現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。 作:佐久間 譲司
テスト直前にして、本格的な梅雨に入ったようだった。昨夜から降り出した雨は、翌日になり、正午近くになっても、止む気配は無かった。
雨の日の授業は憂鬱さを孕んでいる。降り続ける雨により、生み出された重い湿気は教室を満たし、澱のように生徒達に纏わり付いていた。教室にはエアコンが備え付けられているものの、稼動しておらず不快指数は依然、高いままだ。
午前の授業が終わり、昼食の時間になった。ここ連日は、レイラと共に食堂で昼食をとっていたが、今日はレイラは欠席をしていた。
SNSで送られて来たレイラのメッセージによると、昨日の雨に濡れたせいで風邪を引いたらしい。
レイラのクラスでも、そのような連絡が伝えられたようだった。吸血鬼も風邪を引くのかと、ちょっとした話題になっている。
直斗としても、昨日の『暴露』の件があり、あまりレイラと顔を合わせたくなかった。そのため、僥倖とも言えた。
レイラが居ないので、直斗は裕也達、以前のメンバーで食堂に向かう。
「何か久しぶりに直斗と飯を食うよな」
裕也は食堂で、そう直斗に言った。それは直斗も同じ気持ちだった。
裕也や俊一と食事をしている最中、時折、周りの生徒が、直斗へ視線を走らせて来る。数日間、毎日レイラとおしどり夫婦のように行動したせいで、直斗の顔もすっかり全校生徒に知れ渡ってしまっていた。
直斗は随分と慣れて来たため、さほど気に留めなくなったが、裕也や俊一は違っていた。二人は、見世物小屋に連れて来られた動物のような、戸惑ったな表情をしていた。当初の直斗と同じく、居心地の悪さを感じているのだろう。
いつもレイラの件について、囃し立てる裕也と俊一に同じ気持ちを味わわせることができたため、直斗の溜飲が少しだけ下りた。
ちょっとだけ満足したまま、直斗は午後の授業を迎える。
放課後になると雨は上がり、晴れ間が見え始めていた。
直斗は、裕也達と下校した。
その際のことだ。
ある出来事があった。
直斗は、校門まで来て、自宅でも使う参考書を教室に忘れたことに気が付いた。そして、裕也達には先へ帰るよう、声をかけた後、教室へと引き返した。
直斗は、人がほとんど残っていない教室に入り、自身の机から、参考書を取り出した。そして、廊下へ出る。すると、少し先の窓際に、雨上がりの夕日に照らされた人影があった。その人影は、直斗を待ち受けていたようだった。
「初めまして」
透き通った声が聞こた。オレンジ色の光の中から、その人物が姿を現す。
銀色のメンズショートの髪型に、端整な顔立ちを持つ男子生徒だ。身長は、直斗よりもやや低く、少女のような顔立ちと、白い肌を兼ね揃えている、中性的な少年だ。
「ええと、確か転校生の……」
「はい。先日転校して参りました、ルカ・ケイオス・ハイラートと申します。以後、お見知りおきを」
ルカは、妙に丁寧な言葉使いで、挨拶を行う。そして、頭を下げた。夕日がルカの銀色の髪に当たり、サテンのように美しく煌く。
「……」
直斗は、ルカの挨拶には返事をしなかった。直斗は怪訝に感じ、猫に似たルカの目を見つめる。
一体、何の用だろう? 直斗は疑問に思う。この転校生は、確か、一年生のはずだ。なぜ、ここにいるのか。こいつもレイラと同じ吸血鬼だ。もしかすると、こいつも『血』が狙いなのか。
直斗の表情から、ルカは警戒心を読み取ったようだ。説明を行う。
「心配しないで下さい。ただ、あのレイラさんと付き合っている方を見掛けたので、少しお話をしたいと思い、後を追いかけただけです」
「それだけのために? 怪しいぞ」
直斗は、警戒心を解かなかった。わざわざ後をつけてまで追ってきたのだ。何かあるに違いなかった。
「そう思われても仕方がありませんね。確かに、それだけの理由ではないです。一つ、あなたに伝えたいことがあって――」
ルカがそこまで話した時だった。二人が居る廊下に、声が響いた。
「あーもう、ルカ君、こんな所にいた!」
声がした方向に、直斗は顔を向ける。そこに、一人の女子生徒が困り顔で立っていた。やや、幼げな顔立ちであるため、一年生だろうと直感でわかった。
「もう、一人で勝手に行っちゃって、どうしたの」
その女子生徒は、ルカの元へ歩み寄ると、馴れ馴れしく腕にしがみ付く。まるで、レイラが直斗へいつも行う動作のようだ。明らかな、強い好意を感じさせるアクションだ。
すると、ばたばたと、複数の足音が聞こえ、たちまちルカは、数名の女子生徒に囲まれた。
「やっと追いついた!」
「私達を置いていかないで」
「どうしたの? 心配したよ」
急に廊下は、黄色い声に包まれた。ルカは、慣れているのか、ファンに囲まれた男性アイドルのように、爽やかな笑みを浮かべながら、女子生徒達を宥めていた。その笑みから、レイラと同様の、長い八重歯が覗いているのを直斗は見逃さなかった。
「何もないなら、俺は行くから」
取り巻きに囲まれ、ハーレム状態の男を見物するのは、あまり気持ちのいいものではない。それに、レイラの件もあり、吸血鬼とはもうこれ以上関わりたくなかった。
直斗がその場から立ち去ろうとすると、ルカの取り巻きの一人が、初めて直斗に気が付いたように驚いた表情をした。
「あ、この人知ってる」
その言葉に、ルカの取り巻きは次々と直斗に目を向ける。
「この人、レイラさんの彼氏じゃん」
「ねーなんでルカ君はこの人と話をしているの?」
皆、口々に、直斗についての会話を交わし始める。輪をかけて喧しくなったため、直斗は背を向けて歩き出した。
その背中に向かって、ルカは語りかけた。
「僕が伝えたいことは、一つだけです」
廊下に、ルカの声が響き渡る。優れた骨格を持つ者からしか発せられない、クリスタルボイスだ。
直斗は、歩みを止めず、背中で聞く格好を取った。
「僕は味方です。お力添えが出来ると思います。だから、何かあったら僕を頼ってください、篠崎直斗さん」
ルカは、最後にフルネームで直斗の名前を呼んだ。そこには、本心で語っていると思わせる、強い気持ちが込められていた。
直斗は、返事を返さなかった。階段に差し掛かり、チラリとルカの方を伺う。
ルカは、取り巻きの女子が怪訝そうに見つめる中、まっすぐとした目を直斗に向け続けていた。
直斗は、目を逸らし、階段を駆け降りた。