世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0078] The Warrior of Ars’s Party

# Lunaria_and_Julius’s_Mock_Battle_1:

 

 ユーリが突然やってきた茶会の翌日、準備はすぐに整えられ、俺たちは郊外にある練兵場へ来ていた。

 魔法の訓練にも使用できるように造られたそこは広く、市街地からも距離が置かれていた。

 

 俺たちはそんな練兵場の中央で、ルナリアとユーリの模擬戦の準備をしていた。

 もちろん、人払いがされているので俺たち五人しかいない。

 

 と思っていたのだが。

 

 俺は練兵場の横に建てられた、倉庫とは別の建物へ視線を向けた。

 その二階に設けられた貴賓用の観覧席に、二人の人影があった。

 

 遠目には顔立ちまでは分からないが、二人とも美しい黒髪をしており、仕立てのよい上等なスーツを着ていた。

 壮年の男性の方は、きらびやかながら洗練された装飾の王冠を戴いていた。

 

 俺は隣に立つフェリスに声をかけた。

 

「国王陛下がいるんだが」

「……おかしくはないだろう。お前たちはS級冒険者候補らしいじゃないか。そのパーティーの剣士と王子が模擬戦をするのだからな」

 

 フェリスは観覧席を一瞥すると、興味なさげに目を逸らし、練兵場の中央へ視線を戻した。

 その動きに合わせて、彼女の水色の髪が陽光をきらきらと返していた。

 

 フェリスの視線の先には、困ったような表情を浮かべて立っているルナリアと、準備運動をしているユーリがいた。

 冬の陽光を受けた濃紺の衣装が、ルナリアの細い身体の線と、豊かな胸の輪郭を浮かび上がらせている。

 

 カタリナさんはユーリのそばで、彼に何事か話しかけていた。

 

 吹きすさぶ冷たい風に髪をなびかせながら、俺はフェリスに聞いた。

 

「なあ、大丈夫かな。急に不安になってきたんだけど」

 

「……あの少年は王族だ。指導者の一族は強い。それに、ルナリアは腕や脚にしか打ち込まないだろう。最悪でも四肢のどれかが千切れる程度で済む。……あの年頃の少年のそれが、大丈夫なのかどうかは知らん」

 

 それを聞いた俺は、急に落ち着かなくなり、おろおろし始めた。

 フェリスがそんな俺を見て、小さく息を吐いて言った。

 

「……お前が言い出したんだろう。しっかりしないか。それに、お前が提示した基準は正しい。それくらいできなければ命の危険がある」

 

「だけど、よく考えてみると俺にも無理だ。自分にできないことを言ってしまった。やはり、やめておくべきだろうか」

 

 俺に瑠璃色の瞳を向け、フェリスが短く答えた。

 

「……お前の強みがそこではないだけだ。……始まるぞ」

 

 ユーリはしっかりと地面を踏みしめ、黄金に輝く直剣を正眼に構えている。

 その堂々とした立ち姿と構えを見れば、ユーリが俺より遥かに優れた剣士に成長したことが分かる。

 だが、彼の表情に浮かんでいるのは少年らしい真っ直ぐな決意だけだ。

 

 相手がどういう存在なのか、理解していない。

 カタリナさんもユーリも、ルナリアの実力を分かっていないのだ。

 

 このままでは、危険ではないだろうか。

 初太刀さえ見れば、彼らもルナリアの規格外の強さを理解するだろう。

 

 そう思った俺は、開始の合図をしようとしていたカタリナさんを制止した。

 小さな時計を手にしていたカタリナさんに少し待ってもらうように言い、ルナリアに伝えた。

 

「ルナリア、最初だけ打ち込むところを教えてやってくれ」

 

 ルナリアの金糸の髪が、吹き抜けた風にふわりと揺れ、陽光を受けてきらきらと輝いていた。肩より少し長いその髪が頬にかかる。

 彼女はそれを気にする様子もなく、俺に柔らかな笑みを返した。

 

 白いスカートの裾が風に揺れ、ニーハイに包まれた脚がすっと地面を捉えている。

 ルナリアは、右手に握る黒檀の木剣を、ゆらりと下段に構えてから口を開いた。

 

「そうだね、わたしもそれがいいと思う。ユーリ君、最初の一太刀は右肩を狙うよ」

 

「え? わ、分かりました。よろしくお願いします、ルナリアさん」

 

 カタリナさんが手を上げ、開始を宣言した。

 

「始め!」

 

 開始の号令がかかった瞬間、ルナリアが半歩、足を踏み出した。

 彼女が踏み込んだ地面が、円形に陥没した。

 

* * *

 

 僕は先生を尊敬しているし、その仲間であるルナリアさんも素晴らしい戦士なのだろうと思っていた。

 

 冒険者ギルドから伝わってきた、先生たちの共和国での戦果は、凄まじいものだった。

 魔物に制圧された砦を奪還する作戦で最大の功労者と称えられ、そればかりか、砦に突如現れた魔族を撃退したそうだ。

 さらには、首都に襲来した竜をも討伐したらしい。

 

 だが、僕はそれがどれほどの偉業であるか、まだ理解できていなかった。

 

 いかに先生が素晴らしい知恵者で、奇跡の魔法を行使する存在であっても、それだけでは竜や魔族には勝てないのだ。

 先生に付き従うルナリアさんやフェリスさんが、ちょっと強い程度の戦士であるはずがなかった。

 

 ルナリアさんが地を蹴ったと思った時には、すでに僕の眼前にいた。

 彼女は、鈍く光を反射する黒い木剣を上段に掲げた。

 

 ただの木剣が、ルナリアさんの剣技によって空気を断ち切る。

 真空を発生させながら、僕の肩目掛けて木剣が迫った。

 

 こんな速度で人が剣を振るえるものなのか。

 

 その剣速は僕に恐怖を与えた。

 先程まで感じていた、先生の前で訓練の成果を見せるのだという高揚感は、一瞬で霧散していた。

 

 だが、僕はその剣が見えないわけではなかった。

 そして、心の中には、まだ霧散していないものがあった。

 

 それは闘争心だった。

 

 僕はこの人と戦いたい。

 

 ルナリアさんは肩を狙うと言っていた。

 だから、肩の前に剣を合わせれば、それで防御できる。

 

 先ほど先生は、そのためにルナリアさんへ初太刀を振るう先を伝えるよう言ったのだろう。

 先生の意図は、これを防御し、ルナリアさんの強さを理解してから打ち合え、ということだ。

 

 だが、僕は先生のその好意に甘えたくないと思った。

 必死に訓練してきたのは、先生と一緒に冒険に行きたいからだ。

 

 甘えれば、その夢は遠ざかる。

 いつかは叶うかもしれないが、いつかでは嫌なのだ。

 

 僕は、先生の好意を無視することに決めた。

 僕は、戦士だ。

 

 軸脚を強く踏み込む。

 黄金の剣を両手で握り、右下へ引き込むようにして、一気に振り上げた。

 

 理想の道筋を辿った黄金の剣閃が、ルナリアさんの木剣と衝突した。

 がぁん、という金属同士がぶつかり合うような音がした。

 

 ルナリアさんの得物は木剣で、僕が握っている剣は神の武器だというのに。

 

 なぜだろう。

 

 僕は、少し楽しくなってきた。

 知らぬ間に、僕の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。

 

* * *

 

# Lunaria_and_Julius’s_Mock_Battle_2:

 

 肩を狙うと言ったルナリアの剣を、ユーリは防御するでも回避するでもなく、真っ向から打ち返した。

 

 剣を振るったルナリアの金糸の髪が、ふわりと揺れた。

 ユーリは、普段の朗らかな子どもの笑顔とは違う、荒々しい笑みを浮かべていた。

 

「ルナリアの剣を打ち返した……」

「……驚いたな。あの少年、お前たちと出会った頃の私に迫る強さだぞ」

 

 二太刀目を、ルナリアは横へ薙いだ。

 ユーリは黄金の剣を上段に掲げ、振り下ろすようにしてルナリアの剣を打ち返した。

 

 自分の剣を真っ向から打ち返すユーリを見て、ルナリアの表情に笑みが浮かんだ気がした。

 

 二人の打ち合いを間近で見ているカタリナさんは唖然としていた。

 

 ルナリアが、突然加速し始めた。

 彼女の振るう黒檀の木剣が、徐々に俺の目で追えない速度へ達していく。

ユーリが、必死にそれを迎え撃つ。

 

 金属同士がぶつかるような剣撃音が響き、衝撃波が周囲に巻き起こった。

 

 数合の打ち合いの後、ユーリの左腕から血飛沫が上がった。

 何度か剣を捌き損ねたのだろう。

 いつの間にか、他にも剣撃を受けていた彼の口元からは、たらりと血が垂れていた。

 

「ユ、ユーリ」

 

 俺が前に出ようとするのを、隣に立つフェリスが制止した。

 彼女に顔を向けると、フェリスは瑠璃色の瞳で二人を捉えたまま言った。

 

「……お前を慕う少年が、困難に挑んでいるのだ。……お前のやることは止めることではない」

 

 フェリスの言葉を聞いた俺はぐっと踏みとどまった。

 俺は彼女が何を言っているのか分かった。

 最後まで、見届けなければならない。

 

 俺は視線をユーリたちに向けた。

 

 とん、と軽く後ろへ跳んだルナリアが口を開いた。

 着地に合わせて白いスカートがふわりと落ち、金糸の髪が彼女の頬にかかった。

 

「ユーリ君、アルスはきみを諦めさせるつもりで剣を振るえといったの。わたしは、これからきみを諦めさせる。だから、その前に本気でおいで」

 

 それを聞いたユーリが、口元から流れていた血を拭った。

 左腕は折れているらしく、だらりと下がったままだった。

 

 ユーリの息遣いは荒く、決して余裕などないだろう。

 それでも、彼は鋭い目つきでルナリアを見据え、にやっと笑った。

 

「申し訳ないんですが。ルナリアさんが先生から受けた指示、今日は完遂できませんよ」

 

 ユーリは右腕だけで黄金の剣を天高く掲げ、魔法の詠唱を紡ぎ始めた。

 

「――余の名はユリウス・アーサー・セレスティア。王の中の王。天は余に従い、地は余に跪く」

 

 未知の力が、凄まじい勢いでユーリの周りに収束していく。

 彼の小さな身体から、光り輝く黄金の奔流が溢れ出した。

 溢れ出る魔力が起こす風に、ユーリの柔らかな黒髪が揺らめく。

 

「全てを断絶する光として顕現せよ! エクスカリバー!」

 

 ユーリの願いを叶えるべく、魔力が黄金の剣を長大な光の剣へと変えた。

 光の剣を上段へ構えたユーリが猛る。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 彼は地を蹴って跳躍し、その光の剣をルナリアへ向かって振り下ろした。

 

 ルナリアは半身に構えたまま、迫りくるユーリを見つめていた。

 ユーリの発する魔法の光を受けて、彼女の星の宿る赤い瞳が宝石のように輝いていた。

 

 ルナリアの握る黒檀の木剣が、――炎を纏った。

 彼女は、右手で握った燃え盛る木剣を左に引き絞った。

 

 一太刀目とは、ルナリアとユーリの位置が真逆だった。

 ユーリが全てを断絶する巨大な極光の刃を振り下ろし、迎え撃つルナリアが業火の剣を下段から振り上げた。

 

 光の剣と炎の剣が激しく衝突し、凄まじい衝撃波が周囲に広がる。

 ルナリアの白いスカートが激しくはためき、白いニーハイに包まれた太ももが覗いた。

 

 ユーリの光の刃を、ルナリアの業火の剣が斬り裂いた。

 剣を振り抜いたユーリは、剣撃の衝撃に耐えられず姿勢を崩してしまう。

 

 俺の隣に立つフェリスが、静かにシルフの短剣を腰から抜き放った。

 

「……ここまでだな」

 

 フェリスは、シルフの短剣を頭上へ掲げ、詠唱を紡いだ。

 

「……私はフェリス! 私はアルスの翼! 私は彼のすべてを赦し肯定する為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を風の妖精と化せ!」

 

 発動した魔法が、フェリスを鮮やかな緑の風で覆った。

 

 ルナリアの業火の剣は止まれない。

 赤い剣閃は勢いを保ったまま、倒れ込んだユーリへ迫っていた。

 

 フェリスの姿が、鋭い風の音を立てて掻き消えた。

 

 ユーリへ迫るルナリアの業火の剣の前に、疾風が巻き起こる。

 瞬間移動したフェリスが、双手で短剣を握り、二振りの刃を業火の剣に突き立てた。

 

 衝突した力が巻き起こす暴風に、フェリスの浅緑のワンピースの裾がはためく。

 長い水色の髪がぶわっと広がるようにして後ろへ流れた。

 

 フェリスの介入により、ルナリアの業火の剣が轟音を立てて止まった。

 黒檀の木剣を受け止めたまま、フェリスが口元に薄っすらと笑みを浮かべた。

 炎の消えた木剣を片手で握ったルナリアが、にこりと微笑んで答えた。

 

「……ルナリア、反則負けだ」

「そうだね。いやあ、アルスの指示を果たせなかったのなんて何年ぶりかな」

 

 すでに、俺は倒れているユーリに向かって走り出していた。

 血を吐いて倒れている戦士を抱き起こし、俺は回復魔法をかけた。

 

 みるみる彼の傷は癒されていった。

 ユーリはすっと立ち上がると、傷だらけになって崩れ落ちてもなお握り続けていた剣を鞘に仕舞った。

 

 ユーリの無事を確認できた俺は、大きく息を吐き、そのまま腰を落として胡座をかいた。

 自分で決めたことなのに、無事だったことに心底安心していた。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 そんな俺をユーリは見下ろしたまま、にこりと笑って告げた。

 

「ははは。ぼろ負けです。でも、これで僕は合格ですよね」

「ああ、お前は俺のパーティーの戦士だ。よろしくな……無茶しやがって」

 

 俺は少し苦笑しながらユーリに答えた。

 彼は嬉しそうな表情を浮かべ、座り込んだ俺に手を伸ばした。

 

 カタリナさんは背筋を伸ばしたまま、俺と同じように安堵の息を漏らしていた。

 

 少し離れた位置で、ルナリアとフェリスが微笑ましそうに俺たちを見ていた。

 最後にフェリスが瞬間移動で割って入ったのは、俺に内緒で彼女たちが取り決めていた手筈だったのだろう。

 彼女たちには頭が上がらないなと思った。

 

 ちらりと国王陛下のいた建物に視線を向けると、陛下がこちらを見て薄く笑みを浮かべた気がした。

 やがて、陛下ともう一人の男性は踵を返し、静かに建物の奥へ消えていった。

 

 

# COORDINATE 0078 END

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