現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第二十一章 決着

 レイラは自身を囲む氷の塊の中で、大きな笑い声を上げた。なんという幸運。万事休すかと思った矢先、急に雨が降ってくれた。天は私の味方だ。

 

 心の中で、レイラは仕留めたと確信した。本来なら、大抵の生き物はこれで死ぬはずだった。幾度となく、様々な命を奪った氷なのだ。 

 

 だが、あの鎖から抜け出ることが可能な直斗の場合は例外だろう。信じ難い脅威だが、死んではいないはず。

 

 しかし、確実に瀕死状態のはずだ。

 

 レイラは、折れた手足を庇いながら、体を起こした。そして、その折れた手足を氷で補強する。

 

 レイラは何度か体勢を崩しながら、何とか立ち上がった。貧血のような眩暈を覚える中、直斗が飲み込まれた部分へと目を向けた。

 

 驚くべきことが起きた。

 

 レイラの目はそれにより、驚愕に見開かれた。

 

 辺り一帯の氷全てが、一瞬にして吹き飛んだのだ。まるで砂の塊を爆破したように、瞬時に氷は粉微塵になって、中空へと散った。

 

 ダイヤモンドダストのように、氷の粒が舞い踊る神秘的な景色の中、立ち上がったばかりのレイラは、再びその場へと座り込んだ。

 

 「化け物……」

 

 レイラはぽつりと呟いた。

 

 レイラの心の中に、強い恐怖と絶望が芽生えた。それは、抗いようがない天災に巻き込まれた時に似ていた。

 

 鎖を引き千切った事実を合わせて、確実に言えることがある。

 

 この人間は、生物としての、理を越えた強さを持っている。

 

 

 

 氷の中から抜け出た直斗は、その場にへたり込むレイラを前にした。

 

 直斗は、降りしきる雨の中、自身の両手をレイラへ見せながら言う。

 

 「けっこう血を使ったよ。レイラは強いね」

 

 直斗の手の平は、大量の血で濡れていた。

 

 今、レイラに告げたことは事実だった。レイラは、アレーナ・ディ・ヴェローナで戦った異世界人達よりも、遥かに高い戦闘能力を持っていた。

 

 以前、レイラは語っていた。アレーナ・ディ・ヴェローナでの異世界側の参加者は、一般人からの立候補による抽選であったため、強さでは選ばれていないと。

 

 こうやって、レイラの戦闘能力を目の当たりにすると、アレーナ・ディ・ヴェローナでの参加者が頂点ではないことがはっきりと理解できた。つまり、リウド国には、まだまだ強い異世界人が溢れていることを証明していることに他ならない。これは直斗にとって、危険な真実だった。

 

 なおさら、直斗が『ロビン・フッド』だと発覚させるわけにはいかない。

 

 ここで、レイラを確実に殺す。

 

 直斗は、止めの一撃を加えるために、血が付いた手の平を、座り込んでいるレイラへ近づけた。

 

 アレーナ・ディ・ヴェローナでも人型の異世界人を殺したが、今回は人間そっくりの異世界人だ。極めて拒否感があるが、避けることはできない。

 

 直斗の手の平が、レイラに触れようとした時だった。

 

 火薬が炸裂したかのような、耳をつんざく音と共に、目が眩むほどの青白い発光が、直斗の目の前に発生した。

 

 雷だった。大きな雷が、レイラに落ちたのだ。

 

 レイラに直撃したその雷は、青白い根のような帯を生じさせ、レイラに纏わり付く。

 

 レイラは、激しく痙攣を繰り返し、やがて雷の帯電が終わると同時に、動かなくなった。

 

 直斗の目からは、事切れたように見えた。

 

 「あなたが手を汚す必要はないですよ。篠崎直人さん」

 

 背後から透き通った声が聞こえた。聞き覚えがある声だった。

 

 直斗が振り返ると背後に、銀髪の小柄な少年がいた。

 

 ルカだ。扶桑高校の制服を着ている。

 

 唐突なルカの登場に、警戒をしながら質問をする。

 

 「何をした?」

 

 「僕の電撃を与えただけです」

 

 ルカは、雨に濡れた銀髪を撫でつつ、そう答えた。

 

 「魔法か?」

 

 「ええ。僕は雷の魔法を使えるんです」

 

 ルカは、にやりと笑い、隠さず己の能力を明かした。

 

 ルカはさらりと答えたが、相当強力な能力だと直斗は思う。今も周囲の地面は、青白い光が帯電している。

 

 「いつから見ていたんだ?」

 

 「戦闘が始まるより、少し前辺りからですね。そこからずっと様子を伺っていました」

 

 途中から感じていた視線は、こいつのものだったのかと、直斗は納得した。しかし、何のつもりなのか。敵対するつもりはないようだが。

 

 「なぜレイラを攻撃したんだ?」

 

 「同じ異世界人である僕が、尻拭いをするべきだと思ったまでです。気にする必要はありませんよ」

 

 ルカはそう言うと、辺りを見渡した。

 

 「すぐに人が集まってきます。移動しましょう」

 

 ルカはぐったりと倒れているレイラに近づき、担ぎ上げた。いつの間にか、レイラが持っていたショルダーバッグを肩に掛けている。

 

 「こっちです」

 

 ルカは言い終わるなり、大きく跳躍し、きみさらずタワーとは逆の方角にある、林の中へと消えた。

 

 直斗も後を追い、一足飛びで林へと入った。

 

 

 

 ひとまず身を隠せる所へ避難した二人は、向き合っていた。二人の間には、折れた手足に氷が付着しているレイラが、横たわっている。

 

 「レイラは生きているのか?」

 

 直斗の質問に、ルカは首肯する。遊歩道から僅かに届く街灯の明かりを受けて、ルカの青色の瞳が薄く輝く。

 

 「はい。辛うじてですが」

 

 「どうするつもりだ?」

 

 「僕の方で『処分』します」

 

 「処分?」

 

 ルカは直斗の質問に答えず、レイラが持っていたショルダーバッグをこちらへ差し出した。

 

 「レイラさんが、持っていた物です。つまり『ロビン・フッド』の衣装類です。あなたが持っていた方がいいでしょう」

 

 直斗は、反射的にショルダーバッグを受け取った。中を確認すると、レイラがダミーとして用意した『ロビン・フッド』変装道具一式が入っている。そして、黒い水晶玉と、例の過去を撮影出来ると言う、目玉の集合体生物も入っていた。

 

 これこそが直斗にとってのアキレス腱だった。今のうちに消し去った方がいい。

 

 直斗は黒い水晶と、目玉の二つを取り出し、手の平に滲んでいる血を使い、燃焼させた。髪の毛を焼いたような嫌な臭いが鼻をつき、やがて炭へと変貌を遂げた。残るは変装道具一式だが、こちらは少し考え、持って帰ることにする。

 

 直斗は、手の平に付いた燃えカスの炭を払い落としながら、暗澹たる気分へと陥っていた。

 

 こうして証拠は消滅させたが、また同じ方法で直斗の正体を見破る者が現れるかもしれない。このルカにしても、どうやって直斗のことを嗅ぎつけたのか。

 

 直斗の表情から、全てを読み取ったルカが口を開く。

 

 「今、あたたが消滅させた過去を映せる魔法生物は、モナ・クルスという名前で呼ばれています。安心してください。おそらく、今回のような特別なパターンではない限り、あなたの正体が判明される心配はないはずです」

 

 「どういうことだ?」

 

 「モナ・ルクスは、吸血鬼しか扱えない生物なのです。それに、どこでどう手に入れたのか、とてもレアな存在です。まず入手自体不可能です。僕も初めて目にしました」

 

 「しかし、現にこうやって揃える奴がいただろ。しかも若い女が」

 

 「詳細は不明ですが、本当に特別なルートを持っていたはずです。通常では考えられないほどの。それに、そうやってモナ・ルクスを手に入れた吸血鬼が居たとしても、探知するには対象の体の一部が必要なので、予めあなたに目をつけない限りは、辿り着けないはず」

 

 「……」

 

 「あと、レイラさんも言っていたように、一年程度が遡る限界となります。『ロビン・フッド』の衣装を揃えている映像は、もうじき撮影できなくなるはずです」

 

 「だが、この大田山公園を同じように探られたらどうなる?」

 

 「そのリスクはありますが、さっきも言ったように、そこに至るまでに、あなたが『ロビン・フッド』だと疑われないことには、行われませんよ」

 

 もっともな意見だが、それが頻繁に起きているような気がする。杞憂で済ませていいものだろうか。

 

 直斗は、ルカを顎でしゃくった。

 

 「お前も、俺に目をつけていただろ。俺が『ロビン・フッド』だと疑われるパターンが立て続けに起きているぞ」

 

 直斗の意見にルカは、少し言い難そうに、自分の頬を掻きながら答えた。

 

 「僕は例外なんです」

 

 「例外?」

 

 「ええ。あなたが『ロビン・フッド』だということは、レイラさんより先に気付いていました」

 

 「どういうことだ?」

 

 直斗は驚いた。ルカとは接触がほとんどなかったはずだ。

 

 ルカの答えは単純だった。

 

 「僕は、アレーナ・ディ・ヴェローナで観客として、あそこにいたんです。戦闘中、一度だけ『ロビン・フッド』の血の匂いを嗅いだんです。僕達吸血鬼は、一度血の匂いを嗅ぐと、体臭からでも本人かどうかわかります。そして、偶然にも、留学した先にあなたがいて、記憶にある『ロビン・フッド』の血の匂いと一致したので、確信したのです」

 

 そういえば、アレーナ・ディ・ヴェローナで、一度だけ手袋を外し、傷口を直接外に晒したことがあった。ルカが言っているのはその時のことだろう。しかし、観客席とは相当離れていたはずだ。

 

 まるで猟犬のような鼻の良さに、直斗は驚愕する。

 

 「とにかく、今のところはそれほど心配しなくて大丈夫です。こうやって我々に発覚したのは、偶然が重なっただけですから」

 

 ルカの助言を聞いたが、まだ直斗の不安は拭えなかった。ルカの狙いがわからない。協力体勢を見せてはいるが、また新たに直斗の正体を知る存在が増えたことに他ならない。

 

 「お前を信用していいのか?」

 

 「はい」

 

 ルカは即答した。真剣な表情だ。

 

 「どうやって証明する? 言葉だけではいくらでも言えるぞ」

 

 「その通りですね。それなら、こういうのはどうでしょう? この件で、あなたに疑いが掛からないよう事後処理を僕が行います。少なくとも、決定的な証拠は出さないようにします」

 

 「そんなことができるのか?」

 

 「任せてください」

 

 ルカは自信満々にそう言った。

 

 その時、パトカーのサイレンの音が、遠くから聞こえてきた。人が集まってきたのだ。

 

 「そろそろ退散しましょう。離れたとはいえ、ここにいたら危ない」

 

 ルカはレイラを担いだ。

 

 「とにかく、レイラさんは僕に任せてください。ではまた明日」

 

 ルカはそう言い終わると、その場から姿を消した。

 

 質問がまだあったが、止める暇もなかった。

 

 直斗は、ショルダーバッグを肩に掛け、その場を離れた。パトカーや消防車のサイレンが近づいてくる中、誰の目にもつかないように、細心の注意を払いながら下山する。

 

 そして、来た時とは違う南側の出入り口から住宅街へと出ると、周囲を警戒しつつ。直斗は、戦闘の地となった大田山公園を後にした。

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