勇者コールセンター株式会社   作:一宮 千歳

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第18話

「来たって何が」

 

平が尋ねる。

 

佐藤は答えなかった。

 

代わりに、一般社員が青ざめた表情でインカムを下げる。

 

「社長……」

 

「……聞きたくない気もするけど、報告を」

 

「は、はい」

 

「『あかやさ』の現地侵略チーム、だそうです。その中に、白銀のゴーレムが1体いて、とてもじゃないが現地戦力では太刀打ちできない、と」

 

佐藤の手が、無意識に胸に伸びた。そこに残っていない古傷を、押さえるように。

 

それを見た山田の表情が、ほんの一瞬だけ歪んだ。

 

「……魔法銀のクソか」

 

怒気を孕んだ佐藤の声が、オフィスに響く。

 

「まだ残ってたのか」

 

山田が、モニタを見つめて低く言った。

 

「照会完了。うん、まちがいない。F-257-0164。自律式ゴーレム、魔法銀タイプ」

 

平は、その場の空気が変わったのを感じた。

 

マネージャーの顔から、眠気が消えていた。

 

山田の顔から、笑顔が消えていた。

 

「あの、前に、倒した、んですよね?」

 

平が恐る恐る尋ねた。

 

佐藤は答えなかった。

 

山田が代わりに言った。

 

「倒した。けど、勝ったとは思ってない」

 

「なら」

 

「現地映像、出します」

 

オフィスの中央に置かれた大型モニタに、白銀の巨体、ゴーレムが映った。

 

逃げ遅れた兵士が一人、ゴーレムの放った光に触れる。

 

次の瞬間、倒れた身体が乾き、崩れ、砂のように消えた。

 

オフィスの誰も、声を出せなかった。

 

「死後時間加速フィールドも据え置きか」

 

「え、今のって……」

 

「そういう名前のふざけたフィールドを展開してるんだ。あっという間に死体が風化して、何も残らない」

 

「そんな……」

 

「死体がないと蘇生はできない、という話は聞いてるよね。本当に最悪のクソだよ」

 

平は、佐藤が自分に貸してくれたジャケットの重さを思い出した。

 

あの日、佐藤は言った。

 

死体さえ残っていれば、助かる、と。

 

なら、これは。

 

助ける余地そのものを奪う兵器だ。

 

「……それで、依頼内容は?」

 

討伐を依頼されています、という一般社員に、山田は、首を振って断言した。

 

「無理だ」

 

「え」

 

「討伐はしない。討伐になると、また同じことが起きるだけだ」

 

佐藤が反応する。

 

「じゃあどうする」

 

山田が返す。

 

「止める。製造元とのパイプは、今回はあるんだ」

 

ここで平ちゃんが、

 

「製造元って、あかやさですか?」

 

「そう。だから今回は、魔物退治じゃない」

 

山田は、モニタの中の白銀の巨体を見上げた。

 

「あかやさのコンプライアンスを攻める。ま、無力化が先だけど」

 

「……はい?」

 

平が意味がわからない、といった表情を浮かべる。

 

「世界管理局基準でB+ってのはさ、現地侵略チームだけの判断で動かしていい等級じゃない。あれは地表根絶兵器――運用を間違えれば、魔王軍ごと、その世界の生活圏を消し飛ばす代物だ」

 

山田は、画面の中で風化していく兵士の残骸を見た。

 

「しかも、これは蘇生妨害機構つきだ。あかやさの言う“あかるくやさしい段階的滅亡”とは、どう見ても相性が悪い」

 

佐藤が低く笑った。

 

「優しくねえな」

 

「うん。だから、そこを突く」

 

「おおおおおおお待ちになって!? あかやさ、ですの!? 例の?」

 

「エガちゃん、一周ぐらい理解が遅い」

 

「だってだってだって、うちの世界に人を滅ぼそうとする魔族なんていませんのよ!?

 

 魔族も、人間も、そりゃあ居ますわ。喧嘩もします。税も取り合いますし、土地も揉めますわ。でも、滅ぼすなんて――そんなの、うちの世界の外の理屈です!」

 

それを聞いた山田は、ニヤリと笑った。

 

「それ、値千金の情報だよ」

 

「ルダ社長。議事録」

 

「すでに記録しております」

 

「エーデルガルドさんの証言を、現地慣習および交戦規範に関する一次証言として添付」

 

「承知しました」

 

「ふぇ?」

 

「現地魔族は第4世界を滅ぼそうとしていない。でも、世界を滅ぼすような兵器が動いている。」

 

「……そうですわ。」

 

「なら、現地魔族とは別の、滅ぼそうとしてるやつが悪いんだ。そしてそいつら、多分あかやさ所属だ」

 

「……飲み込めませんわ!もっと小学生に説明するようにお願いします!」

 

「簡単に言うとね。君の世界の魔族は、喧嘩はしても世界を壊す気はない」

 

「はい」

 

「でも、あのゴーレムは世界を壊せる」

 

「はい」

 

「つまり、現地の喧嘩に、外の会社が核兵器を持ち込んでる」

 

「最悪ですわーッ!」

 

そう言って、エーデルガルドは、モニタの中の白銀の巨体を見た。

 

彼女の故郷を歩く、人間でも魔族でもないもの。

 

その足元で、逃げる兵士が潰されていく。消えていく。

 

「……わたくしの世界で、勝手なことをしていますのね」

 

エーデルガルドの奥底に、強い感情が灯った。

 

「というわけで、召集。坂口さん、出番だよ」

 

「はえ? ウチ?

 

 ……いや、了解。何すればいい?」

 

「うん。前回は、さっくりと“終わらせた”……」

 

山田は、佐藤を見なかった。

 

「終わらせてしまった。だから、そのやり方は二度と使わないと決めてる」

 

「で、ウチに何を?」

 

「今回は【二撃断殺】をうまく使おうと思う。具体的には、二撃目を当てないでほしいんだ。」

 

訝しむ坂口。

 

「……それに何の意味が~?」

 

「いや、アレ、本来カウンター型なんだよ。最後に食らったダメージを、永久にはじき返し続ける」

 

山田は、そこで一度だけ言葉を切った。

 

「それを知るのが遅かった。前回は、最後に“返せないもの”を叩き込むしかなかったんだ」

 

「はは~ん。ウチのスキルの一撃目は“判定だけ通ってダメージはゼロ”。とりあえず無力化しようってハラですね。かしこまり~!」

 

さっと転移スペースに移動した坂口の姿が、即座に消える。前線で常に戦っていた、プロの判断力だった。

 

「最後に食らったダメージを永久にはじき返し続けるなら、最後に食らわせるダメージをゼロにすればいいんスね。

 

 ……あと見てて思ったんスけど、こいつ、最新型じゃないっスよね?」

 

「うん、そうだね、高橋君。10年前ぐらいの古い型だよ。」

 

モニタで表示された白銀の巨体が、転移した坂口へ振り向く。

 

ゴーレムの腕が動くより早く、坂口の刀が装甲をなぞった。

 

斬った、というより、触れた。

 

傷はない。

 

だが、ゴーレムの眼窩に宿る光が、一瞬だけ乱れた。

 

そこで、坂口からのほほんとした声の報告が上がった。

 

『あ、報告~。見えてたと思うけど、カウンター機構の上書きにはたぶん成功。』

 

山田は手ごたえを感じた。

 

「よし、これでゴーレムによる兵士の犠牲は減る……!」

 

『いま、ノーダメの攻撃を繰り返すでくのぼーになってるよ。

 

 あと、最新の学習AIを積んだフルスペックモデル、って、なんかスピーカーでしゃべってる。これは多分アスタロトさんかな?

 

 んでほかにも敵がいるんで、そっち間引いときます~』

 

「でも、止まったわけじゃないだろ。どうすんだ」

 

佐藤の問いかけに対し、エーデルガルドが声を上げる。普段のカースト最底辺お嬢様の姿はどこへやら、気品と知性にあふれた貴族の面構えをしていた。

 

「ひとつ、よろしくて?」

 

「なんだい?」

 

「……本当に、本当に申し訳ないのですが、ネット知識なのですが……。

 

 古い筐体に最新ソフトを乗せるの、負荷がものすごいのではなくて?」

 

「あ」

 

『聞こえてるけど、ごめん報告二号! 学習AIが高性能っぽい!そのうちまた意味のある攻撃(・・・・・・・)してくるかも!』

 

「チッ、僕が行く! 防御魔法を張るぐらいなら、里帰りの時とそう変わらない。世界管理局の規定違反にはならないでしょ!」

 

「おい、お前が行くんなら俺が……」

 

「倒すんじゃない。証拠保全、現場の安全確保だ。コーヒーでも啜っててくれ、友よ。今回は、君の出番じゃない」

 

「……そういう言い方、腹立つな」

 

「その腹はへこませておいてくれ……平ちゃん」

 

「は、はい!」

 

「あかやさの窓口番号、わかるかな。君は、問い合わせ担当」

 

「わ、私がですか!?」

 

「君が一番、正しく電話できると思うから」

 

「は、はい!」

 

そして山田の転移に、高橋が着いていった。

 

『高橋君!? 何する気だい!?』

 

『一個ひらめいたんすよ……古い筐体に最新AI。つまり、入力処理が詰まれば止まるかもしれないっスよね!

 

 いけ、クレーム録音爆弾!』

 

『それ、個人情報は?』

 

『研修用の合成音声が読み上げたやつっス!』

 

『よし、撃て!』

 

高橋が、窓口研修用のクレーム事例集をゴーレムに向かって再生した。

 

あかやさ製ゴーレムは、侵略効率を最適化するため、現地住民の悲鳴、降伏要求、苦情、交渉の声を常時収集している。

 

高橋は、その入力ポートに向けて、勇者コールセンターの研修用クレーム音声を再生したのだ。

 

『ガ、ガ、ガ……オキャクサマカラノ、トイアワセヲジュシン。オンドカン、タカメ。タントウブショカクニンチュウ……エラー。』

 

「どうだ……?」

 

『ホショウタイショウガイ。シャザイテンプレート、ロード……』

 

『エラー。エラー。エスカレーションサキガ、ミツカリマセン』

 

『シャナイキテイ、ショウゴウチュウ……エラー。ブンショガミツカリマセン』

 

『ミツカリマセン、ミツカリマセン、ミツカリ……ガ ガ ガ』

 

白銀の巨体が、片足を上げたまま停止した。

 

眼窩の赤い光が、点滅する。

 

兵士を踏み潰そうとしていた足が、空中で震えている。

 

いや、止まった。

 

一瞬、オフィスに安堵が広がる。

 

『平ちゃん、今だ、あかやさに電話を――』

 

だが、次の瞬間。

 

その安堵を、スピーカー越しの明るい声が壊した。

 

『いやあ、困りますねえ。勝手に止まられると。

 

 お前らもさあ。なんで俺の仕事の邪魔するわけ。』

 

アスタロトの、声だった。

 

『ノルマがあるんだよノルマがさあ!

 

 今期、この世界を破壊しなきゃ俺のキャリアが終わっちゃうわけ!

 

 もういいよお前ら。もういい。このアスタロト様が、直々に、破壊する。』

 

『自動制御、解除。手動操作ニ切リ替エマス』

 

「……最悪だな」

 

佐藤が、ひとりごちた。

 

『これより、第4世界破壊プロジェクトを強制完了しまーすッ!

 現地住民は、速やかに滅亡してくださいッ!』

 

ゴーレムの眼窩に、禍々しく赤い光が戻った。

 

山田の張った防御魔法が、軋む。

 

佐藤が、立ち上がった。

 

「しょうがねえな――」

 

『それは言わないでくれ、友よ』

 

通話の向こうで、山田賢介の声だけが、静かに震えていた。

 

いつもの軽さは、どこにもなかった。

 

その声に、佐藤の足が止まった。

 




次話の投稿は2026/6/29 11:10です。
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