現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第一章 世界を救いに外出

 テレビ画面に映ったその光景を自室で観ていた篠崎直斗(しのざき なおと)は、腰掛けていたベッドから立ち上がった。部屋に備え付けてあるクローゼットを開け、外出の準備をする。Tシャツとスウェットパンツを脱ぎ、ハンガーに掛かっていた青のアンクルパンツを履く。上半身は七部袖のボーダーカットソーを着た。

 

 ふと、もっとカモフラージュを効かせた服装にした方がいいのではないかという疑問が頭をよぎるが、必要無いのだと思い直す。そこはすでに手を打ってあった。わざわざ昨日、上野まで出向き、買い漁ったのだ。購入する店を一つに絞らず、ハシゴして一式を揃えたのだ。その上、どこにでもあるような物を選んだ。さすがに店員も、これから『そこ』に映る物が、まさか自分の店で買われた商品かもしれない、という突飛な発想には至らないだろう。

 

 直斗自身、高校一年生としては中肉中背であり、顔も何の特徴も無いマジョリティー的な顔だった。見知らぬ人間に一瞥されたくらいでは覚えてもらえない自信があるが、テレビに晒されれば、否応が無しに、誰かが直斗だと気付くだろう。真に警戒すべきは『戦い』ではなく『発覚』なのだ。

 

 直斗は壁に掛けられた時計を見た。夜の十時を回った所だった。少し急がなければならない。

 

 直斗は昨日、上野で購入した物が入ってある黒色のスポーツバッグを持ち上げると、窓際に近づいた。クレセント錠を下に降ろし、窓をゆっくりと開ける。六月の湿った空気が顔に纏わりついてくる。

 

 部屋の明かりを消し、開け放った窓から下を覗き込む。月明かりを頼りに、誰もいないか確認をする。念のため、見える範囲全てに目を走らせるが、人影すら見えなかった。

 

 今は世界中が、ジャッジメント・デイを見守るためにテレビに噛り付いているのだ。もしかすると、この時間帯こそが、人類史上で一番、隠密行動に適した瞬間になっているのかもしれない。

 

 もっとも、その後すぐに人類が消えて無くなってしまうかもしれないが。

 

 そうなるのはごめんだった。せっかく高校生になったばかりなのだ。高校生活がたった二ヶ月で終わるのはさすがに寂しい。

 

 直斗は、スポーツバッグに紐を括り付け、窓からそっと下に送り出した。スポーツバッグが地面に着くのを確認し、紐から手を離す。再度、周囲を確認した後、窓を閉める。

 

 直斗は、部屋の明かりを点けた。テレビを見ると、アレーナ・ディ・ヴェローナは決闘間のインターバルに入っていた。そのインターバルは三十分間設けられていた。インターバルにしては長いような気がするが、世界の命運をかけた大一番の戦いなので、そんなものかもしれない。

 

 残りの決死隊のメンバーは二人。大将戦直前のインターバルを入れると、大将が戦線に立つまで、もう一時間も無い。

 

 壁掛けの時計を見る。先ほど確認した時刻から、五分以上経過していた。時間が差し迫っていた。

 

 直斗は急いで部屋を出ようとする。そこで忘れ物をしていることに気が付き、学習机に向かった。忘れてはならない、大切なものだった。

 

 引き出しの一番下を開き、奥にある筆箱を取り出す。中を開けると、エムテックのフォールディングナイフが収まってあった。フォールディングナイフはその名の通り、折りたたみ式のナイフであり、携帯性に利便があった。このナイフはUSMC公式のナイフであり、カーボンラバーによる扱いやすさと、頑丈さ、切れ味を兼ね揃えていた。

 

 直斗はフォールディングナイフをアンクルパンツのポケットにしまい込んだ。所持しているのはそれだけで、スマートフォンも、財布も、机の中に入れてあった。

 

 テレビの電源と明かりを消し、部屋を後にする。

 

 階下に降り、リビングに入る。そこには直斗の両親と、今年小学五年生になる妹がいた。三人ともテレビの前で不安げな面持ちだった。

 

 「ちょっと友達の所に行って来るよ。すぐに戻るから」

 

 直斗は母の蛍子(けいこ)にそう言った。最初の計画では、スポーツバッグと共に、窓から抜け出す予定だったが、いつなんどき誰かが部屋を訪れるとも知れなかった。後々やっかいな展開になりそうだったので、思い切って、外出する旨を伝える方法に転向したのだった。

 

 蛍子は、直斗の申し出に、不安げな表情から、やや目を吊り上げた表情に変わった。

 

 「今から? 駄目よ。時間を考えなさい。それにこんな時に」

 

 「こんな時だから友達と会いたいんだ。明日、学校休みだし」

 

 「お兄ちゃん、一緒にいようよ」

 

 妹の春香(はるか)が直斗の元に駆け寄り、腰にしがみ付く。春香は、同世代の少女たちに比べて背が低くく、顔も幼かった。小学校低学年だと言われれば信じてしまいそうな程だ。

 

 その春香の顔がおびえていた。凄惨な光景を、映像を通して観たせいだろう。小学生に見せる内容では無く、本来、両親が配慮するべきものだが、人類全ての命運に関わることなので、許しを得たのだった。

 

 「ごめん。呼ばれちゃって。すぐに帰ってくるからね」

 

 直斗は、春香の三つ編された頭を撫でながら答えた。

 

 そして直斗は、リビングを出て、玄関に向かう。

 

 両親が共に喚いていたが、無視をして、家を出る。どうせ帰ってくる頃には、表情は歓喜に一変しているはずだ。

 

 先ほど降ろしたスポーツバッグを手に取り、夜の住宅街に飛び出した。

 

 直斗の住む住宅街は、千葉県木更津にある、清見台地区にあった。古い住宅街であり、直斗が住んでいる家も、父方の祖父母が建てたものだった。五年ほど前に祖父母が立て続けに亡くなった後、それを相続した父がリフォームし、現在一家で住んでいた。

 

 直斗は、この街が好きだった。古いが、温かみのある場所だった。もしも、人類側が負ければ、住むのもままならなくなるかもしれない。

 

 直斗は、時おり利用しているマツモトキヨシの横を通り抜け、交差点を渡る。その先にある清見台中央公園の中に入った。

 

 ここに到着するまでに、誰一人として出会わなかった。車すら見ていない。道路だけを見れば、丑三つ時のような閑散とした様相を呈していた。

 

 直斗は清見台中央公園の中を奥に向かって進む。公園内部にも、全く人の気配は無かった。

 

 中央にある時計台のモニュメントを通り過ぎ、予め目星を付けていた古ぼけた集会所まで到着した。誰からも見られていないか周囲を確認し、集会所内部も無人であることを確認してから、その影に入る。

 

 直斗は、手に持っていたスポーツバッグを地面に下ろした。ファスナーを開け、中に入ってある服を取り出し、着替える。本来は、上空で行う予定だったが、確認の意味を込めて、ここで身に纏って行くようにした。抜けがあれば、家に引き返してフォローが出来るからだ。

 

 直斗は、月明かりの中、自分の体を見下ろした。

 

 緑色のフード付きマントコートに、黒のケーブル編みニットをインナーとして合わせた。そしてボトム部は、黒色のチノパンを履いた。そして足元は黒のロングブーツ。マント以外全て黒一色に統一した。

 

 直斗は自分のこの姿について『ロビン・フッド』をイメージしていた。弱者のために、悪賊を退治する中世イングランドの英雄だ。これから行うことに相応しい姿と言えた。だが、改めて自身を見ると、不審者にしか見えない出で立ちなため、この際、意識しないようにする。

 

 服の他に、マスク、サングラス、黒の綿手袋を用意してあるが、直前に身に着けるようにした。それらはまとめてチノパンのポケットに突っ込む。

 

 服装と準備品に抜けが無いことを確認した直斗は、脱いだアンクルパンツのポケットからフォールディングナイフを取り出した。

 

 直斗はフォールディングナイフの刃を出すと、息を呑み、右手の手の平を切り裂いた。熱さと痛みが直斗を襲う。何度も似たようなことをしてきたが、未だにこの痛みには慣れない。

 

 深めに切り裂かれた手の平から血が流れ出し、公園の土に滴り落ちていく。ステンレス鋼の切れ味は抜群で、何ら防御の措置を取っていなければ、こうして易々と皮膚から血を流すことが出来るのだ。

 

 これから造る物は、かなりの性能を持たせなければならない。なにせ、イタリアまでの距離を一時間以下で飛ぶのだ。もしかしたら、本番時に消費する血液量よりも、今ここで消費する量の方が多いかもしれない。

 

 直斗は数秒間、血を滴らせた。そして、傷口周辺に付着した血を使い、止血する。量として言えば、採血時の半分程度だったが、もう充分だろう。

 

 直斗は、少し後退り、血が染み込んだ地面を見る。

 

 血が染み込んだ部分の土が盛り上がった。みるみる内にそれは大きくなっていく。やがて盛り上がりは形を成していった。アメーバーが分離し、新たな固体になる過程を見ているかのようだった。

 

 そしてそれは、完全に形が整った。土の塊だった物は、今や、軽自動車ほどのサイズをした巨大な隼に変わっていた。

 

 直斗は、翼を震わせている隼の頭を優しく撫でると、その背に飛び乗った。光学レーダー対策と、視認対策のため、自身も含めて、透明化させる膜を張る。

 

 直斗が合図の声を出すと、隼は打ち上げロケットのように急上昇した。

 

 隼を覆った膜には、風圧と『熱の壁』をほぼ完全に消滅させる効果と、胴体に吸着させる効果も持たせてあったため、急速な上昇だろうと、振り落とされること無く、背に乗っていられた。

 

 あっという間に、直斗は房総半島を一望できる高さにまで到達した。大地がイルミネーションのように明るく煌いている。東京と千葉を結ぶアクアラインが、一本の光の筋となって、東京湾を割っていた。

 

 さらに直斗は巡航高度まで上昇した。これからジルコンミサイルと同じくらいのスピードで飛ばなければならないのだ。ベストな高度を選択する必要があった。

 

 直斗は、予め予習しておいたイタリアがある方角を確認すると、そちらに隼を向かせた。

 

 イタリアと日本の時差は約七時間。着く頃には夕方だろう。日本の方が日付変更線に近いので、時を遡る形にはなるが。

 

 直斗と隼は発進した。やがてすぐに、音速を超えたことを示す、炸裂音が発生した。

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