勇者コールセンター株式会社   作:一宮 千歳

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第6話

「ああ平、その世界がロボット使ってたらハイテック、魔法使ってたらファンタジーだ。覚えとけ」

 

午前八時。シフトの引き継ぎ中に、佐藤がペットボトルコーヒーを片手に、ホワイトボードを指差しながら極めて雑な『異世界分類法』を言い放った。

 

「雑すぎませんか!? 魔法で動くロボットはどうなるんです!?」

 

「そっちはファンタジーになる。魔法が使えるか、電気の発明と解明がされてるか、物理法則がこっちと同じように働くか、あたりでも判別できる」

 

「じゃあ、勇気と希望で動いたら?」

 

「それはハイテックだ。」

 

「ええ……じゃあじゃあ、科学で動くサイボーグが魔法の呪文唱えたらどうなるんですか!?」

 

「通常は唱えられない。唱えるサイボーグが居たら、『超文明』だ。逃げろ」

 

「逃げろって……強いんですか?」

 

「俺でも怪しい」

 

「はぁ!?」

 

この会社の「物理的な最終防衛ライン」である佐藤の口から出たその不穏なセリフに、マコトの喉が引きつったように鳴った。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいマネージャー! 『俺でも怪しい』って、それ世界が一つ滅びるレベルじゃないですか!」

 

「一つで済めば安い方だな。だからそういう案件であることを確認したら、秒で逃げて、山田か俺に回せ。間違っても高校の部活ノリでカチコミかけにいこうなんて思うなよ」

 

「いきませんよ! 私の夢は公務員です! 定年まで安定して生き延びることが最優先事項ですから!」

 

「それならよし。……一応正社員ならスキルアップは目指してほしいが、『超文明』を相手取る必要なんてないからな。」

 

「はい!」

 

「というか、今回お前が日勤(8時-18時)の派遣登録で回る『第33番世界』は、普通の『ハイテック世界』だ。機動兵器とかいう大層な名前の、でっかい人型ロボットが火薬と電気でドンパチやってるだけの、可愛げのある世界だよ」

 

「で、でっかいロボット……! 敵のスペックはどんな感じなんですか?」

 

マコトが恐る恐る尋ねる。

 

「主戦力は量産型の無人戦闘歩行マシン。装甲はチタン合金、主兵装は12.7ミリ口径ライフル、あとおまけで熱源探知付きの対装甲ミサイル、ってところだな」

 

「らいふる!? ま、マネージャー、ライフルってこう、アニメとかでスナイパーの人が持ってるような、細くてシュッとしたやつですか!?」

 

「それは一般的な対人ライフルだな。競技用や、戦争で兵隊が撃ち合うようなやつは、だいたい5.56ミリとか7.62ミリ口径だ。

 

 弾頭の直径が1センチにも満たない、鉛の小粒だよ。それでも人間の体に当たれば、一発で肉が爆ぜて致命傷になる。……で、12.7ミリってのはな」

 

佐藤はホワイトボードのマーカーを手に取ると、親指ほどの円を一つ描いた。

 

「弾の直径が12.7ミリ。つまり、ざっくり親指の太さほどの塊だ。本来は人間を撃つためのものじゃない。

 

 装甲車を撃ち抜いたり、低空を飛ぶヘリコプターを叩き落としたりするための『対物《アンチ・マテリアル》ライフル』の弾だ。

 

 人間に当たれば、文字通り『消し飛ぶ』。」

 

「物理は選択してないです!なんで体感しないといけないんですか!」

 

佐藤がにやりと笑う。

 

「まあ待て。そこで魔法の出番だ。」

 

「まほう?ハイテック世界で?」

 

「このライフルもミサイルも、てきめんに【矢弾避け(プロテクション・アロー)】の魔法が利くんだ。弾、だからな」

 

「……あーっ!? ズル! ズルだ!」

 

「そう、原義のチートだな」

 

佐藤はマーカーのキャップをパチンと閉め、我が意を得たりとばかりにニヤリと笑った。

 

「科学の粋を集めたハイテック世界のマシンが、何十億円もかけて開発した火薬と電子制御の精密兵器で狙い撃ってこようが、お前が【矢弾避け(プロテクション・アロー)】を唱えた瞬間、

 

 その親指サイズの鉛弾は全部お前の周囲で軌道を変えて地面にポロポロ落ちる。向こうのエンジニアが血の涙を流して絶望する光景が目に浮かぶなぁ」

 

「うわぁ……大人って本当に性格が悪い……。でも!」

 

マコトは一瞬だけ引いた目をしたが、すぐに「ふふん」と制服の胸を張った。

 

「科学の法則を魔法(チート)で一方的に蹂躙する! 労災のリスクをゼロに抑え込んで、確実にマシンの残骸という成果だけを持ち帰る! これぞ持続可能な現代的勇者業のあり方ですね!」

 

「その通りだ。だからお前は防壁の裏で安全に魔法を維持して、弾切れになってオロオロしてる鉄屑の関節を、いつもの一刀両断で叩き割ってくればいい。

 

 これ以上の安全な肉体労働はないぞ……ただ」

 

「ただ?」

 

「ハイテック世界で生身で機械を倒すとな、神扱いされる。突然生まれた信仰が工学を凌駕するんだ。」

 

「やだー!!!!!!!!!」

 

「だからハイテック世界では見掛け倒しでも機械の鎧がいる、というわけですね。得心が行きました」

 

パーテーションの向こうから、いつの間にか出社していたルダが、自身の身長の倍はある分厚いカタログを抱えてトコトコと歩いてきた。

 

「ル、ルダ社長!? いつからそこに!?」

 

「平社員が『物理は選択してない』と教育の敗北を宣言したあたりからですが、それはどうでもいいのです。 さあ、これをご覧ください」

 

ドン、とルダがデスクに置いたのは、日本のとあるコスプレ造形会社、および特撮用スーツ制作会社から取り寄せた『見積書兼、衣装デザイン案』だった。

 

「これは……特撮のヒーローみたいな、やたらテカテカしたプラスチックの(スーツ)の図面……?」

 

「左様です。我が『株式会社勇者派遣』のブランド戦略として、ハイテック世界に生身の16歳を送り込むわけにはいきません。

 

 現地民に『神の降臨』と誤認され、宗教法人の設立や神格化に伴う監査が入ると、税務処理が非常に面倒になります。ですので――」

 

ルダは小さな指で、デザイン案の胸部に描かれた『株式会社勇者派遣』のロゴをトントンと叩いた。

 

「現地には、我が社のロゴが入った『最新鋭の対機動兵器用パワードスーツ(中身はFRP樹脂と発泡スチロール)』を着用して出撃していただきます。

 

 これで見掛け倒しの『ハイテック企業の新型機』を偽装できます。現地民も『おお、あの企業のテクノロジーは凄いな!』と納得し、神格化のリスクを回避できます」

 

「ハリボテじゃないですか!! 防御力ゼロですよそれ!!」

 

マコトが悲鳴を上げる。対物ライフルの弾が飛び交う戦場に、コスプレ衣装で立てというのか。

 

「何を言うんだ平」

 

佐藤がペットボトルコーヒーをすすりながら、至極当然のように付け加えた。

 

「お前には【矢弾避け(プロテクション・アロー)】があるだろ。スーツの防御力なんて最初から要らねえんだよ。

 

 外見さえハイテックの文脈に沿ってりゃ、向こうのエンジニアも『あのスーツの電磁防壁はどんな理論で動いてるんだ!?』って勝手に納得して、徹夜で解析しようとして自滅してくれる。

 

 大人のビジネスにおけるハッタリ(偽装)の重要性を学べ」

 

「う、うわぁ……。本当に、どこまでもエンジニアの心を折りにいくスタイル……!」

 

----

 

「わあ……ほんとうに【矢弾避け(プロテクション・アロー)】で完封だあ……」

 

見せ場なんてものはなかった。銃とミサイルしか装備していない機械兵に、【矢弾避け(プロテクション・アロー)】は無敵であった。

 

親指サイズのライフル弾や、凄まじい推進力で飛んできた対装甲ミサイルが、マコトの手前数メートルのところで「キィィィン!」と不自然な甲高い音を立て、

 

すべての軌道を歪められて足元へポロポロと転がっていく。火薬の推進力も、電子制御のホーミングも、魔法という物理現象を超越した力の前には無力だ。

 

マコトがやったことと言えば、FRP樹脂と発泡スチロールでできた、やたらテカテカする社名ロゴ入りのパワードスーツ(風コスプレ)を着て、

 

棒立ちで魔法を維持し、弾切れを起こしてオイルを漏らしながらフリーズしている無人マシンの関節を、一刀両断でスパスパと解体しただけである。

 

そこへ、スーツのヘルメット内に仕込まれたインカムから、佐藤の気怠げな声が響いた。

 

『よーし平、全部持って帰れ。【アイテムボックス】は貸し出したよな』

 

「はい、ばっちり起動してます! でもマネージャー、これ本当に全部持って帰るんですか? スクラップじゃないんですか?」

 

『バカ言え。チタン合金の装甲板に、精密電子基板、熱源探知のセンサーモジュールだぞ。向こうのエンジニアが何十億もかけて開発した最先端ハイテックの結晶だ。

 

 そのまんま日本の業者に投げるだけで、一機、もしくはミサイル一発あたりン百万の純利になる。立派な「資源回収業務」だ』

 

「し、しげんかいしゅう……! 勇者派遣って、実質的に粗大ゴミの引き取り業者だったんですか!?」

 

『リサイクルと言え。ほら、後ろからおかわりが来てるぞ。サクッと弾を弾いて、外装を傷つけないように綺麗に関節だけ外して回収しろよ。商品価値が落ちるからな』

 

「えーん! 楽だけど思ってたのと違うー!」

 

画面の向こうの砂漠で、テカテカしたハリボテのヒーローが、涙目で最新鋭マシンを次々と「ゴミ袋」に詰めるように【アイテムボックス】へ放り込んでいく。

 

その凄惨(?)なワンサイドゲームの映像を、日本のオフィスでモニター越しに眺めていた山田は、口の中のアメをカラコロと鳴らしながら、これ以上ないほど満足げに電卓を叩いていた。

 

「素晴らしいねえ、友よ。平ちゃんの消費魔力コストは実質タダ、労災リスクはゼロ、それでいて日本円換算で数千万クラスの工業用レアメタルと電子部品が、タダ同然で倉庫に転がり込んでくる。

 

 これぞ我が『株式会社勇者派遣』の、手堅すぎる資源循環型ビジネスの真骨頂さ!」

 

「俺がやれば早かったんだけどな」

 

「チートサブスクに【矢弾避け(プロテクション・アロー)】はないだろ」

 

「それはそうだが……」

 

佐藤はペットボトルコーヒーを一口すすり、モニターの中で無機質な戦闘マシンをリサイクルショップの店員よろしく品定めし始めたマコトを見つめる。

 

「チートサブスクは、派手なビームとか、一撃必殺の剣とか、そういう『見栄えのいい攻撃スキル』ばっかりだからね。『錬成』、『鑑定』とかもあるけど」

 

山田がキーボードを叩き、早くも日本の買取業者への見積もり依頼書を作成していく。

 

「その点、平ちゃんが自力で習得した【矢弾避け(プロテクション・アロー)】のような地味な防御魔法は、彼らにとって『課金効率が悪い不人気スキル』なんだよ。

 

 でも、これこそがハイテック世界の物理兵器を完封する、我が社の最高収益をもたらすキラーコンテンツなのさ!」

 

「攻撃がいつもの一刀両断(生身)で足りてるからな」

 

佐藤がため息をつく。つまり、最新鋭の無人戦闘歩行マシンを解体しているのは、パワードスーツの出力ではなく、マコトの持つ剣の性能である。

 

その時、パーテーションの向こうの応接ソファーから、「おーほほほほ!」と高笑いが響いた。

 

もちろん、始末書を書き終えて暇を持て余していたエガちゃんである。

 

「見ましたわマネージャー! 平さん、あのテカテカしたお衣装、とってもお似合いですわ! わたくしも次回はぜひ、あの『ゆうしゃはけん』のロゴが入った最新鋭スーツで、ハイテックな世界へ出撃したいですわ!」

 

「お前に【矢弾避け(プロテクション・アロー)】あるのか?」

 

「ありますわ!貴族のたしなみですのよ!」

 

「ルダ社長」

 

「はい。お嬢様の一日8時間派遣を検討いたします」

 

「待ちなさい! 私はお手軽に無敵体験をしたいだけで業務として8時間労働は……」

 

「だまらっしゃい! 電話が聞こえないでしょうが!」

 

「ぴえっ!」

 

大貴族のお嬢様が、ヘッドセットをつけた一般女子社員の般若の形相に一瞬で魂を抜かれ、ソファーの隅で小さく縮こまる。

 

オフィス内のカースト最底辺という現実は、どれだけ実家が太かろうが揺るぎない。

 

「じゃあエーデルガルドさんは、空き時間に機械兵解体作業を……武器は?」

 

「ありませんわ! うちの世界の貴族子女は攻撃魔法の習得を禁止されていますのよ!」

 

「あー。公衆の面前で攻撃魔法使った決闘とかやったバカがいるんだろ。『僕は真実の愛に目覚めた!』とかなんとか」

 

「なんで解像度が高いんですの?」

 

お嬢様の引きつった声が、静まり返ったオフィスに響く。

 

「いや、異世界の王族とか貴族の相談窓口(クレーム対応)を長年やってりゃな、嫌でもパターンが見えてくるんだよ」

 

佐藤はよれよれのワイシャツの袖をまくり、死んだ目でペットボトルをデスクに置いた。

 

「だいたいそういう国は『身分を笠に着た上級貴族のバカ』が、学園のパーティーか何かで婚約者に冤罪ふっかけて、攻撃魔法をぶっ放して真実の愛(笑)とか叫ぶんだ。

 

 で、国中のコンプライアンスがガタガタになって、結果として貴族子女の攻撃魔法習得が法律で禁止される。違うか?」

 

「……一言一句、我がルステンブルグ領の隣国で起きたスキャンダルそのものですわ……!

 

 マネージャーが怖いですわ、ネットのまとめサイト並みに他世界の不祥事に詳しいですわ!」

 

エーデルガルドが金髪の縦ロールをブルブルと震わせ、怯えた目で佐藤を見る。

 

「怖がるな。これが数々の『異世界トラブル』を処理してきた、プロのオペレーターのデータベースだ」

 

佐藤はキーボードを叩き、平が【アイテムボックス】に放り込んだ「チタン合金の装甲板」の受領チェックボックスに淡々とチェックを入れていく。

 

「そういう『身分制度特有のコンプライアンス違反』をやらかした国はな、王族の面子を守るために必ず裏で情報隠蔽に動く。

 

 で、隠蔽に失敗して革命一歩手前まで大炎上した挙げ句、最終的にうちの『相談窓口』に『どうにかして歴史を改変、あるいは不祥事を起こした第三王子を暗殺してくれ』って涙目で無茶振りの電話をかけてくるんだよ」

 

「そうそう、前にうちにそれを頼んで、報酬で禁書をくれた国があったね。ウヒョヒョ」

 

「ウヒョヒョじゃありませんわ!」

 

お嬢様がガタガタと震えていると、ルダがバインダーを小脇に抱えて淡々と割り込んできた。

 

「お嬢様、日本の現実に怯えている暇はありません。先ほど、お嬢様のこの度のハイテック世界への8時間派遣プランの稟議が、山田総帥より決裁されました」

 

「決裁されちゃいましたのー!? ちょっとお待ちになって、わたくし攻撃魔法がないのに、どうやってあの鉄屑どもを解体しろとおっしゃるのです!?」

 

「問題ありません。攻撃魔法がなければ、これをお使いください」

 

ルダがデスクの下から引っ張り出してきたのは、日本のホームセンターのロゴが入った、やたらと重そうな「油圧式強力ボルトカッター(鉄線カッター)」だった。

 

「物理ですわーーーッ!!! パワードスーツを着て、プロテクション・アローを張りながら、生身の腕力で鉄屑の関節をパチンパチンと切断していく泥臭い重労働ですわ!!」

 

「そうです。お嬢様には『株式会社勇者派遣・資源回収部』として、持続可能なスクラップ回収に励んでいただきます。我がナ氏族の基準では、座ってネットを見るより健康に良い業務です」

 

「健康の基準がゴブリンのそれですわーーーッ!!」

 

ヘッドセットの向こうから、砂漠でせっせと「機械資源」をアイテムボックスに詰め終えたマコトの『マネージャー、そろそろ定時なので戻りまーす!』という通信が届く。

 

「おー。気を付けて戻ってこい」

 

佐藤の声かけに「はい!」と返事する平は幸せそうだったが、エーデルガルドは不幸せそうだった。




次話の投稿は2026/6/17 11:10です。
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