世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0007] Kidnapped in the Capital

# Boy_named_Yuri:

 

* * *

 

 アルスとルナリアが王都での生活を始めてから、数ヶ月が過ぎた。

 

 午後の日差しが注ぐ下町の屋台街を、一人の少年が歩いている。

 年の頃は十代後半。無造作に切り揃えられた明るい茶髪が、穏やかな風に揺れていた。

 

 冒険の際に羽織っている神官の黒い外套は今日は身につけておらず、小綺麗に整えられた白いシャツに黒いズボンという、至って軽装な出で立ちだ。

 

 腰には、どこにでもある量産品の脇差しが一振り、飾り気なく差してあった。

 

――珍しく一人で街歩きを楽しんでいる、アルスだ。

 

* * *

 

 俺はサンドイッチをもぐもぐと食べ歩きしながら、王都を散策していた。

 王都の物価は辺境の街フリージアに比べて数段高いが、その分、出回っている品物の質は確かだった。

 特に魚介類は鮮度が命だ。

 内陸にあるにもかかわらず、これほど新鮮な状態で運ばれてくるなんて、さすが王都だ。

 

 そんなことを考えながら、俺は冒険者ギルドからの帰り道をあえて遠回りして散策していた。

 

 今日は、隣にルナリアがいない。

 宿の部屋で大人しく待機させている。

 昨日の討伐依頼の際、ルナリアがいつものえっちな状態の一歩手前だったらしく、朝起きたら、とても世間様に見せられる状態ではなくなっていた。

 今の彼女をうかつに外へ連れ出せば、俺におっぱいを押し付けながら、人目も憚らずえっちな言葉を漏らしかねない。

 

 手元のサンドイッチを平らげた後、俺はふと歩みを緩めて考えた。

 

「あいつ、あの状態じゃ飯も買いに行ってないよな……なんか買って帰ってやるか」

 

 そう思い立ち、俺は活気あふれる屋台街へ足を踏み入れた。

 ルナリアは毎回、俺と同じものを食べたがるが、彼女個人の嗜好で言えば、確か肉が好きだったはずだ。

 

「確かこの辺に、ルナリアお気に入りの串焼きの屋台があったよな……」

 

 記憶を頼りに、目的の屋台を探して歩く。

 そんな折、肉の焼ける香ばしい匂いが漂う目的地らしき屋台から、何やら騒々しい声が聞こえてきた。

 

「ですから、これなら足りるはずです。なぜだめなんでしょうか」

 

 声の主は、まだ十代前半ほどの男の子だった。

 

 柔らかそうで艶のある黒髪をふわふわと揺らしながら、身なりの良い、いかにも利発そうな顔立ちの少年が、屋台の店主に必死に詰め寄っている。

 対する串焼き屋のおっちゃんは、丸太のように太く逞しい腕を組み、いかにも職人らしい渋い顔で眉を寄せていた。

 二の腕に彫られた鈎爪を組み合わせたような入れ墨が、妙に凄みがあっていい味を出している。

 

「あのなあ、坊っちゃん。金貨なんかポンと出されても、うちみたいな屋台にそんな額の釣り銭なんかあるわけねえだろ」

 

 だが、黒髪の少年は尚も食い下がる。

 

「それは王国法に反します! 取引において、商人であるあなたが通貨の種別に制限をかけることは禁止されているはずです!」

 

 あー……なるほど、そういう身分の子ね。

 貴族の坊っちゃんがお忍びか何かで街に下りてきたのかな。

 買い物の勝手が分からずに正論を振りかざしている様子だ。

 だが、そんな理屈で下町の商人を詰めれば……。

 

「あぁん!? なんだと! どこの貴族の坊っちゃんか知らねえが、うちの商売に難癖つけようってのか!?」

 

(そりゃあそうなるよ。仕方ないな……)

 

「い、いえっ。そうではなくて、僕はただ、そのお肉を売っていただきたかっただけで……」

 

 勢いよく凄まれた黒髪の少年は、びくっと肩をすくめて一歩後ずさる。

 俺は二人の間へと割って入り、不機嫌そうに顔をしかめるおっちゃんを宥めた。

 

「おやっさん、まあまあ、落ち着いて。俺もちょうど串焼きを買いたかったところなんです。俺の分と合わせて、三本売ってください」

 

 そう言って銅貨を差し出すと、おっちゃんは訝しげに俺の顔を見て、それから思い出したように眉を上げた。

 

「んん? ああ、よく見りゃアルスじゃねえか。なんだ、お前一人で外を出歩けるんだな? ……ってか、三本? お前も変なところでお人好しだねえ」

 

 まだ王都に滞在してそう日は経っていないというのに、いつの間にか俺とルナリアは、常に一緒にいるものと思われているようだった。

 俺は少しいらっとしつつ、不機嫌さを滲ませて言った。

 

「街を出歩くくらい一人でもやってますよ。ったく……」

 

 焼き立ての香ばしい匂いを放つ串焼きを受け取ると、俺はそのうちの一本を、まだ状況が掴めていない様子の男の子へと差し出した。

 

「え? あ、ありがとうございます。あの……お代を払います!」

 

 少年は慌てて懐を探ろうとするが、俺は自分の分の串焼きをかじりながら、片手でそれを軽く制した。

 

「いらんいらん。子供はこういう時、大人の好意を黙って受け取っておくもんだ」

 

 男の子は少し戸惑うように視線を彷徨わせていたが、串焼きから立ち上る香ばしい匂いと、自分の空腹には勝てなかったらしい。

 行儀よく一礼してから、小さく口を開けて肉を齧る。途端に、その利発そうな顔がパァッと明るく輝いた。

 

「そ、そうですか。では、いただきます。……おいしいです! ありがとうございます!」

「そうだろう。このおやっさんの串焼きは、王都一だからな。肉の旨味が違う」

 

 俺がさりげなく目をやると、気難しそうだったおやっさんは、視線をそらしながら照れくさそうに鼻の下を擦って笑った。

 おやっさんに軽く手を上げて屋台を後にした俺は、なぜかちょこちょこと後ろをついてくる黒髪の少年と共に、王都の石畳を歩いていた。

 

「お前、一人でこんなところを歩いてたら危ないぞ。護衛とかいないのか?」

「えっと……。今日は少し、一人で街を見てみたくて。あなたは、冒険者の方ですか?」

 

 俺は腰に差した日本刀の柄に手をかけながら答えた。

 

「ああ、そうだ。俺はこう見えてもすごいんだぞ。未来の勇者様のお供だ」

 

 とりあえず、男の子によくわからない自慢をしながら、それとなく観察する。

 珍しい風貌だ。綺麗な黒髪に、黒い瞳。この辺りではあまり見たことがない。

 着ている服は、上級商人の子息が着ていそうな高級感あるものだ。

 

 だが、腰に提げている剣が、とんでもない存在感を放っている。……あれ、神器じゃないのか。

 神器を帯びた商人は、さすがにかなり珍しいだろう。……商人の子息のふりをしたい、貴族の坊っちゃんってとこかな。

 

(なるほど、ルナリアの亜種か)

 

 じゃあまあ、そんなに気にしないでいいか。

 

「お前、名前は? 俺はアルスだ」

「えと、ユーリです! アルスさん! さっきはありがとうございました!」

 

 少し思案してから言ったその名前は偽名だと、すぐに分かった。

 うーん。素直で良い子だし、この子が痛い目に遭うのはかわいそうだな。

 

「ユーリ、さっきの屋台みたいなときは、あまり正論を振りかざしてもろくなことはないぞ。気をつけろよ」

 

 ユーリは少し納得がいかないのか口をとがらせていたが、やがて自分なりに納得したのか、きちんと答える。

 

「……はい。すこし空腹で、冷静でなかったと思います。ご迷惑をおかけしました」

 

 そんな殊勝な態度に、少し安心した。

 このぶんなら、余計なトラブルは起きないだろう。

 

「うんうん。えらいぞ。あとは……街中で金貨をあんなふうに見せちゃ駄目だ。悪いやつが見てたら、誘拐されるぞ」

 

 俺がそんな話をしたから、というわけではないだろうが。

 大通りから少し外れた、人通りの少ない路地へと差し掛かった時に、事が起こった。

 

 ふと、周囲の空気が不自然に歪んだ気がした。

 

「……ん?」

 

 路地裏の暗がり。積まれた木箱の影から、音もなく五、六人の男たちがぬらりと姿を現した。

 擦り切れた革鎧に、鋭い目つき。手には鈍く光る短剣や棍棒を握っている。

 足さばきや、俺たちの退路を塞ぐような立ち位置からして、ただのごろつきじゃない。

 

(……屋台からつけられていたのか?)

 

 俺は咄嗟にユーリをかばいながら、自分に強化魔法をかけ、刀の柄に手をかける。

 いくら俺が近接戦闘は弱いと言っても、それは魔物相手の話だ。その辺の悪漢に遅れは取らない。この数ならギリギリ勝てるか……?

 

 そう観察しているときだった。

 

「動くな」

 

 いつのまにかそこにいた黒尽くめの男の冷たい刃が、ユーリの喉にぴたりと当てられていた。

 

くそ、気配が完全に感じられなかった……本職の隠密か。

 

 ユーリは完全に背後から捕まっており、口元を分厚い布で塞がれていた。甘ったるい薬品の匂い……睡眠薬か何かだ。

 彼の身体が、一瞬でだらりと力なく崩れ落ちた。

 

「ユーリ!」

 

 俺が声を上げた直後、俺の顔にも背後から同じ布が強く押し当てられた。強烈な薬品の匂いが肺を満たす。

 

(くっそ……)

 

 なんとか回復魔法をかけようとするが、魔物の毒と違い、人が人に使うために作った薬品は、あまりに強烈だった。

 一瞬、魔法が発動しかけるが、一歩間に合わない。

 

(ルナリア……ごめんな、飯……遅く、なる……)

 

 視界が急速に暗転する、

 俺の意識は、完全に深い闇へと沈んでいった。

 

 

# Escape_from_the_Dungeon:

 

 薄暗い地下牢。鉄格子が開けられ、俺とユーリは乱暴に放り込まれた。

 

 先ほどの誘拐犯のうち、最も体格の良かった男が、がしゃんと無機質な音を立てて牢の鍵をかけ、去っていく。

 俺の刀も、ユーリの腰にあった剣も取り上げられてしまった。

 まあ、素っ裸にされなかっただけましか。

 

「いたっ……うぅ……」

 

 隣で、ユーリが痛みに顔を歪め、腕を押さえている。

 放り投げられた拍子に怪我をしたのだろう。骨折でもしていたら大変だ。

 俺は魔法がばれないよう、こっそりとユーリに回復魔法をかけた。

 

 ついでに、自分の身体にもかけておく。相手は子供だし……まあ気づかれないだろう。

 

 ユーリは一瞬、不思議そうに瞬きをした後、自分の身体をあちこち見回した。

 

「あ、あれ? 痛くない……」

「さすが男の子だ。あれくらいはへっちゃらなんだな」

 

 俺が適当に持ち上げると、ユーリは狐につままれたような顔のまま首を傾げる。

 

「え? いえ、へっちゃらで済むような怪我ではなかったような……」

「突然誘拐されたんだ。気が動転して、大怪我をしたと勘違いしてもおかしくないさ。ほら、ちょっと見てやる」

 

 俺は適当に言い繕いながら、怪我の確認をするふりをして、完全に治しておく。

 それにしても、痛みや恐怖に強い子だ。

 このくらいの年頃なら、誘拐されたと分かった時点で泣き叫んでいてもおかしくない。

 

「……ありがとうございます、アルスさん。大丈夫そうです」

 

 俺はひと心地つき、感心しながら口を開く。

 

「ユーリは小さいのにすごいな。誘拐されたってのに落ち着いてる。大したもんだ」

「小さくはありませんっ」

 

 譲れない部分だったのか、頬をぷくっと膨らませて即座に否定する。

 その後、少し逡巡してから、真剣な顔で続けた。

 

「僕は……商家の一人息子なんです。なので、こういった事態への対処も教えられています。それに、身代金目当てならともかく、僕の身体を傷つけるようなことはないと思います。割に合わないはずですから。」

 

 さっき放り込まれた時、結構な怪我をしていたと思うんだが。

 まあ、彼なりの心の落ち着かせ方なのかもしれない。

 

「そうなのか。ずいぶん大きな商家なんだな」

「え!? あ、はい。王都一かもしれません!」

 

 さっきユーリが持っていた、やたらと存在感を放つ『神器』らしき武器を思い浮かべる。

 絶対に商家ではない。

 貴族の不良息子が家宝を持ち出して家出でもしているのか? そんな感じの子じゃないけどな。

 

 どっちにしても、俺が巻き添えなのは間違いないようだ。

 なら、俺の命は全然安全じゃない。

 それに、ユーリの考えも少し甘い。

 危険がないわけがないのだ。

 

「よし、ユーリ。脱出計画を練るぞ」

 

 俺の提案に、ユーリはびっくりしてこちらを見る。

 

「脱出ですか? でも、どうやって……」

「まず、ユーリの得意なことを教えてくれ」

 

 急な質問に、ユーリは少し悩みながら答える。

 

「僕は……兄上たちと違って、あまり武力に自信はありません……。あっ、でも知恵には自信があります!」

 

 話し始めてすぐに、ユーリの一人息子という設定はどこかへ消え去っていた。

 俺はおもしろいやつだなと思いながら答える。

 

「おっ、ユーリも知能派か。気が合うな。俺も知恵には自信があるが、武力はからっきしだ」

 

 俺の言葉に、ユーリは少し楽しくなってきたのか、強張っていた表情を緩めて笑顔を見せた。

 

「アルスさんが武力に劣るようには、僕には見えません」

「ありがとう。まあ、それはいい。さっきのごろつきどもの顔を思い出してみろ」

 

 思案する様子を浮かべたユーリに、俺は言った。

 

「あいつらが、俺たちより賢そうに見えたか?」

「いえ。全然そうは思えませんでした」

 

 ユーリに向けて、俺は笑みを浮かべた。

 

「だろう? 俺たちは喧嘩は弱いが、頭はそれなりにいいはずだ。……知恵で脱出するぞ」

 

* * *

 

 そもそも、本来の誘拐対象であるユーリと、ただのおまけである俺を同じ牢に入れている時点で、こいつらのずさんさが窺える。

 

 ユーリを人質にとった、あの黒ずくめの男だけは油断ならないが……。

 俺は、いくつか思いつく脱出方法の中から、危険が俺に集中しそうなものを選んだ。

 

* * *

 

「おらー! くそガキがー! 有り金よこせやー!」

「うわっ! やめてください! 暴力反対!」

 

 俺たちのひどく程度の低い大根芝居が、薄暗い地下牢に響き渡る。

 ユーリはまだ子供だ。どうせ、魔法の気配までは気づくまい。俺はこっそり補助魔法をいくつか展開しておく。

 神器なしで魔法を使っているとばれると面倒だが、まあ大丈夫だろう。

 

 ついでに壁を思いきり蹴り飛ばし、音の演出も加えた。

 

「おらー、ぶっころすぞー!」

「うわっ! やめてください! 暴力反対!」

 

 俺のほうが演技が上手いな……などと場違いなことを考えていると、上から階段を駆け下りてくる足音が聞こえた。

 

「この野郎! 商品に手を出すんじゃねえ!」

 

 立っている俺の影でうずくまるユーリを見て、俺が一方的に蹴っていると勘違いした見張りが、慌てて牢の鍵を開けて中に入ってくる。

 その瞬間、俺は振り向きざまに顎を思いきり殴りつけ、一撃で気絶させる。

 

 崩れ落ちた男が腰に下げていた剣を奪い、俺とユーリは素早く牢を抜け出す。

 代わりに男を中へ放り込み、鍵をかけた。

 

「ア、アルスさん、すごいです! こんなに簡単にいくなんて……」

 

 目を輝かせるユーリに、俺は少し調子に乗る。

 

「ははは! そうだろう? 喧嘩ってのは、自分の得意な状況をいかに相手に押し付けるかだ。俺のことを先生と呼んでもいいぞ。」

 

 ユーリは興奮気味に顔を紅潮させ、こくこくと何度も頷く。

 

(紅顔の美少年ってこういうのか……? いや、違うか)

 

「はい! アルス先生! この後はどうしますか? 上にいる奴らも全員ぶっ飛ばすんですか?」

 

 意外と調子に乗りやすいユーリに、俺は真面目な調子で返す。

 

「お前は一旦ここで待っていろ。上までは一本道だ。この先で待機していれば危険はないはずだ。いいか、俺が呼ぶまで絶対に上に来るな」

 

 ユーリが不安そうな瞳で答えた。

 

「で、でも、僕も一緒に行ったほうが……。上に五人はいましたよ?」

「お前が来ても仕方ないだろ。また人質にされて、足を引っ張るだけだ。大人しくしておけ」

 

 突き放すような言葉に、ユーリは悔しそうに俯きながら頷いた。

 

「……わかりました。……先生」

 

 ユーリには不思議と人を惹きつける雰囲気があった。俺は自分でも気がつかないうちに、彼に完全に気を許していた。

 

 俺は万全を期すため、言い逃れの効かないローディングまで使うことを選んだ。

 

 意識を深く絞り込む。

 

 俺がローディングに必要としているのは心の在り方だ。

 

 それは『目的の明確化』。

 

 ルナリアのように、剣を正眼に構えるといった動作ではない。

ただ純粋な心の在り方が、俺の魂を星空の彼方へと導く。

 

――世界が、沈黙した。

 

 薄暗い地下牢に厳かな空気が満ちる。

 どこからともなく、厳かな讃美歌が降り始めた。

 

 淡い光が差す。

 

 神威に満ちたそれが俺の輪郭をなぞり、静かに満ちていく。荘厳な光が俺を祝福する。

 

[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]

[ System : Universal_Truth_Load 40% Reached ]

 

 俺は自分に強化魔法を展開する。属性は速度上昇だ。

 ユーリを振り返ることなく、薄暗い廊下を抜け、一気に階段を駆け上がった。

 

 光は遅れて消えた。

 

 俺のいなくなった空間には、僅かな神威の残滓と、静謐な空気が残されていた。

 

「……神様みたいだ」

 

 残された地下牢の前で、ユーリは一人、呆然と呟いた。

 

 

# Battle_of_the_Men:

 

 二段飛ばしで階段を駆け上がりながら、俺は頭の中で状況を整理する。

 

 あの黒ずくめだけは空気が違った。雇われの本職だろう。

 幸いにも、あいつはここへ来る途中で離脱していた。途中で戻ってきたら危険だが、仲間のいる拠点に入るのに隠密技能は使わないはず。

 

 連行される前、敵は六人だった。

 地下で一人は倒した。

 変化がなければ、上にいるのは五人。

 

――いける。

 

 どがんっという音と共に戸を蹴破り、即座に俺は室内の様子を把握する。

 手前のテーブルに二人、奥の酒棚の前に二人。

 

(一人足りない)

 

 隅には、死角を作る衝立がある。

 

 俺はそこに一人いると仮定して動く。

 部屋へ飛び込むなり、地下で奪ったなまくら剣を下段に構えた。洗練など欠片もない我流だ。

 

 だが、支援魔法による速度上昇が、それを凄まじい暴力へと昇華させた。

 

「おらあっ!」

 

 俺は手前の一人に肉薄し、下から斬り上げる。怯んだそいつの、がら空きの腹へ前蹴りを放った。男が血を吐いて吹き飛ぶ。

 

――一人。

 

 隣の逆毛頭は丸腰だった。

 

 そいつが武器を取ろうと慌てて背を向けた瞬間、俺はすれ違いざまに剣の柄を後頭部へ叩きつける。頭を揺らされ、逆毛頭が崩れ落ちた。

 

――二人。

 

(刀より鈍器のほうが向いてるか? ……かっこ悪いから嫌だな)

 

 俺は横へ逸れ始めた思考を正した。

 

 手に握るなまくらの剣を、衝立へ向けて全力で投げつける。

 どおんっ、と衝立が吹き飛び、陰から最後の一人が転がり出た。

 

(よし、これで全員を把握できた)

 

 視界の端、乱雑に置かれた没収品が俺の目に入った。

 俺は駆け寄り、愛用の日本刀を拾い上げる。

 鯉口を切り、抜き放つ。

 薄暗い部屋で、刃文がぎらりと怪しく光った。

 

(やっぱ、これだよな)

 

 奇襲で浮足立っていた、残りの三人が、ようやく武器を構えるのが見えた。だが、遅い。

 

 魔法で強化された脚力で、俺は駆け抜ける。

 衝立の裏の男との距離を一瞬で詰め、反応される前に、胴体を全力で斬りつけた。

 血飛沫をあげて、よろめいた男の首根っこを掴む。

 

 そのままの勢いで、酒棚の前にいる二人へ、その身体を投げつけてやろうとして……俺は思いとどまる。

 

(俺に、ルナリアみたいな人間投擲は無理だ)

 

 瞬時に切り替えた俺は、そいつの顔面を壁へ思い切り叩きつけた。

 

――三人。

 

 残り、二人。

 俺の視線の先で、短剣の小柄な男と、長剣の入れ墨男が激昂した。

 

「なめやがってぇ! ぶっ殺してやる!」

「くらえやああッ!」

 

 俺は敵と会話なんてしない。

 ごろつきの声を無視し、俺は真っ直ぐ突っ込んだ。

 

 俺に向かって、短剣が迫り、長剣が振り下ろされた。両方避けることは、俺にはできない。

 短剣は腹でそのまま受けることにし、長剣のみを身を捻って避けた。

 

 どすっと、俺の左脇腹に短剣が食い込み、激痛が走る。やばい、思ったより痛い。

 

(ルナリアに後で舐めてもらおう。そうしよう)

 

 ルナリアの顔を思い出して、俺は気絶しそうな痛みを堪え、横薙ぎを一閃する。

 鋼が肉を裂く感触が手から伝わり、入れ墨男が鮮血を散らして沈んだ。

 

(思ったより深く入ってしまった……やっちゃったかな。まあ生きてたら、後で回復してやる)

 

――これで、四人。

 

 俺は視線を、最後の男へ向けた。

 

 腰が引けた短剣の男の鳩尾に、前蹴りを叩き込む。くの字になった男の背中へ、刀の峰を振り下ろす。

 

――五人、これで全員か。

 

 俺はどっかりとその場へ座り込んだ。

 

「あぁー……怖かったぁ。くっそ、痛い……。久しぶりに大怪我した……」

 

 俺の左脇腹には、洒落にならない深さに短剣が刺さったままだ。

 

「……っ、ぐおおおおお! 俺は男の子だ、我慢だ俺! 痛ってええええ!」

 

 俺が意を決して短剣を引き抜くと、気を失いそうな痛みが走る。血が溢れ出す傷口を押さえ、回復魔法を展開した。

 柔らかな光が傷を包み込み、痛みが引いていく。

 内臓がこぼれ落ちる最悪の事態は、ぎりぎりで回避できた。

 

 俺は大きく息を吐いた。

 

(はぁ……。これで一安心か。……そうだ、ユーリを呼ばないと)

 

 俺は立ち上がり、ぐっと背伸びをした。

 

 まずは、ユーリの剣を回収して地下へ向かおう。ごろつきの回復は、その後だな。

 

 部屋の制圧を完了し、痛みから解放され、俺が最も油断した瞬間だった。

 

――キィン!

 

 頭の芯を突き刺す鋭い耳鳴りがした。

 俺の視界を、一瞬、銀色の光が覆い、奇妙な既視感が脳裏をかすめた。

 

(いや違う、気を抜くな、俺。こういう時は……)

 

 俺が振り返ると、紫電を放つ短剣を持った男が、まさに刺突を放とうとする瞬間だった。

 

 咄嗟に横へ全力で跳び退き、勢いを殺しきれず、俺は無様に床を転がる。

 

「……っ!」

 

 さっきまで俺が立っていた場所には、禍々しい紫色の短剣が深々と床板に突き立てられていた。

 刃の表面には、ばちばちと紫電が走っている。

その短剣を手にした黒ずくめの男が、冷たい瞳で這いつくばる俺を見下ろしていた。

 フードを下ろしたその顔は、全面が異様な入れ墨で覆われている。

 

……なかなかに個性的な野郎だ。

 

「……何だ、貴様は。今のを避けただと? それに、どうやって牢から脱出した」

 

 床に伸びたごろつきたちへと視線を走らせ、黒ずくめの男が舌打ちする。

 

「ちっ……大方、そこの下っ端どもを出し抜いたか。あんな三下連中を使うからこうなる。おい、俺の仕事をどうしてくれる」

 

 俺は全身に冷や汗をかきながら素早く立ち上がり、刀を下段に構える。

 くそっ、派手にやりすぎたせいで、こいつ最初から隠密技能を使用して入ってきやがったな……。礼儀のなっていないやつだ。

 

(なんとか時間を稼がないと……)

 

 俺は虚勢を張りつつ、声を出した。

 

「子どもはもう逃がした。お前の仕事は失敗だよ。今回の稼ぎはすっぱり諦めろ」

 

 俺の軽口に、黒ずくめの男は小馬鹿にするように少し口の端を歪めた。

 おもむろに短剣を逆手に持ち直すと、腕ごと身体の後ろへ下げる。

 

「――我が名は、グラディオ・サンダール。紫電を纏い、闇を従え、死を帯びる者。天雷よ、我が身を裂き、位相を外せ」

 

 直後、ばちっと紫電が奔った。

 紫の光の残滓だけをその場に残し、黒ずくめの姿が空間から完全に消え去った。

 

 あまりにも理不尽な展開に、俺は思わず声を上げた。

 

「あああ、もう! 神器かよ! なんで誘拐の雇われが、神器なんて持ってるんだ!」

 

 透明化の魔法なんて無茶苦茶だ。

 音で気配を探る……? いや駄目だ。ルナリアじゃあるまいし、俺にそんな野生動物みたいな真似ができるわけがない。

 

 俺は即座に防御結界をすべての方向へ展開し、刀を下げて全身の力を抜いた。

 

 直後、右後ろの空間が不自然に揺らめく。

俺の背後を、不可視の紫電の刃が音もなく突き抜けてきた。

 だが、死角から来るだろうと予測し、結界を厚くしていた俺は、ぎりぎりで防御しきる。

 

 ぎぃんっ! という刃と結界が衝突する高音が、周囲に響いた。

 

 俺のやわな防御技術を、結界魔法が強引に補い、紫電の短剣を弾き返した。

 

「貴様……本当になに者だ。今のは魔法だろう。神器も持たずに無詠唱の結界など、聞いたこともない……」

 

 弾かれた黒ずくめの男が姿を現し、警戒を強める。俺の得体の知れなさが、黒ずくめの本気を完全に引き出してしまったらしい。

 

「結界魔法か……。それもかなりの硬度だ。油断できんな」

 

 再び、黒ずくめが身を沈めて詠唱を開始する。

 

「――我が名は、グラディオ・サンダール。紫電を纏い、闇を従え、死を帯びる者。天雷よ、我が身に宿り、我を稲妻とせよ!」

 

 直後、黒ずくめの身体が膨大な魔力と、まばゆい雷光に包まれ始めた。

 自らを雷そのものへと変えた黒ずくめの突進が、俺の防御結界をいとも容易くぶち抜き、身体に直撃した。

 

「があああっ!!」

 

 内臓ごと焼き焦がされるような激痛が、俺に走った。

 不可避の雷をまともに食らい、俺の身体は紙くずのように吹き飛ばされて壁に激突した。

 傍らに置いてあったユーリの剣が、からん……と虚しい音を立てて床を転がる。

 

「げほっ……がはっ……。……ごはっ……」

 

 くそっ、雷化とか無茶苦茶すぎるだろ……。はは、人類もけっこう凄い魔法が使えるじゃないか……。

 

 致命傷に近い傷を受け、意識が飛びかけながらも、俺は必死に動く。

 即死さえしなければ、俺は死なない。

 重傷を負った箇所へ、悟られないよう密かに回復魔法をかける。

 こいつは俺の回復魔法に気がついていない。こんな出鱈目な魔法、見たことがないからだろう。

 

 しかし、痛い……死ぬほど痛い。

 帰ったら絶対、ルナリアにこの傷跡をぺろぺろさせる。

 あいつ、どうせ今頃宿でごろごろ寝てるだろ絶対……くそ、痛みで思考が……。

 

「しぶといな……相当な手練れの戦士か。だがもう、その傷では立ち上がるのが精一杯だろう。今、楽にしてやる」

 

 黒ずくめが、俺へ向かってゆっくりと歩み寄ってくる。

 その足取りには一分の隙もない。だが、諦めたら死ぬだけだ。

 意識をなんとか繋ぎ止め、俺は、ローディングを開始する。

 

[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]

 

 なんとか階位を上げた防御結界で凌ぐ……いや、駄目だ。さっき防御結界を見せている。こいつは速い。発動前にやられる……。

 これは出し抜けない。真っ向勝負では絶対に勝てない。

 

――幼さの残る少年の高い声が響き渡った。

 

「先生! 僕の、僕の剣をこっちに投げてください!!」

 

 ば、ばかやろう!

 

 俺の意識が一瞬で覚醒した。

 

 ユーリのやつ、言いつけを破って上がってきやがったな!

 くそ、鳴り響く稲光と雷音のせいか。いてもたってもいられなくなったんだ。

 

 声を聞いた黒ずくめの男が、瀕死の俺から、階段の入り口に立つユーリへと視線を切り替えた。

 ど、どうする。剣を投げることは可能だ。

 たぶんユーリは、神器を受け取って、自分の魔法でなんとかしようって腹なんだろう。

 

 だが、ユーリに俺が剣を投げる前に、黒ずくめの雷化魔法であいつが死ぬ。

 どうする、どうすればいい。ローディングは……四段階位までは進んでいる。

 

 だが、黒ずくめは油断しないだろう。

 

 防御結界は貫通してくるかもしれないし、そもそもユーリと距離があって防御結界が届かない。

 俺が速度上昇のバフをかけて壁になるか?

 いや無理だ。階位を上げたところで人間が、雷の速度に追いつけるわけがない。

 

「――我が名は、グラディオ・サンダール……」

 

 黒ずくめの男がユーリへ向けて詠唱を始める。

詠唱を止めるために斬りかかることもできない。

 速度上昇の効果はもう切れているし、俺の剣技じゃ軽くいなされて終わりだ。

 

「紫電を纏い、闇を従え、死を帯びる者……」

 

 防御魔法、結界、回復。全部駄目だ。

 俺の魔法で今こいつを止められるものは……。

 

(……そうだっ!!)

 

 俺は左手を掲げ声を張り上げた。

 

「ユーリ、目を閉じろ!!」

「は、はい! 先生!」

 

[ System : Universal_Truth_Load 40% Reached ]

 

 迷宮や野営で周囲を照らすための支援魔法、『灯火の魔法』。

 俺はその階位を強引に四段階引き上げ、致死の詠唱を紡ぐ黒ずくめの男の目の前に、凄まじい光を放つ閃光として顕現させた。

 

「ぐっ、がぁッ!?」

 

 暗闇に慣れていた黒ずくめの男の網膜が強烈に焼かれ、詠唱が強制的に中断される。

 雷を纏いかけていた男の身体が大きくふらついた。

 

 俺は、黄金の剣のもとへ駆けた。

 

「目を開けろユーリ! 受け取れッ!」

「わかりました! 先生! 後は僕に任せてください!」

 

 痛む身体に鞭打ち、俺は床に転がっていたユーリの剣を全力で放り投げた。

 俺の投げた剣は少し狙いが逸れ、高めの軌道を描いてくるくると飛んでいく。

 だが、ユーリは軽やかな跳躍で宙を舞い、空中で鞘をしっかりと掴み取って見事に着地した。

 

「見ててくださいよ、先生! 僕もけっこう、すごいんですよ!」

 

 俺に影響されたのか、不敵に笑うユーリが勢いよく剣を抜き放つ。

 鞘から現れたのは、見事な装飾が施された黄金の剣。

 圧倒的な王威が、その小さな身体から爆発的に溢れ出した。

 ユーリの柔らかな黒い髪が揺らめく。

 

 ユーリは黄金の剣を片手で天高く掲げ、威風堂々たる姿で吼える。

 

「――余の名はユリウス・アーサー・セレスティア。王の中の王。天は余に従い、地は余に跪く!」

 

(セレスティア……王家の名!? ユーリ、お前、王族かよ……!)

 

「全てを断絶する光として顕現せよ! エクスカリバー!!」

 

 直後、ユーリの全身から星を砕くような光の奔流が溢れ出した。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 巨大な光の剣と化した黄金の刃を、ユーリは力任せに横薙ぎに振り抜く。

 

「こ、この程度……。ぐ……。なんだこの威力は……!? ぐあああああっ!?」

 

 全てを飲み込む極光が、かろうじて防御態勢に入っていた黒ずくめの男を、その抵抗など意に介さぬまま彼方へ吹き飛ばす。

 その勢いは止まらず、石造りの隠れ家の上半分を丸ごと消し炭にし、天へと巻き上げた。

 

 先ほどの俺の照明魔法などとは次元が違う。

 

 王都の空を眩い王光が染め上げた。

 

 

——遠くから、慌ただしい喧騒が近づいてくる。

 

 そりゃそうだろう。

 街のど真ん中で、空が光り輝き、屋根の消し飛んだ建物が姿をさらしているのだ。

 警らの騎士たちがすっ飛んでくるのも時間の問題だ。

 

 気絶したごろつきどもと黒ずくめを縄で縛り上げ、死なない程度に回復魔法をかけておく。

 その後、俺とユーリは崩れ残った壁に背を預け、疲れ切ってへたり込んでいた。

 

 それにしても、今日は人類の変態魔法を二つも見てしまった。

 そもそも、「全てを断絶する光の魔法」ってなんなんだよ。無茶苦茶過ぎる。

 

「先生……。全然、知恵で脱出になりませんでしたね」

「そうだなぁ。最初はそこそこ知的だったんだけどな」

 

 俺が苦笑交じりに答えると、ユーリは無邪気に笑った。

 

「ははは。……先生、僕かっこよかったですか? いつか僕も、勇者パーティーに入れてくださいね」

 

 その真っ直ぐな瞳に、俺は少し楽しくなってきて気軽に返す。

 

「お前なら戦士枠で入れてやってもいいぞ。でも、王族が勇者パーティーなんかに入れるのか?」

「……僕は商人の一人息子です。王族ではありません」

 

 最近の商人の一人息子は、この国の第三王子と同じ名前で、あんな魔法まで使えるらしい。

 

 屋根のない建物の向こうには、星空が広がっていた。いつの間にか、もう夜だ。

 

 吹き飛んだ屋根の先では、先ほどの閃光が嘘のように静かな夜空が戻っている。

 

 美しい満月の姿をしたアズールが蒼く輝き、俺たちをただ静かに照らしていた。

 

 

# COORDINATE 0007 END

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