現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

1 / 8
プロローグ 侵略者たち

 イタリアのヴェローナという都市に、コロッセオを想起させる外観をした、アレーナ・ディ・ヴェローナという名前のコンサートホールがある。

 

 世界で一番巨大なコンサートホールであり、通常は野外オペラの公演会場として使われていた。ローマ帝国初代皇帝アウグストゥス時代から存在している、古く、厳しい造りの建物であった。二階建てのアーチ型であり、一万六千人収容可能な観客席は、中央の舞台を囲んでいた。

 

 だが今や、美麗なオペラの演技が披露されていたその舞台は、巨大な四角形の石の台座に置き換わっていた。台座というよりかは、石造りの決闘リングだった。

 

 そしてその石造りのリング上は、現在、血で染まっていた。血だけではなく、内臓らしき塊、千切れた手足、血で赤く染まった服の切れ端、肉片、元は重火器の類であったのだろう、原型を留めていないガラクタなどが散乱していた。まるで、屠殺工場の廃棄物を辺りに撒いたかのようだった。

 

 リング上に血に濡れた人影が立っていた。しかし、『人』ではなかった。それは、二本足で直立しており、腕も二本ある。だが、それ以外が異様だった。体長は二メートル以上あり、黒い毛に覆われた、筋骨隆々とした体躯をしている。その上に乗っている頭からは、巨大な二本の角が生えていた。そして牛を思わせる容貌。ファンタジーを読んだことがある者ならば『ミノタウロス』という言葉が頭をよぎるかもしれない。

 

 リングを囲んでいる観客達も異様だった。南側半分は、地球上の様々な場所で見ることが出来る、多国籍な人間達だったが、北側半分は違っていた。巨大な耳が生えた者、翼が生えた者、蛇の下半身をした者、巨大な牙が生えた者等々、バリエーションに富んでいるが、明らかに仮装ではない、本物の『人外』達がそこにいた。中には、人間とほとんど変わらない者もいるが、良く見ると、耳が尖っていたりと、やはり少し違う部分があった。

 

 リングに佇んでいたミノタウロスが大声で叫んだ。それはこの世界のどこにも存在しない言語だった。そのため、観客席の南側半分と世界中継として、この映像をテレビ越しに観ている人間達にはただの呪文のようにしか聞こえなかった。しかし、北側半分の奇怪な生き物達と、人間達の世界中継と同じように、『別の世界』で中継として観ている奇怪な生き物達には、はっきりと意味を成す言葉として聞こえていた。

 

 「後二人でお前らの世界は終わりだぞ!こっちはまだ一人も死んでいないぞ!」

 

 ミノタウロスはそう言っていた。

 

 その声を受け、アレーナ・ディ・ヴェローナ内いる奇怪な生き物達は歓声を轟かせた。

 

 ミノタウルスの言葉は判らなかったが、その歓声を聞いた世界中の人々は一様に、極めて理不尽な凶兆を孕んでいることを瞬時に理解した。

 

 

 

 アレーナ・ディ・ヴェローナ内が血で染まる二ヶ月ほど前の話だった。突如として別世界から『それら』は現れた。エレサレムには異界に通じる門があると言い伝えがあるが、エレサレムどころの話ではなかった。世界中、至る所に巨大な『門』が出現したのだ。ロダンの『地獄の門』を思わせる、漆黒の禍々しい外観をした『門』だった。

 

 やがて、その『門』からは、人ではない者達が現れ、圧倒的な力を以って、人類を襲い始めた。そして、瞬く間に世界中を侵略して行った。

 

 そいつらはアサルトライフルや対戦車ライフルの射撃すら意に介さず、装甲車や最新鋭の戦車を単体で破壊し、ステルス戦闘機すらも易々と撃墜した。まるでそれは高度な文明を持つ異星人が攻めてきた映画を観ているかのようだった。

 

 彼らの強さの秘訣は、人類にとって未知なる力であった。魔法のようなものである。その魔法はおとぎ話に出てくるような神秘的なものではなく、ただひたすら、破壊と戦闘に特化したシロモノのように思えた。

 

 理不尽にも着々と侵略を行う彼らだったが、一つだけ大きな特徴があった。殺さないのである。戦車を缶詰のように開けておきながら、乗員を殺さず、背を向けるのだ。アサルトライフルの射撃をその身に受けながら。

 

 戦闘機も、意図的に機関部のみを狙われ、脱出の機会を与えられていた。怪我人こそは多発しているが、破壊規模に比べて異様なほど死者が少ないのだ。始めは偶然かと思われたが、全世界の軍や自衛隊から同様の報告が相次ぎ、確信に変わった。そこで人類側に湧き上がった感情は安堵ではなく、極めて強い畏怖であった。人類を遥かに凌駕する戦闘能力を誇っておきながら、不殺という不可解な姿勢に、人類は猫にいたぶられる鼠のイメージを自分達に重ねた。

 

 完全に生殺与奪の権を握られた人類は、最後の手段に出ようとする。核の使用を決意したのだ。大罪を被る核保有国の決断に異を唱えるものはあまりいなかった。いずれこのままでは人類は完全に侵略されてしまうのは火を見るより明らかだった。コンキスタドールによって、虐殺され、奴隷になるよりは、地球を犠牲にする道を人類は選んだのだ。

 

 だが、それにストップをかける者がいた。敵側である。

 

 彼らは地球で一番強い軍事力を持つ国の、政治の中枢に乗り込み、そこにいた地球で一番の権力を持っているであろう人間の首根っこを捕えた。そして、テレビクルーを呼び込み、その国の公用語を流暢に使い、自己紹介の後、不可解な提案と説明を行った。

 

 彼らは地球とは違う次元にある、異世界の住人であり、侵略に来たのだという。何よりも「戦い」を重要視し、全ての決定権は戦いによって左右されるべきという思想を持っていた。だが、彼らには鉄の掟があった。戦いとは、戦士が一対一で命を賭して行うものであり、集団戦や、長距離兵器による攻撃は戦いではないという。

 

 彼らは、異世界側と人類側からそれぞれ代表を五名選出し、どちらかが全滅するまで戦い、生き残った方が勝利とするルールで勝負を提示したのだ。もしも、人類側が勝てば、異世界側は降伏し、また異世界の門戸も開放する旨を公言した。逆に異世界側が勝てば、人類側が降伏を行い、征服を受け入れろとの条件だった。それを了承出来なければ、今度こそ手加減はしないと添えた。

 

 人類側にとって光明かに思われた提案だったが、その実、何ら変わっていなかった。武器の使用は自由で、個人が携帯できるレベルならば、規定は無い。しかし、相手は一体で戦車を破壊する怪物なのだ。何を装備しようと、人間が一人で太刀打ち出来るはずが無い。滅びの道筋のルートが少し変わっただけに過ぎなかった。

 

 それでも人類側は提案を飲むしかなかった。首を横に振っても、ハルマゲドンが訪れるだけなのだ。そして何より、首根っこを掴まれているこの星の代表が、恐怖のあまりその場で了承を行ったのだ。

 

 こうして人類は絶望の決闘に望むことになった。

 

 開催地はそちらが用意せよ、という異世界側からのお達しだったので、世界で一番広いコンサートホールが選ばれた。イタリアは当然抗議したが、人類未曾有の危機であるため、誰も耳を貸さなかった。

 

 やがて、麗しいアレーナ・ディ・ヴェローナは、血みどろの戦いを迎えるための受け皿に改築された。もっとも、アレーナ・ディ・ヴェローナは、かつてはコロッセオのように、拳闘士達による凄惨な血の宴が繰り広げられていた場所なので、皮肉なことに、今の形こそが由緒正しい運用方法なのかもしれない。

 

 やがて決闘の日が訪れた。

 

 人類側からは、各国の、軍の中から手練れが選出された……とは聞こえは良いが、揉めに揉めた結果である。なにしろ殺されに行くも同義だからだ。志願式にしなければ、クーデターが起きる危険性を孕んでいた。そもそも最後の時くらいは家族と過ごしたいと除隊を申し出るものも少なくは無く、軍が機能不全直前まで陥った国もあった。そういった中での選出であるため、強さではなく、死を覚悟しているか否かが焦点になってしまっていた。言わば決死隊を選出するようなものだからだ。

 

 そうして各国から集まった決死隊五名と、異世界側五名との一対一のデスマッチが幕を開けた。

 

 最初から一方的な戦いだった。戦いにすらなっておらず、文字通りの虐殺であった。

 

 異世界側の先鋒であるミノタウロスは、兵士側の重火器の連射などまるで意に介さず、平然と銃弾を受けながら、兵士に向かって突進すると、長々と聳え立っている角で突き刺し、そのまま持ち上げた。兵士の絶叫がこだまする中、バックブレーカーを行うように、兵士の体を頭上で海老反りに折り曲げ、引き裂いた。

 

 破れた腹から腸や肝臓が零れ落ち、大量の血と共に、ミノタウロスに驟雨のように降り注いだ。これまでの戦闘では、異世界側は不殺を徹底していた。決闘でも同様のスタンスではないのかという淡い期待を、少なからず多くの人類は抱いていた。しかし、先鋒の兵士の腹が破られた瞬間に、その期待は脆くも崩れ去った。

 

 次の兵士もほぼ同じ境遇だった。決闘開始の合図と共に、ミノタウロスは目にも止まらぬスピードで踊りかかり、兵士を両手で紙クズのように引きちぎった。唖然とした表情のままの兵士の上半身は、南側の観客席まで吹き飛ばされ、そこから悲鳴と嘔吐の声が渦巻いた。

 

 中堅の兵士は趣向を凝らされたようだった。ミノタウロスはフィジカル的な戦いをせず、マジックを行った。

 

 決闘が開始されると、兵士が発射したグレネードランチャーの直撃を受けたが、怯みさえしなかった。榴弾の白煙を纏いながら、ミノタウロスは大男の太腿ほどもある腕を前に伸ばし、手の平を上に向けた。そこに鬼火のような火の玉が出現したと思ったら、弾丸のようなスピードで兵士に向かっていった。兵士は、反射的に撃ち尽くしたグレネードランチャーの発射筒でガードをするが、無駄だった。火の玉が発射筒に触れると、鉄をプレスしたような大きな音を立てて爆散した。そして一瞬の間を置き、兵士の体は風船のように破裂し、辺りに散らばった。

 

 南側客席にいる人類達から悲痛の声が上がった。中継映像を観ている人間達も、凄惨な光景と、破滅が一歩ずつ近づいてきていることに対して、悲鳴をあげているかも知れない。

 

 ミノタウロスは大声で何かを叫ぶ。北側観客席にいる異世界人達が歓声を上げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。