現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第十九章 戦闘

 「家畜?」

 

 不快な単語に直斗は眉根を寄せる。

 

 「そう。向こうの世界で何匹か飼っているの。直斗の血はとても美味しそうだから、一番可愛がってあげるね」

 

 以前、何かを飼っているというレイラの言葉を思い出しながら言う。

 

 「飼っているって動物じゃないのか」

 

 以前、何かを飼っていると言っていたレイラの言葉を思い出しながら言う。

 

 「私、一言も動物だと言ってないでしょ。皆良い子だよ。早く直斗も皆に紹介してあげたい」

 

 「冗談だろ?」

 

 「本気よ」

 

 レイラは、キスをするかのように、直斗の顔に、自分の顔を近づけた。

 

 「後で向こうの世界に連れて行くとして、今は、血を飲ませて貰うね」

 

 レイラはそう言い、直斗の首筋に向かって、唇を接近させる。レイラはひどく興奮しているらしく、息が荒かった。暖かい風が首筋に当たる。

 

 そこで直斗は、決心した。やるしかない。

 

 直斗は、体内の血を消費し、全身に力を漲らせる。そして、身を寄せているレイラの体に、右腕を突き入れた。

 

 単純なボディーブローだが、格闘技の経験がないので、適切に決まったのかはわからない。だが、力技で押せるはずだ。

 

 直斗はそう思った、

 

 しかし、甘かった。レイラの体に当たったはずの右手は、まるで冷水に突っ込んだかのように、痛みと共にひどい冷たさを感じた。

 

 「無駄よ」

 

 レイラの胴体部分は、氷に覆われていた。その氷は、一瞬にして発生したようだ。そして、そこに、直斗の右腕は捕われていた。

 

 抜け出そうと慌てて右腕を引くが、溶接されたように、ガッチリとはまり込み、隙間さえできない。

 

 レイラはなおも、直斗の血を飲もうと首筋に歯を立てようとしていた。

 

 直斗は、さらに血液を消費し、自身の力を増大させる。あまり血は使いたくないが、火急の危機だ。

 

 直斗は自由になっている左腕を振るい、氷の塊に拳を叩き込む。氷は容易く砕け散り、ガラスのように欠片が周囲に飛んだ。

 

 直斗はさらに、右足でレイラを蹴り上げた。だが、レイラは体を仰け反らせながらそれをかわし、後ろへ飛んだ。

 

 二人の間に、五メートル程の間合いができた。

 

 「戦う気ね」

 

 離れた位置からでも、レイラの目に、闘志の火が点いたことがわかった。

 

 直斗は、氷に飲み込まれていた右手を見る。やや、霜焼け気味に赤くなっているが、外傷と呼べるほどのものではなかった。

 

 直斗は、正面に居るレイラに視線を戻し、チノパンのポケットから、フォールディングナイフを取り出した。そして刃を引き出す。

 

 レイラの目がそれを捕らえ、怪訝な表情をする。レイラのその顔は、そんなナイフでどうするつもりだ、と語っていた。

 

 これは切創により、自身の血を外へ出すために使うものだが、レイラはそれを知らない。直斗の力の根源が、まさに、レイラが狙っている血液そのものにあるということを。

 

 直斗は、ナイフの刃で、右手の手の平を切り裂いた。血がたちまち流れ出す。

 

 直斗の一連の行動を見て、レイラは目を丸くした。だが、すぐに、流れ出た血へ興味を示したようだ。発情した犬のように、爛々とした表情になる。

 

 「わざわざ飲みやすいように血を出してくれたんだ。嬉しいわ。今すぐ飲んであげる」

 

 レイラは直斗へ向かって、飛び掛った。

 

 凄い早さだ。そのまま押し倒すつもりなのだろう。

 

 直斗は、右手を振った。付着している血が飛び散り、眼前へ迫っていたレイラの胸部へと当たる。

 

 くぐもった爆発音がして、レイラの体は背後へと吹き飛んだ。レイラが着ていた白インナーと、ジャンパースカートの破れた破片が辺りに舞った。

 

 そしてレイラは、『旧安西家住宅』を囲んでいる石垣へと激突した。薄闇の中、レイラの小さなうめき声が聞こる。

 

 今の爆発は、極力、周囲に影響が無いように抑えていた。音も同様に、大して周囲には響いていないはずだ。その反面、ダメージは低いが、意識を飛ばすくらいは出来ると思っていた。だが、予想に反して、レイラは頑丈だったようだ。元気に身悶えしている。

 

 直斗はレイラに歩み寄って行った。

 

 「レイラ、降参してくれ。そして、話し合おう」

 

 レイラは、直斗の言葉が耳に入っていないようだった。口元の涎を拭い、直斗を睨み付ける。

 

 「その能力は何? 見たことがないわ」

 

 レイラは驚きを隠せないでいた。

 

 直斗はレイラの質問には答えず、レイラを見下ろしたままだった。

 

 レイラは、ふらつきながら立ち上がった。上半身の服がボロボロで、半ば、胸が露出している。

 

 レイラは、再度口を開いた。

 

 「アレーナ・ディ・ヴェローナでの戦いから『ロビン。フッド』の能力について色々と憶測があったわ。最終的には、魔法道具を使った人間の仕業だと結論に落ちついたけど」

 

 レイラは、血が滴っている直斗の右手に目を向けた。

 

 「そうじゃなかったみたい。あなた自身の能力だったということね。だけど、その能力は一体何? 魔法とも違う。『血』を使う能力だなんて……」

 

 レイラは目を細めた。そこには欲望が渦巻いていた。

 

 「でも、ますますあなたが欲しくなったわ。絶対に手に入れる」

 

 レイラは天を仰ぐように両手を広げた。そして、しゃがむと同時に、その両手を地面へ押し付けた。

 

 凄まじい振動が発生した。その直後、吹雪のような冷気が吹き付け、直斗の視界全てが一瞬にして、ホワイトアウトした。

 

 直斗の体は氷の塊に飲み込まれ、高く押し上げられた。爆撃でもされているかのような、激しい破壊音が、周囲から聞こえる。

 

 氷に飲み込まれたまま、直斗は上方へと押し上げられていた。氷は、まるで成長する樹木のように、上へ上へと伸びて行っているのだ。

 

 『旧安西家住宅』よりも遥かに高い位置まで伸び、やがて、その成長が止まった。

 徐々に、直斗の視界を遮っている白い冷気も薄れ始めた。

 

 確保出来るようになった視界から、周囲を見渡した直斗は驚いた。

 

 下方一面、氷に覆われていた。今まで側にあった『旧安西家住宅』が影も形もなくなっている。それだけではなく、庭園や石垣、土手、周囲の木々はおろか、『旧安西家住宅』を中心とした、大田山公園の一角が、突如出現した氷の塊により、破壊され、そこだけが南極の一部になったかのように、氷漬けになっていた。

 

 かなりの広範囲に、氷の被害が及んでいた。もしかすると、他に巻き込まれた人間がいるかも知れない。それに、爆撃機から攻撃されたような、壊滅的な音が響いたのだ。間違いなく、近隣の住人達は今頃、大騒ぎのはずだ。

 

 人が来るのも時間の問題だ。悠長に構えていては、目撃される危険性がある。それはレイラも同様で、自身を窮地に陥れてしまう結果になるのだが、欲望が優先して、正常な判断ができていないのかもしれない。

 

 とにかく、ここからは迅速に対処しよう。

 

 直斗は力を込めて、自身の体を覆っている氷を内側から砕いた。そして、樹氷のようにそびえる氷の塊の頂点へと立つ。

 

 直斗は周囲を見渡した。薄闇に覆われ、見通しが悪い。しかし、月明かりのお陰で、かろうじて、周辺にあるものの輪郭程度は把握できた。

 

 今は、レイラの姿は見えなかった。辺りを埋め尽くしている氷のどこかに潜んでいるのだろう。こうして直斗が、飲み込まれた氷の中から、脱出した姿も、確認しているに違いない。

 

 直斗は、現在いる氷の塔から、降りるかどうか迷った。ここにいれば見通しはいいが、周囲から丸見えであるため、狙い撃ちされる危険があった。また、いずれ駆けつけて来る警察や、消防隊に姿を晒すことにもなる。その上、閑散としているとはいえ、公園内にも、まだ人がいるはずなのだ。この異変で近寄ってくるのなら、それもまた目撃のリスクを上げてしまう。

 

 ここは、下へ降りた方が無難かもしれない。

 

 そう判断し、直斗はその場から飛び降りた。そして、氷の大地へ着地する。冷凍庫の中に入ったような、ひんやりとした冷気が直斗の全身を包む。

 

 直斗は、半袖で剥き出しになっている自身の腕をさすった。すでに全身に鳥肌が立っている。吐く息も白かった。

 

 初夏なのに、凍えるような寒さの中、直斗は周囲に神経を尖らせた。辺りは、いくつもの氷の塊が障害物として取り囲んでおり、複数の死角が生まれていた。

 

 そのどこかにレイラはいるはずだ。先ほどから、ヒリヒリとした、焼くような視線を肌が捉えていた。

 

 直斗は、周囲を警戒したまま、思案する。現在、氷に覆われたこの場所にいることは、危険かもしれない。ここは、氷の力を持つレイラの、ホームグラウンドだ。

 

 直斗は、氷を破壊し尽すという手を考えた。だが、その場合は、直斗の姿が剥き出しになるリスクがあった。そうなると、接近してきた人間の目に留まってしまう。氷は、周囲からのパーテーションとしての機能ももっているのだ。つまり、盾として使える。

 

 氷は破壊しない方がいいだろう。少なくとも今は。

 

 直斗は、右手を何度か握り締め、出血を促進させた。そして、新たに流れ出てきた血を氷の地面へと垂らす。量はコーヒーに入れるクリームほど。

 

 氷の上へ落ちた血は、粘土のように、たちまち形作られていく。

 

 形成されたのは、ゴールデンハムスターに酷似した生物だ、白とオレンジ模様の毛皮を持っている。全部で三匹造った。

 

 直斗はつま先で地面をタップし、三匹のハムスターもどき達に合図を送る。その三匹は、脱兎のごとく方々に駆け出し、たちまち姿を消した。

 

 あの三匹には、生物の探知機能を備えさせた。この氷の世界にいるレイラを、見つけ出すことができるだろう。

 

 直斗は、近くにある巨大な樹氷の影にしゃがみ込んだ。そして、じっと待つ。やがてハムスターもどき達が、レイラの居場所を発光によって、教えてくれるはずだ。そして、その後、一気に肉薄し、けりを付ける。

 

 短期決戦で決めたかった。

 

 直斗がそう考えた時だった。小地震ほどの、微かな振動が起こった。それと同時に、地割れのような音が辺りに響き渡る。

 

 直斗ははっとした。先ほど放したばかりのハムスターもどき達が、この瞬間、まとめて消滅していた。氷に飲まれたようだった。

 

 複数の小さい生き物をピンポイントで探知し、しかも一瞬にして仕留めたのだ。どうやらレイラは、この氷上全てのものを完全に把握できているようだ。

 

 おそらくだが、直斗が今いる位置すら、完全に探知しているかもしれない。

 

 直斗は立ち上がった。未だに視線は感じるが、出処がわからなかった。

 

 直斗の位置を完全に把握出来ているとして、どうしてレイラは、すぐに攻撃を加えてこないのだろうか。様子を伺うにしては、時間を掛け過ぎているような気がする。

 

 だが、すぐにその答えが判明した。

 

 剥き出しの肌をなでる空気が、切り裂くような冷たさを持ち始めたからだ。まつげにも霜がおり、瞬きする度に、引きつったような痛みが走った。

 

 周囲の温度が、急激に低下しているのだ。

 

 気温を極端に低くし、直斗の動きを封じる算段だろう。

 

 やがて、直斗が吐く白い息に、キラキラとした結晶のようなものが混ざり始めた。それは、人間が活動するには困難なほどの、低温下に突入したことを示していた。

 

 直斗は、再びフォールディングナイフをポケットから取り出し、刃を引き出した。

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