現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第十八章 発覚と脅迫

 夜の住宅街を直斗は、大田山公園に向かって歩く。まだそれほど遅い時間帯ではないが、閑静な場所なので、人通りは少ない。

 

 直斗は一旦、県道二十三号線へ出てから、大田山公園を目指した。人通りの少ない場所よりも、多い所の方が、警察とニアミスをした場合、職質を受ける危険が少ないからだ。

 

 県道二十三号線と交差する、国道十六号線の高架下を抜けると、大田山公園が見えてきた。

 

 大田山公園は、緑に覆われた、小高い山の中にあった。公園としては相当広く、郷土博物館『金のすず』や、江戸時代中期の建物、『旧安西家住宅』そして頂上には、レイラが待ち合わせに指定した展望台『きみさらずタワー』がある。標高も下から見上げる以上に高く、頂上の『きみさらずタワー』からは、アクアラインが拝めるほどの、隠れた夜景スポットとして知られていた。

 

 直斗は、東口から大田山公園へと入った。入り口近辺に駐車場があるが、車は数えるほどしか停まっていなかった。その上、それらのいくつかは、違法駐車のものだろう。昼間は憩いの場として市民に愛されているが、夜は覆い茂った木々と、少ない街灯のせいで、訪れる人数は、公園の規模に比べると、極めて少ない。

 

 逢引には、打って付けの場所と言えた。

 

 直斗はスマートフォンの明かりを頼りに、薄暗い階段を登る。そして、遊歩道へと出た後、道なりに『きみさらずタワー』を目指す。

 

 郷土博物館『金のすず』の横を通り抜けると、先端部がライトアップされた『きみさらずタワー』が見えた。

 

 『きみさらずタワー』は、展望台以外に、大田山公園のシンボルとしての特徴があった。展望部の中央を貫くように双塔がそびえており、現在ライトアップされている、その二つの塔の先端には、日本武尊と弟橘姫の銅像が向かい合わせに立っていた。これらは、『日本書紀』における『悲恋伝説』に因んでおり、日本武尊の東征の際、身をもって犠牲になった弟橘姫と、それを嘆き悲しんだ日本武尊を元にしている。

 

 直斗は、『きみさらずタワー』へと近づいた。周りに人気はなく、街灯が無い場所は、薄闇が広がっていた。

 

 『きみさらずタワー』の足元に、レイラの姿があった。レイラは、とっくに直斗の接近を感知しており、まだ距離がある内から、直斗を注視していた。

 

 直斗はレイラの元へ辿り着いた。遊歩道から差し込む街灯の光の中、レイラは申し訳なさそうに顔を伏せ、謝罪を行った。

 

 「わざわざ呼び出してごめんなさい」

 

 「いや、いいよ。それより見せたいものって何?」

 

 直斗は、すぐに本題を切り出した。そうしつつ、レイラを観察する。

 

 今レイラは私服だった。黒のロングジャンパースカートに、レースの入った白インナーを合わせた、ガーリーな服装だ。靴は黒のベルト付きウェッジパンプス。上品なお嬢様風の格好で、扶桑高校の制服着用時とは、随分と雰囲気が違うことに直斗は面食らう。

 

 そして、黒のショルダーバックを肩に掛けているのも気になった。

 

 「えっとね、それを見せたいんだけど、違う場所にしよう」

 

 「違う場所? ここじゃなくて?」

 

 直斗は自身の警戒心が、ざわざわと掻き立てられるのを感じた。一体、レイラは何のつもりだろう? 何を見せたいのか。

 

 「着いて来て」

 

 レイラは、きっぱりとした口調で言い放つと、歩き出した。

 

 「待って。どこへ行く?」

 

 直斗はレイラを呼び止めたが、レイラは聞こえていないかのように、歩みを止めなかった。おそらく、レイラは、直斗が自身に対し、抵抗し難いという事実があることを、理解しているようだ。そのことを今、直斗は実感した。それほど、レイラの歩みは、強かった。

 

 直斗は仕方なく、レイラの後を付いて行く。心の中で、警戒心が、さらに鎌首をもたげ始めていた。

 

 レイラが目指した先は、『きみさらずタワー』から百メートルほど歩いた所にある『旧安西家住宅』だった。江戸時代中期の建物であり、指定文化財にもなっている、寄棟・平入の茅葺き住宅だ。昼は一般開放されているが、夜は閉館していた。しかし、閉鎖されているわけではないので、いつでも敷地に入ることが出来た。

 

 「こっちよ」

 

 レイラは、木造の小さな門を通り、敷地内へと足を踏み入れる。直斗もそれに続いた。

 

 低めの生垣の間を縫うように進み、『旧安西家住宅』へと近づく。

 

 やがて、レイラは『旧安西家住宅』の裏手へ辿り着き、歩みを止めた。直斗は、他の誰かが待ち伏せしているのではないかと疑ったが、杞憂に終わった。

 

 家の裏手には、小さな土手があり、建物との間にあるこのエリアは、周囲から死角となる。夜の闇も合わせ、妙な圧迫感が生み出されていた。

 

 そのような場所まで、直斗を誘導してきたレイラは、直斗の方へと向き直った。

 レイラは優しく微笑む。薄暗いものの、月明かりが照らしているため、表情は見て取れた。

 

 「ごめんね。こんな所まで連れてきちゃって」

 

 レイラは直斗を真っ直ぐ見据えながら、そう言った。

 

 「なあ、何のつもりだ? 見せたいものってなんだよ」

 

 勿体ぶったレイラの行動に、直斗は苛立った。自然に口調が荒くなる。

 

 レイラは何も答えず、肩に掛けていたショルダーバッグを地面に下ろし、その場にしゃがみ込む。そして、ファスナーを開け、中に手を入れた。

 

 「学校を欠席したこの数日間、あることを調べていたの。それで、これを見つけたんだ」

 

 レイラは、直斗の顔を見ず、ショルダーバッグに目を落としたまま、そう告げた。

 

 そして、中の物を引っ張り出す。

 

 出てきたのは、布だった。結構、大きい。

 

 そして、レイラはその布を広げた。

 

 それを見た瞬間、直斗の心臓が跳ね上がった。布が何であるかを理解したからだ。

 血と、煤に汚れた、緑色のマントコートだ。あの時と全く同じ物だ。

 

 しかし、なぜレイラがそれを持っているのか? 確実に、処分したはずだ。

 

 絶句している直斗に、レイラは鋭い視線を向けた。

 

 「直斗、あなた『ロビン・フッド』ね」

 

 レイラは、ずばり、核心を突いた質問を直斗へぶつけた。

 

 直斗の頭が真っ白になる。だが、必死に頭を働かせ、踏み止まった。ここで、混乱した様子を見せては、以前の二の舞になってしまう。

 

 直斗は、務めて、平静を装い、レイラの質問に答えた。

 

 「何を言っている? 俺が『ロビン・フッド』だなんて、そんなわけないだろ」

 

 「ううん。もう完全にバレてるんだよ。直斗」

 

 レイラは、地面に置いたショルダーバックから、さらに、他の物を取り出す。

 

 ケーブル編みニットのインナーや、黒のチノパン、サングラスなど、決闘の際、直斗が身に付けていたものが、続々と出てくる。それらに付着している汚れや傷も、見覚えがあるものだ。

 

 「懐かしいでしょ? アレーナ・ディ・ヴェローナでの戦いの時『ロビン・フッド』つまりあなたが着ていた物だよ」

 

 レイラは、妖艶に笑う。獲物を前にした肉食獣のようだ。

 

 直斗は、レイラのその態度に怯むことなく、落ち着いて返答した。

 

 「だから、何のこと? どこで手に入れたか知らないけど、言い掛かりはよせよ。それに、本物なのか? それ」

 

 直斗は、あくまで、シラを切り通すつもりだった。

 

 「ふうん。そう来るのね。てっきり、前みたいにボロを出すかと思ったけど」

 

 レイラは、再び、ショルダーバッグに手を入れ、何かを取り出した。

 

 直斗は、また、当時の物的証拠が出てくるのかと思った。しかし、違った。

 

 取り出されたのは、握り拳ほどの大きさの球体だった。モリオンのような、黒い水晶体だ。

 

 「よく観て」

 

 レイラは立ち上がり、手に持った黒水晶を目線の高さまで掲げる。黒水晶は光り輝き、投光機のように、光を発した。それが、『旧安西家住宅』の壁を照らす。

 

 照らされた壁に現れたのは、映像だった。

 

 黒水晶は、映写機だったようだ。

 

 その映写機として機能している、黒水晶の映像は、直斗を青ざめさせるのに、充分な効果をもっていた。

 

 映像は、アパレル風の内装をした、どこかの店内を映し出していた。テレビ撮影のように、人の目線の位置からの映像だった。

 

 それを見て、直斗ははっとした。風景に見覚えがあった。確か、ここは上野にある、服屋だったはず。例の緑色のマントコートを買った店だ。

 

 そこに、直斗の姿があった。まさに、そのマントコートをレジで購入しているシーンだった。一年前の、あの時のものだ。

 

 映像が切り替わった。

 

 次は靴屋だった。次も、人が撮影でもしているかのように、目線の高さからの景色だった。そこに、またもや直斗の姿がはっきりと捉えられていた。光の中の直斗は、黒のロングブーツを小脇に抱えている。

 

 その後の映像も全て、同じようなものだった。直斗が、『ロビン・フッド』へ成るために、各々の店舗で必要な物品を購入している光景である。

 

 映像が終わり、再び闇が訪れた。黒水晶の光により、目が明順応したせいで、先程よりも、闇が濃く感じる。

 

 その闇の中、直斗は青ざめていた。今見た映像は、どれもが、己の記憶にあるものばかりだった。

 

 なぜ、このような映像が存在しているのだろうか。見た所、防犯カメラの映像ではなく、スマートフォンやハンディカムなどで、直接人が撮影したような撮り方だ。確実に直斗を被写体として狙ったものだった。

 

 だが、それはまず、ありえない話だ。

 

 一年以上前の出来事なので、細部までは覚えていない。しかし、間違いなく、あの時、撮影を行っていた人間はいなかった。当然だ。自身にカメラが向けられていたら、嫌でも気付く。第一、あの時点では、直斗を撮影する動機がない。

 

 そのため、このような映像が存在している事自体、不自然なのだ。

 

 しかし、これは『事実』だった。間違いなく。あの時を映し出している『客観的証拠』に他ならない。

 

 目が暗闇に慣れてきたため、レイラの表情がわかるようになった。レイラは、鋭い目を直斗へ向けていた。その目は、闇夜のせいで、猫科の動物のように、黒目が大きくなっており、淫奔な雰囲気を漂わせていた。

 

 「直斗、これで観念した?」

 

 レイラはやんわりと、諭すように言った。確実にクリティカルを与えたと確信している様子だ。

 

 「いや、知らないな。何かの間違いだよ」

 

 あくまでも、惚け切る算段だが、語尾が震えてしまった。映像は、ピンポイントで直斗の心を抉っていた。

 

 「これだけの証拠を見せても、認めないんだ」

 

 レイラは、余裕を込めた笑みを浮かべた。

 

 そして、言う。

 

 「この映像を、こちらの世界と、向こうの世界のテレビ局へリークするね。後、ネットへも流すよ。これで二つの世界が探し求めていた『ロビン。フッド』の正体が、白日の下に晒されるね」

 

 レイラは、直斗が一番恐れていることを提案した。

 

 「誰も信じないよ」

 

 「そう? でも、とりあえず動こうとする一部の人達はいるんじゃない?」

 

 レイラはにべもなく答える。

 

 「……」

 

 レイラの言う通りだった。この映像が発信されれば、一部の連中は動くはず。これまでも類似の情報により、動いた連中のせいで、引き起こされたトラブルがいくつもある。彼らはその時と同様に、容易く、直斗の居場所を突き止めるだろう。そうなれば、直斗の生活に支障をきたすのは、火を見るより明らかだ。直斗のみならず、家族にも飛び火するだろう。

 

 ましてや、直斗は『ロビン・フッド』なのだ。ど真ん中のストライクであるため、発覚は必至だった。もし直斗の正体が発覚されれば、直斗と家族の人生は破滅に追い込まれるだろう。少なくとも、もう今までの生活は送ることはできないはずだ。

 

 それだけは避けたかった。この映像が世界に発信されるのは、なんとしても阻止しなければならない。

 

 「わかった。認める。俺が『ロビン・フッド』だよ」

 

 直斗は諦め、真実を告げた。もう隠し通すのは逆効果だった。これから先の対処を考えなければならない。

 

 「やっと観念したね。嬉しい」

 

 レイラは、叱っている子供から、謝罪の言葉をようやく口にさせた教師のように、満足気な顔をした。

 

 「レイラ、いくつか教えてくれ。そのマントなどの当時の物や、映像は一体何なんだ?」

 

 直斗は疑問に感じていたことを問い質す。これについては、実情を完全に把握しておかなければならない。アキレス腱そのものだからだ。

 

 「ああ。これはね」

 

 レイラはそう言いながら、地面に落ちてある緑のマントコートを拾い上げた。

 

 「同じ店で買って、再現したフェイクだよ。直斗を動揺させるために用意しただけ」

 

 「映像の方は?」

 

 「向こうから持ち込んだ道具を使ったの。特定の人物の足跡を辿れる機能があるよ」

 

 直斗からの言質を取った余裕のお陰か、レイラは隠さず説明を行う。

 

 マントコート類については、やはりブラフだったようだ。それは理解できた。だが、もう一方の、足跡を辿れる道具とは一体、どんな代物だろうか。とてもやっかいな特性を持っているようだ。

 

 「その道具って、さっき見せてくれた黒い水晶のこと?」

 

 レイラは首を振った。

 

 「あれはただ映像を見せる道具だよ。足跡を辿れるのはこっち」

 

 レイラは、ジャンパースカートのポケットから、手の平サイズの、蜂の巣に似た物体を取り出した。ハニカム構造の孔に当たるその部分には、イクラほどのサイズの目玉がびっしりと、埋め尽くすようにはめ込まれていた。悪夢にでも出てきそうなほどの、おぞましい様相だった。

 

 直斗が眉根を寄せたのを見て、レイラは満足そうに頷いた。

 

 「おぞましいでしょ? これはね、吸血鬼専用の道具なんだよ。正確には、道具じゃなくて、生物なんだけど」

 

 レイラは、手の平に乗せている、その生物を優しく撫でた。感情があるのか、その生物は、身を震わせた。全体を覆っている目玉が、カメレオンの眼球のように、各々、別方向へ動く。

 

 「この子の使い方はね、下の方にある口から、足跡を辿りたい対象の細胞を食べさせるの。その後、その対象者の残留生体反応を元に、かつて、その空間に居たかどうかが測定されるんだ。そして、該当する場合、この子はそれを『撮影』して、映像として保存するの。後は映写機となる道具へ移すだけ」

 

 映像が、第三者視点で、しかも目線の高さで撮られていたのはそのためだったのだ。レイラが、過去に遡って、撮影していたということだ。

 

 「俺の細胞はどうやって手に入れた?」

 

 「前に、直斗の部屋にお邪魔した時、髪の毛をこっそり持って帰ったんだ」

 

 レイラは、飄々と白状する。

 

 「俺が利用した店を撮影できたのは、しらみ潰しに探したからか?」

 

 「うん! 東京中を探し回ったよ。そのせいで、休みが必要だったんだ」

 

 レイラは嬉しそうに答えた。

 

 そして、直斗の頭に先からつま先までを嘗め回すように見る。

 

 「さてと、ここからが本題だね」

 

 レイラは、手の平に乗せた生物をポケットに収め、直斗へと近づく。薄闇の中、レイラの唇から、長い八重歯が覗いているのが見て取れる。

 

 そしてレイラは、命令口調で告げた。

 

 「直斗、私の家畜になりなさい」

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