勇者コールセンター株式会社   作:一宮 千歳

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第10話

エーデルガルドが「資本主義の暴力をすべて受け止めますわ!」と突撃したそこは、フツーのカフェであった。

 

「……あれ? メガ盛りとか、デカ盛りとか、そういう資本主義の『分かりやすい暴力』はありませんのね?」

 

下北沢の路地にある、隠れ家風のオシャレなカフェのテーブル席で、エーデルガルドが拍子抜けしたようにメニューを見つめた。

 

そこに並んでいた写真は、ベリーやピスタチオがお上品にあしらわれた、見た目にも繊細で可愛らしい「フツーのパフェ」である。

 

国家予算を溶かすような質量もなければ、物理演算をバグらせるような盛り具合でもない。ごく一般的な、現代日本のオシャレ甘味だ。

 

「お嬢様、下北沢のカフェの市場競争を舐めてはなりません。現代の地球人は量より『映え』、すなわち視覚的コンプライアンスの美しさを重視するのです。総重量キロ単位の泥臭い甘味など、この街のトレンドが許しませんわ」

 

ルダが、おしぼりで丁寧に小さな手を拭きながら冷静に解説する。

 

「なるほど……これが日本の『洗練《スタイリッシュ》』。よろしいわ、タイラさん! わたくしこの『いちごとピスタチオの贅沢パフェ』をいただくわ!

 

 お値段、千六百円(税抜き)! 予定手取り一千万のあなたからすれば、おごっても問題ないでしょう!?」

 

「まだ振り込まれてないのでタカらないでください!」

 

平が叫んだ。

 

「マコっちゃーん。ウチチョコパフェー」

 

「せんぱいまで!?」

 

「では拙もいちごとピスタチオで。平さん、ごちそうさまです」

 

「ルダ社長まで当たり前のようにタカらないでください!!!」

 

平の悲痛な叫びがオシャレな店内に虚しく響く。

 

手取り一千万(予定)というパワーワードのせいで、完全に財布扱いされている。十六歳の高校生が背負うには、資本主義の期待値が大きすぎる。

 

「わたしのななせんえん……」

 

「冗談ですよ。ここは拙が出します。社長としての経費で」

 

「税務署怒りませんか!?」

 

「これも冗談です。拙の冗談、わかりにくいですか?」

 

「普段真面目なのでぜんぜんわからないですぅ……」

 

ルダと平はともに『株式会社勇者派遣』の所属だが、ルダは社長なので、平よりも月給が多い。私費であれば、ルダがおごるのが当然だった。

 

注文したパフェが届くと、エーデルガルドのドリルツインテがふたたび歓喜で震え出した。

 

「な、何ですのこの美しさは……!? いちごの赤とピスタチオの緑が、まるで我がルステンブルグ領の最高峰の庭園のように完璧な色彩の調律を保っていますわ! これが……『()え』……!」

 

スプーンを握りしめたエーデルガルドが、感動のあまり縦ロールをプルプルと震わせる。

 

「では、いただきますわ! ……ん、んんんーーーっ!? 冷たい! そして甘い! いちごの甘みと酸味の後に、ピスタチオの濃厚なコクが脳にキますわ! 美味(デリシャス)美味(デリシャス)ですわーーーっ!」

 

「お嬢様、公共の場でIQの低い食レポを大声で披露するのはおやめください。それに、上品なパフェをそんな魔王軍の砦を解体するような勢いでガツガツ食すのも、貴族として失格です」

 

ルダが自分のパフェを静かに崩しながら、冷ややかに突っ込む。

 

「だって美味しいんですもの! これで千六百円だなんて、日本の甘味のタイパは神がかってますわ!」

 

「とはいえ、ガチの困窮学生だとパフェに千六百円は相当厳しいよね?」

 

坂口が平に話を振る

 

「千六百円なんて国家予算ですよ。幸いゴブリン退治の報酬があるんで、ちょっとぐらい食べられますけど」

 

「国家予算の基準が低すぎて涙が出ますわ、タイラさん……」

 

坂口がチョコパフェの生クリームをのほほんと口に運びながら、遠い国を見るスンとした目で頷いた。

 

「でも、その金銭感覚のままの方がいいよ。手取り一千万なんていう物理演算のバグみたいな数字に頭をハックされるとね、

 

 ウチみたいに休職期間中、全財産を地下アイドルの『推し活』っていうブラックホールに秒で溶かす狂った大人になっちゃうから」

 

「坂口先輩、メンタル不調の根本的な原因、王子の顔面じゃなくて絶対にそのアイドルの集金システムですよね!?」

 

平が思わずスプーンを置いて突っ込んだ。

 

「……まあ、半分はそうかも。」

 

坂口がチョコパフェの底に沈んだコーンフレークを虚無の目でつつきながら、ポツリと呟いた。

 

「ウチ、休職前は最前線で毎日魔族と殺し合いして月給百万稼いでたからさ、金銭感覚が完全に狂ってたんだよね。

 

 地下アイドルの『物販窓口』に並んでね、一回三分のトークと写真一枚のために、一万円の束をポンポン投げ込んでた。

 

 推しが『サカグチちゃ~ん、今日も魔王軍から世界守ってくれてありがと~♡』って言ってくれるだけで、脳ミソが全部ブチ壊れて、気づいたら給料が口座から消えてたの。あの集金システム、魔族の精神支配魔法(チャーム)よりエグいよ」

 

「に、二分で一万……っ!?」

 

「ガチャよりヤバいですね」

 

「ルダさん、ソシャゲやるの?」

 

「お嬢様が天井まで回したと言っておりました」

 

「ま、まあ、とにかく地下アイドルの物販は恐ろしいということですわね!」

 

エーデルガルドが綺麗にパフェを平らげつつごまかし、満足そうにスプーンを置いた。

 

「ウチの推しは今日ライブやってないなあ。別のグループだわ」

 

す、と坂口がとある地下劇場のサイトを示す。今日は数グループの地下アイドルが、合同でライブを行うようだった。

 

「この『ゴブリンクルセイダーズ』、拙、ちょっと興味あります」

 

「あはは。異世界から来てる異種族も、地下アイドルやる時代だからね」

 

ルダが興味を示したのは、女子ゴブリン4人組の地下アイドルユニットだった。

 

「けど、4人で入るにはちょっとドリンク代がね。別の機会にしよ?」

 

「それならわたくし、『ぷりくら』が気になりますわ。四人で記念を残しませんか?」

 

エーデルガルドの提案に、他の三人が乗った。

 

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シモキタエキウエ。特徴的(ドストレート)な名前の小田急下北沢の駅ビルである。

 

四人はいそいそとプリクラ専門店に向かった。

 

空間に一歩足を踏み入れると、ポップな音楽が四人を襲う。

 

さらにはカーテンの隙間から溢れる、現実を直視できないほどの超強力な美白ライトの光。これぞ現代日本が誇る顔面修正兵器、プリクラ機である。

 

「来ましたわ! これがネットの海で見た『盛る』というやつですのね! よろしいわ、わたくしが貴族として、その『りーがるはっきんぐ』の性能を直に確かめて差し上げます!」

 

フリルを翻して一番にブースの中へ突撃するエーデルガルド。続いて平、坂口、ルダがカーテンをくぐった。

 

「ええと、1回500円……では、ここも拙が。」

 

ルダが小さな手でコイン投入口に100円玉をチャリンチャリンと滑り込ませる。画面に【撮影スタート!】の文字が躍った。

 

「みんな! 画面のカメラを見て! ポーズはピースで!」

 

平がリードし、カウントダウンに合わせて4人が思い思いのポーズを決める。

 

「はい、ちーず! ですわ!」

 

バシャ、バシャと容赦ないフラッシュが4人の顔面を幾度か焼き、撮影はつつがなく終了した。

 

「さあ! 落書きブースへ移動ですわよ! 早く我が美貌の『補正ログ』を確認いたしますわ!」

 

エーデルガルドが興奮冷めやらぬ様子で隣の落書きタッチパネルの前に陣取る。画面に【画像を処理中……】のゲージが表示され、ついに加工済みの画像がポン、と映し出された。

 

「「「「…………」」」」

 

人間3名は問題なく美顔補正(デカ目化と輪郭補正、涙袋メイク)がかかっていたが、なぜかルダがファンシー方向の加工を受けている。

 

「……拙、ぬいぐるみ扱いされてませんか、これ」

 

ゴブリンのぬいぐるみ然とした、ルダだったものがそこには映っていた。

 

「あはははは。ルダさん、ぬいぐるみかぁ!」

 

「拙の人権が侵害されています!」

 

「ゴブリンには非対応でしたのね……ルダ……申し訳ないことをしましたわ……」

 

しかし平は落書き用のペンを握り、慌てる。

 

「みんな! 落書き時間なくなっちゃいますよ! 3分で笑えるくらい盛らないと!」

 

落書き時間のカウントダウンが始まったことで、全員がハッとなる。

 

基本の落書き時間は3分。それまでに全シールに落書きを済まさなければならない。

 

「かぶしきがいしゃ勇者コールセンター」だの「↑ぬいぐるみ社長カワイイ」だの「電車で来た」だの、思い思いに描きまくった。

 

「全シールへのデコレーション業務、これにて完了ですわ!」

 

カウントダウンが『残り0秒』を表示すると同時に、エーデルガルドがタッチペンをビシッと掲げた。

 

画面には、文字通り下北沢の混沌を詰め込んだような、色鮮やかでカオスな加工写真の数々が躍っている。

 

『ボーナスタイム~! まだまだ落書きしちゃえるよ!』

 

「なんですのこれ!?」

 

「あ、プリ機が空いてると落書き時間が延長されるんですよ。よーし、もっと盛るぞ~」

 

平と坂口が手慣れた様子でスタンプをぺちぺちと張り付けていく。それを後ろで眺めているルダとエーデルガルド。

 

「日本人女子の盛り技術、すごいですわ……」

 

「全くです。申告すれば、無形文化財になるのではないでしょうか……?」

 

「はい、落書き終了です! シール印刷が始まりますよ!」

 

マコトが満足げに決定ボタンを押すと、筐体の側面から「ウィーン、カシャ」と、きわめて平和な印刷音が響き渡った。

 

取り出し口から滑り出てきたのは、まだほんのりと温かい、極小に分割されたシールのシート。

 

「なかなかかわいくできたんじゃない?」

 

「平さん、拙はこの軽微なストレスの解消を要求します。」

 

「まあルダ、扱いが不満なの?」

 

ルダが、プリントされたばかりの自分が緑色の短毛もふもふぬいぐるみと化したプリクラシールをジト目で睨みつける。

 

「じゃあプリ機屋じゃない、プライズでも取りに行きます?」

 

「ゲーセンの、はしご……!? そんな不良行為を働いていいんですの!?」

 

「エーデルガルドさん、30~40年前じゃないんだから。」

 

「行きますか~。」

 

駅ビルの階段をトコトコと下り、四人は下北沢の路地にある、他ではあまり見ない外観のプライズ専門ゲームセンターへと吸い込まれていった。

 

現代ゲームセンターのクレーンは、ほぼすべてが「投入された額が特定金額に達するまで」と「それ以降」でアームパワーが異なる設定になっている。いわゆる「確率(どこも確率要素はない)機」だ。

 

そのため、設定ミスでアームパワーが強くなっている台探しの激しい争いが絶えない。

 

「なかなか取れないのは、取るまでやった人がいるから。排出されたら投入額がリセットされるんだよね」

 

「投入額によってパワーが変わる、ということですか? 詐欺では?」

 

「ゲームセンターが利益を上げられるように、っていう、クレーン開発会社の企業努力なんだよ。あと、できる、ってだけでそう設定してない機械もある。

 

 だから、ウチの経験上、「何かが欲しい」とき、狙うのは在庫整理系の台、あとは直接つかまない台だね」

 

坂口が急に狩人の目になる。坂口は景品の箱に半円のリングがテープでくっついている、大人気アニメのフィギュアに目を付けた。

 

「あのリングにアームにひっかけてすこしづつずらすのが正規の方法で、それ以外の手段は存在しない。適切にひっかけられれば目標額で取れる、まあ基本的こっちにも分のいい設定だよ。」

 

「こっちにも、というのは?」

 

「景品原価の5倍で取れる。だいたい5千円だね」

 

「……原価率が20%ではないですか!」

 

「まあ、経験則だけどね。 あとお嬢様、原価厨?」

 

「そのようなスラングで私を表現しないでくださいまし! ただ! 元手が千円の品物に五千円も支払うなど、経済的コンプライアンスの観点から見てあまりにも暴利が過ぎるのではなくて!?」

 

エーデルガルドがドリルツインテを激しく揺らして憤慨する。

 

「お嬢様、落ち着いて。そこには土地の賃料、電気代、および人件費が原価として上乗せされているのです。

 

それに、原価率20%など、異世界の王族が平民から巻き上げる税率に比べれば極めてホワイトなビジネスモデルですわ」

 

ぐぬぬ、とエーデルガルドが言葉に詰まる。

 

「実際、大量生産じゃない出来のいいフィギュアを買おうとすると2万円とかするからね。大量生産で価格を下げてるだけで、ウチが思うにゲーセンプライズフィギュアのクオリティはそういう単独売りフィギュアと変わらないよ?」

 

「変わらない!? つまり、五千円を投資するだけで二万円相当の極上の造形物が手に入るかも……ということですの!?

 

 タイパ、いえ、コスパが神がかっておりますわ! サカグチ先輩、その正規の方法とやらで、ぜひともあの美しき人形を我がルステンブルグ領へ!」

 

(ちょろいなあ、エーデルガルドさん)

 

平の内心と坂口の視線が、生温かい調和を保った。

 

ネットの海で「格差社会」を学んだはずの貴族のお嬢様は、二万円という数字の魔力にあっさりとハックされ、今や機械の前に立つ坂口を聖女でも見るかのような目で見つめている。

 

「じゃあ、五百円で六回を……」

 

【ウィーーン……ガシャッ】

 

【ウィーーン……ガシャッ】

 

「……あの」

 

【ウィーーン……ガシャッ】

 

【ウィーーン……ガシャッ】

 

「五千円目標ということは、この地道な作業を60回やるんですの?」

 

【ウィーーン……ガシャッ】

 

【ウィーーン……ガシャッ】

 

「そうだよ」

 

「気が狂いますわ!!!!!」

 

「短気だなあ」

 

「ストレス、解消できそうにありませんね」

 

そして、運命の57回目。10枚目の500円を投入したところでそれは起きた。

 

【ウィーーン……ガシャッ……ゴトン!】

 

「取れましたわあああああ!!!!!」

 

「はい、エーデルガルドさん」

 

「くれるんですの!? サカグチさんは五千円も支払ったのに!?」

 

「エーデルガルドさんが喜ぶ姿がルダさんのストレス解消になる。そうでしょ~?」

 

「……坂口さまは、拙のことをよくご存じで。」

 

ルダが笑う。

 

「おほ、おーほほほほ! ありがとうございますわ、サカグチさん! これぞ現代日本における『友情』ですわね! ルダ、見なさい! わたくしのこの気高き美貌にふさわしい、極上の造形美ですのよ!」

 

エーデルガルドが獲得した(譲ってもらった)フィギュアの箱を胸に抱きしめ、金髪のドリルツインテを限界まで激しく震わせて大はしゃぎしている。

 

五千円という金を投資して、二万円相当の精神的価値をもぎ取る。これぞ下北沢のプライズ専門店で彼女が体験した、資本主義の最も甘美なハックの瞬間であった。

 

「お嬢様、他人の五千円で得た戦利品でそこまでドヤ顔ができるのは、貴族としても労働者としてもいかがなものかと思いますが……。

 

 まあ、お嬢様がそのプラスチックの塊に夢中になって、しばらく匿名掲示板へのセクハラ書き込みを辞めてくださるなら、拙のストレスは確かに完全に相殺(リセット)されます」

 

ルダがサングラスをクイと上げ、ようやく本来の落ち着きを取り戻した。

 

「ウチも久しぶりにアームと戦えて楽しかったよ。やっぱり毎日魔族と殺し合いするより、こうやって下北沢でリングをミリ単位で動かしてる方が、精神的に健全だね~」

 

坂口が、財布から消え去った五千円のことは1ミリも気にしていないのほほんとした笑顔で、ツーブロックの頭をかるく掻いた。

 

「せんぱい……やっぱり一回三分のために万札をポンポン投じてた大人の金銭感覚は、何かが根本的にブチ壊れてますって……!」

 

平だけがおぞましいものを見る目をしていた。

 

しかし坂口はのほほんと返す。

 

「いや~。貯金はあるから」

 

「わからない……月百万円稼ぐ人の金銭感覚がわからない……!」

 

そういう平も今月の月収はとんでもない数字になるのだが、それをまだ知らなかった。

 




次話の投稿は2026/6/21 11:10です。
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