世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0073] Night After Conquering the Labyrinth

# Preparing_Camp:

 

――魔王と賢者。

 

 フェリスの言葉を聞いて、俺は腕を組んで視線を大森林へ向けた。

 遠く離れているせいで、世界樹の輪郭は白く滲んでいて不確かだった。

 

 そこへ目を馳せ、思考を巡らせようとしたところで、丘の上を冬の冷たい風が吹き抜けた。

 

「うおっ、寒い! ……迷宮の中は暖かかったんだな。久しぶりに外へ出ると冷気が堪える」

 

 俺はその寒さに、思わず肩をすくめる。

 フェリスが、俺の様子を見て頭上へ視線を向けた。

 彼女の真っ青な外套が風にはためき、流される水色の髪は透き通るようだった。

 

「……大丈夫か? ……ああ、これは降るかもしれない」

「降る? 確かに一雨来そうな雲だな」

 

 フェリスにつられるように、俺も空を見上げた。

 空には強い風が吹いているようで、黒い雲の流れはとても速かった。

 

 それを見ていると、フェリスが優しげな声音で俺に告げた。

 

「……ふふ。雨じゃない。……雪だ」

 

 その一言を聞いて、俺の頭の中からは魔王だの賢者だのという話はすっぽ抜けた。

 俺は、子どものように目を輝かせて黒い雲が流れ続ける様子を見ていた。

 

 やっと雪が見られるのか。

 

 そんな俺の様子を見て、ルナリアがくすりと笑いながら声をかけた。

 期待を浮かべた俺を、赤い瞳で優しげに見つめる彼女のほうが、幸せそうだった。

 

「嬉しそうだね。きっと寒いよー。きみは大丈夫かな」

 

「俺だって、教国の寒さには慣れてきたんだ。きっとどうってことないさ。……そうだ、雪が降るなら早めに野営準備をしておかないといけないな。それに、ブルーとブラウンも迎えに行かないと」

 

 フェリスは、愛おしそうに目元を細めて俺を見つめていた。

 やがて、彼女は街の方へ顔を向けて言った。

 

「……では、迎えついでに買い出しへ行こう。……防寒具を、買い足しておかなければ」

 

「防寒具? 今あるものじゃ駄目なのか。いや、フェリスがそう言うなら、一応買っておくか」

 

 風に靡く金糸の髪を白い手で押さえながら、ルナリアが言った。

 

「じゃあ、魔王の話は食事の後かな」

「……ん。設営は急いだほうがいいだろう。……それでいいか? アルス」

 

 俺は二人の会話を聞きながら、なぜあの黒い雲から白い雪が降るのだろうと、考えていた。

 だから、フェリスに返した言葉も上の空だった。

 

「ああ、いいんじゃないか。なあ、積もるかな? 俺、雪だるま作りたい」

「わたしは雪合戦したいなっ」

 

 雪合戦は二人でやれよ。

 俺は、そんな超人雪合戦には絶対参加しないぞ。

 

 俺たちの様子を見て、フェリスは苦笑を浮かべて言った。

 

「……もう、雪のことしか考えられないか。……楽しみにしていたものな」

 

 俺とルナリアは、二人して同じように空を見上げていた。

 ふと隣を見ると、ルナリアの美しい相貌の中で、赤い瞳が宝石のように輝いていた。

 風に吹かれて、毛先のウェーブがかった髪が肩からさらりと流れる。

 

 ルナリアの金糸の髪はこの曇り空の中でも輝いていて、俺は少しだけ見とれてしまった。

 

 しばらくしてから、俺は星切に左手をかけ、二人へ笑みを向けて言った。

 

「じゃあ、行こうか。まずはブルーとブラウンを迎えに行こう」

「うん。あの子たち、久しぶりにアルスに会ったら喜ぶよ」

 

 俺はイルメナウの門へ向かって歩き始めた。

 ルナリアが、肩の触れ合うような距離で隣を歩く。

 

 後ろを歩くフェリスが、長い耳を隠すようにフードを深く被ろうとした。

 だが、彼女はほんの少し悩む素振りを見せたあと、フードを被るのをやめた。

 美しい長い髪をそのまま風に靡かせながら、彼女は少し離れた俺たちに早足で追いついた。

 

 街の中に足を踏み入れた俺たちは、まず街外れの牧場へ向かった。

 牧童に管理人を呼んでもらい、ブルーとブラウンを迎えた。

 数週間ぶりに会う愛馬たちは、俺たちの姿を見るなり嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

 可愛い奴らめ。

 

 鼻をこすりつけるように甘えてくるブルーとブラウンのたてがみを撫でてやる。

 フェリスが手綱を握り、預けていた馬車のもとへ連れていき、二頭を繋いだ。

 

 彼女は金具の調子を確かめると、こちらを向いて言った。

 

「……では、私は野営の準備をしておくか」

「うん。買い出しとアルスのことは任せて。食材は多めに買っておくね」

 

 俺のことを用事みたいに言うんじゃないよ。

 

 フェリスは馬を先導しながら、街の中央を真っ直ぐに伸びる街道へ馬車を引いていく。

 

「……ああ、頼む。行くぞ、ブルー、ブラウン」

 

 フェリスが御者台に乗り、愛馬と馬車を丘へ移動させていく。

 それを見送った俺とルナリアは、買い出しへ向かった。

 

 街へ戻るのは久しぶりだ。

 少し贅沢をして、多めに食材を調達し、フェリスに指定された防寒具などを購入した。

 

 俺たちが買い出しを終え、郊外の丘の上へ戻るとフェリスがちょうど愛馬たちにブラッシングをしているところだった。

 すでに野営地は立派に設営されていて、金属製の箱に薪が焚べられ、炎が周囲を温めていた。

 

「ただいま。設営はもう終わったのか。早いな」

「……おかえり。もう、慣れたからな」

 

 俺とルナリアは調達したものを荷台に積み込んだ。

 しばらくして、彼女たちが夕食の準備を始めたので、俺は鍛錬をすることにした。

 

 黒檀の木剣を握り、型をなぞるように素振りを始める。

 今回の迷宮では、毎日の鍛錬の大事さを心の底から実感できたしな。

しっかりと続けよう。

 

 ガルデンに感謝しながら俺は無心で木剣を振るった。

 

 時間を忘れて鍛錬をしていると、夕食のいい匂いが漂い始めた。

 ルナリアが綺麗な布を持って俺のもとへ歩み寄ってきた。

 

「アルス、準備できたよ。しっかり身体を拭いておくんだよ。風邪をひくからね」

「ありがとう。でも、あれじゃないか。女神の加護で、俺たちもう風邪とかひかないんじゃないか?」

 

 俺はルナリアから布を受け取って身体を拭きながら、軽口を叩いた。

 ルナリアは俺を見つめたままそれに答えた。

 

「それでも、でしょ」

「ん? ああ、そうだった。魔法を前提にして、行動を疎かにしちゃいけない……だな」

 

 汗をきちんと拭い取り、布を肩に掛けながら荷台へ歩く。

 洗濯物入れに布を放り投げてから、途中で脱いだ神官服を羽織り直した。

 

 俺に赤い瞳を向けたまま、ルナリアが口を開いた。

 

「くすっ。そうだよ。きみが言ったんだからね」

 

 

# Sieg_and_Siegfried:

 

 テーブルには、鱒の蒸し焼きをはじめとして、鳥串や豚串、野菜の盛り合わせなどが並んでいた。

 野営で並ぶ料理とは思えない豪華さだ。

 

「美味しそうだ。ありがとう、二人とも」

 

 俺はそう言いながら椅子に腰掛けた。

 隣の椅子にルナリアが座り、向かい側にはフェリスが腰を下ろした。

 

「……ん。久しぶりだしな」

「わたしは食材を切っただけだけどね。フェリスちゃん、本当に料理が上手だよね」

 

 俺たちは木杯に並々と注いだ葡萄酒で乾杯した。

 

「これで、賢者の迷宮をふたつ踏破。俺たちは三人で最強だ。乾杯!」

 

 木杯を打ち鳴らすルナリアとフェリスの髪が、炎の灯りに照らされて淡く輪郭を浮かび上がらせていた。

 

「乾杯! 今回も色々あって楽しかったね」

「……乾杯。……そうだな。アルスを見失ったときは、ひやっとしたが」

 

 俺たちは、美味しい料理に舌鼓をうちながら、今回の冒険について雑談を続けた。

 食べながら喋ろうとして俺はフェリスに怒られ、ルナリアは事あるごとに俺の口元を拭って世話をしていた。

 

 食事が一段落した俺たちは、酒樽から葡萄酒を注ぎ直した。

 ルナリアはさっと食器をまとめて水桶につけた。

 

 空は黒い雲が覆っていて、今日の夜は本当に真っ暗だ。

 暗闇から冷たい風が吹き抜けてきていた。

 だが、ガストン商会の野営設備は素晴らしく、金属製の箱で燃える炎が発する暖気で、俺たちのテーブルはとても温かかった。

 

 ルナリアとフェリスが俺の言葉を待っている。

 

 俺は葡萄酒の注がれた木杯へ口をつけてから、ゆっくりと話し始めた。

 

「まず、俺は夢で見るリゼット様や案内人が、俺たちを騙しているとは思わない。リゼット様は可愛いし、案内人もいいやつだ」

 

 俺の言葉に、フェリスが即答した。

 

「……ん。アルスが言うなら、そうに違いない」

 

 それを聞いたルナリアが苦笑交じりに言った。

 

「ねえ、フェリスちゃん。アルスは凄いけど、間違えることもあるよ?」

「……いや、そんなことはない。アルスは常に正しい……はっ。いかんな」

 

 フェリスが木杯の葡萄酒に口をつけ、恥ずかしそうに目元を伏せた。

 ルナリアが両手で木杯を持ち、フェリスに視線を向けながら楽しそうに笑った。

 

「ふふふ。気持ちはわかるよ。わたしも最近、普段から命令してほしいっていうか、縛られたいっていうか……」

「こほん」

 

 俺は咳払いをして、ルナリアへじとっとした視線を向けた。

 彼女は一瞬だけ目をぱちくりさせ、それから何事もなかったように話を続けた。

 

「んっ。なんでもないよ。でも、わたしも案内人さんが悪い人じゃないっていうのには賛成かな。リゼット様については、アルスの夢の中へ入れないから分からないけど」

 

「……私も同意見だ。……彼らから悪意は感じなかった。案内人は賢者に与えられた使命を全うしているだけだろう」

 

 まだ、最後の叡智が残っている。

 俺たちが知ったことは、まだ断片にすぎないだろう。だが、あらかじめ考えを巡らせておく意味はあるはずだ。

 

 俺は葡萄酒を飲みながら、少し考えを纏めた。

 テーブルへ木杯を置いて二人へ向き直り、口を開いた。

 

「魔王ジークフリートと、賢者ジークフリートが同一人物なのは、ほぼ間違いない」

 

「……ん。そうだな。……少なくとも、何かしらの関係性は必ずあるはずだ」

 

 フェリスは葡萄酒を飲みながら答えた。

 彼女の静謐さを湛えた瑠璃色の瞳が、炎の灯りを淡く返していた。

 

 俺は彼女の目を見ながら、さらに続けた。

 

「ただ、ジークがジークフリートなのはどうなんだろう。これは違う可能性もあるよな。ジークなんたらって名前は王国じゃ珍しくない」

 

「……いや、顔と声が似すぎている。同じ人物で間違いない」

 

 はて、彼が自分の顔を見るような状況はあっただろうか。

 

 声については、確かに、彼の発したものがそのまま聞こえてはいた。

 魔法は意味を伝えてくれていただけで、彼の耳が捉えていた音がそのまま聞こえていたのだ。

 だが、その声にしても似ていたとは思えなかった。

 

 ルナリアも同じ気持ちだったらしく、俺たちは顔を見合わせて揃って首を傾げた。

 

 俺たちの様子を見たフェリスが、優しげに目元を細めて言った。

 

「……お前らのやり取りは可愛いな。……ええと、まず顔は硝子板に反射してうっすら映っていた」

 

 俺は、筒状の建造物で硝子板に映る自分の顔を眺めていたことを思い出した。

 あの叡智の光景で情報が溢れる中、そんなところまで見ていたのか。

 

「よく、そんなところまで見ていたな。凄いぞ」

「……ふふ。悔しかったからな。……かなり気合を入れて、観察していた」

 

 フェリスは横へすっと伸びた長い耳に、水色の髪をかけながら続けた。

 

「……声の方は説明が難しい。……自分の声は別人のように聞こえているのだが……ああ、そうだ。ルナリア、硝子板でアルスの声を鳴らしてくれ」

 

「うん、やってほしいことは分かったよ。アルス、これお願い」

 

 ルナリアが脇に置いていた自分の鞄から、硝子板を取り出して俺に差し出した。

 俺はその硝子板に指を這わせ、複数の図形が浮かぶ状態にした。

 

 ルナリアはその中の図形をひとつ選び、手際よく細い指を這わせると、金属側を俺へ向けてきた。

 

「はい、アルス。ルナリア大好きだって、格好よく言ってみて」

「は? ……うーん、おっぱい」

 

 ルナリアが掲げていた硝子板を横へずらした。

 炎に照らされた彼女の美しい相貌が、すっと覗いた。

 

 眉根を少し上げ、ぷるんとした唇を尖らせて、ルナリアが言った。

 

「もうっ。しょうもないんだから。ええと、音の大きさはこれだったかな」

 

 ルナリアは硝子板の絵が俺たちにも見えるようにテーブルに置いた。

 それから、いくつも並ぶ絵柄のひとつに指を当てた。

 

 硝子板に、どこかで見たような茶色い髪の少年が浮かび、声を発した。

 

< おっぱい >

 

 俺は目を見開き、驚きの声を上げた。

 

「うお!? こ、これ俺? す、すげえ……」

「えへへ。凄いでしょ! 動くんだよ!」

 

 ルナリアがもう一度指を這わせた。

 硝子板の中の間抜けな顔をした俺が、馬鹿みたいな言葉をもう一度発した。

 

< おっぱい >

 

 ……もう少しちゃんとしたことを言えばよかった。

 それにしても、顔は俺のものだと思えたが、声には違和感があった。

俺の声にしては少し高い気がする。

 

 俺が怪訝な表情を浮かべているのを見て、フェリスが話を続けた。

 

「……これが、私たちに聞こえているお前の声だ。……少し高く聞こえるだろう? ……叡智の光景は、ジークの主観だ。だから別人の声に聞こえた。私は、その差が分かるんだ」

 

 フェリスが真面目な顔で話を続けていたが、俺の興味は硝子板に移っていた。

 

「へえ。なあルナリア、俺にも使わせてくれよ!」

「うん、硝子板を向けたら、ここの赤い印を触ってね。終わるときもそこを触るの」

 

 俺はルナリアがテーブルに置いた硝子板を手に取った。

 ルナリアに金属側を向けて、彼女の教えどおり赤い印に触れた。

 

「うーん、そうだな。ご主人様、ご飯にしますか? わたしにしますか? って言ってみて」

 

 ルナリアが俺の言葉を聞いてくすっと笑った。

 

 彼女は長いまつげに彩られた目元を細め、流すように赤い瞳を俺へ向けた。

 潤いのある唇に艶めかしく右手の人差し指を添えながら、甘く呟いた。

 

「ご主人様、ご飯にしますか? それとも……わたしにしますか?」

 

 俺はルナリアの発した色気に少しどきっとしてしまった。

 それを見た彼女はにこりと笑った。

 

 一旦終わろうと思い、俺は赤い印に触れた。

 そこで、俺は首を傾げた。

 

「あれ? 今のを、どうやってもう一回聞くんだ?」

 

 フェリスは俺たちの様子を呆れたように見ながら、葡萄酒を飲んでいた。

 彼女は木杯をテーブルに静かに置き、冷ややかな声で言った。

 

「……おい、真面目に聞け」

 

 俺とルナリアは、姿勢を戻して謝った。

 

「はい。ごめんなさい」

「ご、ごめん。フェリスちゃん」

 

 フェリスは小さく息を吐き、それから話を戻した。

 

「……ええと、なんだったか。……私は自分の声が、どう周りに聞こえるか分かる。……これは訓練で得た能力で、自分の身体かどうかは関係ない。ジークの声がジークフリートと似ていることは間違いない。同一人物と言っていい」

 

 俺たちは背筋を伸ばしたまま答えた。

 

「なるほど。さすが、フェリスだ」

「凄いね、フェリスちゃん」

 

 フェリスは苦笑を浮かべながら続けた。

 

「ジークはジークフリートだと私は確信している。ここまで来たら、魔王が元賢者なのも間違いないだろう」

 

 俺は葡萄酒で喉を潤した。

 気を取り直して、思考をジークの話へ戻し、口を開いた。

 

「そうすると考えられるのは、心変わりか? 賢者の迷宮を作っていた時は、真面目な賢者だったけど、その後に魔王になったのかね。案内人に使命を与えたのは賢者時代のジークのはずだし、これなら辻褄は合うよな」

 

 ルナリアが両手で持った木杯に口をつけた。

 あまり腑に落ちていない様子で、俺に答えた。

 

「でも、賢者ってコアドライブが高潔な人がなったんでしょう? そういう人が、街を滅ぼすとか言うかなあ。変わりすぎじゃない?」

 

「うーん。たしかに。じゃあ、魔族に操られているとかはどうだ? いや、心を操る魔法なんてあり得ないか」

 

 いつもの涼しげな表情へ戻ったフェリスが答えた。

 

「……どうだろうな。私は、他者に直接干渉できる魔法など、アルスのものしか知らない。……可能性としては低いだろう」

 

 フェリスは、立ち上がると俺たちの木杯を持って荷台の方へ歩いていった。

 酒樽から葡萄酒を注ぎ足すと、俺とルナリアの前に置いた。

 それから自分の木杯を持って葡萄酒を注ぎ直しながら俺たちの方を向いた。

 

「……私は、ふたつの叡智を連続して見た。だからだろうか……私は、ジークフリートが高潔な魂のまま魔王になったと思っている。根拠はない。……勘だ」

 

 俺とルナリアは、フェリスが注いでくれた葡萄酒を飲みながら答えた。

 

「フェリスの勘かあ」

「当たってそうだよねえ」

 

 フェリスは、なみなみと葡萄酒を注いだ木杯を片手に席へ腰を下ろした。

 

「……まあいずれにしても、アルスの敵だ。……元がなんであれ関係ない」

「そうだよね。今度は負けないんだから。ねえ、アルス。次はどこへ向かうの? 王都かな」

 

 俺は葡萄酒に口をつけてから、ルナリアに答えた。

 

「ああ、そうだな。早めに戻りたいとこだな。ユーリへの土産話が増えすぎた」

「久しぶりになっちゃったもんね。わたしも会いたいな」

 

 ふと、頭上を見た。

 雨よけと防寒を兼ねた厚手の布が、空を遮っていた。

 

 俺は、夜空を見ようと思い、木杯を持ったまま立ち上がった。

 野営地の外へ出ると突き刺すような冬の冷気が俺を迎えた。

 

 夜空へ視線を向けた。

 黒い雲の切れ間から、アズールがわずかに顔を覗かせていた。

 

 俺はジークフリートの姿を思い返していた。

 青白い長髪に切れ長の目。同性の俺からしても印象的な美男子だった。

 

 俺は魔王のことが、それほど嫌いではない。

 だが、あちらはそうではないだろう。

 なぜか知らないが、あいつは俺に対してのみ明確な殺意を向けていた。

 

 俺は木杯に口をつけた。

 

 あいつは俺を殺すために、ルナリアとフェリスにも刃を向けるだろう。

 だから、俺は負けるわけにはいかない。

 必ず勝たなければならない。

 

 木杯の葡萄酒の中に、白いものが降ってきて溶け消えた。

 

 ……もしかして。

 そう思った俺は頭上を見上げた。

 

 ゆっくりと、いくつもの白いふわふわしたものが降りてきていた。

 俺は左の手のひらを開いてそれを掴んでみた。

 白いふわふわが、体温ですうっと消えていく。

 

 ……これは。

 

 俺は無邪気に笑顔を浮かべて、声を上げた。

 

「雪だ!」

 

 ルナリアとフェリスが、嬉しそうな俺の声を聞いてこちらへ歩み寄ってきた。

 

 葡萄酒を一気に飲み干して、俺はじっと空を見ていた。

 空から舞い落ちる雪は、アズールの光に照らされて白く輝いていた。

 

 初めて見る雪は、それはそれは幻想的で、俺は魔王のことなどすっかり忘れてはしゃいでいた。

 

 

# COORDINATE 0073 END

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