こえ始めた。

 

[ System : Universal_Truth_Load 10% Reached ]

 

「――ファイアランス!」

 

 移動を封じられたアイアンゴーレムへ向けて、一段階だけ階位を上げた火炎魔法を放つ。

 空気を裂く音を伴って炎の槍が直撃し、迷宮内に轟音が響いた。

 

 爆風でわたしの白いスカートが大きくめくれ上がり、太ももの柔らかな肌が、冷たい空気と炎の熱気に晒される。

 

「……きみのところには、絶対に行かせないっ!」

 

 充実感と使命感がわたしを満たす。彼と一緒に戦う魔法剣士であることへの、強い幸福感。

 

「これで、最後っ!!」

 

 アストライアの剣を両手で握り直し、水平に構えて残る最後の一体に突進する。

 

 左から右へ駆け抜ける、揺らめく赤い一閃。

炎を纏った剣が、アイアンゴーレムの胴体を斜めに両断する。

 ずずんっ、と重たい音を立てて崩れ落ちる鉄の残骸を背に、わたしは大きく息を吐き出した。

 

「ふぅ……っ」

 

 激しい呼吸に合わせて肩を上下させるたびに、胸の重みが肩の筋肉を引っ張るのを感じる。

 彼の方へ向く前に、せめて顔の汗だけでも拭っておきたかった。

 わたしは、手の甲で無造作に肌を拭うと、鉄格子の向こう側にいるアルスへ向き直る。

 

「終わったよ、アルス! 怪我はない? 今この鉄格子も、わたしが斬り飛ばしてあげるからね」

「ありがとう、ルナリア。さすがだな。ちょっと横によけておくか……」

 

 戦っている時は、どれだけ激しく動いても、胸が擦れる刺激を受けても、一切精神を揺さぶられることはなかったのに。

 アルスに褒められただけで、また全身に甘い電流が流れるのを感じていた。

 

* * *

 

 その後、俺がさらに二回ほど罠を踏み抜いた時点で、ある致命的な事実に気がついた。

 もし罠にかかったのが俺ではなく、ルナリアだったら完全に詰んでいる。

 

 その事実に思い至った瞬間、俺はすっぱりと迷宮の攻略を諦めた。

 

...Quest Failed!

 

 

# COORDINATE 0006 END

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。