勇者コールセンター株式会社   作:一宮 千歳

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第13話

(ヒラ)ちゃ―ん、ちょっとこれ見てよ。今、ぐっさんがhetubeでライブ配信始めたっス。同接がもう5千人超えっス」

 

(たいら)がオフィスで高卒認定の過去問を開こうとした瞬間、隣の座席に座る高橋からスマホ画面がにゅっと突き出された。

 

画面の向こうでは、ゆるっとダウナーな感じでツーブロックの頭を掻きながら、いつもと変わらないのほほんとした笑顔の坂口が映っている。

 

『やほ~。ひさしぶり~坂口だよ~。今日は会社の業務として配信するね~』

 

背景に映っているのは、青い空と白い雲、そして――明らかに地球の物理法則では説明がつかない巨大な水晶の尖塔がそびえ立つ、第15番世界の荒野だった。

 

『キャーぐっ様ー』 『就職おめでとう!』『今日もかっこいいです……』『たすかる』

 

「なにこれ」

 

「ぐっさんの配信って言ったっスよ」

 

「だから! なんでせんぱいがhetubeで、しかも異世界の荒野から生配信なんかしてるんですかって聞いてるんです! 高橋先輩!」

 

「え? いや、だから、これが『株式会社勇者派遣』の新規事業、『勇者配信-さかぐちちゃんねる』っスよ。平ちゃん知らなかったんスか? ぐっさん、ビジュがいいからガチの固定ファンが結構いるんすよね」

 

「固定ファン」

 

「ぐっさん、個人事業主時代から不定期に配信してたっス。でも、推し活してた都合で機材がショボくて配信の質が良くなかったんス。

 

 んで正社員になってから『配信経験を生かそうと思って』って、ルダ姐さんとダーヤマ社長に提案したらしいっスよ。

 

 で、平《ヒラ》ちゃんの機械兵売却費で会社にちょっといい配信機材そろえて、今日が業務での初配信っす」

 

「……高橋先輩、詳しいですね」

 

「同じ会社の同僚のことっスよ~。あと、俺もぐっさんのファン」

 

メカだからわからないが、多分その顔はにやりと笑っていただろう。

 

画面の中の坂口は、にこやかな笑顔で怒涛のチャットを捌いていく。

 

『はいみんなありがとー。みんながスパチャしてくれると、ウチの推し活費と、あと正社員になった会社の福利厚生費になるよ~』

 

その言葉を皮切りにしてか、スパチャが乱れ飛ぶ。

 

『\500 』『\10000 お仕事お疲れ様です』『\2000 衣装代』『\3150 ぐっ様サイコー』などなど。

 

基本給に対する歩合報酬にhetube配信も含まれることになる。つまり、スパチャはhetube3割、坂口3割、会社4割の取り分となる。

 

「わ、わ、すごい。なんか変なのもあるけど」

 

『スーパーチャットは読むもの』という文化がある。坂口は律義にあやしいものも含めて読み上げていった

 

『『お仕事お疲れ様です』ありがとー。 『衣装代』うちの衣装そんな安くないよ 『ぐっ様サイコー』いえーいサイコーでしょー』

 

「で、流れが怪しくなったら俺がモデレーターの仕事をするっス」

 

高橋がキーボードとマウス操作で丁寧にセクハラっぽいチャットを消していく。

 

『見えそう』『モデレーター仕事して』『削除されました』『見逃せよ!』

 

「うわあ。」

 

「まあ、清く正しくもっともらしく、っスねえ」

 

高橋のチタン合金の指先がカタカタカタと信じられない速度でセクハラチャットをデリートしていく。

 

「それにしても高橋先輩、キーボード叩くの早すぎませんか? 画面のやらしーチャットがマッハの速度で虚無に消えていくんですけど」

 

平が引き気味に画面を見つめる。

 

「今の俺の演算能力なら、このチャットの特定単語を監視して秒でコメント規制する程度余裕っス」

 

「天職かも?」

 

「戦わなくても給料が出るって考えるとモデレーター悪くないっスねえ」

 

高橋は楽しんでいた。しかし佐藤が声をかける。

 

「おい、ちゃんと仕事しろよ」

 

「固定給分だけの仕事はするっスよ?」

 

そういわれると佐藤には何もできない。一応、勤務時間中の最低限の働きはしているからだ。

 

『あ、クリスタルカバ』

 

「くりすたるかば?????」

 

「呼び名のまま背中にクリスタルの生えてるカバっスよ。」

 

画面の向こうで坂口がドローンのカメラの向きを切り替えると、そこには体長3メートルほどの、背に虹色にきらめく鉱石を背負った巨大な獣がのっそりと姿を現していた。

 

荒野の地面を揺らしながら、クリスタルカバが坂口とカメラを睨みつける。

 

『これね、珍しいんだけど、クリスタル部分をきれいに切り取って地球のジュエリーブランドに持ち込むと、一頭あたりウン百万円になるんだよね~』

 

『クリカバキタコレ』『ゆめのかたまり』『ウン百万円!?』『一発で金持ちじゃん』『きれいに切り取るのが難しいってそれいち』

 

「え、鉱石、ですよね? なんで背中に生えてるんですか?」

 

「異世界の生き物を日本の常識ではかろうとしても無駄っス。……そうっスね、カタツムリみたいなもんだと思うっス。」

 

『お、詳しい人もいるね~。そ、クリカバの鉱石部分、ちょっと切り取りづらいけど、ウチなら……』

 

坂口の腕がぶれる。ごとん、とクリスタルカバの背中から鉱石が落ちる音がした。坂口がクリスタルカバの背中の鉱石を真っ二つに両断したのだ。

 

『見えない』『カッコよ』『見えた』『見えない』『別のものが見えた』『別のものについてkwsk』『カメラ性能良すぎでは?????』

 

『スキル【二撃断殺】でこれこの通り、と。あとハードレザーアーマー着てるんだし見えるわけないでしょ。 モデレーターさんよろしく~』

 

また増えてきたセクハラチャットを黙々と高橋が削除する。

 

平は感心していた。短い瞬間に鉱石の同じ場所を二回切り付けていたのを、見ていたのだ。

 

「せんぱいが固有スキル使ってるところ初めて見ました。どういうスキルなんですか?」

 

「一撃目はまったく効果がないけど同じ位置に当てた二撃目の効果が三倍以上に上がるスキルっスね。いわゆる外れスキルで、ぐっさん以上に使いこなしてる勇者、知らないっス」

 

「同じ位置に、ですか?」

 

「そう、寸分たがわず、だいたい0.1ミリ程度の誤差なら許容されるっス。一応ぐっさん以外にも使えてる勇者は少数いるっスけどね。一番はぐっさんっス」

 

「魔境だなあ」

 

高橋は、「ぐっ様に俺の剣を二撃断殺されたい」というコメントを平に気づかれる前に削除した。

 

「……高橋先輩、いまマッハの速度でデリートしたコメント、ほんとに削除していいコメントでしたか?」

 

「平ちゃん、世の中には気づかない方がいいこともあるんス」

 

その後も坂口の配信はのほほんと続いた。

 

----

 

高橋がチャット欄の不適切コメントを削除しているのを見ながら、平はふと思った。

 

「……高橋先輩って、今、配信の平和を守ってるんですよね?」

 

「そうだね」

 

山田が頷いた。

 

「それの宇宙版が、世界管理局だよ」

 

世界管理局、という団体だが。

 

今山田や佐藤が住んでいる地球がある世界を含む、あまたの異世界にナンバーを振り分け、あらゆる生き物の討伐難易度を測定・設定し、『勇者業』あるいは『魔王業』を行いやすくしている、非営利の管理団体だ。

 

彼らの目的は一つ。「均衡のとれた世界運営」。

 

異世界が魔王を名乗るモノの勢力に滅ぼされそうになる、あるいは、人類による過発展によって滅びそうになる。

 

それは世界管理局曰く「均衡の取れていない局面」である。

 

勇者業、魔王業を行う営利企業(個人事業主も含む)は世界管理局の方針に従い、世界の方向性を「均衡のとれた」ものにするために日々働いている。

 

「あの、いま世界管理局について勉強してたんですけど、これ、諸悪の根源じゃないですか?」

 

平がテキストから目を上げて言う。山田はうなずいた。

 

「そうとも言われるね」

 

「やっぱりー!」

 

「でも、神だから」

 

「え」

 

硬直する平。なんてことないように山田が続きをしゃべる。

 

「うん、世界管理局の構成員はほぼ全員が神。ゴッドなんだ。だって創造主が作らなければ悪はなかったんだよ。」

 

「なんか急に宗教的話題になったんですけど!?」

 

「宗教ではなく事実だけどねえ。いいかい平ちゃん、彼らはあえて、そうあえて、創造物自身に創造物のコントロールを任せてるんだ」

 

「創造物自身に……創造物をコントロールさせる?」

 

「平ちゃん、生成AIの出力を、面白いな、と思ったことはないかい? それだよ。

 

 神様っていうのはね、全能ではないけど、基本万能すぎて退屈だったんだ。それで暇つぶしが必要だった。で、最初から『予定外』のない完璧な世界を作っちゃうと、その後の推移が全部予測できちゃう。

 

 それじゃあ、やることは一つだろ?」

 

「は、はあ。まあ、ゲームの先と攻略法が全部わかってたら、そんなにおもしろくはない……ですけど」

 

「だよね。だから神様たちは『あえてバグる余地』を残した。

 

 世界にランダムな初期値を放り込んで、勝手に出力させるように、人類や魔族に『自由意志』っていう名のおバカな演算回路(ランダマイザ)を持たせたのさ。

 

 その結果、世界が暴走で滅びそうになったり、逆に生き物の欲が神の領域に到達しそうになったりする。

 

 それを管理局っていう名の『モデレーター』が、討伐難易度や勇者・魔王システムを微調整して、『面白い出力』に保っているのがこの宇宙なんだよ」

 

「……社長はなんでそんなことを知ってるんですか?」

 

「なんでって、僕、元大賢者だし」

 

山田が手元のアメを転がし、眼鏡の奥の目をきらりと光らせた。

 

その瞬間だけは、東京のレンタルオフィスにいる冴えない経営者ではない、伝説の男の風格が漂う。

 

「質問の回答になってない気が……」

 

「いや、ここまで語ったけど、ぶっちゃけ宇宙の真実なんてどうでもいいよ。僕たちはシナプスのつながりが感情を生んで、記憶から行動してるでしょ。『今』に嘘はない、それでいいんじゃないかな。」

 

「はあ……」

 

釈然としない平であった。

 

「ちなみに、魔王なんだけど。世界管理局による任命制みたいなもの、だね」

 

「えっ」

 

「正確には神が直接任命してるわけじゃないんだけど、神たちが「こいつは魔王」って決めてる。で、魔王は金を払って、魔王業をサポートするような魔族の会社に依頼をかけてるんだ」

 

「いや……ええ……? 魔王は個人事業主だった……?」

 

「そうそう。言ってみれば、世界管理局から『第〇〇番世界・破壊担当』っていう公式のライセンスを付与された、

 

 ただの『業務委託の個人事業主』だね。だからあいつらも、毎年管理局に『今期のノルマ達成状況』みたいな活動報告書を提出してたりするんだよ」

 

「……それ、誰か怒らないんですか?」

 

「ほとんどの人は知らないよ」

 

「なんで私に教えたんですか!?!?!?」

 

「なんでって、平ちゃん、『株式会社勇者派遣』の社員だし。業務上必要な知識、いわゆる社内コンプライアンスの共有だよ。

 

 これから戦いに行く相手の『ビジネスモデル』を知っておくのは、労働安全衛生の観点から見ても基本中の基本でしょ?」

 

「ええ……」

 

平、ドン引きである。

 

「かみさまのひまつぶしかあ……そっかあ……」

 

『勇者コールセンター』は、今日もだれかが胃を痛めている。

 




次話の投稿は2026/6/24 11:10です。
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