現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第十章 匂い

 やがて、授業が始まるので、レイラは明るく手を振りながら、自分のクラスへ帰っていった。

 

 レイラの姿が見えなくなると、三組は蜂の巣を突っついたように、騒ぎ立った。

 

 「羨ましい」「信じられねえ」「直斗みたいな奴がタイプなのか」

 

 目の前で起きた『逆』シンデレラ劇のような告白を、目の当たりにしたクラスメイト達が、口々に囃し立てていた。

 

 志保も一部始終を目撃していたようで、目を丸くしながら、近くの友達と会話をしている。木場も興味の琴線に触れたらしく、いつの間にか遠巻きに伺っていた。なぜか不機嫌そうな表情で、直斗を見つめている。

 

 一番近くで事の顛末を目撃していた裕也と俊一も、他のクラスメイト同様、驚きを隠せないでいた。

 

 裕也は羨ましそうな顔で、直斗にすがり付き、疑問の言葉を投げかける。

 

 「なんでお前が告白されるんだよ。意味がわからねえ」

 

 俊一も加わる。

 

 「昨日この学校に来たばかりなのに、好きになったって、そんなことありえる? しかも直斗相手に。それに、そもそも全く接点無かったのに、どうやって知ったんだよ」

 

 二人共、次々に「何で何で」を繰り返した。レイラの直斗に対する告白自体を、信じられない様子だった。だが、それは直斗も同じであるため、説明は不可能だった。

 

 始業のチャイムが鳴り、浮雲急を告げた休み時間は終わりを迎えた。俊一達や、ギャラリーとなっていた他のクラスメイト達も、名残惜しそうに自分の席へと戻っていく。裕也は「続きは次の休み時間な」と言い残し、その場を後にした。

 

 社会の教師が教室へと入ってきて、二時間目の授業が始まる。しかし、教室中、どこか浮き足立っているような、落ち着かない雰囲気に包まれていた。一日で学校のアイドルとなった異世界人が、自分達のクラスメイトに突然、告白を行ったのだ。一つのアクシデントとして、クラスメイト達の中に刷り込まれたのだろう。

 

 当事者である直斗は、思案にふけっていた。その理由は、レイラから告白を受けたという点ではなく、その背後にあるであろう意図のせいだった。

 

 異世界人からの告白という点が、あまりにも『ピンポイント』過ぎていた。数多くいる生徒の中で、よりによって、自分を選んで来たのだ。

 

 もしもこれが、直斗の背景にアレーナ・ディ・ヴェローナの一件が無ければ、これほど疑うことはなかったはずだ。だが、火薬庫のように、懸念材料だらけの自分に接触してきた以上、何かしらの思惑があると思わざるを得ない。それらの『点』が『線』となるのは容易いからだ。

 

 例えば、直斗が『ロビン・フッド』だという何かしらの証拠を掴み、接近を企てた可能性が考えられる。異世界側から『ロビン・フッド』に対し、賞金がかかっているという噂があり、それが事実だと仮定して、レイラは賞金目的で直斗に接触してきたのかもしれない。

 

 公にせず、単独での接触も、賞金を独り占めにしようという、魂胆があってのことではないだろうか。

 

 確証のない、憶測だが、警戒は必要だった。

 

 考え事をしているうちに、社会の授業が着々と進んでいた。今日は三権分立の一つ、国会についての内容だったが、頭に入らなかった。議員立法とはなんだろう。現代社会は、センター試験でも取りやすい科目なので、これではまずいと思う。復習が必要だった。

 

 休み時間になると、申し合わせたように、裕也や修一達、他のクラスメイト数名がわらわらと、直斗のところへ集まって来た。レイラの件に対する質問や、冷やかしのためだろう。

 

 その中には志保もいた。ちゃっかりと、野次馬を楽しむつもりのようだ。

 

 裕也を筆頭に、クラスメイト達が直斗を取り囲む。直斗はこれからリンチを受けるかのような、妙な圧迫感を覚えた。

 

 だが、しかし、質問責めは行われなかった。

 

 理由は、再び、レイラが三組の教室へやってきたからである。

 

 レイラは教室の中へ入ると、一直線に直斗の席へと向かってくる。今回は二組にいたレイラの取り巻きの女子達が、後ろに付き従っていた。

 

 その親衛隊とも言うべき女子達は、主であるレイラの告白を聞き及んでいるのか、若干、敵意を持ったような固い表情を晒していた。

 

 レイラ達が近づくと、それまで直斗を取り囲んでいたクラスメイト達は、道を空けるため、モーゼが渡った紅海のように、二つに割れた。

 

 その海を渡ったレイラ達は、直斗の元へたどり着いた。レイラは、二重の綺麗な目で直斗を見つめ、口を開く。

 

 「また会いに来てごめんね。どうしても顔を見たくなっちゃって」

 

 開口一番、熱を帯びたように、レイラはそう言った。

 

 周りの二つに割れた海から、溜息のような声が漏れる。

 

 「別にいいよ」

 

 『友達から付き合う』を了承した手前、拒否するわけにも行かず、直斗は許諾した。それを受け、レイラは嬉しそうに微笑んだ。

 

 レイラの後ろで控えている親衛隊が、レイラの反応を見て、不愉快そうに直斗を睨む。

 

 「そう。よかった。授業中もずっとあなたのことが頭から離れてくれなかったから」

 

 レイラは赤面するような言葉を平然と口にした。他の人間がこんなセリフを吐いていたら一笑するであろうギャラリーは、恋愛ドラマのヒロインを見るような目で、レイラに視線を注いでいた。

 

 直斗が返答に窮していると、そのギャラリーから、おずおずとした声が上がった。

 

 「あのー、どうして直斗を選んだんですか?」

 

 声の主は、裕也だった。裕也はなぜか敬語だった。 

 

 裕也の質問に、周囲のギャラリーが静まり返る。全員が気になっている事柄なのだろう。皆、答えを促すように頷いていた。

 

 それについては、直斗も知っておきたいポイントだった。本心が述べられるかどうかはわからないが、例え建前だろうと、レイラの意図を把握するための糸口にはなるかもしれない。

 

 戸惑った表情を浮かべているレイラに向かって、直斗は背中を押す。

 

 「俺も知りたいかな」

 

 直斗の要望に、レイラの表情がパッと明るくなった。

 

 「直斗君がそう言うなら」

 

 レイラは快く、了承した。周囲から小さな歓声が上がる。皆、押し黙り、レイラに注視した。レイラの後ろにいる親衛隊も知りたかったようで、固唾を呑んで見守る姿勢を取った。

 

 レイラは恥ずかしそうに躊躇っていたが、やがて口を開いた。

 

 「その……とても『良い匂い』がするから」

 

 予想外の言葉に、直斗は最初、聞き間違いではないのかと思った。

 

 「え? におい?」

 

 側で聞いていた志保が、怪訝な声で返答をする。

 

 周りのクラスメイト達や親衛隊も、一様に怪訝な表情を浮かべていた。そのことから直斗は、自分の聞き間違いではないのだと悟る。

 

 しかし、匂いとはどういう意味だろう?

 

 直斗は思い切って尋ねた。

 

 「においって、体の匂い?」

 

 レイラはコクッと頷いた。

 

 「うん。あなたの体の匂い」

 

 「どんな?」

 

 「言葉では言い表せないくらい、素敵な匂いだよ」

 

 レイラはあいまいな言い方をしたが、本心で言っているらしい。本当に「匂い」で好きになったようだ。

 

 だが、そのような理由で人に惚れるとは珍しい例だった。異世界人特有のものか、それとも……。

 

 レイラは、直斗の「匂い」についてさらに言及した。

 

 「昨日、直斗君が私のクラスに来たでしょ? その時に、いい匂いがするなって、思って、そっちの方見たら、直斗君がいたんだよ」

 

 直斗の脳裏に、昨日、裕也達と共にレイラを見物しに行った時の光景が蘇った。確かに、レイラは、あの時、不意にこちらに視線を向けた。

 

 それにはこういった意味があったのだ。

 

 「結構、距離があったのに、よく匂いなんてわかったね」

 

 直斗が疑問を口にした。

 

 「うん。どんなに離れてても、直斗君の匂いはわかるよ。それだけ良い匂いだもん」

 

 そう言うと、レイラはうっとりとした目で直斗を見つめた。

 

 直斗の背中に、僅かだが、冷たいものが走った。その目の奥に、うっすらと、淫靡で歪んだ炎を垣間見た気がしたのだ。

 

 他の皆は、レイラの発言に、不思議そうな顔をしているだけで、別段、変わった反応を見せていなかった。その炎を感じたのは直斗だけのようだった。

 

 気のせいだろうか。

 

 「直斗って、そんなに良い匂いしたっけ?」

 

 俊一は、直斗の心中を察することなく、無遠慮に直斗の首に鼻を近づけると、犬のように匂いを嗅いだ。

 

 「別に無臭だけど」

 

 俊一は首を捻る。直斗は、あからさまに匂いを嗅がれたことに不快感を覚えたので、非難の声を俊一に対して浴びせた。

 

 「やめろよ。気色悪い」

 

 「だって」

 

 俊一は口を尖らせる。直斗は、俊一の無神経さに呆れて、目線をレイラに向けた。

 

 レイラは口元に手を当て、恨めしそうな顔で、俊一を凝視していた。直斗が見ていることに気が付くと、レイラは、ハッとしたような表情になる。そしてすぐに、柔らかいクリームのような、これ以上ないほどの愛くるしい笑顔になった。

 

 その時、チャイムが鳴り響いた。

 

 レイラは寂しげな表情で、直斗に別れの挨拶を行い、その場を離れる。親衛隊は相変わらず、直斗が敵兵であるかのように憎悪がこもった目を放ちながら、レイラの後に続いて三組の教室を出て行った。

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