現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第二十三章 殺しの時間

 リウド国から北西へ五十キロほど進んだ所に、コルト平原と呼ばれる場所がある。

 

 騎士団領トラセンドとの国境が近く、小競り合いがよく行われる血の大地だ。

 

 現在、そこにはリウド国から派遣された傭兵団が展開していた。赤色の下地に、黒の狼をあしらった旗が、傭兵達の頭上ではためいている。

 

 展開している傭兵達の先頭には、猪に似た、巨大な獣に乗った大柄な人物がいた。漆黒の甲冑を身に付け、正面を見据えている。

 

 その男の目の前は、赤色に染まっていた。見渡す限り一面血の海だった。その血の海には、それまで傭兵団と戦っていたであろう、甲冑を着た兵士の死体がいくつも転がっている。そのほとんどが、原型を留めていなかった。

 

 特徴的なのは、単純に破壊された死体ではなく、溶けたように崩れている点だった。大地を染めている血の海も、所々が沸騰し、泡と共に大量の湯気が立ち昇っている。それはまるで、今まで肉体に宿っていた魂が、天へと抜け出ているかのようなイメージを見る者に与えた。

 

 先頭にいた人物が、漆黒のヘルムを脱ぐ。その下から現れたのは、獅子を思わせる厳つい風貌の男だった。燃え盛るような、赤いたてがみが目を引く。

 

 「騎士団の連中も大したことねえな」

 

 獅子のような顔をした男は、隣に控えていた傭兵へ声をかけた。隣にいる傭兵は、白色の甲冑を身に付けていた。特別な色の甲冑を身に付けている傭兵は、その二人だけで、他の傭兵は、全て銀色の甲冑に統一されている。

 

 「あなたが強すぎるんですよ。《レッド・レウ》テュポエウス様」

 

 テュポエウスと呼ばれた男は、大きく両腕を広げ、天を仰いだ。

 

 「この世界は雑魚ばかりか! 俺の腕がなまってしまう!」

 

 テュポエウスの声は、血の海に響き渡った。その声は、獅子の咆哮のように力強く、野生の凶暴さを垣間見せた。

 

 「テュポエウス様、伝令です」

 

 後方の隊列を縫うようにして、部下の傭兵が駆け寄ってきた。その部下は、手に書簡を持っている。

 

 テュポエウスは、それをひったくるようにして受け取ると、目を通す。

 

 肉食獣特有の尖った眼が、しばらく活字を追っていたが、やがて顔を上げた。テュポエウスの顔は、嘲笑に歪んでいた。

 

 「あのカキュスロウの売女、行方不明なのか」

 

 テュポエウスの言葉に、白甲冑の傭兵が反応する。

 

 「カキュスロウというと、レイラ・ソル・アイルパーチのことでしょうか?」

 

 「ああ。なんでも、向こうの世界に留学してから、行方知らずになったとよ」

 

 「どうしてまた」

 

 「さあな。しかし、ちょっと前にその売女から連絡が来てな」

 

 テュポエウスは、続けた。

 

 「例の『ロビン・フッド』を見つけたんだとよ」

 

 「それはまた、奇妙な」

 

 「まあ、その時は、思わず笑っちまったが、あいつが行方知らずになったとなると……」

 

 テュポエウスは、しばらく考え込んでいたが、思いついたように、口を開いた。

 

 「向こうの世界へ行くぞ。《戦獣》も連れて行く」

 

 白甲冑の傭兵は、驚きの声を上げた。

 

 「ダーカまで!? 本気なのですか?」

 

 白甲冑が言い終わるや否や、テュポエウスは、食い殺すような凶悪な眼光を白甲冑に向けた。白甲冑は、電撃を受けたように竦み、頭を垂れた。

 

 「はっ。仰せのままに」

 

 白甲冑は。背後の部下に伝令を行った。それはすぐさま、別の所へ伝播して行く。

 

 「『ロビン・フッド』か。アレーナ・ディ・ヴェローナで、雑魚共を殺して、向こうの世界で持て囃されているみたいだが」

 

 テュポエウスは、小さく笑った。まるで、浅めのダンジョンで、運良く見逃されていた財宝を発見した時のような、僥倖を得た笑みだった。

 

 「確か二十五億ルーグか。賞金は」

 

 テュポエウスは、一人で呟くと、自身が乗っている巨大猪から降りた。そして、おもむろに、拳を振り上げ、それを大地へ叩きつけた。

 

 地面が大きく陥没し、周囲に細かな振動が発生する。すると、驚くべきことが起こった。

 

 テュポエウスの眼前に広がっている血の海が、大地と共に溶け出した。マグマのように赤色化した土が、兵士の死体と血を飲み込んでいるのだ。

 

 血の海に沈んでいる、兵士達の内臓や肉片が、煮えたぎり、地獄の大釜のように、湯気と臭気を放った。その耐え難い臭気に、白甲冑の傭兵は、ヘルムの口元を手で覆った。だが、テュポエウスは違った。

 

 爽やかな草原に降りた立ったかのように、澄み切った表情で、鼻腔を膨らませながら、深く臭気を吸い込んだ。

 

 そして、感極まったように、息を吐き出した。

 

 「さあ、殺しの時間だ。楽しもうぜ」

 

 テュポエウスは宣言した。

 

 コルト平原の西にそびえるタイラン山から、夕日が差し、マグマと血で煮えたぎっている大地を照らした。赤い大地が、さらに赤くなり、極めて禍々しい光景へと変貌した。

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