現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。 作:佐久間 譲司
就寝後のことだ。
直斗は夢を見ていた。
またあの夢だと直斗は思った。
どことも知れぬ場所で、ベッドに張り付けにされ、少女に血を吸われる、あの夢だ。
今回はその続きのようだった。
前回、直斗の首筋に噛み付き、血を啜り始めた少女は、今は姿が見えなかった。天井のライトがベッドの周囲を照らしてはいるものの、光が届く範囲が狭いのでベッドから離れた場所は薄暗く、見通しがきかなかった。
そのため、ここが部屋の中なのか、あるいは広大な空間の中にいるのかすらわからなかった。そのせいで、宇宙空間に放り出されたような、強い孤独感と不安を覚える。
足音が聞こえた。肌を打つような、ペタペタとした足音だ。
その足音は、こちらに向かってきていた。
直斗は辛うじて自由が利く首を、足音が聞こえる方へ向けた。
暗闇から幽霊のように、あの時の少女が姿を見せた。
少女は全裸だった。ほっそりとした華奢な肉体に、一糸も纏うことなく、透き通るような白い素肌を外気に晒していた。
なぜか、少女の顔には光が当たっていなかった。サンバイザーで光を遮っているかのように、影が差しているのだ。そのため、顔の輪郭しかわからない。
全裸の少女は直斗の側まで来ると、直斗に馬乗りになった。直斗は抵抗しようと手足を動かしたが、金属音が虚しく響くだけで、無駄に終わった。
少女は手に何かを持っていた。長いホースと、血圧計に付属しているポンプを組み合わせたような器具である。
少女は、ホースの先端を直斗の首筋に近づけた。そのホースの先端には鋭い針が付いていた。
首筋に激痛が走る。針を刺したようだ。
そして、少女は、ポンプを何度か握る。すると、そのポンプの反対側から伸びているホースの先端から、勢い良く、赤い液体が排出された。
それは自分の血だと、直斗は悟った。
少女は、ホースから流れ出るその血を、シャワーのように浴びた。顔が見えないにも関わらず、少女が恍惚の表情を浮かべていることが、はっきりとわかった。
少女は、エリザベート・バートリーのように、血を浴び続けた。華奢で白かった少女の体は、次第にどす黒い血に塗れていく。まるで白薔薇がブラッディマリーへと、生まれ変わる過程を見ているかのようだった。
直斗は、恐怖と痛苦による悲鳴を上げた。
だが、少女の耳には入っていないようだった。
少女は自らの体を歓喜に震えさせた。シルエットになっている顔が、快楽に歪んだことがわかった。唇の隙間から、長い八重歯がチラリと覗き、そこだけ白く輝いていた。
目覚まし時計が鳴っている。
目を覚ました直斗は、慌てて首筋に触れた。
傷跡はない。しかし、体は貧血状態に陥った時のように、冷え切っていた。それなのに、全身はぐっしょりと汗をかいている。
直斗は手を伸ばし、鳴り続けている目覚まし時計を止めた。そして、病人のように緩慢な動きで体を起こす。
タオルを用意していなかったので、仕方なく着ているTシャツを脱ぎ、タオル代わりにした。こちらも汗で濡れているが、無いよりマシだった。
汗を拭きながら、直斗は愕然としていた。なんだ。あの夢は。
前回と同じ系統の夢だったが、今回は質が違っていた。あまりにも臨場感が強過ぎた。
夢の中で死ぬと、それに影響を受けて、現実でも心臓が止まるという都市伝説がある。今日見た夢は、それに匹敵するレベルと言えた。現に、血の気が引き、体の血液を失ったような倦怠感を覚えていた。それほど、真に迫る夢だった。
直斗は、ベッドサイドに腰掛けた。そして、疑問に思う。なぜこれほど悪夢に苛まれたのか。
夢の内容の元凶は、レイラの件が関わっていることは想像に難くない。だが、ここまで怯える必要はなかった。もし、現実でこれと同じ状況に陥っても、自分ならどうとでも出来るはずである。いくら臨場感があったとは言え、恐怖感が強すぎるような気がする。
それとも何かあるのだろうか。自覚しない内に蓄積した、無意識の警告のようなものが。
「お兄ちゃん、おはよー!」
春香が突然、直斗の部屋の中へ飛び込んできた。身構えていなかった直斗は、驚きのあまり、ギョッとした目を春香に向けた。
「どうしたの? お兄ちゃん」
直斗の反応を見て、春香も驚いた顔をした。
「急に入ってくるなよ。驚くだろ」
直斗は叱責したが、春香は聞いていないようだった。春香は直斗の格好を見て、さらに目を丸くする。
「どうして裸なの?」
「汗をかいたんだよ。それでTシャツを脱いだんだ」
直斗はありのままを説明し、ベッドサイドから立ち上がった。いつもの朝のようにカーテンを開け、朝日を取り入れる。しかし、今日は連日の快晴とは違い、沈み込んだような曇り空だった。
「ほら、下に行くぞ」
直斗は、なおも、部屋の中央で突っ立ている春香を促した。春香は、じっと直斗を見つめていた。よほど、直斗が上半身裸だったことが、不思議らしい。
直斗が、春香の肩をポンと叩いた。
「うん」
春香は我に返ったように、こくりと頷く。
そして、直斗は、春香と共に階下へと降り
た。
汗にまみれていた直斗は、カラスの行水よりも短い時間で、シャワーを浴びた後、朝食をとった。
朝食を終え、準備を済ませてから、またいつものように、春香と共に登校する。
家の門扉前には、やはり春香の友達が待っていた。春香と同様、今日もJENNIで纏めた服装だ。他の小学生達も、似たようなブランドばかりなので、もういっそ、制服にしたらどうかと思う。
通学路途中で春香達と別れ、直斗は扶桑高校へ向かった。空はどんよりと暗く、今にも雨が降り出しそうだった。傘を持ってきたのは正解だったようだ。
程なくして、高校へと到着した。余裕の時間を以って、二年三組の教室へと入った。
直斗が姿を見せると、先に登校していたクラスメイト達は、一斉に視線を向けてくる。ここ一週間でお馴染みになった光景だ。
直斗は窓際にある自分の席へ向かう。その席には、すでに先客がいた。
「おはよう、直斗」
レイラが優しく、直斗に微笑みかける。夢の中の少女のように、唇の隙間から、長い八重歯が覗く。
「おはよう」
直斗は挨拶を返しながら、通学鞄を机のフックへと掛けた。
「直斗、昨日は本当にごめんなさい。変なお願いして」
レイラは、昨夜に引き続き、謝罪を行った。レイラの均整の取れた顔に、悲痛な表情が刻まれている。そういった表情も、魅惑的に映ってしまう。こういった魅力が、多数の男子生徒を虜にするのだと、直斗はあらためて認識した。
「気にしていないから、もう謝らなくていいよ」
直斗は席に座りながら、レイラを宥めた。
「ありがとう!」
レイラは、今にも抱き付いて来そうなほどの、喜びに満ちた表情をした。レイラが心底、安堵したことが、直斗にも伝わった。
昨日のわだかまりが解けたことで、明るくなったレイラと話をする。裕也と俊一が登校してきたが、気を使っているつもりか、近づいて来なかった。
直斗としては、レイラと二人っきりより、第三者がいる方が精神的に楽である。しかし、そう思っている時に限って、願いは叶わない。いつもレイラに恋慕しているのだから、こんな時も遠慮せず、寄って来いと、直斗は心の中で、裕也達に毒づく。
やがて、始業のチャイムが鳴り、レイラは自身の教室へ帰って行った。