「あのー。『勇者コールセンター』さんにお願いがあるんスけど」
「はい、【ウォーターカッター】の高橋君。『勇者コールセンター』山田がお受けするよ。声が変だけど、どうしたのかな」
「身体って、取り戻せますかね?」
「はいぃ?」
午後四時。準夜勤のシフトが始まった直後のオフィスに、山田の、間抜けなほどひっくり返った声が響いた。
「いや、一回死んじゃったんスよ。で、蘇生の時に肉体の損耗が激しいからって勝手に機械の身体にされちゃったんス。心とかは残ってますけど。」
「……ちょっと待て、高橋君」
受話器の向こうから聞こえる、心底死んだことはどうでもよさそうな、しかし明らかに金属質なエコーが混ざった電子音声。
「一回死んだのは100歩譲って同情するとしてだね。機械の身体に『されちゃった』って、それどこの世界のどんな闇医者に頼んだんだい?」
「第33番世界?のスクラップ置き場の隣にある診療所っす。
チートサブスクの利用規約のポップアップ、よく読まないで『同意しない』を連打したら、戦闘中に突然『水魔法』と『錬成』が使えなくなって。ファンタジー世界でオーガに両手両足ちぎられたんスよ。
アッこれ死んだわーって。そしたら、きづいたらたまたま通りかかったらしいサイバー闇医者が『脳みそと内臓だけ余ってたロボットに移植しといたわー』って」
「絶対たまたまじゃなくない?」
「俺もそう思う」
佐藤がいつものようにペットボトルコーヒーを口に含んだまま、死んだ目でパソコンの画面を眺めながら頷いた。
「で、得意の【
「ちょろっと出すつもりで数キロ先の山が消えました。今封印中っス」
「ワオ、『超文明』化してるね……」
「超文明ってそんな簡単に到達していいもんなんですか!?」
台車でチタン合金のスクラップを運んでいた平が、ガタッと手を止めてスピーカーに突っ込んだ。
「よくないね」
山田が真顔で、しかしキーボードを叩く指だけは爆速で動かしながら呟いた。
「学校の後にバイト来たらフリーランスの先輩がロボットになってるって、何!?」
「あ、
「ウケないですよ!脳みそと内臓しか残ってないとか、大変じゃないですか! あと平社員の平《ひら》**じゃないです、**平《タイラ》**です!」
スピーカーの向こうで「ウィーン、ガシャ」と、明らかに油圧ピストンが駆動する音が鳴り響く。
高橋本人のチャラいノリは1ミリも変わっていないが、その背後で鳴る機械音のせいで、恐怖のディストピアSF映画のような生々しさがオフィスに充満していく。
「そうそう、だから指紋認証も顔認証も通らなくって。めっちゃ不便なんで戻りたいっス!」
「高橋くん。君、人間に戻りたいんだね?」
「え、戻れるんスか!? いやマジ戻りたすぎて。僕、今年成人式なんすよ。全身チタンのフルプレートで袴着るとか、浮くにも程があるじゃないっスか」
「戻れるとも! 現代日本の再生医療技術、それに異世界の高位聖職者による肉体再生と魂の定着技術を組み合わせれば、君の生身のイケメンボディを一からリビルドすることは完全に可能だ」
「マジっスか!」
「ただし」
山田は眼鏡をくいと上げ、大賢者の冷徹な目で付け加えた。
「それには医療機器のレンタルや特級魔導触媒の購入で、ざっと見積もって五億円以上の『
「人生二回分っスか!? それだけ必要なら、使わないのもありっスね……未練があるわけでもないし」
「ありなんだ……人間の姿に未練はないんだ……」
平が絶句している。
「うちの『勇者派遣』は幸い稼ぐだけなら割のいい案件を提供できるよ。専属……正社員になる気はあるかい?」
「え、正社員っスか~? 僕みたいなチャラい大学生が、毎朝満員電車に揺られて『ほうれんそう』とかやるの、マジタイパ悪くないっスか?」
「満員電車には揺られなくていいよ。
佐藤が「あー。そんな取ってたのか」とひとりごつ。
「うちは歩合給だから、まあ全額じゃないにせよ、3割は高橋君の手に入る」
「三割……一回千五百万っすか。」
平が「マネージャーそんなに稼いでたんですか」という顔で佐藤を見る。
「もちろんそれは手に入ってしまえば君のお金だ。全額肉体リビルドに回さなくてもいいよ。」
「やりまっす!喜んで社畜になります社長! 40回ちょっと、一回一日計算なら約二か月山を消すだけで、成人式にラクショーで間に合うじゃないっスか!」
「成人式が一つの基準なのね……」
「あたりまえっすよ。自分が主役の"式"なんて人生にそうそうないんす。ばっちりキメなきゃウソっスよ」
「変なところで真面目というか、こだわりが強いというか……」
平が呆れたようにため息をついた。人生二回分の金額を前にして、成人式の袴姿のことばかり考えている先輩の脳みそは、機械の身体になっても相変わらず軽薄なままだ。
「……でも超文明化してるウォーターカッター、一発で戦略級魔法だよねえ」
「そうなんすよ。こんなん持て余しますよ。どうにかしてください社長」
「まあ業務で使ってもらうよ」
「ええっ! こんな過剰パワー、山を消す以外にどう使うんすか!?」
「要はスケルトン退治の時と一緒だよ。敵の軍勢に君をほおり込む。ウォーターカッターで暴れる。大戦果。」
「そんなにうまくいくかなあ……?」
「まあ、地下とかダンジョンでは使う方法を生み出さないとね。今のところ野戦で戦争してるところに一人で戦局を変えます、って紹介で高値をぼったくるにはちょうどいいけど……おっと」
「「ぼったくるって今言った!」」
平と高橋の声がシンクロする。
「ていうか、超文明パワーやばくないですか!?」
高橋の金属質なエコーが、スピーカーを小さく震わせる。
「やばいね。でも、超文明化ってそういうことだからさ」
山田は真顔のまま、しかし眼鏡の奥の目をカッと大賢者のように光らせて頷いた。
「もしこれが、ただの『物理的な高圧水流』だとしたら、数キロ先へ飛ばす過程で空気抵抗や重力、
あるいは地球の自転によるコリオリ力の影響を受けて、軌道がブレまくって『ウォーターカッター』としては使い物にならない。そも大気と摩擦を起こした瞬間に蒸発するさ。
だが、君のそれは因果律のバグになった『超文明』だ。
君が『【ウォーターカッター】で切る』と決めたら、数キロ先の対象が『切断された』という事実だけが、中間の物理法則をガン無視して確定する。
遮蔽物も、防壁も、距離すら意味を持たない。つまり――」
「決めさえすれば、ピンポイントで、特定の敵だけを打ち抜ける?」
「
「うん、
山田は事も無げに言って、キーボードを叩く指をカチャリと止めた。
「うーん、試し打ちになにがいいかな……今どこ世界にいる?」
「え? あ、第33番世界のスクラップ置き場に放置されてるボロコンテナの中っす。外、めっちゃ砂嵐で視界ゼロっすよ」
「よし、じゃあ高橋君、そのボロコンテナの中から一歩も出なくていい」
山田の無慈悲な、しかし極限まで「安全第一」を追求した指示に、スピーカーの向こうの高橋が「え?」と金属的なノイズを漏らした。
「コンテナの中に引きこもったまま、外の砂嵐も、装甲壁も、全部無視して【ウォーターカッター】を放ちなさい。標的は――友よ、直近で一番ウザい魔王勢力はどこのだい?」
佐藤はペットボトルコーヒーをデスクに置き、死んだ目のままキーボードを叩いて一つの座標をモニターに表示させた。
「第17番世界の『あかやさ』の砦だな。野良のオーガを統率するオーガロード個体を派遣したらしい。
統率のないオーガ退治だと思ってたら化け物じみた連携を取るって、現地に行きたがらないやつが増えてる
そのオーガロードの座標、システムで高橋へ同期。――よし、送ったぞ」
「あ、届いたっす。なんか視界の端っこに妙にクッキリしたマーカーが出てますね。……え、これマジで壁越しに撃っていいんすか? 映画だったらコンテナ爆発するやつじゃないっすか?」
「いいから撃ちなさい。ただし、威力は最小限の『爪楊枝を細く尖らせたくらいの細さ』を意識して」
「了解っす。じゃあ、ちょっと指先から『ピッ』と出すイメージで……【ウォーターカッター】」
コンテナの中に引きこもったサイボーグが、砂嵐の向こう、次元すら隔てた別世界の標的に向けて、指先を軽く突き出す。
次の瞬間。
高橋のいるコンテナの壁にも、その先の砂嵐にも、日本のオフィスにも、何一つとして物理的な変化は起きなかった。轟音も、衝撃波も、ソニックブームすら発生しない。
ただ、佐藤のモニターに表示されていた第17番世界の砦のライブカメラ映像――やりたい放題やっていた『あかやさ』のオーガロードの額に、突如として、針で突いたような小さな穴が綺麗に穿たれた。
どさ、と巨体が崩れ落ちる。中間にある砦の防壁も、大気も、オーガロードの頑強な骨格すら、超文明の「切断する」という確定した因果の前には1ミクロンも干渉できなかったのだ。
「とまあ、この通り」
「あ、マーカー消えたっす。え、何が起きたんすか?」
「……コワっ」
平が本気で
「……超文明ってのはこのぐらいのめちゃくちゃはやる。逃げろ、って言ったのがわかったか?」
佐藤の言葉にコクコクと平がうなずく。
「これが『科学で動くサイボーグが魔法の呪文を唱える超文明』の一例だね。
物理法則の方が勝手に空気を読んで消えてくれる。だから高橋君、君はこれから異世界で空調の効いた陣幕……
いや、自分のアパートの部屋に引きこもったまま、佐藤マネージャーから送られてくる座標に向かって指先をピッとするだけで仕事が終わる。
これ以上の最高効率な社畜生活はないだろ? ま、今回はあくまでデモンストレーションで、報酬はないんだけど」
動画を送られて自分のやったことをいまさら認識した高橋が震える機械音声で叫ぶ。
「マジっすか社長……! 芋砂どころか、完全在宅リモート暗殺で一回千五百万とか、タイパの神じゃないっすか! 喜んで組織の歯車になりまーーーす!」
「あ、オーガロード倒したのはいいんすけど、第17番世界のギルドとかに請求とかはしないんスか?」
「ああ、今回は依頼受けてないし、謎の事故死ってことで。今回は実験だから、討伐実績は会社として話でいいかな」
山田が背を伸ばすと、きい、と椅子が揺らぐ。
「水魔法、自力習得してもらわないとな。チートサブスクの利用ログから高橋君の犯行ってバレるから」
「了解っす。『水魔法』と『錬成』練習するっす」
こうして、チートサブスクの被害者から一転「一撃五千万の超文明引きこもりスナイパー」を即座にスカウトし、『勇者派遣』所属の勇者(?)が一人増えた。
「……あー。ちょっと待ってください。そうなると、わたしがハリボテのスーツ着て現場にカチコミかける意味、あります?」
平が、台車のチタン合金を虚しい目で、ぽむぽむと撫でながら呟いた。
「平ちゃん。まあ、君には君の『生身で壁をブチ破って敵を一刀両断する』という、確実で伝統的な
「伝統的の意味がわからないです!! 異議を申し立てるー!」
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「現状の高橋の運用には問題があるとわかった」
突然の佐藤のつぶやきに、平が返す。
「え、なんでですか?」
「因果律の悪用は世界が壊れる、ということらしいんだ。」
山田は真顔のまま、手元の人差し指を『ピッ』と突き出してみせた。
「高橋君のピンポイント式【ウォーターカッター】は、数キロ先の標的が『切断された』という事実だけを、中間の物理法則をガン無視して確定させる。
……これね、要するに『世界のシステム』のバグを突いた、世界全体の処理能力の無理な引き出しなんだよ」
「……ぱそこんかなにかですか?」
平が、理解が及んでいない、というように首を傾げる。
「そう。平ちゃん、想像してごらん。何万光年、何億光年と広がる多次元世界は、巨大なサーバー、多数のプログラムで動いているとする。
そこに『中間のプログラムをすべて無視して、指定の座標の額にだけ一瞬で穴を開ける』という、とんでもなく不自然なマクロプログラムが走ったら、サーバーはどうなる?」
「……わたし、機械はあんまり……どうなるんですか?」
「処理がそこで全部クラッシュするんだ。激重になる、とはちょっと話がちがうんだよ。高橋君がコンテナの中で『ピッ』としたあの瞬間、実は第33番世界と第17番世界の全域で、
『一瞬だけ全ての時間が止まる』とか『落ちてくる雨粒が空中で静止する』とか、システム的な遅延、世界のフリーズが発生していたらしいんだ。
描画停止、システム再起動も不能、というのを、一度電源をプチンとやってバックアップから復元した状態に近いらしい。」
スピーカーの向こうでは、高橋の合成音声が「マジっすか。俺、世界をラグらせる男になっちゃったんすか? タイパの神通り越して概念のバグっすね、ウケる」と、相変わらずのノリでノイズを響かせた。
「ウケないよ、高橋君! すでに『世界運行の神』から、我が社の法人端末宛てに『不正な因果律の干渉が検知されました。
これ以上の不自然な負荷をかける場合、該当端末のアカウントを次元レベルで
「かみ。ぺーぱー?」
「現実逃避はほどほどにしよう高橋君。ゴッドのほうだよ、マジモンの。
……一応、時空干渉しなければいいらしい。つまり、山を吹き飛ばすほうの【ウォーターカッター】は平気だね」
「え? 山を消すほうはセーフなんすか? なんでっすか?」
「単純な話だよ。世界からすれば、『うわっ、なんかバカみたいな重機がバカみたいなパワーで自然破壊してんな。まあ計算式通りだから物理演算のログに記録しとこ』で済むんだよ。」
山田は眼鏡を指で押し上げ、極めて世知辛い「世界の仕様書」を提示してみせた。
「ただ、【ウォーターカッター】として出した魔法が『プラズマ爆弾』にはなってるけどね」
「え」
「機械の身体で超効率化された魔力回路によって、推定マッハ数十という狂った初速を生み出す、とするだろ。
普通の物理法則に従うなら放たれた瞬間に空気の壁に激突して高橋君ごと爆発する。だけど、そこは魔法さ。『射出された水流だけ、周囲の大気摩擦と空気抵抗がゼロになる』という、魔法特有の“無しの定義”が働いている」
「あ、だから爆発せずに数キロ先まで届くんすね」
「そう。だが、数キロ先の標的、あるいは途中の障害物にぶつかった瞬間、その“無しの定義”が解けて、蓄積されていたマッハ数十の運動エネルギーが一気に物理法則と衝突する。
水分子は一瞬で電子とイオンに電離(プラズマ化)し大爆発。これが、山が吹き飛んだ正体だ」
「前に聞いた、魔法が物理法則を無視するってのは?」
「あー、なんもないところで水魔法を打っても、周囲の水分を吸い上げて乾燥したりしないだろ? 『無から有を生み出す』のが魔法。
だけど、一度この世界に生み出されて質量を持ったら、有効射程を出るなり着弾して魔法でなくなった瞬間から、この世界の物理法則の影響をきっちり受けるのさ」
「なんか飲み込みにくい……」
飲み込みにくさについて、魔法を最前線で見てきた佐藤が一刀両断する。
「それが魔法だ、あきらめろ。その辺……とくに“無しの定義”をガチで追及するなら勇者なんかやってる場合じゃねえぞ、研究者行きだ」
「ウォールハックはだめけど、物理エンジンのせいで弾速がお化けになってるだけならセーフってことスか?」
「そうなるな」
「完璧に理解したっス!」
「完璧なのかな……」
高橋がFPSに例えて理解したつもりになっている横で、平がまじめに悩む。
「一応この結果だけ見ると“特定兵器”ってカテゴリにあたるから、業務命令として管理者の監督指揮の下使うのが義務付けられるんだ。具体的には友……佐藤か、僕、あとルダさんと一緒にいないと使えない」
「
「ってことで、高橋君が『プラズマ爆弾』を使うなら、僕か友が同伴出勤になるね」
「えええええーーーッ!? 結局、満員電車に揺られて会社こなきゃいけないんスか!? 駆動系のチタンフレームがバチバチに軋んでタイパ最悪なんですけど!」
スピーカーの向こうで、高橋の合成音声が絶望混じりののノイズを激しく撒き散らす。
「チタン合金の塊が電車に乗れるわけないだろ。徒歩勤務だ。
それに運行前点検とアルコールチェック、それから管理者の立ち会い義務が発生する。受け入れろ」
佐藤が死んだ目でキーボードを叩き、高橋のステータスを『自宅待機(リモート)』から『現場実働(『プラズマ爆弾』使用時は要管理者同伴)』へと書き換えていく。
「……あ、あの、社長、マネージャー」
平が恐る恐る手を挙げた。
「ということは……高橋先輩が『プラズマ爆弾』を撃ちにいく時は、絶対に佐藤マネージャーか社長が現場にいるってことですよね?」
「うん、そうなるね。僕たちの『大賢者・元勇者の特別技術管理料』も原価としてきっちり現地ギルドに上乗せして請求するよ」
山田がキーボードをパチパチと叩きながら頷く。そして平の質問は続く。
「じゃ、じゃあ! 高橋先輩がうっかりして、プラズマの爆風がこっちに逆流してきそうになっても、私じゃなくてマネージャーたちがその場でなんとかしてくれますよね!?」
「……保証するよ」
「なんで目をそらすんですか社長!?」
『勇者コールセンター』は、今日もだれかが胃を痛めている。
次話の投稿は2026/6/19 11:10です。
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