勇者コールセンター株式会社   作:一宮 千歳

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第17話

「はい、こちら『勇者コールセンター株式会社』、勇者窓口の佐藤がお伺いいたします」

 

深夜二時。佐藤がペットボトルコーヒーをデスクに置き、ヘッドセットの通話ボタンを押した。

 

「あのぉ、すみません……」

 

「はい、なんでしょう」

 

「うちの世界の勇者のプロフィールと魔王軍の情報をくれませんか……?」

 

「……なんて? 失礼ですが、お名前をお伺いしても……」

 

「あ、ガンダルフです」

 

「おい」

 

「あれ、おかしいな、こう名乗れば日本の会社にはバカ受けって聞いたんですけど……すいません、サラメックと申します」

 

「サラメックさん。はい。」

 

「いやね、僕も、あなた方が言うところの異世界で勇者してて。で、勇者業を引退して異世界生活してたんですけど、身近な人のお世話をしてたらいつの間にか『賢者』って呼ばれてるらしくて」

 

「はあ」

 

「なんか王国の方から近々勇者を向かわせるから、って先触れが来たんですよ。でも、勇者のことも魔王軍のことも何も知らなくて」

 

「話が読めてきました

 

 つまりサラメックさん。あなたは元勇者で、引退後にスローライフを送っていたら、勝手に地元の人間から『賢者』扱いされて、

 

 今度やってくる『現役勇者』のお守り(バックアップ)を国から押し付けられそうになってる、と」

 

「そうなんです! よくお分かりで! いやあ、さすが専門家だなぁ!」

 

インカムの向こうで、サラメックと名乗った男が嬉しそうに声を弾ませる。深夜二時の静かなオフィスに、彼の切実かつ呑気な声が響く。

 

「あのですね、僕の時代はちまちまと剣と回復魔法で戦ってたんですよ。あと多少のサバイバル知識。

 

 けど、最近の勇者は違うらしいじゃないですか。今の若い勇者って、なんか『ステータスオープン!』とか叫んだら一撃で山を消すんでしょう?

 

 とてもじゃないけどついていけません。なんとか、この小屋でぐうたらしてたいんです」

 

「ぐうたら。」

 

「ええ、ぐうたら。毎日庭のハーブを摘んでお茶にして、たまに近所の村人に『この草は腹痛に効くよ』って渡すだけの、丁寧で静かな隠居生活です」

 

「ああ、その生活はぜひとも守らないといけないですよねえ。それで、最初にお伺いした、勇者のプロフィールと魔王軍の情報というのは?」

 

「ええ。お前たちのことも魔王軍のことも知ってるぞ。わたしの言うとおりにすれば勇者業はうまくいく。とやりたいんです。」

 

「……なるほど。その『いかにも世界の真実を知ってます』って風な賢者のムーブでマウントを取って、現役勇者を煙に巻いて追い返したい、と」

 

「そう! それです! いやぁ、現代日本の言葉は的確だなぁ!

 

 だってね、今の若い勇者様はプライドが高そうですから、僕が普通に『最近の魔法はよく分からん』なんて言ったら、『なんだこの時代遅れのロートルは』って小屋ごと消されかねないでしょう?

 

 だから、こっちが先手を打って、意味深な笑みを浮かべながら『ほう……それが君の、その薄っぺらい“ちーと”というやつかね?』ってやってやりたいんです。

 

 そのためには、どうしても現代の勇者のデータと、魔王軍の『最新の組織図』が要るんです!」

 

佐藤は頷いた。

 

「なるほど、だめです」

 

「あれっ? ここは協力してくれる流れじゃないんですか!?」

 

「そちらの世界の魔王勢力の情報、確かにあります。けどこれ、うちの機密なんですよ。ほいほいと渡せるようなもんじゃない。」

 

「そこを……なんとか……!」

 

雲行きが怪しいサラメックとの交渉。そこに現れたのはノマエさんだ。

 

「面白そうな話しとるねえ」

 

「業務電話だ。ノマエさんは聞かないでくれ」

 

「サラメックさんのハーブ園、気になるわあ。お邪魔していいかしら?」

 

言うが早いか、ノマエさんの姿が消える。

 

「あっ、ノマエさん転移しやがった」

 

「うひゃあ!? おば、おばちゃんが急に!」

 

「ちょっと傷つくわあ。おねえさん言うてくれる?

 

 あ、思うたとおり、いいハーブ育成してはる。」

 

「あ、わかるんですかおば……おねえさん」

 

「……ノマエさん? おーい?」

 

佐藤が声をかけると、ノマエさんが音もなく再登場した。

 

「はい、ただいま。

 

 佐藤ちゃん、サラメックちゃんのハーブ園、使えるわよ。引き換えにしてもらえるなら、勇者コールセンターの情報を全部提供してもいいぐらい」

 

佐藤の目つきが変わる。

 

「……そんなにか?」

 

うなずくノマエさん。

 

「一般ポーションの主成分になるハーブだけじゃない。万能回復薬の原料がわさわさ生えてた。あと生えてたと言えば、世界樹の傍系みたいなハーブも」

 

佐藤とサラメックが驚愕する。

 

「「世界樹の傍系ィ!?」 え、どれどれ!? どこですか!?」

 

「よかったわね、サラメックさん。ガチ賢者になれるわよ。」

 

「あわわわわ。 でもガチ賢者とか今更どうでもいいんですよおねえさん! 僕はぐうたらしたいんですって! 僕のハーブ園、なんでそんなにヤバいんですか!?」

 

「それは知らん。日ごろの行いが良かったんとちゃう?」

 

ノマエさんがころころと笑う。

 

「世界樹はさておき、その他のハーブ、定期的にうちに個人的に譲ってもらえるなら個人的に融資するわよ。で、その融資で情報を買えばいいのよ」

 

「……ノマエさん。会社通せばいいじゃねえか」

 

「や・だ☆ どうせ山田ちゃんしかハーブの価値、わかんないでしょ? 今私が居なかったらこの話はお流れになってた。私の個人的能力のおかげだよね?」

 

「……へいへい。ノマエさんのへそ曲げられたくはないしな。」

 

「それじゃ即金で二億円、サラメックちゃんに送るわん。そのうちいくらかで魔王軍情報を買いなさい」

 

「に、に、に、二億ぅぅぅぅぅッ!!?」

 

ヘッドセットの向こうから、サラメックの心臓が止まりかねない悲鳴(過呼吸)が響き渡る。深夜二時の静まり返ったオフィスで、佐藤は耳を塞ぎたくなりながら、隣で笑みを浮かべているノマエさんをジト目で見つめた。

 

「ちょっとノマエさん、どこから出たその金」

 

「ん? 私の個人口座だけど。何か文句ある?」

 

ため息をつきながら佐藤が返事する。

 

「ないです……で、サラメックさんよ」

 

「はい」

 

「魔王勢力情報は1億円だ」

 

「えっ」

 

電話越しに驚愕するサラメックと、楽しそうに笑うノマエさん。

 

「半分もってくの。強欲やわぁ」

 

「やかーしぃ。金はあるところから引っ張るもんだ」

 

「ととととにかく魔王軍情報はもらえるんですね!? やった、助かる!」

 

「その代わり勇者の情報はコンプラ違反になるから渡せません。公開情報をうまく引っ張ってください」

 

「はい!」

 

----

 

翌朝。山田が定時1時間前の7時に出社してくる。日勤の人間の中では最も早い出社だ。

 

「おー賢者。引継ぎだ。第26番異世界の魔王勢力情報、現地民のサラメックってやつに一億円で売るから、読みやすいようにまとめてやってくれ。」

 

「はぁ!?」

 

「よし、引継ぎ終わり。帰る」

 

「待て友よ、現地民から一億円引き出すなんてどうかしてる。友よ、ああ友よ、まさか魔王勢力に魂を売ったのか!?」

 

大仰に嘆く山田。それを見て佐藤が吐き捨てる。

 

「してねえよ。ノマエさん案件だ」

 

「あ、ノマエさん案件か。納得したよ」

 

納得する山田。『ノマエさん案件』はこの会社の秘中の秘である。実際にそうなら、とりあえずそう言っておけば丸く収まるマジックワード、ともいう。

 

「そう。まあ、またちょっとアメの質が良くなるだろうよ」

 

「これ以上よくなるのかい……まあいいことではあるけど、どこを目指してるんだろうね、ノマエさん」

 

予備のアメをからころとなめながら山田が嘆く。

 

「それじゃあ26番か……小粒だよねえ、ここの魔王勢力」

 

「どうせそこの魔王も購買力(カネ)がないんだろ。派遣される戦力も安いもんばっか、ってわけだ」

 

「主力はゴブリン、近衛はオーク、四天王とかそういう幹部級不在の魔王ワンオペ……よく人類圏に侵攻考えたね、これ」

 

あきれる山田に、佐藤が突っ込む。

 

「逆じゃねえか。窮鼠猫を噛むってやつで、食い詰めてヤケクソになってんだろ」

 

「人類圏も相当に貧しいからねえ。お互いに奪い合うものすらない泥仕合さ」

 

「それでも土地は奪い合えるだろ。荒れて農業ができるのがいつになるかわからんが。……世界樹がハーブ園にできるぐらいだからな」

 

「それ、そこ以外緑が死んでるじゃないか。サラメックって人、よっぽどうまくやってるんじゃない?」

 

「さあ、そこまで立ち入ってないからな。業務は魔王勢力の情報を売ること、それだけだ」

 

「君もちょっとビジネスマンらしくなってきたね」

 

「同年代のおっさん相手にやさしくするものかよ」

 

佐藤はキーボードから手を離し、椅子の背もたれに体を預けて盛大にため息をついた。深夜24時から始まった10時間シフトも終わりが近い。

 

この24時間365日、時刻が異世界と同期しない地獄の3交代制(8時-18時、16時-26時、24時-翌10時)において、

 

業務引継ぎの時間を1時間早く・多く取ってくれる山田はありがたい存在だ。

 

「しかし、お互いに奪い合うものすらない泥仕合の戦場に、最新の『ステータスオープン』世代のチート勇者が送り込まれるのか。格差社会もいいとこだよ。

 

 まるで地方の駅前商店街を郊外型超巨大ショッピングモールが叩き潰すようなものだね」

 

「案外つぶれない、ってことか?」

 

佐藤がペットボトルコーヒーを一口すすりながら、山田の例えに小さく鼻で笑った。

 

「モールができて駅前がゴーストタウンになるのは、そこに『客』がいるからだ。

 

 ゴブリンとオークだけの土地に最新のチートスキル持っていっても、ドラゴン(勇者がはしゃげる敵)なんか一匹も来ねえ。

 

 むしろチート勇者の方が『なんか思ってたのと違う』って、数日で飽きて帰っちまうリスクの方が高い」

 

「あー……」

 

「そういう意味じゃ『なんか物知りそうなおっさんに自分の実力を認めさせる』なんてのは格好の餌だな。サラメックとやらが情報を求めたのは、案外理にかなってると思うぜ」

 

「涙ぐましい現地の努力か、なるほどね」

 

なお、サラメックは翌週、本当に「大賢者様」として王都に呼ばれることになった。ぐうたらは遠く彼方へ。

 

----

 

そして、昼。また電話が一本。

 

「……はい、もしもし。はい。あ、エーデルガルドさんのご実家ですね?」

 

受けたのは一般社員だった。

 

だが、佐藤は、その一言でペットボトルコーヒーを置いた。

 

山田は、アメを落とした。

 

「……友?」

 

「ああ、来た」

 




次話の投稿は2026/6/28 11:10です。
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