勇者コールセンター株式会社   作:一宮 千歳

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第2話

さて、『勇者コールセンター株式会社』には、大きく分けて二つの部門がある。

 

勇者に業務斡旋(あっせん)したり、勇者からの業務相談を受ける勇者窓口と、

 

その勇者に斡旋する業務を異世界から請け負う、請負窓口だ。

 

その性質上、勇者窓口には実務(現場の)知識が必要で、請負窓口の方は異世界の貴族や王族と会話することになるため、心理的負担が大きい。

 

「『もう、この仕事、辞めたい』とのことです」

 

「左様ですか……」

 

入社直後の請負窓口担当新人社員が、退職代行を使って退職の申し出をしてきた。

 

電話を受けているのは社長の山田。

 

「ええ、はい。承知いたしました。ご本人には、入館証の郵送返却をお願いいたします。……はい、失礼いたします」

 

ツーツーという無機質な電子音を聞き届け、山田は深々とため息をつきながら外線用黒電話の受話器を置いた。そして、そのまま両手で顔を覆い、天を仰ぐ。

 

「……入社3日目だよ? まだ異世界の王族の『カスハラ(カスタマーハラスメント)事例集』を読ませただけなのに」

 

「まあ、あっちの貴族様の面子主義と選民思想は異常だからな。現代日本の若者には刺激が強すぎたんだろ」

 

パーテーションの向こうから、よれよれのワイシャツ姿の佐藤が、缶コーヒーをすすりながら他人事のように言う。

 

「他人事じゃないんだよ! 請負窓口が回らなくなったら、会社自体がなくなる危機なんだからね! 人手不足で会社が潰れる! ああもう、ノマエさん! お薬ちょうだい!」

 

「胃薬はやめときなぁ。アメちゃんあげるからねぇ」

 

いつものように割烹着姿のノマエさんがアメを放り投げ、山田はそれをカラコロと口の中に転がした。

 

「で、どうすんだ。マネージャーとしても新人3年以内離職率50%は大真面目に対策考えないとならんぞ」

 

「うーん。一応今日、請負窓口担当予定の子が二人来るんだけど。異世界人なんだよね」

 

そのとき、出張用でオフィスの隅に配置してある転移陣がぴかぴかと光った。

 

「「失礼いたします」」

 

現れたのは、緑色の肌を持つ、メイド姿である90㎝ぐらいの小柄な影と、

 

色白の肌に意思の強そうな青眼をした、おおむね160㎝程度の金髪ドリルツインテの、日本の平均的女性向けスーツ風の衣装、の二人組。

 

「『エステガルド』から参りました、種族ゴブリン、ナ氏族のルダです。(せつ)のことはお気軽にルダとお呼びください。本日から『勇者コールセンター株式会社』にお世話になります。こちらは……」

 

「ルダ。紹介はいいわ。わたくし、純人間種のエーデルガルド・フォン・ルステンブルグです。ルダとともに、お世話になります」

 

ルダがカーテシーをし、エーデルガルドは日本式礼を決める。エーデルガルドの礼は、今時純日本人でもなかなかできない、角度45度、完璧なものだった。

 

「おい、ルステンブルグだと? "あの"第4世界、『エステガルド』の貴族の嬢ちゃんと美形ゴブリンのメイドってどういう選択だよ」

 

佐藤が声をひそめて尋ねると、山田もこそこそと耳打ちで返す。

 

「いや、これでなかなか二人とも勇者業に理解のある方でね」

 

山田が佐藤に指示を出す。

 

「友よ、暇だろう。合間に研修見てあげて」

 

「はあ!? ……えー。お二人にはまずはカスハラ事例集を読んでもらって、お客様の"下限"の雰囲気をつかんでもらいます。

 

 そのあとはパソコンを使って、AI音声とのロールプレイング研修になりますね。」

 

「ぱそこん! 触らせていただけますの!? わたくし、ぱそこんは憧れでしたわ!」

 

エーデルガルドがキラキラと目を輝かせる。

 

「じゃあ、まずは電源の入れ方から……」

 

佐藤がのそのそと二人分パソコンの電源を入れると、エーデルガルドが歓喜する。

 

「でんきのちからってすげー! ですわ!」

 

「お嬢様は日本のカルチャーに精通しておられ、非公式な場ではたまに特有のオタク(クールジャパン)語彙が出てしまいます。ご容赦ください。」

 

「……『エステガルド』にはポケットなモンスターが持ちこまれてるのか?」

 

「ええ、大規模発電施設や送電技術がないのでコンセントがないですが、手回し発電機で、こう。」

 

ルダがどこからか取り出した手回し発電機で携帯も可能な据え置きゲーム機を充電する、シュールな絵面が繰り広げられた。

 

「あー。業務不用品の使用は禁止なんで、ロッカーにしまってくれ」

 

「かしこま! ですわ」

 

手回し充電器とゲーム機をごそごそとロッカーにしまうエーデルガルド。

 

「あとパソコンさわるときの余計なネットサーフィンも禁止。ログ取ってるから、すっとぼけてもわかるぞ」

 

エーデルガルドがぷるぷると震える。

 

「そんな! 仕事がない暇なときにあこがれの7ちゃんねる(匿名掲示板)hetube(動画サイト)を見るのはだめですの!?」

 

「だめです。 ……おい賢者。」

 

山田はアハハ、と笑う。「これだから引き取り手がなかったというわけらしくてね」

 

「うちでも持て余すぞ……」

 

佐藤は頭を抱えた。

 

----

 

しかし、研修はつつがなく進んだ。

 

というより、ぶっちゃけ初日なので、二人に『カスハラ(カスタマーハラスメント)事例集』を読ませる以外の予定がないのだ。

 

小休憩の時間、会社全員分のお茶を淹れながら、ルダが見上げてきた。

 

「少々ヌルいのではありませんか?」

 

「お茶はちょうどいい熱さだけど。業務の話?」

 

すっとぼける佐藤に、ルダはかぶりを振る。

 

「貴族教育を受けたお嬢様や、拙には少々物足りず。ほら、お嬢様がネットサーフィンを始めてしまっておりますわ」

 

「あっ! こらー!」

 

「ルダ―!? 告げ口はしないでほしいですわ!?」

 

エーデルガルドのパソコンでは、でかでかと「勇者なりたて女子です。何か質問ある?」のスレッドが開かれていた。

 

「こっそり見るとかじゃなくてブラウザ最大化で見てやがる…… あっ、しかも書き込みやがったな!?」

 

エーデルガルド、日本(の職場でのサボり)を大満喫である。

 

「おい、お前何が『勇者証明書うp』だよ。女子勇者の顔見ようとしてんじゃねえよ。」

 

「下世話な好奇心ですわ!」

 

「自分で言うな! しかし高潔な『エステガルド』のお嬢様とは思えねえ……」

 

「ちょっとした外れ値ですのよ。おほほ」

 

「おほほ」じゃねえよ、と佐藤がツッコミを入れようとした、その時だった。

 

「――お、お邪魔しまーす……」

 

消え入りそうな声と共に、オフィスのドアが遠慮がちに開く。

 

そこに立っていたのは、私服姿の女子高生――先日佐藤が救った新人勇者、平真(タイラ・マコト)だった。

 

手には、昨日佐藤から借りた元・よれよれのスーツのジャケットが、丁寧にクリーニングされた状態で抱えられている。

 

「あ、マネージャーさん! 昨日は、その……ありがとうございました! ジャケット、お返しにきました!」

 

マコトは顔をりんごのように真っ赤にしながら、ペコリと頭を下げた。

 

昨日の「見なかったことにしてやる」の気まずさがまだ残っているらしい。

 

「おう、嬢ちゃん。わざわざありがとな。……って、私服だと普通の子供だな」

 

「こ、子供って言わないでください! これでも一応、現役の女子勇者なんですから!」

 

ぷくーっと頬を膨らませる平。

 

その健気なやり取りを、パーテーションの隙間からニヤニヤと生温かい目で見つめるエーデルガルド。

 

「おやおや? マネージャー、そちらの可憐な女子はどなたですの? もしかして、財力にモノを言わせたパパ活(年の差愛好)というやつかしら?」

 

「何がパパ活だ、言葉を選べ。ちょっと前に俺が助けた新人だよ。平、こっちは今日から請負窓口に入る異世界人の――」

 

佐藤が紹介しようとした、その瞬間。

 

平が、エーデルガルドのパソコン画面でデカデカと開かれている『7ちゃんねる』のスレッドに目を留めた。

 

「……あ。私のスレッドだ。」

 

「「え?」」

 

佐藤とエーデルガルドの声がハモる。

 

平は自分のスマホを取り出し、画面を見せつけた。そこには確かに、「勇者なりたて女子です。何か質問ある?」の管理画面が表示されている。

 

「昨日、生きて帰れたのが嬉しくて。でも、次の仕事がちょっと不安で、ついスレ立てとかしちゃったんですけど……。

 

 あ、見てくださいマネージャーさん! この『名無しさん@エステガルド』って人、さっきから私の画像アップをしつこく要求してきて、本当に最低なんです!

 

 ネットの人って、どうしてこうデリカシーがないんでしょう! 絶対、男の人ですよね!」

 

「「…………」」

 

オフィスに、本日一番の重苦しい沈黙が流れた。

 

佐藤の冷徹な視線が、エーデルガルドへ突き刺さる。

 

当のエーデルガルドは、完全に顔面を蒼白にさせ、借りてきた猫のように直立不動で震えていた。

 

まさか自分がネットで迷惑行為を働いた相手(スレ主)が、リアルタイムで目の前に現れるなど、ネット弁慶の歴史上最大の悲劇である。

 

「……おい、ルダ」

 

佐藤が低くドスの利いた声で呟くと、ルダは静かにお茶をすすりながら、無表情で現実を突きつけた。

 

「お嬢様、特定乙、でございます」

 

「ほんの出来心だったんです!!!!!」

 

エーデルガルドは平の前に土下座した。およそ異世界人らしくない、きれいな土下座だった。

 

平も遅れて事情を理解したのか、顔が真っ赤になり、ぶんぶん手を振る。

 

そりゃあ、男だと思っていた掲示板の名無しが、実は女で、目の前にいる、となったら慌てる。

 

「……おい、ルステンブルグ家のお嬢様」

 

佐藤が死んだ目で、土下座するエーデルガルドの首根っこを掴んで引き剥がした。

 

「今やらかしたのは勇者へのハラスメント行為、ならびに個人情報要求行為に当たる。これは重大なコンプライアンス違反だ。とりあえず、今からカスハラ事例集をもう3往復読め。ルダ、監視しとけ」

 

「かしこまりました」

 

「そんなあ! ネットの海は広大で自由のはずですわー!」

 

「コンプライアンス研修のマニュアルどこやったっけな……」

 

狭いオフィスだ。騒ぎはもちろん社内中に広まっている。

 

「エーデルガルドさんの採用、早まったかな……」

 

「わ、私は全然気にしてないので!」

 

平のフォローも、どこか空回り。

 

異世界の王族からのカスハラを心配する前に、身内のネットリテラシーを心配する羽目になった山田が、死んだ目でノマエさんのアメを噛み砕いた。

 

『勇者コールセンター』は、今日もだれかが胃を痛めている。




次話の投稿は2026/6/13 19:10です。
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