世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0089] Sage’s Labyrinth ver. Celestia 3

# Sage’s_Labyrinth_3rd_Floor_1:

 

 重厚な鉄の戸が開いた後、一定時間ごとに光を放っていた水晶が沈黙した。

 この階層を踏破したということだろうか。

 

 力の試練は、やはり時間制限だったようだ。

 ということは、主との戦いでも同じような仕組みがあるかもしれないな。

 

 俺は思案しながら、ルナリアへ歩み寄った。

 

「さすがだ。一息に倒し切るとまでは思わなかった」

 

 剣を払い鞘へ納めていたルナリアがこちらへ顔を向けた。

 彼女は、にこりと笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「えへへ。格好良かった?」

 

 彼女は大部屋に飛び込んで魔物を討伐したというのに、ほとんど傷を負っていない。

 それでも、そうしないと落ち着かない俺は、彼女へ回復魔法をかけた。

 

「だから、言ってるだろ。いつもお前は格好いいよ」

「何回、聞いても嬉しいもの」

 

 俺は苦笑しつつ、先ほど開いた鉄の戸へ視線を向けた。

 フェリスが暗がりへ伸びる階段を見やっている。

 

「……主だな」

「やっぱりか。結局、賢者の迷宮は全部、地下三階構造だったな。あ、いや最奥があるから四階か」

 

 ユーリは少し離れた位置で、自分の服の袖を引き千切っていた。

 先ほどの戦闘で破れかけたそれが邪魔だったようだ。

 

「おお、とうとう主ですか。あっという間でしたねえ。さすが先生たちです。休憩を挟みますよね。今、お茶を用意します」

 

「え! ユーリ君、駄目だよ。お茶はわたしが用意するの」

 

 ルナリアは、ユーリが王子だからそう言っているわけじゃないんだろうな。

 俺は苦笑しつつ、いそいそと休憩の準備を始めたルナリアを見ていた。

 軽食を口にし、茶を飲みながら休息をとり、しっかりと装備を点検する。

 

 賢者の迷宮の主は未知で、戦いはどう転ぶか分からない。

 それでも、いくつか想定を立て、各々の役目について最終確認を行った。

 

 突入前に、最大階位までローディングを高めた支援魔法を、三人に順番に展開する。

 

 俺の眼前には、甘い吐息を漏らしながら身体を震わせる少女たちが立っていた。

 ユーリは階段の横でしっかりと耳を塞いで壁を見ている。

 

「……んぁっ。ふぁ……」

「……んくっ、……んっ」

 

 俺は刺激を逃すように太ももを擦り合わせているルナリアとフェリスを見て、思った。慣れてきてしまったが、二人の様子はえっちすぎるな。

 

 しかし、どうしようもない。

 早々に俺は諦めた。

 

 ユーリが本格的にパーティーに入るときには、魔法の耳栓でも案内人に貰おう。

 

 彼女たちが落ち着いたのを見計らって、俺はユーリの肩を叩き、声をかけた。

 

「よし、いいぞ。ユーリ」

「あ、はい。先生」

 

 俺たちは階段の前に並び立ち、その奥を見据えた。

 ここを越えて、俺は世界樹へ辿り着く。

 

 地下深く伸びる階段を、俺たちは降り始めた。

 やがて、暗がりの中に、ひと目で主の部屋だと分かる両開きの戸が浮かび上がった。

 その重厚な戸をくぐり、俺たちは迷宮の主が待つ階層へ足を踏み入れた。

 

 視界に広がるのは、迷宮の主が待ち構えるに相応しい広大な空間だった。

 

 そこかしこで火炎が爆ぜ、それが周囲を照らしている。

 

 それまで青かった地面の岩肌は、黒に近い色へ変わっていた。

 天井は相変わらず、暗闇に落ちていて見通せない。

 炎に照らされて浮かび上がる壁面に生えた水晶も変化しており、赤黒い色彩を放っている。

 密度は限界まで増していて、もはや壁そのものが、赤い水晶で出来ているように見える。

 

 中央に鎮座する魔人めいた主は、漆黒の巨大な体躯を誇り、二本の鋭く長い角が額から伸びている。

 背には鬣のように赤い火炎が走っていて、両腕の鉤爪からもまた、炎が迸るように燃え盛っていた。

 

――火炎の魔人、イフリート。

 

 俺は最悪の気分で、火炎を纏う迷宮の主を見ていた。

 

「ここに来て、イフリートか。ついてない。せめて土か風の魔人を出せよ」

 

 迷宮の炎に照らされ、淡い陰影を浮かべたルナリアが、炎の部屋の中でもなお輝く赤い瞳を俺へ向けた。

 彼女のウェーブがかった金糸の髪が、肩からさらりと流れる。

 

 ルナリアが銀の剣を抜き放ち、業火を纏う。

 

「任せて、アルス。魔物なんかより、わたしの炎の方が、激しいから」

 

 フェリスが二本の短剣を抜き放ち、双手で順手に握った。

 彼女は、俺に向けて薄く微笑んだ後、ユーリを見て口を開いた。

 

「……少年、初めのうちは私とお前は待機だ。調子に乗って突っ込むなよ」

「分かってますよ。フェリスさんて、先生以外にも結構優しいですね」

 

 黄金の剣を抜刀したユーリが、軽口を交えて答えた。

 少し、緊張しているな。

 

 俺はユーリの肩に手を置き、口を開いた。

 

「ユーリ、心配いらない。この場で一番弱い俺が生きている限り、お前は死なない」

 

「ぼ、僕は平気です! それに先生は弱くありません! そういうのはよくないですよ!」

 

 なんか、フェリスが言いそうな内容で怒られた。

 当のフェリスはそれを聞いて、口元に薄く笑みを浮かべていた。

 まあ、緊張がほぐれたならなんでもいいか。

 

 イフリートがゆらりと二本の脚で立ち上がり、竜のようなあぎとを開き言葉を発した。

 

「Welcome, pilgrim. Overcome the trial of strength.」

 

 火炎の魔人は、理解のできない言語を発すると、胸を張るようにして咆哮を上げた。

 その咆哮が、空気をびりびりと震わせた。

 

「ガアアアア!!」

 

 イフリートが前傾姿勢になり、火炎を纏って突進してきた。

 炎が迸る巨大な腕が振り下ろされる。

 

 ルナリアが前方へ躍り出て、業火の剣でそれを受け止めた。

 火炎同士がぶつかり合い、轟音が周囲に鳴り響く。

 

 炎の魔人と、炎の竜の激突を合図に、俺たちは動き始める。

 最後の賢者の迷宮、その主との戦いが始まった。

 

 

# Sage’s_Labyrinth_3rd_Floor_2:

 

 巨躯を誇る魔人の鈎爪と、華奢な少女が振るう剣が、ぎゃりぎゃりと鎬を削る。

 イフリートはその膂力で、ルナリアの業火の剣を押し込み始めた。

 それに対抗するかのように、ルナリアの赤い瞳に宿る星が強く輝き、剣を覆う業火が勢いを増す。

 

 赫く輝く、紅蓮の剣。

 それを彼女は鋭く振り上げた。

 

 炎の鈎爪と紅蓮の剣は、お互いを打ち消し合うように弾けた。

 凄まじい衝撃波が起き、その余波で生じた暴風に俺は吹き飛ばされた。

 

 受け身を取ろうとしたが、勢いを殺しきれず、地面を転がった俺は顔面を打ち付けた。

 顔を上げ、鼻血を袖で拭いながら、自分に回復魔法をかける。

 

「くそ、間抜けすぎる」

 

 こういう時、自分の弱さが本当に悔しいな。

 いや、違うぞ俺。

 次からは袈裟斬りの修練に加えて、受け身の訓練も追加しよう。

 

 俺の視線の先では、ルナリアとイフリートが凄まじい速度で、剣と爪を打ち合っている。

 

 イフリートが太い腕を振り下ろし、ルナリアが紅蓮の剣を右へ薙ぎ払った。

 硬質なものがぶつかり合う、ぎぃんっという凄まじい音が響き渡った。

 その反動を利用するように横へ回転したルナリアが、赤い剣閃を左へ奔らせた。

 それを左腕で受け止めた魔人が、衝撃でわずかに硬直したルナリアへ向け、右腕の鈎爪を振り下ろす。

 

 ルナリアは、地を蹴って跳び上がりそれを回避した。

 

 彼女は中空で鋭く回転し、流麗な動きで紅蓮の剣を振るう。

 濃紺のバトルドレスに包まれた胸元が激しく揺れ、白いスカートがふわりと持ち上がる。

 紅蓮の剣戟をイフリートが腕で受け止めるが、ルナリアは止まらず、その場で流れるように連撃を放った。

 

 今度は、イフリートが防戦に入った。

 断続的に起こる轟音と衝撃波が、俺の髪を揺らす。

 バンシー同様、こいつもルナリアと互角か。

 

 俺は唇を舐めながら、思考を巡らせる。

 

 フェリスが、瑠璃色の瞳を俺に向けていた。

 ユーリも黄金の剣を握りこちらを見ている。

 

 事前の打ち合わせでは、はじめはルナリアが戦いを主導し、敵が主だけならフェリスは補佐に入る予定だった。

 周囲に他の魔物が出てくるようなら、フェリスとユーリでそれらに対処する。

 そして、いずれの場合でも、ユーリには主そのものとの戦いへの参加を固く禁じている。

 

 周囲に、魔物の気配はない。

 俺はフェリスに、ルナリアの補佐を指示しようと口を開きかけた。

 

 広大な部屋のあちこちで、揺らめいていた炎が突然激しく燃え盛り、人の形を取った。

 

 右から焼け付くような熱を感じた。

 運悪く、俺のすぐ隣にも揺らめく炎があったのだ。

 その瞬間、俺は星切を鞘から滑らせるように抜き放った。

 

 真横に発生した炎の精霊が、しなる炎の腕を俺に振り下ろしていた。

 

 稀代の銘刀が、俺の雑な抜刀を居合に変え、辛うじてその腕を弾いた。

だが、精霊系の魔物は例外なく上級魔物だ。

 まったく堪えていない魔物が、再び俺へ向かって炎の腕を振り下ろした。

 

 炎の腕が俺を捉える直前、緑の剣閃が火の精霊の腕を斬り飛ばした。

 俺は、剣閃が放たれた方へ視線を向けた。

 短剣を振り抜いたフェリスが立っていた。

 

 だが……彼女のいる場所は、短剣の届く距離ではなかった。

 

 瑠璃色の瞳に宿る星を輝かせながら、フェリスが跳躍し、中空で縦に回転する。

 彼女は腕を落とされた火の精霊を両断すると、地を蹴り、後方へ身を翻しながら俺の背後へ移動した。

 縦横無尽に跳ぶ彼女を追いかけるように視線を向けると、俺の後ろに迫っていた魔物をフェリスが十字に斬り裂くところだった。

 

 フェリスの透き通るような水色の髪が、勢いに引かれて流れる。

 その長い髪の間から、彼女はこちらへ視線を向けた。

 

「……大丈夫か」

「ああ、ありがとう」

 

 周囲に視線を向けると、ユーリが少し離れた位置で炎の精霊を捌いていた。

 彼の握る黄金の剣が、鮮やかにその炎の精霊を両断した。

 

 ルナリアとイフリートは炎の余波を立て続けに発生させながら、打ち合い続けている。巻き起こる赤い衝撃波が、空間を照らしていた。

 

「ユーリ、フェリスと組んで俺を守れ! 神聖結界を使う」

「はい!」

 

「……ん。任せろ」

 

 ユーリは俺の言葉を聞いて、地を蹴って後方へ跳んだ。

 彼は身を捻るようにして、進路上の火の精霊を両断する。

 セレスティア王国第三王子は、とんでもない速度で成長していた。

 

 子どもらしい柔らかな黒髪を揺らしながら走り寄ったユーリが、俺の前に立った。

 彼はちらりと、こちらへ顔を向けた。

 

「お待たせしました! 先生の奥義ですか。楽しみですね」

 

 後方にいる火の精霊が放った火炎の槍が、俺たちに迫っていた。

 フェリスがとんっと地を蹴り、中空を舞うようにして火炎の槍を叩き落としていく。

 回転に合わせて、彼女の水色の髪が尾のように宙へ流れた。

 

「……よし。少年、先ほどの上層と同じことをするぞ。準備しろ」

「はい! 任せてください、フェリスさん」

 

 俺は頼もしい仲間たちの背中を見ながら、精神を絞り込み始めた。

 あの魔神に、本物の光を見せてやる。

 

――キンッ!

 

 迷宮の天井など存在しないかのように、荘厳な光が木漏れ日のように降り注ぐ。

 炎が照らす赤い空間で、俺の周りだけが白に染まり始めた。

 周囲の音が遠ざかる。その中で讃美歌だけが、明瞭に響いていた。

 

[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]

 

 俺の視線の先では、金糸の髪を流しながら、ルナリアがたった一人でイフリートと互角の戦いを繰り広げていた。

 

 ルナリアの魔法は炎だ。

 

 当然、相性は下から数えたほうが早いくらい悪い。

 それでも、彼女は溢れる剣才を乗せ、魔人を抑え込んでいる。

 なら、神聖結界を展開できれば俺たちの勝ちだ。

 

 詠唱を終え、黄金の光を纏ったユーリが声を上げた。

 

「フェリスさん! いきます!」

「……ああ」

 

 フェリスが地を蹴り、縦に回転しながら跳躍した。

 浅緑のワンピースがはためき、太ももがちらりと見えた。

 彼女はいつもと違い、片手で裾を押さえているから、付け根まで覗くことはなかった。

 

 ユーリが猛る。

 

「――全てを断絶する光として顕現せよ! エクスカリバー!」

 

 横へ薙ぎ払われた長大な光の剣が、迫っていた火の精霊を一掃した。

 光の剣は空間内すべてを薙ぐように広がり、イフリートとルナリアのぶつかり合う戦場まで届く。

 

 ユーリの光の剣を予測していたルナリアは、すでに中空にいた。

 イフリートは、右腕を覆う炎を業火に変え、燃え盛る鈎爪で光の剣を打ち砕いた。

 その隙を狙い、ルナリアが真っ直ぐに紅蓮の剣を振り下ろす。

 魔人は、振り抜いた右腕を返すように掲げ、その剣を受け止めた。

 一際、大きな衝撃波が巻き起こる。

 

 イフリートにユーリの魔法は通らないようだった。

 だが、それでも彼の魔法は火の精霊を一掃した。

 フェリスの補佐があれば、ユーリは光の剣を撃ち放題だ。

 

 俺は仲間たちに恥じないよう、自分の役割を果たすため、さらに深く潜る。

 明確に理解した、星空の向こうへ至る道筋を辿る。

 

[ System : Universal_Truth_Loading... 40%... 50%... 60% ]

 

 俺が勝利を感じ始めた、その時だった。

 

――周囲の赤黒い水晶が光を放った。

 

 あらかた片付けたはずの火の精霊が、先ほどまでよりも巨大化した姿で再生された。

 俺はそこまでは予想していた。

 なんらかの時間制限を強いてくるだろうとは思っていた。

 

 そして、命は再生しない。

 

 再生するということは、あの火の精霊は本物の魔物ではないのだ。

 イフリートさえ倒せば掻き消えるだろう。

 

 だが、最後の迷宮は俺の想像の一段上だった。

 時間に制限をかける要素が、もうひとつあったのだ。

 

——空間内の温度が、急激に上昇した。

 

 こ、これはまずい。

 

 熱が一気に跳ね上がり、焼けつくような空気が俺の肺を焼き始めた。

 

 

# COORDINATE 0089 END

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