世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0009] The Reward for Surviving

# Lunaria's_Special_Healing:

 

 昼下がりの宿屋には、王都の喧騒が窓越しにかすかに届いていた。

 分厚いカーテンの隙間から、わずかに太陽の光が漏れ込んでいる。

 灯りが、淡く照らす薄暗い空間には、かすかな吐息と衣擦れの音が響いていた。

 

 ルナリアの身体と石鹸の匂いが混じり合った甘い香りが、俺の鼻腔に届いた。

 

「……んっ、……ちょっと、恥ずかしいね」

 

 ベッドに腰掛けた俺が視線を落とすと、ルナリアの金糸の髪が見えた。

 薄暗い部屋の中、俺の腹に口元を寄せる彼女の髪が肌に触れ、少しくすぐったかった。

 

 彼女の柔らかな唇が、傷のあった場所に触れるたび、俺の身体を支配していた恐怖が溶けていく。

 ユーリを助けたときの大立ち回りで、深々と刃を突き立てられた場所だ。

 傷はもちろん回復魔法で癒やされ、跡も残っていない。

 

 けれど、痛みと死の恐怖は、やはりどうしても心の底に残っていた。

 

 最後まで立っていられたのは、銀色の光が助けてくれたからだ。結局のところ、俺は運がよかっただけだ。

 

 自分の弱さが悔しかったし、腹が裂かれたのはやはり怖かった。

 あの出来事のあと、少し自分が臆病になっている気がした。

 

 こういうときは、気持ちを切り替える必要があると俺は思った。

 

 そう、メイド服だ。

 メイド服でぺろぺろだ。

 

 そんなわけで、俺は特注のメイド服を用意し、ルナリアにお願いした。

 彼女は少し驚いていたが、にこりと笑って快諾してくれた。

 

 現在、メイド服を着たルナリアに、俺は心を癒やしてもらっていた。

 

「……ちゅっ、……アルス。……まだ、痛む……?」

 

 俺の肌からそっと唇を離し、ルナリアが上目遣いで尋ねてくる。

 彼女の潤んだ赤い瞳に心配と慈愛が宿っていた。

 

「傷はもう平気なんだ。でも、ちょっと怖かったみたいでさ。……でもまあ、メイド服のルナリアが癒してくれてるし、すぐ元通りだよ」

「……もうっ。からかわないでよ。……でも、そっか。ごめんね。わたしが、もっとしっかりしていれば」

 

 そう答えたルナリアは、もう一度俺の腹に顔を寄せ、俺の恐怖を溶かしてくれた。

 肩より少し長い金糸の髪が、肩からするりと流れ落ち、再び俺の腹を撫でた。

 

 今のルナリアは、俺の趣味で選んだメイド服姿だ。

 スカートの丈は長く、足首まで隠れる重たい布地が肌の露出を極端に抑えている。

 俺のこだわりにより、胸元だけが大きく開いており、その周囲の生地だけがひどく薄く仕立てられている。

 

 王都でも評判の服飾店で仕立てた一着だった。

 

 こびりついた恐怖が抜けてきた今なら分かる。

購入したときの俺は、どうかしていた。

 あの、内臓が飛び出しかけた恐怖を拭い去るには、普通のぺろぺろでは足りないと思い、なけなしの金をはたいていた。

 俺の欲求を最大限叶えようとした特注品は、想像以上に金がかかった。

 

 今の俺はすかんぴんだ。馬鹿すぎる。

 

 でも、なんかいつもの気持ちが戻ってきた気がした。

 俺はルナリアの綺麗な金糸の髪を撫でてみた。

 

 さらりとした絹のような手触りの髪が俺の手ぐしで流れ、光を零すように輝いた。

 

「……んっ。……ちゅ……ちろっ。ねえ、くすぐったい……」

「ルナリア、ありがとう」

 

 ルナリアが、ゆるりと赤い瞳を俺に向けた。

 細められた目元は濃い色気を宿していて、俺は少しどきりとした。

 

 ルナリアがぷるんとした唇を開いた。

 

「くすっ。ねえ、ちょっと動きにくいの。アルス、横になってくれる?」

「ん? ああ、分かった」

 

 俺は少し身体をずらし、ベッドに仰向けになった。

 ルナリアがベッドに膝をつき、俺の身体に合わせて位置を調整した。

 

 視線を彼女へ向けると、ルナリアの動きに合わせて、胸元の柔らかな線がふるふると揺れていた。

 胸元だけ薄く仕立てられたメイド服と、エプロンの締め付けが、その動きをより際立たせている。

 

「……うん、いい感じ。……いっぱい、癒してあげるね」

 

 ルナリアの唇が発する湿った音と、布擦れの音だけが部屋の中に響いた。

 彼女の柔らかく温かな体温が、心に染み込んでいた死の恐怖を、少しずつ溶かしていく。

 

 ルナリアに癒された俺は、すでにいつもの調子を取り戻しつつあった。

 ゆったりとした姿勢のまま、気の抜けた俺はつい迂闊なことを口走った。

 

「それにしても今回は危なかった。あの一撃、回復魔法が間に合わなかったら、内臓が飛び出てただろうな」

「え?」

 

 金糸の髪を揺らしながら、俺の腹に顔を寄せていたルナリアが動きを止めた。

 身体を起こしたルナリアが、その美しい顔をこちらへ向けた。

 ルナリアの星の宿る赤い瞳は、さきほどまでの熱で潤ったものではなかった。

 彼女の華奢な身体からは考えられない圧が、俺の肌にびりびりと伝わってくる。

 

 彼女はゆっくりと口を開いた。

 漏れ出る声には、たまにルナリアから感じる、得体のしれないどろどろしたものが混じっていた。

 

「……な、内臓? わたしを置いて、そんな危険なところに行ってたの……?」

「ま、待てルナリア! 行きたくて行ったんじゃないぞ! 拉致されたんだから!」

 

 慌てた俺は、さらに余計なことを言ってしまった。

 それを聞いたルナリアの瞳が、危険な熱で怪しく潤みだした。

 

 これは、やばいときにするルナリアの目つきだ。

 このままでは、いつかのように俺はこの部屋に監禁されかねない。

 檻に閉じ込められた俺の前に、首輪をつけたルナリアが「ほら、早く命令して」と迫ってくる未来が見える。

 

 それは、果たしてどちらが命令しているのか。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 俺は、なにものにも囚われてはならないのだ。

 

「いや、そ、そうだ! 理由が格好良いんだ! 子供を助けるためだったんだぞ!」

「……こども?」

 

 ルナリアの瞳に、わずかに理性の光が戻った。

 俺はすかさず事情を説明した。

 

「そ、そうなんだよ。ちっちゃい男の子が誘拐犯に囲まれててさ。その子を守るために、俺は日和るわけにはいかなかったんだ」

 

 実際にはただ巻き添えで一緒に誘拐されただけだが、少し話を盛っているだけで、大筋の嘘はついていない。

 

 俺の言葉を聞いて、ルナリアの表情がわずかに和らいだ。

 だが次の瞬間、彼女の顔はみるみるうちに蒼白になり、ひどく落ち込んだように眉尻を下げた。

 

* * *

 

 わたしは、わたしのアルスの優しさと格好良さに、女の子として震えた。

 それから、彼の気高さを再認識して、誇らしい気持ちになった。

 

 けど、すぐに思い至った。

 

 彼がそうやって一人で子どもを守り、死にかけたのはなぜなのか。

 それは、理性をなくして、欲求に負けたわたしのせいだ。

 

 わたしは、彼といると自分が時々おかしくなることを、うっすらと理解している。

 彼を想うだけで徐々に理性がすり減っていき、自分のどろどろした欲望が溢れ出てしまうのだ。

わたしは多分、ひどくふしだらなんだ……。

 

* * *

 

 ルナリアが俯いて口を開いた。

 彼女の長いまつげに彩られた目元が、悲しそうに伏せられていた。

 

「わたしが、自分の欲求に負けて、やるべきことを放棄したせいだ……」

「い、いや。そこまで気にしないでもいいんじゃないか」

 

 ルナリアは、ばっと顔を上げた。

 

 彼女からは、さっきまでの淫靡でとろけるような雰囲気も、怪しくどろどろとした執着も吹き飛んでいた。

 宝石のような赤い瞳と、凛とした表情を取り戻した彼女は、いつもの頼れる魔法剣士のルナリアだった。

 

「ごめん。わたし、もっとちゃんとしないとだね」

「お、おお。落ち着いたか。よかった」

 

 どうやら俺は監禁される未来を回避したようだ。

 俺は身を起こして、ルナリアに微笑みかけた。

 

 ルナリアは口元に優しげな笑みを浮かべて言った。

 

「まずはもっと、いっぱい舐めて癒やさないと! きみの全身、隅々まで舐めてあげる! 他の怪我がないかも確認しないと! ほらアルス、下も脱いで!」

「……は?」

 

 ルナリアは、理性を取り戻した真面目な顔のまま、理性を飛ばしていた。

 一片の曇りもない真剣な瞳を俺に向け、ルナリアが俺のズボンの腰紐に手をかけてきた。

 

 いや、ま、待て。

 

 怪我の確認とかいう、よくわからない大義名分を盾にしているが、それはもう完全に別の行為だろ!

 パーティーを組んで長いが、この変化は初めてだった。

 

 俺は本気で慌てふためいた。

 

「いや、下は怪我してないから! 待てって、ルナリア、目が怖い!」

「だめ。隠れた怪我があるかもしれないでしょ。わたしが全部脱がしてあげるから、大人しくしてて」

 

 駄目だ。防御不可だ。

 そもそも、俺だって全身舐められたいのだ。

 

 しかしこれを受け入れたら、俺はおそらく一生、自分で服を脱ぐことすら許されなくなる気がする。

 本能に負け始めた俺の抵抗が徐々に弱々しくなり、ついに腰紐が解かれズボンを下ろされそうになった、まさにその時だった。

 

 こんこんっ。

 

 部屋の戸が、控えめに叩かれた。

 

「アルスさん、今よろしいですか?」

 

 宿屋のおかみさんの声だった。

 俺は食い気味に叫んだ。

 

「あ、はい! はい! アルスさんです!!」

 

 おかみさんが戸の向こうで用件を告げた。

 

「冒険者ギルドからご連絡です。重要なお知らせがあるらしいので、早めにギルドまで来てほしいそうです」

 

 助かった。

 

 俺はズボンを必死に引き上げながら、メイド服姿のルナリアを窘めた。

 

「ほ、ほら。ルナリア。重要なお知らせらしいぞ。ちゃんとするんだろ!」

 

 俺の言葉を聞いたルナリアは、俺のズボンをがっちりと掴んだまま、不満げに頬を膨らませた。

 それから、ルナリアは目元を細め、薄く笑みを浮かべて口を開いた。

 彼女の潤いのある唇が、灯りに照らされて、なまめかしく光を返した。

 

「……まだお昼だよ? 一、二時間くらいしてから行けば大丈夫だよっ」

 

 俺たちは三時間後、身なりを整え、宿を出た。

 

 

# Promotion_to_A_Rank:

 

 ギルドへと続く石畳を歩きながら、俺は懐から取り出した紫の短剣を眺めていた。

 俺の腹を切り裂いた、黒尽くめの男、グラディオが使っていた神器。

 俺は混乱の隙にそれを回収し、報酬代わりとして懐へ収めていた。

 

 刀身は毒々しいほどに濃い紫。峰から刃へと鮮やかな紫が流れ落ちる、片刃の造形。

 柄は漆黒。全体の曲線はとげとげしく、邪悪さを感じる禍々しい短剣だ。

 

 正直、めちゃくちゃかっこいい。

 さすがは俺の内臓を切った短剣だ。

 

 あの後、詠唱を真似してみたが、魔法は使えなかった。

 神器は継承権のある血筋にしか、力を貸さないと聞いたことがある。そのせいだろう。

 

 とはいえ、武器としての性能が破格なのは間違いない。

 量産品の日本刀を振り回すより、こっちを主武器にした方がいいのだろうか?

 

「なあ、ルナリア。これ拾ったんだけどさ。俺の武器、こっちにするのはどうだ? お前から見て、俺は刀と短剣、どっちがマシだと思う?」

 

 いつもの濃紺のバトルドレスに、白のミニスカート。

 宿屋でのメイド服から魔法剣士の装いへと着替えたルナリアは、俺の歩調に合わせて速度を落とした。

 ふわりと、彼女の髪から石鹸の澄んだ香りが漂う。

 

「すごい武器だね。うーん、きみは武器を叩きつけたり、咄嗟に投げつけたりするからねえ。間合いを取れる日本刀を使った方がいいよ。その短剣は、あくまで補助武器で持っておくのが正解じゃないかな」

 

「やっぱそうか。ありがとな。……だよなあ。短剣戦闘はかなりの技量を求められそうだ」

 

 俺は短剣を背中の鞘に放り込み、苦笑いしながら腰の愛刀の柄に触れた。

 こいつには、日頃から日本刀として想定されていない無茶をさせすぎていた。

 先日の大立ち回りが響いて、いよいよ使い物にならなくなっている。

 心なしか刀身自体が少し曲がっているような気さえしていた。

 

 買い替え時なのは百も承知だ。

 しかし、金がない。ほとんどメイド服に使ってしまった。

 

「でも、王都ってすごいんだね。そんな短剣が道端に落ちてるなんて……。でも、ねこばばしちゃだめだよアルス。持ち主の人が困ってるんじゃないかな? ちゃんと騎士団に届けた方がいいよ」

 

 ルナリアが、眩しいほどに真っ直ぐな瞳で言う。

 俺は、肩をすくめて白状した。

 

「……わるいわるい、拾ったってのは冗談だ。さっきの話に出てきた、俺の腹を切り裂いたあの短剣だよ。だから持ち主は今頃檻の中だ」

 

 刹那、隣を歩くルナリアから、凍りつくような空気が漏れ出した。

 

「……へぇ。その短剣がそうなんだね」

 

 彼女の赤い瞳が、俺の背後の短剣を、獲物を屠る直前の肉食獣のような鋭さで射抜く。

 瞳の奥の星型の瞳孔が、すうっと細まる。

 

「こら、ルナリア。怖いからやめなさい」

 

 冗談抜きで背筋に冷たいものが走った。おしっこ漏れそう。

 彼女の威圧感に、俺は引き攣った笑いを浮かべながら、冷や汗を拭う。

 

 ルナリアをなだめていたら、いつの間にか本部ギルドの正面まで来ていた。

 フリージア支部の安っぽい門とは違う、王都本部の重厚な木の扉を押し開ける。

 

――セレスティア王国 王都の冒険者ギルド本部。

 

 地方支部に見られるような無秩序な騒がしさはない。

 高い天井を支える太い石柱の下、整然とした活気が空間を引き締めている。床は広く、天井も高い。

 正面奥には、本部ならではの長く重厚な受付カウンターが一直線に並び、その前には等間隔に整えられた待機用の場所が広がっている。

 制服姿の職員たちが、訪れる冒険者を相手に淡々と手続きを進めていた。

 

 その手前、中央には大きな木製の掲示板が据えられている。

 冒険者への諸注意、王都内の商店広告、定期依頼等、すべてが几帳面に張り出され、乱雑さはない。

 ただしBランク以上の依頼は、個別にカウンターで発行される。

 そのため掲示板に危険な討伐依頼が貼り出されることはない。

 

 俺は迷うことなく、真っ直ぐにその受付カウンターへと向かった。

 

「たのもー! ハロルドさんいますー?」

 

 カウンターの奥、書類が積まれた事務机でペンを走らせていた男性が、俺の声に顔を上げる。

 都会の洗練さとは無縁の俺の声に、彼は小さく苦笑を漏らしながらこちらへ歩み寄ってきた。

 

 すらりとした細身の体躯に、しわ一つない制服。

 王都の数多い煩雑な案件を、常に涼しい顔で捌き切る才人だ。

 俺のAランク昇格への無茶な嘆願に対しても、こちらの身を案じながら丁寧に対応してくれる優しい人でもある。

 

「こんにちは、アルスさん。ご連絡した件ですね。まさか通達の当日に来られるとは……対応が早いのは助かります」

 

 なぜか隣でルナリアが、自分のことのように少し誇らしげに豊かな胸を張った。

 

「えへへ。アルスはこういうところ、意外と真面目だもんね」

 

 ハロルドさんは穏やかな笑顔を浮かべたまま、手にしてきた書類にスッと目を通す。

 

「ではアルスさん、少しお時間をいただけますか。応接室を使いますので、こちらへどうぞ」

 

 促されるままカウンターの脇を抜け、俺たちは今まで足を踏み入れたことのない、関係者専用の部屋へと通された。

 

 初めて入る応接室は、外の喧騒が嘘のように遮断された静かな一室だった。

 手入れの行き届いた分厚い革張りのソファが、塵一つなく磨き上げられた低いテーブルを挟んで向かい合っている。

 壁の飾り棚には、王族や貴族からの感謝状や、武具が飾られている。武具には功績を称えるように使用していた者の名前が添えられていた。

 

 促されるままソファに腰を下ろすと、程なくして上品な茶器に注がれた温かいお茶が運ばれてきた。

 ふわりと立ち上る香りの良い湯気を挟み、俺とルナリアの対面にハロルドさんが静かに腰を下ろす。

 

 そして穏やかな声で切り出した。

 

「まずは、急な呼び出しにも関わらずご足労いただきまして、ありがとうございます」

 

 俺は温かいお茶に少しだけ口をつけ、喉を潤してから静かに茶器を受け皿に置いた。

 

「いえ、丁度宿でくつろいでいたところですから。それに……この呼び出しには少し心当たりがあって、正直わくわくしながら来たんですよ」

 

 隣に座るルナリアが、こてんと可愛らしく首を傾げる。

 

「アルスは何か心当たりがあるの? ああ、もしかしてあれかな。この間きみが助けたっていう、お子さんの親御さんからお礼とか?」

 

 俺はこいつを後で思いきりびっくりさせてやろうと企んでいたため、その『お子さん』がどこの何者であるかは、今日まで一切喋っていなかった。

 

 ハロルドさんは穏やかな顔つきのまま、少し感嘆を滲ませた声で言った。

 

「ええ、アルスさんの想像通りですよ。……しかし、私も事務長になって長いですが、国王陛下直々の書状を預かるのは初めてです。アルスさんは非凡な方だと思ってはいましたが、想像以上でしたね」

 

 そう言いながら、ハロルドさんは奥に据えられた頑丈な金庫から、うやうやしく一つの書面を取り出してきた。

 

「こちらが国王陛下からお預かりした書面の実物です。……そして、全く同じ内容をこちらの紙に書き写しておりますので、どうぞご覧ください」

 

 国王陛下から下賜された王印が押された書面を、テーブルで直接広げるわけにはいかないのだろう。

 ハロルドさんは、用意してくれた写しの書面を俺たちの前に滑らせた。

 

 前後に仰々しい挨拶や賛辞が並んでいる。

 俺は大事な所だけ要約するように頭に入れた。

 

* * *

 

 セレスティア王国第三王子ユリウス・アーサー・セレスティア殿下の救出、並びに第一級賞金首グラディオ・サンダールの捕縛。

 

 これらの偉業に対し、ロドリック・アーサー・セレスティア国王より、感謝の意と共に以下の恩賞を与える。

 

一、冒険者ギルドにおけるAランクへの昇格。これは此度の件のみならず、これまでの活動実績を鑑みた結果である。

 

二、王家より報奨金として金貨五百枚、並びに冒険者ギルド会費の三年間免除。

 

三、貴殿の王国内での身分を、ユリウス・アーサー・セレスティア王子の名をもって保証する。

 

四、貴殿が盾となり守り抜いた命は、我が国の至宝である。此度の功績に対し、王家より感謝状並びに然るべき褒賞を贈る。

 

* * *

 

 書面の冒頭に目を通したルナリアは、顔を前に突き出したまま、完全に固まった。

 柔らかな線を描く唇が、間の抜けた形に少しだけ開いている。

 

「え? ……きみは一体、わたしがいない間に何をしてきたの?」

 

 震えるような声で放たれたその問いに、自分の内臓を捧げかけた悪戯が成功したことを確信し、俺はご満悦だった。

 

 とはいえ、この褒美の内容は……。

 

 俺は改めて書面に目を落とし、向かいに座るハロルドさんを見上げる。

 

「もしかしてハロルドさん。俺の目的の件、口利きをしてくれました?」

 

 俺の問いに、ハロルドさんは悪びれる様子もなく、ふっと柔らかな笑顔を浮かべた。

 

「……ばれましたか。ええ、アルスさんが目標のために一生懸命頑張っているのは知っていましたからね。私は結構、アルスさんやルナリアさんのことを応援しているんですよ。これで念願だった王立図書館も、堂々と利用できますね」

 

 そこまで言ってから、ハロルドさんは目を細め、書類に視線を落とした。

 

「とはいえ、身分保証に関しては、王家からの推薦であっても期限付きの簡易なものになると思っていました。まさか、王子殿下自らが直々に名を貸して保証されるとは……」

 

 男同士の、世代を超えた友情を感じて、俺は思わず少しうるっときてしまった。

 

「……ありがとうございます! ……めちゃくちゃ嬉しいです」

 

 深く頭を下げた俺に、ハロルドさんはただ優しく目を細めてくれていた。

 

 俺がひっそりと感動を噛み締めている横で、いつの間にかフリーズから復帰したルナリアが、書面の続きに目を通していた。

 応接室の小窓から差し込む陽光が、彼女の少しウェーブのかかった金糸の髪を、きらきらと透かして輝かせている。

 

「うーん。きみが凄いのは知っていたけれど……まさか、ちょっと目を離した隙に王子様を助けているなんて」

 

 ルナリアは自分のことのように誇らしげな顔をして、にこにこと無邪気に笑っている。

 

「さすが、アルスだねぇ。きみは勲章授与のときも、いつもみたいに堂々としてそうだよ」

 

 俺は目頭の熱を瞬きで散らしながら、間の抜けた声を出した。

 

「ん? 勲章授与? なにそれ」

「ほら、ここ」

 

 ルナリアが身を乗り出し、書面の一部を指差して見せてくる。

 無防備に近づいてきた彼女の肩先から、ふわりと甘い香りが漂った。

 それと同時に、俺の二の腕に彼女の豊かな胸の質量が、薄布一枚を挟んで、むにゅっと無自覚に押し付けられる。

 

 その温かい柔らかさと明確な重力感に意識を持っていかれそうなのを堪えつつ、俺は彼女の細い指の先にある一文を追う。

 そして、内容を理解した瞬間に素っ頓狂な声を上げた。

 

「え? 俺、謁見するの? 王様に!?」

 

 俺の驚愕に対し、ハロルドさんは茶器を傾けながら、努めて冷静に答えた。

 

「……王家からの感謝状が、ギルドの窓口で職員から渡されるわけがないでしょう。当然、それなりの格式を持った授与式が王城で行われるはずです」

 

 茶器を置いたハロルドさんが続けて言った。

 

「王子の誘拐事件を解決し、一人で救出してみせたのですから、当然の扱いですね。勲章授与に合わせて、感謝状もその時に下賜されるのでしょう」

 

 この人、仕事ができる優秀な人だと思っていたけれど……。

 こんな大事件の事務処理を淡々と進めるなんて、有能どころの騒ぎじゃないぞ。肝の据わり方が尋常じゃない。

 

「日程については、追って王宮からギルドへ連絡があると思います。その際にはすぐにお伝えしますね。謁見となれば、きちんとした礼服が必要になります。

ですが、Bランクだったアルスさんたちの収入であれば、大した出費にはならないでしょう」

 

 微笑みを浮かべるハロルドさんの言葉を聞いた、俺の行動は早かった。

 俺は革張りのソファから滑るように降り、塵一つなく磨き上げられた応接室の床に両手と額を擦り付けた。

 

 流れるような、完璧な土下座だった。

 

「お金貸してください」

 

 俺は胸だけ生地の薄いメイド服に全財産をつっこんだ直後だった。

 

 

# COORDINATE 0009 END

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