「来たって何が」
平が尋ねる。
佐藤は答えなかった。
代わりに、一般社員が青ざめた表情でインカムを下げる。
「社長……」
「……聞きたくない気もするけど、報告を」
「は、はい」
「『あかやさ』の現地侵略チーム、だそうです。その中に、白銀のゴーレムが1体いて、とてもじゃないが現地戦力では太刀打ちできない、と」
佐藤の手が、無意識に胸に伸びた。そこに残っていない古傷を、押さえるように。
それを見た山田の表情が、ほんの一瞬だけ歪んだ。
「……魔法銀のクソか」
怒気を孕んだ佐藤の声が、オフィスに響く。
「まだ残ってたのか」
山田が、モニタを見つめて低く言った。
「照会完了。うん、まちがいない。F-257-0164。自律式ゴーレム、魔法銀タイプ」
平は、その場の空気が変わったのを感じた。
マネージャーの顔から、眠気が消えていた。
山田の顔から、笑顔が消えていた。
「あの、前に、倒した、んですよね?」
平が恐る恐る尋ねた。
佐藤は答えなかった。
山田が代わりに言った。
「倒した。けど、勝ったとは思ってない」
「なら」
「現地映像、出します」
オフィスの中央に置かれた大型モニタに、白銀の巨体、ゴーレムが映った。
逃げ遅れた兵士が一人、ゴーレムの放った光に触れる。
次の瞬間、倒れた身体が乾き、崩れ、砂のように消えた。
オフィスの誰も、声を出せなかった。
「死後時間加速フィールドも据え置きか」
「え、今のって……」
「そういう名前のふざけたフィールドを展開してるんだ。あっという間に死体が風化して、何も残らない」
「そんな……」
「死体がないと蘇生はできない、という話は聞いてるよね。本当に最悪のクソだよ」
平は、佐藤が自分に貸してくれたジャケットの重さを思い出した。
あの日、佐藤は言った。
死体さえ残っていれば、助かる、と。
なら、これは。
助ける余地そのものを奪う兵器だ。
「……それで、依頼内容は?」
討伐を依頼されています、という一般社員に、山田は、首を振って断言した。
「無理だ」
「え」
「討伐はしない。討伐になると、また同じことが起きるだけだ」
佐藤が反応する。
「じゃあどうする」
山田が返す。
「止める。製造元とのパイプは、今回はあるんだ」
ここで平ちゃんが、
「製造元って、あかやさですか?」
「そう。だから今回は、魔物退治じゃない」
山田は、モニタの中の白銀の巨体を見上げた。
「あかやさのコンプライアンスを攻める。ま、無力化が先だけど」
「……はい?」
平が意味がわからない、といった表情を浮かべる。
「世界管理局基準でB+ってのはさ、現地侵略チームだけの判断で動かしていい等級じゃない。あれは地表根絶兵器――運用を間違えれば、魔王軍ごと、その世界の生活圏を消し飛ばす代物だ」
山田は、画面の中で風化していく兵士の残骸を見た。
「しかも、これは蘇生妨害機構つきだ。あかやさの言う“あかるくやさしい段階的滅亡”とは、どう見ても相性が悪い」
佐藤が低く笑った。
「優しくねえな」
「うん。だから、そこを突く」
「おおおおおおお待ちになって!? あかやさ、ですの!? 例の?」
「エガちゃん、一周ぐらい理解が遅い」
「だってだってだって、うちの世界に人を滅ぼそうとする魔族なんていませんのよ!?
魔族も、人間も、そりゃあ居ますわ。喧嘩もします。税も取り合いますし、土地も揉めますわ。でも、滅ぼすなんて――そんなの、うちの世界の外の理屈です!」
それを聞いた山田は、ニヤリと笑った。
「それ、値千金の情報だよ」
「ルダ社長。議事録」
「すでに記録しております」
「エーデルガルドさんの証言を、現地慣習および交戦規範に関する一次証言として添付」
「承知しました」
「ふぇ?」
「現地魔族は第4世界を滅ぼそうとしていない。でも、世界を滅ぼすような兵器が動いている。」
「……そうですわ。」
「なら、現地魔族とは別の、滅ぼそうとしてるやつが悪いんだ。そしてそいつら、多分あかやさ所属だ」
「……飲み込めませんわ!もっと小学生に説明するようにお願いします!」
「簡単に言うとね。君の世界の魔族は、喧嘩はしても世界を壊す気はない」
「はい」
「でも、あのゴーレムは世界を壊せる」
「はい」
「つまり、現地の喧嘩に、外の会社が核兵器を持ち込んでる」
「最悪ですわーッ!」
そう言って、エーデルガルドは、モニタの中の白銀の巨体を見た。
彼女の故郷を歩く、人間でも魔族でもないもの。
その足元で、逃げる兵士が潰されていく。消えていく。
「……わたくしの世界で、勝手なことをしていますのね」
エーデルガルドの奥底に、強い感情が灯った。
「というわけで、召集。坂口さん、出番だよ」
「はえ? ウチ?
……いや、了解。何すればいい?」
「うん。前回は、さっくりと“終わらせた”……」
山田は、佐藤を見なかった。
「終わらせてしまった。だから、そのやり方は二度と使わないと決めてる」
「で、ウチに何を?」
「今回は【二撃断殺】をうまく使おうと思う。具体的には、二撃目を当てないでほしいんだ。」
訝しむ坂口。
「……それに何の意味が~?」
「いや、アレ、本来カウンター型なんだよ。最後に食らったダメージを、永久にはじき返し続ける」
山田は、そこで一度だけ言葉を切った。
「それを知るのが遅かった。前回は、最後に“返せないもの”を叩き込むしかなかったんだ」
「はは~ん。ウチのスキルの一撃目は“判定だけ通ってダメージはゼロ”。とりあえず無力化しようってハラですね。かしこまり~!」
さっと転移スペースに移動した坂口の姿が、即座に消える。前線で常に戦っていた、プロの判断力だった。
「最後に食らったダメージを永久にはじき返し続けるなら、最後に食らわせるダメージをゼロにすればいいんスね。
……あと見てて思ったんスけど、こいつ、最新型じゃないっスよね?」
「うん、そうだね、高橋君。10年前ぐらいの古い型だよ。」
モニタで表示された白銀の巨体が、転移した坂口へ振り向く。
ゴーレムの腕が動くより早く、坂口の刀が装甲をなぞった。
斬った、というより、触れた。
傷はない。
だが、ゴーレムの眼窩に宿る光が、一瞬だけ乱れた。
そこで、坂口からのほほんとした声の報告が上がった。
『あ、報告~。見えてたと思うけど、カウンター機構の上書きにはたぶん成功。』
山田は手ごたえを感じた。
「よし、これでゴーレムによる兵士の犠牲は減る……!」
『いま、ノーダメの攻撃を繰り返すでくのぼーになってるよ。
あと、最新の学習AIを積んだフルスペックモデル、って、なんかスピーカーでしゃべってる。これは多分アスタロトさんかな?
んでほかにも敵がいるんで、そっち間引いときます~』
「でも、止まったわけじゃないだろ。どうすんだ」
佐藤の問いかけに対し、エーデルガルドが声を上げる。普段のカースト最底辺お嬢様の姿はどこへやら、気品と知性にあふれた貴族の面構えをしていた。
「ひとつ、よろしくて?」
「なんだい?」
「……本当に、本当に申し訳ないのですが、ネット知識なのですが……。
古い筐体に最新ソフトを乗せるの、負荷がものすごいのではなくて?」
「あ」
『聞こえてるけど、ごめん報告二号! 学習AIが高性能っぽい!そのうちまた
「チッ、僕が行く! 防御魔法を張るぐらいなら、里帰りの時とそう変わらない。世界管理局の規定違反にはならないでしょ!」
「おい、お前が行くんなら俺が……」
「倒すんじゃない。証拠保全、現場の安全確保だ。コーヒーでも啜っててくれ、友よ。今回は、君の出番じゃない」
「……そういう言い方、腹立つな」
「その腹はへこませておいてくれ……平ちゃん」
「は、はい!」
「あかやさの窓口番号、わかるかな。君は、問い合わせ担当」
「わ、私がですか!?」
「君が一番、正しく電話できると思うから」
「は、はい!」
そして山田の転移に、高橋が着いていった。
『高橋君!? 何する気だい!?』
『一個ひらめいたんすよ……古い筐体に最新AI。つまり、入力処理が詰まれば止まるかもしれないっスよね!
いけ、クレーム録音爆弾!』
『それ、個人情報は?』
『研修用の合成音声が読み上げたやつっス!』
『よし、撃て!』
高橋が、窓口研修用のクレーム事例集をゴーレムに向かって再生した。
あかやさ製ゴーレムは、侵略効率を最適化するため、現地住民の悲鳴、降伏要求、苦情、交渉の声を常時収集している。
高橋は、その入力ポートに向けて、勇者コールセンターの研修用クレーム音声を再生したのだ。
『ガ、ガ、ガ……オキャクサマカラノ、トイアワセヲジュシン。オンドカン、タカメ。タントウブショカクニンチュウ……エラー。』
「どうだ……?」
『ホショウタイショウガイ。シャザイテンプレート、ロード……』
『エラー。エラー。エスカレーションサキガ、ミツカリマセン』
『シャナイキテイ、ショウゴウチュウ……エラー。ブンショガミツカリマセン』
『ミツカリマセン、ミツカリマセン、ミツカリ……ガ ガ ガ』
白銀の巨体が、片足を上げたまま停止した。
眼窩の赤い光が、点滅する。
兵士を踏み潰そうとしていた足が、空中で震えている。
いや、止まった。
一瞬、オフィスに安堵が広がる。
『平ちゃん、今だ、あかやさに電話を――』
だが、次の瞬間。
その安堵を、スピーカー越しの明るい声が壊した。
『いやあ、困りますねえ。勝手に止まられると。
お前らもさあ。なんで俺の仕事の邪魔するわけ。』
アスタロトの、声だった。
『ノルマがあるんだよノルマがさあ!
今期、この世界を破壊しなきゃ俺のキャリアが終わっちゃうわけ!
もういいよお前ら。もういい。このアスタロト様が、直々に、破壊する。』
『自動制御、解除。手動操作ニ切リ替エマス』
「……最悪だな」
佐藤が、ひとりごちた。
『これより、第4世界破壊プロジェクトを強制完了しまーすッ!
現地住民は、速やかに滅亡してくださいッ!』
ゴーレムの眼窩に、禍々しく赤い光が戻った。
山田の張った防御魔法が、軋む。
佐藤が、立ち上がった。
「しょうがねえな――」
『それは言わないでくれ、友よ』
通話の向こうで、山田賢介の声だけが、静かに震えていた。
いつもの軽さは、どこにもなかった。
その声に、佐藤の足が止まった。
次話の投稿は2026/6/29 11:10です。
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