勇者コールセンター株式会社   作:一宮 千歳

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第7話

ツーブロック頭でピアスバチバチの女子勇者があらわれた。先日油王子との結婚が俎上(そじょう)に乗り、『株式会社勇者派遣』の正社員化することで難を逃れた坂口(サカグチ)だ。

 

「おひさしぶりです~。メンタル不調から復帰したということになったので、出社しました~」

 

「建前ェ! 『ということになった』って口に出さないで! 建前を1秒で殺さないで! せめて事務所の外では『胃潰瘍で死んでました』って顔をして!」

 

「大丈夫~! ギルドの監査官には『王子の顔を見るだけで涙が止まらなくなる呪いにかかった』って提出してあります~。 あ、ウチ先日21歳になったんで、誕生日プレゼントくれると嬉しいな!」

 

「愉快な勇者が増えたもんだな……」

 

佐藤が頭を抱える横で、台車を押していた平が「あ、おはようございます!」と親近感の湧く笑顔で手を振った。

 

「あの、お名前、なんてお呼びすればいいですか? 私、平真(タイラ・マコト)です!」

 

「あ、ウチは――」

 

女子勇者が一歩引く。

 

「すみません、自己紹介より、仕事を先に」

 

トコトコとパーテーションの向こうから現れたルダが、バインダーを抱えて淡々と割り込んできた。

 

「復帰初日から大変結構な元気よさですが、我が『株式会社勇者派遣』は現在、空前の人手不足です。挨拶もそこそこに、さっそく業務に入っていただきます」

 

ぱさ、とルダがデスクに置いたのは、日本語と異世界文字が融合した、やたらと物々しい『業務請負契約書』だった。

 

「資源回収で利益を得たので、わが社が本来やりたい人助け事業を進めます。」

 

「わかりました、内容は?」

 

「闘技大会での優勝依頼、となります。詳細はこちらに」

 

平が書類をつかみ取って読み始める。

 

「何々……『優勝したら姫をやるといったが、愛娘を差し出したくないので女性勇者に優勝してもらいたい』ぃ?」

 

「何それ!? 王様のコンプラ意識どうなってんの~!?」

 

坂口が思わず叫んだ。学校の現代社会の授業でも、こんな倫理観の崩壊した事例は習ったことがない。

 

「典型的な『言った手前、引っ込みがつかなくなった大人の自業自得』だね」

 

山田が手元のアメを転がしながら、悲しい生き物を見る目で呟いた。

 

「魔王勢力の別働隊に包囲されたとき、兵士の士気を上げるために『次回の闘技大会の優勝者には我が娘を娶る権利を与える!』って全軍の前で叫んじゃったらしいんだよ。

 

 そしたら、魔王勢力が撤退した後に開催された闘技大会の決勝トーナメントに、とんでもない悪評塗れの暴力貴族が残っちゃってさ」

 

「で、愛娘をそんなコンプラ違反の塊みたいな男に渡したくないから、女性勇者に優勝(横取り)してもらって、約束をうやむやにしたい……と」

 

「そういうことだ、平ちゃん。大人ってのは、国家の危機に直面すると、驚くほど簡単に取り返しのつかない大嘘を吐く生き物なんだよ」

 

「大人の自業自得に巻き込まれるお姫様の身にもなってください!」

 

平が書類を握りしめたまま憤慨する。しかし、復帰したばかりの坂口は、特に驚いた風でもなく「あ~、よくあるやつですね」と、遠い国を見るようなスンとした目で頷いた。

 

「ありましたね、似たようなの。ウチが案件で行ったやつですけど~、魔王の呪いを解いたやつに爵位をやるって王様が言ったら、隣の国のめちゃくちゃ性格悪い老人がウチの呪い解除用品を奪って解いちゃって~。

 

 慌てた王様が『いや、あれは我が国の法律上、事前申請のない呪い解除だったから無効』とか言って、戦争一歩手前まで揉めてました~」

 

「ということで、よくある『王族の口約束』パターンとして、まあ軽めの方だから二人にお願いしたいなと」

 

「二人に依頼するのは?」

 

「うーん、平ちゃんでも勝てると思うんだけど、念のため女子勇者さん(坂口さん)は復帰に軽い仕事をしてもらおうと思ってね」

 

「闘技大会、ってことですけど、ルールは?」

 

「武器あり、その他なんでもあり、対戦相手の殺害有り」

 

「物騒!!!」

 

「復活費用は会社から出すから! というか相手そんなに強くないんだよ! 負けることを想定してないから! もちろんセクハラとかされてムカついたら殺してもいい!」

 

「物騒!!!!!」

 

「まあまあ、平ちゃん、坂口さん。相手がどれだけ物騒でも、これは我が『株式会社勇者派遣』が、本来の『人助け』を達成するための完璧なリーガル案件で勝率も100%なんだよ」

 

 具体的には僕が試合前に君たちに強化(バフ)魔法を使う」

 

「「社長が現場に出るんですか!?」」

 

ハモった。

 

「うん。たまには現場に出ないとね。僕の実働人件費、という点には目をつぶってでも、出る理由があるんだ」

 

「なんですか、それ」

 

「第2番世界なんだけど、そこ、僕の出身世界なんだよね。」

 

平が、持っていた業務請負契約書を落としそうになりながら、間抜けた声を上げた。

 

隣で、復帰したばかりの坂口さんが「えっ」と目を丸くする。パーテーションの向こうからは、始末書を書き終えてアメをねだりに来ようとしていたエーデルガルドが「なんですって!?」と縦ロールを激しく揺らした。

 

オフィスが静寂に包まれた。

 

「社長の……出身世界……?」

 

平が恐る恐る尋ねる。これまで『勇者コールセンター株式会社』のトップとして、ヨレヨレのスーツを着て電卓をパチパチ叩き、

 

佐藤には「賢者」と呼ばれてはいたが、その素性は誰も知らなかった。あまりにも現代日本の哀れな中間管理職(経営者)に馴染みすぎていたからだ。

 

「そうだよ。まあ、ほんとに生まれただけ、賢者なんて呼ばれるようになったのは世界を出た後なんだけど」

 

「すると、社長の目的は……」

 

「生まれ故郷への恩返し」

 

ウインクしながらかっこいいことをいう山田。だが。

 

「なんかかっこいいこと言ってやがるが、姫が好みのタイプってだけだろ。生まれ故郷の美人には弱いんだ」

 

佐藤が台無しにした。女子勢がジト目になった。

 

「わー!わー! 誤解を招くような補足をデスクから飛ばさないでよ!

 

 僕は純粋な郷土愛と、あとちょっとだけ『昔、僕を鼻で笑って追い出した王宮の連中に、現代日本の経営者としての格を見せつけてやりたい』っていう、

 

 極めて健全なリベンジ精神で動いてるだけさ!」

 

健全かなあ? という問題はさておき。

 

「山田総帥、リベンジの動機はともかくとして」

 

ルダがバインダーをパチンと閉じ、冷徹なゴブリンの目で山田を仰ぎ見た。

 

「総帥自らの現地出張となれば、日当、および次元間渡航費、さらには『大賢者の魔法行使にかかる特別技術料』が発生します。

 

 これらはすべて、今回の『闘技大会優勝・お守りバックアッププラン』の原価としてクライアントである王家に請求いたしますが、問題ございませんか?」

 

「うん、もちろん! 予算の枠はバチバチに取ってあるからね。

 

 相手の王様、言った手前引っ込みがつかなくなって泣きついてきたから、こっちの見積もりを一枚も削れずに丸呑みしたよ。

 

 人助けだけど利益もちゃんと出る、我が社の理想的なビジネスモデルだ!」

 

「どの口で……」

 

佐藤が恨みがましい目で見ると、山田は口笛を吹いてごまかした。

 

「よし、それじゃあシフトの調整だ。今回の闘技大会は日勤の平ちゃんと、メンタル復帰枠の坂口さんでちょうど収まるね」

 

山田が楽しげにホワイトボードへ予定を書き込んでいく。

 

「おい友よ、僕が現場に行っている間のコールセンターの留守は頼んだよ」

 

「へいへい。どうせ現場で『ほうら、僕の育てた勇者たちだよ(ドヤ顔)』ってやりたいだけだろ。賢者のへそ曲げられたくねえし、留守番くらいしてやるよ」

 

佐藤はペットボトルコーヒーを一口すすり、いつも通り死んだ目で受電待ちの姿勢に移った。

 

----

 

闘技大会の決勝トーナメントは、二刀流の坂口さんがあっさりと、息一つ乱さずに勝利した。(平は坂口さん戦で棄権した)

 

本来ならここで、王宮の連中が「あの時の賢者か……!」と泡を吹いて腰を抜かし、山田が現代日本の経営者としての格を見せつけて大勝利――で終わるはずだったのだ。

 

しかし、リングに駆け寄ってきた肝心のお姫様が、坂口さんの両手をがっしりと握りしめ、頬を薔薇色に染めて目を輝かせている。

 

「わたし、この女性勇者に一目ぼれしましたわ! サカグチさんといいますの!? まずはわたくしの部屋で余人を交えず二人で語り合う熱い夜をすごしませんこと!?」

 

「うん、姫があの調子なら、ここにキマシタワーを建てよう」

 

「言ってる場合ですか!?」

 

「何を言う、百合の間に挟まる不埒物は死ぬべきなんだよ。それとも平ちゃん、割って入る?」

 

「私にはちょっと……」

 

「ウチも望まない結婚はちょっと……」

 

坂口さんが、お姫様に両手を握られたまま、遠い国を見るような死んだ目でインカムに声を吹き込んできた。

 

油王子の次は異世界のお姫様。21歳、メンタル不調から復帰した初日にしては、あまりにも受ける因果の癖が強すぎる。

 

「マネージャー! 助けてくださいよ! 相手の王様も『おお……娘がこれほど熱くなっているのは初めてだ……! よし、婚姻の誓いは有効とする! 性別など真実の愛の前には些細な問題だ!』とか言って、なんか感動的なBGM流す準備始めてるんですけど!」

 

「キマシの前には僕はどうすることもできない。ああ、無力だ」

 

「社長はぽんこつになってるし!どうしますこれ!」

 

『佐藤ちゃん、私に任せなさい』

 

日本のオフィスのインカムから、いつもアメを配っているノマエさんのおっとりとした、しかし有無を言わせぬ声が割り込んできた。

 

『お、ノマエさん。なんかいい手があんのか?』

 

佐藤がペットボトルコーヒーをデスクに置き、インカムの音量を上げる。

 

「山田ちゃん。今すぐその王様に、我が『株式会社勇者派遣』のリーガルハッキングを仕掛けるのよ。百合の間に挟まる不埒物は死ねばいいけど、私たちのビジネスに『法的な例外』を作らせちゃダメ」

 

『ノマエさん、具体的には?』

 

インカム越しに、山田の賢者としての脳細胞が、ノマエさんの指示でパチパチと高速再起動する音が聞こえた。

 

『陛下にこう言いなさい。

 

『王よ、婚姻の誓いは有効ですが、サカグチは現在、我が社の“正社員”です。

 

我が社の就業規則により、正社員が異世界の方と婚姻し、現地に永住する場合、これは“自己都合退職”ではなく“競業避止義務違反に伴う技術流出、および一方的な労働契約の不履行”とみなされます。

 

つきましては、王家が彼女を娶る、あるいは嫁ぐのであれば、我が社が彼女の育成に投資した“研修費用”および“今後の労働力喪失に伴う損害賠償”として、金五億円を今すぐ一括でお支払いいただきます』と』

 

「……あ」

 

山田が声を漏らす。大賢者の目が瞬時に¥マークに変わった。

 

「ウチ、五、五億……!?」

 

インカムの向こうで、お姫様に手を握られたままの坂口さんの声が裏返る。

 

「そうよ。王様は『言った手前、引っ込みがつかなくなった大嘘』を吐いてるだけなんだから、そこに『超具体的な大金』という現実のハンマーを叩き込んであげるの。

 

もし払うって言うなら、五億の純利よ。サカグチちゃんの退職金に一億あげても、会社に四億残るわ。

 

払えないって言うなら、王様の方から『いや、我が国の労働法上、他社の正社員を強制的に引き抜くのはコンプラ違反であった!』って、泣きながら前言撤回して約束をうやむやにしてくれるわよ」

 

「う、美しすぎる大人のリーガル恐喝……!!」

 

平がガタガタと震え出した。

 

「よし、乗った!!」

 

山田は即座にジャケットの襟を正すと、感動的なBGMを流そうとしていた王宮の楽団を片手で制し、王座に向かって朗々と声を響かせた。

 

「王よ! 聞きなさい! 我が社の看板正社員であるサカグチを、真実の愛(百合)をもって娶るというのであれば、我が社は一切反対しません!

 

ただし! 彼女の身請け金、および我が多国籍派遣企業に対する経済的損失の補填として、今すぐこの場で五億円の領収書にサインをいただきます!!」

 

「ご、五億ゥ!? 婚姻の手続きにそんな法外な違約金が発生するのか賢者山田ァァァーーーッ!?」

 

王様が泡を吹いて腰を抜かした。

 

かつて自分たちを鼻で笑って追い出した賢者が、現代日本の完璧なビジネスマナー(と笑顔の恐喝)を引っ提げて戻ってきた。その圧倒的な「格の違い」に、王宮の重臣たちもガタガタと震え出す。

 

「お父様! 五億くらい我が国の鉱山利権を切り売りすれば払えますわ! さあ早くサインを!」

 

「お姫様、熱くなりすぎて国家予算を溶かさないで!!」

 

坂口さんの魂の叫びが響き渡る。

 

「ま、待て娘よ! 国家の危機を救うための闘技大会で、なぜ我が国の財政がさらに崩壊の危機に瀕せねばならんのだ! 却下だ、却下! 婚姻の話は一旦白紙とする!」

 

「そんなあぁぁーーーッ!! お父様の意気地なし!」

 

「何を言うか! 我が国の労働法および多国籍企業とのコンプライアンスを遵守するための、至極真っ当な政治的決断である!」

 

王様は涙目でそう叫ぶと、逃げるように王座の裏へと引きこもっていった。

 

こうして、言った手前引っ込みがつかなくなっていた王族の大嘘は、「五億円」というあまりにも生々しい現代ビジネスの現実のハンマーによって、綺麗さっぱり叩き潰されたのだった。

 

インカムの向こうから、坂口さんの長いため息が聞こえてくる。

 

「……はぁ。助かりました、ノマエさん。ウチ、本当にあのままお姫様と熱い夜を過ごす羽目になるかと思いましたよ」

 

『あらぁ、坂口ちゃん、お疲れ様。復帰初日から大変だったわね。帰ってきたら美味しいアメちゃんあげるからねぇ』

 

「ぐすん。社長も結婚を後押しするし、五億円払うって言われたらウチどうしようとおもっちゃいましたよう」

 

『あら、払えるはずないもの。その世界の鉱山利権、三億ぐらいの価値しかないわよ』

 

ノマエさんがころころと笑う。

 

「……え?」

 

坂口の、平の、山田の手がピタリと止まった。

 

「あの、ノマエさん? 今なんて……?」

 

『だからぁ、その世界の鉱山利権、全部かき集めて売却してもせいぜい三億ルグ、日本円で三億円弱の価値しかないのよ。

 

 国家予算を溶かそうにも、最初から五億円なんてキャッシュはあの国には存在しなーいの。

 

 だから、絶対に払えない側の選択肢、前言撤回を選ぶって分かってて、あえて五億ってふっかけたのよぉ』

 

日本のオフィスと異世界のコロシアムに、ノマエさんのおっとりとした、しかしあまりにも冷徹な市場調査のデータが響き渡る。

 

「……つまり、ノマエさんは最初からあの国の正確な資産価値(財務状況)を把握した上で、絶対に王様が支払えずに折れる『限界突破の金額』を瞬時に算出して提示した、と」

 

『そ。』

 

「ノマエさんって、ふつうの掃除のお姉さんじゃないんですか……?」

 

「あー……その辺は、そのうち話すよ……」

 

「おい、賢者、平、坂口。お前ら早く引き上げてこい」

 

「はい! ウチ、今すぐ帰ります! お姫様が『おのれ企業、今すぐ我が国の全財産を査定し直せ!』って帳簿をひっくり返し始めててマジで怖いです!」

 

「私もすぐ戻ります!」

 

女子勇者二人の、現実の大人たちへの恐怖が混ざった通信が切れた。

 

パーテーションの向こうでは、ルダが、電卓も使わずに計算を終え、バインダーをパチンと閉じた。

 

「山田総帥の現地出張日当、および大賢者の魔法行使にかかる特別技術料の請求書、宛名『ハルカリ国王陛下』で作成完了いたしました。当初予算の一億円で満額請求し、および鉱山利権を担保とした確実な債権回収手続きに移行します」

 

応接ソファーの隅で、本日まだ何も仕事をしていないエーデルガルドが金髪の縦ロールを激しく揺らして悲鳴を上げた。

 

「当然です、お嬢様。我が『株式会社勇者派遣』は人助けを目的としていますが、ボランティア団体ではありません。

 

 クライアントの支払能力の限界まで、適正かつ合法的に『技術提供の対価』を請求する。これが持続可能な現代的勇者業のあり方です」

 

もともとは自分の侍従のはずのゴブリンの容赦ない言葉に、お嬢様はぴえ、と小さく縮こまる。

 

佐藤はよれよれのワイシャツの袖をまくり直し、ノマエさんがテキパキとゴミ箱の袋を替えている後ろ姿をジト目で眺めた。

 

「……で、ノマエさんよ。あの国の資産価値、いつ調べたんだ?」

 

「ん? 一昨日、山田ちゃんが『昔の知り合いから相談がきたんだよねえ』って言ってたから、ちょっと『鑑定』して覗いてきただけよぉ。ほら、佐藤ちゃんもアメちゃん食べる?」

 

ノマエさんから手渡されたイチゴ味のアメを口に放り込む。

 

「美味いな、これ……」

 

「ふふ、よかったわ。さ、次の電話が鳴ってるわよ」

 

静まり返ったオフィスに、ジリリリリ、と次のコールが鳴る。

 

佐藤はインカムの通話ボタンを押し、ペットボトルコーヒーを一口すすると、いつもの死んだ目に戻って声を響かせた。

 

「はい、こちら『勇者コールセンター株式会社』、勇者窓口の佐藤がお伺いいたします――」

 

『勇者コールセンター』は、今日もだれかが胃を痛めている。

 




次話の投稿は2026/6/18 11:10です。
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