勇者コールセンター株式会社   作:一宮 千歳

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第9話

『勇者コールセンター』、電話オペレーターは10時間勤務であることは以前に触れた。

 

しかし、4勤3休(四日働いて三日休み)のため、労働基準法には違反していない。していないのだが。

 

「つっ……かれましたわー!!!!!!」

 

「お疲れ様です、お嬢様」

 

金髪の縦ロールをいつも以上に限界まで激しくヘタらせながら、エーデルガルドがオフィスの休憩用ソファに思いきり倒れ込んだ。

 

「3時間! 3時間ぶっ続けで異世界の貴種ドラゴン(クソトカゲ)のクレーム対応をさせられる平社員の気持ちを考えたことがありますの!?

 

挙句の果てに『お主の“誠に遺憾”のイントネーションが気に入らない』って何ですの、あのトカゲ! マグマに溶かしてやりたいですわ!」

 

「クレーム対応お疲れ様です。もちろん山田総帥はそれを考慮した給与を支払っているはずです。」

 

山田がにこやかに笑う。「うちの社是は“手取りは月/年齢万円以上”。エーデルガルドさんには月三十万払ってるからね。文句は言わせないよ」と言わんばかりの笑顔だ。

 

「適正な給料が払われていることと疲れから出る愚痴の強度は別問題ですの! はー! 一発ストレス解消になるイベントが欲しいですわー!」

 

「だったら明日、みんなで遊びに行きませんか?」

 

「……え?」

 

平の提案に、エーデルガルドがソファからがばっと顔を上げた。

 

「遊び……? 日本の若者の、あの『充実したぷらいべーと』というやつですの!?」

 

「はい。ちょうど、明日はわたしも坂口さんも休みの日なんです。だから、もしよかったら、なんですけど」

 

「行きます行きます行きますわ! 日本の、ネットの海で見た『じょしのきゅうじつ』! 古着を品定めし、カフェで()える甘味を食し、最後は『ぷりくら』で現実(顔面)リーガルハッキング(盛り加工)する……! わたくし、ずっと憧れていましたの!」

 

「あの、エーデルガルドさん、そんなに大層なものじゃないです……。普通に下北沢あたりで古着を見るだけですよ?」

 

平が若干引き気味に笑う。16歳の彼女や坂口にとっては普通の休日だが、異世界の箱入り大貴族には「異文化の最先端トレンド視察」に他ならないらしい。

 

「だいたいがワンシーズン前の、ではありますけど。有名ブランドのお洋服も、お手ごろな値段で買えるんですよ」

 

「お得……それは女心をくすぐられますわね……!」

 

「お嬢様には古着を着るという概念がありません。世俗にまみれてロリィタやフェアリーを着るようになるのもまた良しですね。」

 

「古着、いいですよー。お金があれば何でも選べますけど、お金がない私たち若者にとっては宝探しの場!新品とはまた違った味わいが……」

 

「……平さんの今月のお給料、まだ入ってないですからね。月末を楽しみにしていてください」

 

「? ……あっ、そっか、『株式会社勇者派遣』に所属してからの初任給ですね! わかりました! 楽しみにします!」

 

今月の平の給与支給額(手取り)は、売れば一体数百万円の機械兵を山のように処理した(歩合給で稼ぎの三割が手取りな)都合、1000万円を軽く超え、億に手が届きかねないのだが、そのへんの話はまた後日。

 

----

 

翌日、午前十一時。

 

小田急線の改札を抜けた瞬間から、エーデルガルドのボリューム満点な金髪縦ロールが、歓喜の波動でブルブルと震えていた。

 

ドリルツインテ(エーデルガルド)ボブカット()ツーブロック(坂口)サングラスのゴブリン(ルダ)、という異様な取り合わせ(約二名の異世界人要素)は、他の街であれば目立つ。

 

しかし住民、というより下北沢に慣れた人間は「なんかツインテドリルの気合の入ったレイヤー? とゴブリンがいるなあ」ぐらいの目で素通りしていく。サブカルの聖地、下北沢でなければ即死だった。

 

「お嬢様、声が大きいです。皆様に『なんだあの妙に気合いの入ったサブカルクソ女は』という目で見られております」

 

「サブカルクソおん……!? くっ、事実だけに言い返せませんわ!」

 

「中間部分は否定しましょうよ……」

 

「こほん。さておき見てください、あちらのお店の軒先! あれがネットの海で見た『アメカジ』『ヴィンテージ』というやつですのね!?」

 

エーデルガルドが目を輝かせて、下北沢独特の、狭い路地の古着屋の看板を指差す。

 

「そうです! じゃあ、まずはリーズナブルなお店からご案内します!」

 

平が「宝探し」の先頭に立って案内する。

 

「日本の古着いいよね。ウチの良く行ってた第21番世界だと、他人の着古した服ってだいたい『呪物』か『夜盗の戦利品』扱いでさ、お店に並べるっていうのがなくて」

 

「せんぱいが異世界と下北沢の区別がつかなくなってる!」

 

「サカグチ先輩、目がマジですわ! 聖水による煮沸洗浄が必要なレベルの古着(いわくつき)は、下北沢ではさすがに流通していないのではなくて……」

 

エーデルガルドが縦ロールを揺らしながら、坂口のツーブロックの横顔に怯え混じりのツッコミを入れる。

 

「あ、でもねエーデルガルドさん。たまにレトロなワンピースのポケットから、平成の映画の半券とか、見知らぬ誰かの古い手紙とかが出てくることはありますよ。

 

 前の持ち主さんが残したものがたまに出てくる。それもまたエモさがあって味わい深いんです!」

 

ここに佐藤が居たら「平成はそこまで古くない」と強弁しただろうが、ツッコミは不在である。

 

「しかしマコトさん、その、お安いお洋服というのは、具体的にどれほどのお値段なんですの?」

 

「ええっと、あそこのラックとワゴンにあるのは、全部一着『五百円』ですよ!」

 

平が嬉しそうに、古着屋の店外に並べられた激安のハンガーラックとワゴンを指差す。

 

現代日本のワンコイン、異世界のエステガルドであれば銀貨一枚で半分おつりになるような、圧倒的な庶民の価格帯である。

 

「ご、五百……っ!? 貴族の夜会服一着で我がルステンブルグ領の村が一つ買えるというのに、この世界のお洋服は、そんなパンを一切れ買うような端金で買えてしまいますの!?

 

 安すぎますわ、経済のデフレ構造が限界突破をしていますわ!!」

 

エーデルガルドが驚愕のあまり金髪の縦ロールを大爆発させた。物理的にどうなってるのかは謎である。

 

「お嬢様、落ち着いてください。領の村と下北沢のワゴンセールを同じ天秤にかけてはなりません。

 

 それにそのワゴンの中、よく見るとただの『色褪せたおじさんのスウェット』がまぎれています」

 

ルダがエーデルガルドのフリル付きワンピースの裾をぐいと引っ張り、冷静に現実を引き戻す。

 

「おじさんの、すうぇっと……!? 誰とも知れぬ殿方の、しかも脂の乗った世代の部屋着ですの!?

 

 タイラさん、聖水! 聖水をかけましょう!」

 

「だから呪物じゃないって言ってます! 普通にお洒落な古着です!」

 

「お洒落……!? これが……!? 穴が空いたおじさんのスウェットを“ヴィンテージ”と呼び、聖水で煮沸もせずに肌に纏う、それが日本のトレンド……!?

 

 シモキタザワ、あまりにも混沌《カオス》の街! 恐ろしい場所ですわ……!!」

 

「みんなが目をそらしてる事実に切り込まないでください!」

 

きゃあきゃあと騒ぐ平とエーデルガルドの横で、坂口がワゴンの中から見つけ出した別のヨレヨレのパーカーを掲げながら、豆知識を披露した。

 

「あ、でもこれ、ブランド物のヴィンテージだから、まともに値付けすればそっちの普通の新品シャツより高いよ。」

 

「ヨレヨレなのに高い!? 意味が分かりませんわ!! 日本の経済はどうなってますの!?」

 

「ここ数年は異世界特需で潤ってるよー。ちょうど私が高校生になったぐらいかな、異世界渡航が解禁されたの」

 

「えっ、日本から我々の世界が一般開放されたのって、そんなに最近なんですの!?」

 

エーデルガルドが驚愕のあまり、ワゴンを掴んだままフリーズした。

 

「そうだよー。それまでは異世界なんて国連とか一部の調査機関しか行けない場所で、日本も長引く不況とデフレでみんなの胃がキリキリ痛んでたらしいんだけど。

 

 ある日突然、いろんな国が『異世界商業往来ビザ』の発行を開始したの。

 

 そこから、日本の超低金利の(キャッシュ)が異世界の広大な土地や魔導資源、あとは王族の無茶なカスハラ案件の賠償金とかに注ぎ込まれて大爆発! 今や『異世界バブル』で日本経済はバチバチに潤ってるんだよね」

 

「バブル……!? 現代日本を覆う空前の好景気の裏には、我が故郷の王族たちのコンプラ違反がキャッシュに換えられて還流しているというのですの……!?」

 

「まあ、うちの社長のリーガル恐喝一発で五億円が動くような世界だからね」

 

坂口が「これにしよっと」と、ヨレヨレのヴィンテージパーカーを片手にのほほんと言う。

 

「ウチ、休職前は月給百万ぐらいは普通に行ってたし」

 

「……あれ?私の初任給って……?」

 

「ウチの見立てだと、一千万はよゆーだと思うよ?」

 

「いっ、一千万……っ!?!?!?」

 

今度は平のボブカットの毛先が、驚愕のあまりピンと跳ね上がった。自分のスマホを握りしめ、まるでそこに「確定した地獄の国家予算」が数字で浮かび上がったかのように凝視する。

 

「ま、待ってください坂口先輩!? 一千万って何ですか!? 私はただ、ハリボテのスーツを着て鉄屑の関節を切ってただけで……」

 

「だから、その鉄屑のチタン装甲板と精密電子基板、日本に持って帰るだけで一機あたりン百万の純利になるって、佐藤マネージャーが言ってたでしょ?

 

それを平ちゃん、今月だけでたぶん100ぐらい【アイテムボックス】に詰めたじゃない。稼ぎの三割が手取りの歩合給なんだから、一千万なんてむしろ控えめな見積もりだよ。月末の口座、爆発するんじゃない?」

 

坂口が「はい、これお会計」と、五百円のヨレヨレパーカーを片手にのほほんとレジへ向かう。

 

「一千万……っ! 高卒認定を取って、堅実に、地道に日経平均とかで長期ポートフォリオを組んだり公務員を目指すための、道中の一ヶ月のお仕事が、一千万……っ!?

 

 私が目指していた『最強のガチ盾・公務員』の生涯年収の何割かが、わずか一ヶ月の肉体労働で……!? 資本主義こわい!!」

 

平が頭を抱えて、下北沢の狭い路地でガタガタと震え出した。完全に経済の狂気に当てられた、16歳のピュアな絶望である。

 

「……あ、あの、坂口先輩……。異世界バブルって、いつか弾けたりしないんですよね……?」

 

平がすがるような目で坂口を振り返る。

 

坂口は五百円のレジ袋をぶら下げ、ツーブロックの頭をかるく掻きながら、最高にスンとした目で言った。

 

「さあ? 不安なら、早めに(ゴールド)にでもしといたら?」

 

「せんぱいがドライすぎますぅー!!!!!」

 

「平社員の平《たいら》さん! 贅沢な悩みを吐くのはそこまでになさい!」

 

がばっと平の肩を掴んだのは、金髪のドリルツインテを激しく逆立てたエーデルガルドだった。その目は完全に「底辺労働者」の怒りと嫉妬で血走っている。

 

「手取り一千万!? 一ヶ月で一千万!? わたくしが異世界のクソトカゲに『誠に遺憾』のイントネーションで3時間詰められて、月三十万でソファに溶けているというのに、現場で鉄屑を切り裂くあなたが三十倍以上稼いでいるなんて!

 

これですわ! これこそがネットの海で見た『格差社会』『富の偏在』というやつですのね!? 許せませんわ、今すぐその資本主義の暴力で、わたくしに美味しいパフェと映える甘味を奢りなさいな!!」

 

「お嬢様、他人の初任給の予定額をあてにしてタカリ行為を働くのは、貴族としても労働者としても最低です。

 

 それと、お嬢様が毎日サボって匿名掲示板に書き込みをして土下座しているのに基本給が『月三十万』なのは、山田総帥の底知れない慈悲によるものです。本来なら減給処分か、クビです」

 

「ルダ!? 身内の恥をシモキタの往来で大声で補足しないでくださいまし!!」

 

「ほらみんな、騒いでないでパフェでも食べに行こ。甘いもの食べたら、大体解決するから」

 

坂口が五百円のヨレヨレパーカーが入った袋を回しながら二人を促す。

 

「坂口先輩、その悟りを開いたようなドライな笑顔が本気で怖いですわ……!」

 

エーデルガルドが縦ロールをぶるぶると震わせる。

 

「まあ、何はともあれ甘味ですわ! タイラさん、手取り一千万が確定している『富裕層』の財力、期待しておりますのよ!」

 

「だからまだ振り込まれてないですってばー!」

 

下北沢の入り組んだ路地を、頭を抱える平と、パフェの幻影を追いかける貴族、サングラスのゴブリン、そしてヨレヨレのパーカーをぶら下げたツーブロックの先輩がトコトコと歩いていった。

 




次話の投稿は2026/6/20 11:10です。
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