世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0087] Sage’s Labyrinth ver. Celestia 1

# A_Sightseeing_Cruise_Across_the_Sea:

 

 見上げた青空は春めいていて突き抜けるように澄み渡っていた。

 

 海鳥が旋回するように飛んでいる。

 風も穏やかで、流れる雲はゆったりと動いていた。

 暖かな朝日に照らされた海は穏やかだが、さすがに俺たちのいる岩礁に押し寄せる波は激しく、ときおり俺の革靴を濡らしていた。

 

 俺たちのそばには調達した船が置いてあり、そこから三本の綱が伸びている。

 

 俺は自分の胸板周りに縛り付けた命綱を確認してから、ユーリの命綱も確認した。

 今回は川上りではないので、あの時に比べれば簡易なものだ。

 陸地近くはその限りではないが、海中にはあまり魔物がいないからだった。

 

「うん、ユーリの方もしっかり結べているな」

「はい。でも、先生、僕は命綱がなくても大丈夫ですよ」

 

 自分の神器を落とさないよう、しっかりと鞘を固定しながらユーリが答えた。

 俺たちの会話を黙って聞きながら、海を見ていたフェリスがこちらへ視線を向ける。

 彼女は胸元で腕を組んでいて、そのせいでたわんだ青い外套の隙間から浅緑のワンピースが覗いていた。

 その布地は薄く、組んだ腕に持ち上げられた胸が描く柔らかな曲線に沿うように張り付いていた。

 

 眉を上げたフェリスは、涼やかな声でユーリに言った。

 

「……少年。私はアルスが船から落ちそうになったら、抱き寄せて止める。だが、他の男を抱きとめるつもりはない。……落ちそうになったら、蹴って船に戻すからな」

 

「先生、もう一度確認しておきましょう」

 

 適当な点検をしていたユーリが、改めて縄の締め具合を確認し始める。

フェリスが歩み寄り、厳しい言葉を言った割には、丁寧にユーリの縄の確認を手伝い出した。

 

 その様子を見た俺は苦笑しつつ、外側の岩礁に立つルナリアへ視線を向けた。

 今回は距離もなければ、速度を出す必要もない。

 海も穏やかなので、ルナリアは身体に縄を縛り付けていなかった。

 

 改めて思い返すと、あの川上りは結構無茶苦茶だった。

俺、空飛んだもんな。

 

 彼女はごつごつとした岩礁の上にすっと立ち、湾の向こうにある俺の村へ目を向けていた。

 海風に靡き、頬にかかる金糸の髪を気にすることなく、彼女はぼうっと村を見つめている。

 心なしかその赤い瞳には、懐かしさが宿っているような気がした。

 

 不思議に思った俺は、ルナリアに声をかけた。

 

「何か、おもしろいものでもあるのか? 後ろの大断崖はともかく、なんの変哲もない村だろ」

「そうかな? そうかもね。でも、わたしはあんな石壁より、あの村の方が好きだな」

 

 ルナリアは、村というより、その前にある砂浜を見ているようだった。

 こちら側から見る景色は見慣れたものではないが、あの砂浜は幼い俺が小舟を寄せて修理していた浜だ。

 

 こんな辺境の漁村に港はないから、船は満潮を利用し、砂浜へ引き上げて縄で固定するのが習わしだった。

 実際、今も何隻かの船が砂浜に上がっている。

 

 俺は頭の後ろで手を組みながら口を開いた。

 

「ふーん。変わってるな。まあでも、初めて見る景色ってのは感動するか」

「……そうだね。初めて見た砂浜は、本当に感動したかも」

 

 ルナリアの赤い瞳が、朝日を返して宝石のように輝く。

 それを見て、俺はあの砂浜で同じような赤い瞳を見たことがあるような気がした。

 

 ルナリアが、こちらに振り向いて言った。

 

「あ、アルス。そろそろ、準備が終わったみたいだよ」

「お? そうか。よし、行くか。最後の賢者の迷宮はどんな感じかな」

 

 俺は腰に差した星切が落ちないよう、しっかりと腰紐に固定しながら答えた。

ルナリアが、潤いのある唇に右手の人差し指を添えて考えた。

 

「うーん、力の試練だよね。ドラゴンくらいの大きさの鉄の門を開けながら進むとか?」

「お前以外、誰も進めないだろ。そんな迷宮」

 

 彼女の右手の薬指にはまる銀の指輪にあしらわれたルビーが、きらきら赤い光を返していた。

 

 フェリスが両腕にぐっと力を込め、大人四人は乗れる船を持ち上げた。

 華奢な少女が、その細腕で自分の数倍はある船を軽々持ち上げる光景は、なかなか凄いものがある。

 そのまま彼女は嘘のような俊敏さで岩礁を飛び移り、外側の岩の上に立った。

 

「……アルス、この辺りでいいか」

「ああ、そこじゃなくて、もっと右の岩から降ろしてくれ。……そう、その辺」

 

 重量のある船が、ざぶんと海に浮かべられた。

 俺とユーリは、自分の命綱を纏めながら、船に飛び乗る。

 ゆらゆら揺れる船に、フェリスが跳躍し、ふわりと着地した。

 

 俺はルナリアに指示を出す。

 彼女はにっこりとした笑顔で答え、銀の剣をしゃらりと腰の鞘から抜き放った。

 頭上に掲げた銀色の刀身が、朝の陽光を受けてきらびやかな光を返した。

 

「わたしはルナリア・アストライア! わたしはアルスの剣! 我が心身は所有者たるアルスの為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を竜と化せ!」

 

 魔法の赤い光に包まれたルナリアが、船から伸びる縄を左手で握り、岩を蹴って軽やかに海の上へ躍り出た。

 飛翔した彼女は、ゆっくりと船を引き始めた。

 

「出発するよー。よーそろー」

 

 彼女が握る縄がぐっと張り、太陽の光を受けてきらきら輝く海の上を、俺たちの船が進んでいく。

 一旦、沖まで出てから、ぐるっと回り込むようにして入江に向かう予定だ。

 

「わあ! 凄いですね! うわあ、見てくださいよ、先生。水平線しか見えないですよ」

 

「ああ、今日は本当に綺麗に見渡せるな。海が穏やかでよかった」

 

 大森林の時のように急ぐ必要はないから、馬車が進むくらいの速度で、ルナリアは船を引いていた。

 彼女自身も、声の届く距離を保って低空を飛んでいる。

 純白のスカートがふわふわと風に揺れていた。

 

 振り向いたルナリアは、器用に後ろ向きに飛翔しながら言った。

 

「気持ちいい潮風だね。このまま、ゆっくり海を遊覧したいくらいだよ」

「……海を見たことがないわけではなかったが、こうやって沖に出るのは初めてだ。……凄いな」

 

 海原を見るフェリスの瑠璃色の瞳が、陽光を返してきらきら輝いている。

 そこには感動が浮かんでいる気がした。

 

 多数の海鳥が、上空をくるくると飛んでいるのが遠目に見えた。

俺は、少しだけうずうずしてしまう。

 

「確かに、こんなに穏やかなのも珍しいしな。あそこ、多分魚群がいるぞ。釣り道具でも持ってくればよかった」

 

 しばらく穏やかな船旅を続け、やがて船は大断崖に囲まれた入江へ近づいていく。

 少しずつ波は高くなりはじめ、船が大きく揺れ始めた。

 

 入江の内側へ入ると、壮大な景色が視界に広がった。

 切り立つように聳える断崖の岩肌は黒く、頑強であることがひと目で分かる。

 生命が立ち入ることなど不可能に見える、海へ落ち込む大峡谷にも、途中までは緑が押し寄せてきていた。

 

 植物は強い。

 

 ユーリが感動したように口を開いた。

 

「す、凄い。上から見下ろすのとは全然違いますね」

「ああ、こちら側から見るとこんな風になっていたのか。うおっ」

 

 船が、どんっと大波を受けて跳ねた。

 

 俺は船の縁にへばりつくようにしがみついていたが、波の勢いで身体がふわりと持ち上がった。

 だが、すぐに柔らかな感触と甘い匂いに包まれた。

 振り返ると、フェリスが口元に薄く笑みを浮かべて、俺を抱き寄せてくれていた。

 

「……大丈夫か。……外と内では、まったく別の海だな」

「ありがとう、フェリス。そうだな、じいちゃんの言う通りだった」

 

 フェリスの後ろでは、ユーリが自分の命綱を短く纏め、左手で握りしめていた。

 どうやらユーリはそれだけで、問題ないらしい。

 

 しばらく、荒れ狂う波に揺られながら進む。

 妙に土地勘のあるルナリアが、迷いなく船を引き、少しずつ幅が狭まり始めた渓谷をすいすいと抜けていく。

 

「そろそろ着くよ。あ、あれかな」

 

 切り立つように垂直に伸びる黒い壁面に、ぽっかりと開いた小さな洞窟が見えてきた。

 今は一番潮が引く時間帯だから、それは海面よりも少し上にあった。

 

 だが、これくらいの高低差なら、普通の身体能力しかない俺でも問題ないだろう。

 

 他の三人は言わずもがなだ。

 

 飛翔していたルナリアが、そのまま洞窟の入口に立った。

 ユーリは自分の剣で命綱を切ると、小舟を蹴って一息に洞窟へ跳び乗った。

 俺はフェリスに縄を切ってもらうと、「とうっ」と掛け声を上げて跳んだ。

 

 全然、問題あった。

 

「おわっ!」

「もうっ、ユーリ君の前だからって無茶しないの」

 

 俺が届いたのは洞窟の縁ぎりぎりで、姿勢を崩して落ちかけた。

 危うところで、ルナリアが俺の腰をぐっと抱き寄せてくれた。

 俺が登りきったのを確認してから、フェリスが軽やかに跳躍し、洞窟に入る。

 

「……ふふ。アルス、はしゃいでいると怪我をするぞ」

「先生は愛されてますね。さすがです」

 

 少し恥ずかしくなった俺は、皆から視線を逸らした。

 踏みしめた洞窟の床は、海水でぬかるんでいて油断すると転びそうだった。

 日の届かない奥は暗く、見通せない。

 

 俺は全員に灯火の魔法を展開した。

 四人それぞれを照らす魔法の青白い灯りが、四つ現れた。

 

 魔法の明かりが照らし出した洞窟の中は、思ったよりも広かった。

 そして、土の壁に囲まれた洞窟の奥には、暗く先の見通せない穴が通路のように続いていた。

 

 神官服を脱いだ俺は、海水でべちゃべちゃになった服を絞りながら言った。

 

「よし。あの先が、賢者の迷宮の入口だな」

「い、いよいよですね、先生! すぐ行きますか!」

 

 俺は苦笑を浮かべてユーリの方へ顔を向けた。

 

「落ち着け。まずは身体と服を乾かしてからな。それが終わったら出発だ。頼りにしてるぞ、ユーリ」

「はい!」

 

 衣服と身体を乾かすため、火を起こした。

 ぱちぱちと音を立てる焚き火を囲みながら、装備の点検も行っておく。

 

 銀の剣についた海水を拭き取り、鞄の中身を確認していたルナリアに視線を向けた。

 金糸の髪が焚き火の炎に照らされて淡い陰影を作っている。

 俺はなんとなく、ルナリアとこの洞窟の組み合わせに、既視感を覚えた。

 

「うーん?」

「どうしたの? アルス」

 

 ルナリアが、こてんと小首をかしげて不思議そうにした。

 その動きに合わせて、彼女の濃紺の布一枚に包まれた大きな胸がふるっと揺れた。

 濡れた布が張り付き、なだらかな輪郭を浮かび上がらせているのを見て、俺の既視感は吹き飛んだ。

 

「いや、なんかこの光景を見たことある気がしたんだ。けど、お前と洞窟にいるなんて何十回と見た景色だな。なんでもない」

 

「そう? そっか……。ふふふ。そうだね」

 

 服と身体を乾かし終えた俺たちは、いよいよ奥の通路を進みだした。

 ここからは、先頭を歩くのはフェリスだ。

 

 俺は星切の柄に左手をかけながら口を開いた。

 

「少しずつ上に上がっているか?」

「……ああ。すでに、入口よりかなり高度が上がっている。海水が入らないようにだろう」

 

 振り向いて俺をちらりと見たフェリスが答えた。

 透き通るような水色の髪がさらりと流れた。

 

 それから、しばらくの間、代わり映えのしない土の通路を歩いた。

 俺たちの革靴が土を踏みしめる音が、狭い通路に反響する。

 

 やがて土に埋もれかけた石畳の端が見えてきた。

 進むにつれて、その石畳が剥き出しになり、綺麗になっていく。

 

 やがて、フェリスが立ち止まった。

 そしてこちらを振り向き、ユーリに視線を向けた。

 

「……少年、ついたぞ。あれがそうだ」

 

 フェリスが示した先には、石で縁取られた四角い入口があった。

 天井と壁面は、不規則に組まれた石材に覆われている。

 奥の見通せない暗がりに向けて、長い石の階段が下の方へ延々と続いていた。

 

 うっすらと魔力の流れを感じるそこは、間違いなく迷宮だ。

 

 少し緊張した面持ちで俺の隣を歩いていたユーリが、ぱっと顔を輝かせた。

 

「ほ、本当ですか! あ、あれですね!」

「ユーリ君、嬉しそうだねえ。でも、分かるよ。わくわくするよね」

 

 ユーリに俺の隣を譲り、殿を歩いていたルナリアが優しい笑みを浮かべた。

 

 それから、三人が俺の言葉を待つように視線を向けてきた。

 俺は皆を見渡し、唇を持ち上げてにやっと笑って言った。

 

「いよいよだな。よし、勇者パーティー全員での初めての冒険だ。力の試練、踏破するぞ!」

「はい! よーし、頑張るぞ!」

 

 素直に気勢を上げる俺たちを見て、少女二人は優しげに答えつつも少し小言を混ぜていた。

 

「頑張ろうねっ。でも、アルス。ユーリ君にいいところ見せようとして怪我しないでよ」

「……ん。楽しみだな。少年も危ない。お前たちは二人とも浮つきすぎないようにしろ」

 

 

# Sage’s_Labyrinth_1st_Floor_1:

 

 石の階段を降りる俺たちの、革靴の音がかつかつと周囲に響く。

 今のところ、あの馬鹿みたいな理由で設置されたらしき強制転送以外に、賢者の迷宮で罠があったことはない。

 フェリスの講義によると、それに加えて他の迷宮でも入口にだけは決して罠がないらしい。

 

 それでも、前を歩くフェリスに油断する様子は一切うかがえない。

 スカウトの矜持なんだろうな、と俺は思った。

 まあ、罠がなくても突然横からワームが突撃してくることもあるのが冒険だしな。

 

 深く続く階段に、魔法の灯火が落とす俺たちの影が長く伸びる。

 無言で降りる俺たちの周囲には、石の階段を踏みしめる足音だけが響いていた。

 

 しばらくすると、フェリスが立ち止まった。

 俺たちの視線の先には、暗がりの中に古びた重厚な鉄製の戸がうっすらと見えていた。

 

 水色の髪をさらりと流し、フェリスがちらりとこちらへ視線を向けた。

 俺が頷いたのを確認し、彼女はその戸へ左手を添え、向こうの気配を探る。

 

 問題のないことを確認すると、フェリスが戸を押す。

 ぎぎっと、錆びを削るような音を立てて、鉄の戸が開いた。

 

 フェリスを先頭に、俺たちは賢者の迷宮へ足を踏み入れた。

 

 青い岩肌に囲まれたその迷宮は、俺にとって最悪の形状をしていた。

 そこには、奈落へ通じるかのような巨大な穴が広がり、その中央を、岩の橋のような幅広い通路が伸びている。

 その橋は平坦で、戦闘中でも縦横無尽に動けるほどの幅があった。

 

 天井までは魔法の灯火が届かないが、壁面だけは辛うじて灯りに照らし出されていた。

 そこには、青い岩肌から突き出るように、ところどころ美しい水晶がむき出しになっていた。

 

 この岩の橋を、魔物を倒しながら進んでいけということだろう。

 俺は星切の柄に手をかけたまま、うんざりした声音で言った。

 

「俺、怖すぎて通路の端にいけないんだけど」

 

「だ、大丈夫だよ。敵はわたしたちが全部さくさくっと倒すし、アルスはゆっくり歩いてくればいいよ。あ、それとも抱っこしていってあげようか」

 

 俺が怖気づいているのを見て、不思議そうにユーリが首をかしげた。

 

「先生ほどの人が、どうされたのですか? ……うわあ、凄いですね。下は真っ暗で何も見えませんよ。どれくらいの深さなのでしょうか」

 

 平然とした表情のまま通路の端に行き、穴を覗き込んでいたユーリは手元に落ちていた石を、ぽいっと投げ込んだ。

 いくら待っても、音は返ってこなかった。

 

 その様子に視線を向けながら、フェリスが口を開いた。

 

「……アルスは、高所が魔族より怖いらしい。……少年、今すぐ後ろに下がらないと死ぬぞ」

 

「え?」

 

 それを聞いたユーリが顔を上げ、後ろへ少し下がった。

 その瞬間、数本の火炎の槍が、先ほどまでユーリがいた場所を突き抜けていった。

 火炎の槍はそのまま天井へ飛んでいき、しばらくして轟音を立て、石礫を降らせた。

 

「は、ははは。あ、ありがとうございます。フェリスさん」

 

「……ん。怖いもの知らずなのはいいことだが、あまり油断するな。どうする、アルス。おんぶしてやろうか」

 

 抱っこも、おんぶも嫌だ。

 

 俺は自分の頬をぺちぺちと叩き、勇気を総動員して強がった。

 

「馬鹿言うな。これくらい余裕だ。進むぞ」

 

 ルナリアとフェリスは、目元を細めて答えた。

 

「ふふ、そっか。さすがアルスだよ」

「……では、攻略を始めるか」

 

 フェリスが、すっと前に出て進み始めた。

 俺とユーリが並んで歩き、ルナリアが一番後ろから続く。

 

 まっすぐな岩の橋を進むうちに、少しずつ慣れてきた俺は口を開いた。

 

「どうせ、力の試練はこじつけなんだろうけど、どんな魔物が出るんだろうな。さっきの火炎は魔物の魔法だろ?」

 

「これまではアンデッド系と悪魔系に統一されていたのですよね。賢者マクスウェルが、お話の通りのこだわり方をする方なら、幻獣とか竜でしょうか」

 

 俺は、壁面から生えるように突き出た水晶を見ながらユーリに答えた。

 

「格からすると、竜が一番ありそうだな……ん?」

 

 壁面の水晶が、薄く光を放った気がした。

 俺は妙な予感を覚え、フェリスに声をかけようと彼女の方へ顔を向けた。

 

 前を歩いていたはずのフェリスが振り向いていた。

 魔法の光を返し、きらきら輝く瑠璃色の瞳が真っ直ぐに、俺たちの後方を捉えていた。

 

 俺が釣られて同じように後ろを向くと、ルナリアも来た道を見ていた。

 彼女の金糸のような後ろ髪が、青白い魔法の光を返して艶やかに輝いている。

 

 突然、ルナリアがこちらに振り返り、地を蹴って跳んだ。

 白いスカートの中をちらりと覗かせながら、俺とユーリの頭上をふわりと飛び越え、前へ躍り出た。

 

「ユーリ君、ついておいで! 道を切り開くよっ。フェリスちゃん、アルスをお願い!」

「……ああ! 任せろ!」

 

 超人二人はすでに通じ合っているようだが、俺とユーリは状況が飲み込めていない。

 それでも、すぐにユーリは、前方へ駆けていくルナリアを追って走り出した。

 

 凄まじい速度で駆けるルナリアが銀の剣を抜刀し、刀身に業火を纏う。

ユーリも黄金の剣を抜き放った。

 

 フェリスが、俺のそばへ走り寄り、正面から抱き合うように両腕を背へ回す。

 次の瞬間、細い腕からは想像できない力で、俺の身体がぐっと持ち上げられた。

 彼女の薄布に覆われた柔らかな胸が、俺の下腹部に押し付けられ、むにゅりと形を歪めた。

 

 彼女はくるりと前方へ向き直ると、ルナリアたちが向かった前方へ走り出した。

 

「……アルス、支援魔法を」

「え? あ、ああ。わかった」

 

 俺はすぐに支援魔法を攻撃力上昇属性で彼女に展開した。

 白い光が淡く彼女を覆い、彼女の筋力を一段引き上げ、粒子となって消えていく。

 

「……ぁあっ。……んくぅっ。は、走るぞ。しっかり捕まって……ぇ、ぁん! 捕まっていろ!」

 

 そう言うとフェリスは、身体に流れた甘い電流を振り払い、駆け出した。

 俺は初め、なぜルナリアたちは支援魔法を受けずに突っ込んでいったのだろうかと思った。

 だが、フェリスが俺を抱え上げたことで理解した。

 

「な、なあ。もしかしてなんだけど」

「……あまり、お前は知らないほうがいい」

 

 だが、残念ながら俺の耳にも、岩ががらがらと崩れる音がわずかに聞こえ始めた。

 フェリスに抱き合うように抱えられた俺は、進んできた入口側を向いている。

 

 駆ける彼女の肩の上で揺られながら、もう一つ灯火の魔法を入口側に作った。

 青白い魔法の光が照らし出した橋は、入口の方から少しずつ崩れ落ちていた。

 

(見なければよかった……)

 

 時間制限を強制するように橋の崩壊が背後から迫る。

 それに追いつかれないよう、フェリスはぐんぐん加速する。

 水色の髪を靡かせる華奢な少女は、俺を抱えたまま、凄まじい速度で橋を駆けた。

 

 やがて、前方から赤い炎の光が見えてきた。

 

 ルナリアが、業火の剣を横へ振り抜き、土の塊のような魔物を両断した。

 そのまま、舞うようにして剣を水平に廻しながら奥にいた土の魔物を斬り飛ばす。

 

「ユーリ君、残りはきみが倒して! わたしは前へ行く!」

「任せてください! 倒したらすぐに追いかけます!」

 

 ルナリアは声を上げると、再び地を蹴って、金糸の髪を揺らしながら前方の暗がりへ突進していった。

 彼女から逃げるように距離を取った魔物――人の形をした炎の魔物を、ユーリが上段に構えた黄金の剣で両断した。

 

 残る一体の炎の魔物を、ユーリは横薙ぎの一閃で打ち倒し、フェリスに担がれた俺のところへ走り寄った。

 俺は並走するユーリへ支援魔法を速度向上でかけた。

 

「凄いなユーリ、もう立派な戦士じゃないか」

 

「いえ、ルナリアさんが倒した残りを片付けてるだけです。まだまだですよ。じゃあ、僕はルナリアさんを追いかけます!」

 

 そう言うと、支援魔法で速度を引き上げられたユーリは、その小さな身体で風を切り裂くように駆けていった。

 彼に付いていく魔法の灯りが、子どもらしい柔らかな黒髪を照らしていた。

 

 岩が崩れ落ちていく音が、少しずつ近づいてきている気がした。

 

「な、なあフェリス。崩れていく速度が上がってないか」

「……ん。気のせいだ」

 

 暗闇の中、橋が向こう側から奈落へ飲まれるように崩れ落ちていく光景が、俺の視界に映り始めた。

 

 俺は首を回し、進行方向へ顔を向けた。

 視線の先、遥か前方では、赤い炎が描く流れるような剣閃が奔っていた。

 ときおり、魔法の灯りを返す黄金の剣が、きらりと光る様子が見える。

 

 向こうから、ルナリアが声を上げるのが聞こえた。

 

「戸が開いた! ユーリ君、早く中へ!」

「はい!」

 

 それから鈴の鳴るような少女の声で、少し慣れてしまったけれど、よく聞くと恥ずかしい詠唱が紡がれる。

 

「わたしはルナリア・アストライア! わたしはアルスの剣! 我が心身は所有者たるアルスの為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を竜と化せ!」

 

 意図を理解したフェリスが、俺を左腕だけで抱え直し、右手でシルフの短剣を引き抜いた。

 

「……私はフェリス! 私はアルスの翼! 私は彼のすべてを赦し肯定する為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を風の妖精と化せ!」

 

 ルナリアに続いて、同じく恥ずかしい詠唱を発したフェリスを鮮やかな緑の風が覆う。

 暗がりの中には、赤い光に覆われたルナリアが見えた。

 

 飛行魔法を発動したルナリアが、こちらへ向かって鋭く飛翔した。

 

「フェリスちゃん!」

 

 フェリスが、強く地を蹴って中空へ躍り出た。

 

「……ああ、アルス。投げるぞ」

「くそっ。こええ、……いいぞ!」

 

 フェリスはその細い左腕だけで、俺をぐんっと前方へ投げた。

 ふわりと宙を舞う俺をルナリアが後ろから、左腕だけで抱きとめた。

 彼女の胸の感触が俺の背中に伝わったが、俺は恐怖でそれどころではなかった。

 

 射線が通ったせいだろう、空を飛ぶルナリアへ向かい、奈落から数本の火炎の槍が襲いかかった。

 迫る火炎の槍を、彼女は業火の剣で打ち払う。

 それから、くるりと向きを変えると、崩れゆく橋の奥にある階段へ滑り込んだ。

 

 俺を投擲したフェリスが着地した橋に亀裂が走る。

 そのまま橋は壁面の根元まで崩壊し、フェリスを乗せた大きな岩ごと奈落へ落下し始めた。

 再び、奈落の底から、今度はフェリスに向かって火炎の槍が放たれた。

 

 フェリスは落下していく岩を蹴って、中空へ飛び上がると鮮やかな緑の風を纏い、そこから掻き消える。

 火炎の槍はなにもない空間を突き抜けていった。

 

 俺は次の階層へ繋がる階段から、フェリスを心配して見ていた。

 その真横に、疾風が巻き起こる。

 フェリスが瞬間移動してそこへ現れた。

 

 フェリスは瑠璃色の瞳を俺に向けた。

 彼女は安心した表情を浮かべ、俺から視線を外し、階段の奥の二人の姿を確認する。

 透き通るような水色の髪に手を差し入れ、後ろへ流してから小さく息を吐いた。

 

「……ふう。……二人とも、外れだったな」

「え?」

 

 俺を下ろしたあと、階段の奥でユーリの無事を確認していたルナリアがこちらへ振り向いて口を開いた。

 

「そうだね、精霊系かあ。炎の精霊は、ユーリ君に任せようかな」

「はい! いやあ、迷宮って面白いですね。どきどきしました!」

 

 全員無事なことを確認できた俺は、安堵して石の階段に座り込む。

 それから、奈落の穴だけが残った空間に視線を向けて口を開いた。

 

「俺からしたら、これまでの迷宮で一番怖い迷宮だよ」

 

 楽しそうなユーリとは裏腹に、俺は最後の賢者の迷宮は、一筋縄ではいかない予感がしていた。

 

 

# COORDINATE 0087 END

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