現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第二十四章 日常風景

 日曜の夜、御神龍司は、富士見にある自宅の浴室で、シャワーを浴びていた。

 

 浴室灯の明かりにより、淡いオレンジ色に染まったシャワーの湯が、御神の引き締まった肉体を伝い、大理石の上を流れていく。

 

 御神は、深く息を漏らす。そこには、憂いを帯びた気持ちが込められていた。

 

 御神は先ほどまで、保護者会で説明を行っていた。その前は、木更津署へ赴いていた。

 

 その両方共、レイラ・ソル・アイルパーチの件についてであった。金曜の夜を境に、音信不通になったと、レイラの寄宿先の人間から連絡が入った。

 

 丸二日経ってもレイラは帰って来ず、スマートフォンもまるで応答がなかったため、木更津署に捜索願いを提出したのだ。

 

 その後、緊急の保護者会が開かれ、御神自ら説明を行った。それは、レイラの件のみならず、大田山で起こった、正体不明の破壊の件も含まれていた。

 

 大田山の件は、現在、県警による閉鎖と調査が行われているため、通学には不向きの地帯となっていた。そこで、本来の通学路を変更し、大田山を迂回するルートを取ることを対応策とした。

 

 問題はレイラの件であった。留学生が行方不明というのは大問題だ。しかも、異世界からの留学という、反対もあった中でのやや強引な施策だったため、鬼の首を取ったかのようにわめき散らす保護者もいた。

 

 ――醜い豚め。

 

 御神は、唾を飛ばしながら、自身を糾弾した保護者の姿を思い出した。アル・カポネを想起させる風貌をした、薄汚いチンピラのような男だ。以前から、御神に嫉妬から来る敵意のようなものを持っており、今回の件は、見事に、御神を責め立てる大義名分を与える形となっていた。

 

 確か、その子供も、同じように醜く太った外見をしていたと思う。アル・カポネの息子、アルバート・フランシス・カポネは、病弱で大人しかったようだが、こっちの息子は、問題児だと聞く。蛙の子はやはり。蛙なのだ。いや、汚らわしい豚の息子か。

 

 御神は、大理石の壁に埋め込まれた鏡を覗き込んだ。

 

 そこに、幾度となく大勢の人間に賞賛された顔があった。高い鼻と、凛々しさを感じさせる目尻が長く切れた目。シャープな輪郭を持つ容貌は、常に女達から熱い視線を投げかけられた。いつの時の女か忘れたが、ハリウッド俳優のオーランド・ブルームに似ていると言われたことがある。

 

 その白人めいた顔付きが、今は、やや曇っていた。

 

 一体、レイラに何があったのだろうか。

 

 御神は、初めて会った時の、レイラの慎ましい態度を思い出した。

 

 それが、彼女の本当の姿でないことは、一目で見抜いた。しかし、それでも、大きな問題を起こすようには決して思えなかった。これまで自分は、多くの人間を篭絡してきたのだ。その目に狂いはない。

 

 ネックがあるとすれば吸血鬼だという点だが、代用の血は所持しており、人間の血を狙わないと誓った言葉に嘘は感じられなかった。何か、それらを凌駕する大きな歪が御神のあずかり知らぬ所で、病巣のように広がっていたのかもしれない。

 

 御神は、ふと思い出した。

 

 そう言えば、レイラと付き合い始めた男子生徒がいたはずだ。噂で御神の耳に入っていた。レイラは、御神の目から見ても、ラファエロのような美貌を持つ、絶世の美少女に映っている。そのような少女が選んだ相手が、どんな男子生徒か気になって、調べたことがあった。

 

 確か篠崎直斗という名前の男子生徒だ。何の特徴もない、地味なガキだ。

 

 どうしてそのような男をあのレイラが、と首を捻った記憶がある。

 

 御神はシャワーを止めた。そして、浴室を出る。バスタオルで体を拭きながら、脱衣所にある姿見に、自身の体を映す。週に三回、高級スポーツジムで汗を流しているお陰で、御神の肉体は、男性モデルのように均整の取れた肉付きをしていた。

 

 明日から出張が入っているため、すぐに動けない。出張から帰り次第、その男子生徒に話を聞く必要があった。これは、自身の進退に影響するのだ。自分の目を持って、事実を見極めよう。

 

 嘘は通用させない。

 

 御神はそう決心した。

 

 

 

 

 休日が明け、期末試験が始まった。生憎の雨だが、生徒達がどこか試験に身が入っていない雰囲気であるのは、雨のせいだけではなかった。

 

 金曜に発生した大田山の怪事件、留学してきたばかりの異世界の美少女が行方不明である件。それらが重なり、生徒達の思考を掠め取っているのだ。

 

 直斗も例外ではなく、寧ろ当事者であり、事実を知っているが故の精神的不安は大きかった。

 

 レイラが行方不明になった報を受け、他生徒達は、まっさきに直斗へと事情を聞きに来た。だが、当然、真実を話すわけにはいかない。試験勉強と平行して考えた『ブラフ』を用いて、何とか取り繕い、納得をさせることに成功した。

 

 中には、直斗が殺害したのではと、物騒な疑いをかける者もいたが、よくよく考えると、相手は人間の力を遥かに凌駕した異世界人なのだ。直斗のような『普通の人間』では如何様にも出来ないだろう、という結論に達し、疑いは晴れた。

 

 また、幸いなことに、レイラを冷たくあしらっていた件からの直斗に対する風当たりの強さは、レイラが行方不明になったことのインパクトに打ち消される形となり、人間関係は解消されていた。

 

 しかし、生徒関係はそれでいいとして、これから先、面倒事が起きそうな因子を孕んでいた。レイラのスマートフォンは、ルカが処分したようだが、通信会社の方に履歴は存在している。ゆくゆくは、警察の捜査の手がこちらに伸びてもおかしくない。その辺りも、ルカがどうにかすると言っていたが、信じていいものなのか。

 

 様々な懸念が直斗を圧殺し、ストレスとなっていた。

 

 それは試験結果に如実に現れていた。三日に及ぶ試験はとても満足できる手応えはなく、まるで自分ではない第三者が、直斗の体を乗っ取ったかのような錯覚さえ覚えた。

 

 裕也や俊一に結果を聞くも、いずれも自信のない言葉を吐く。しかし、直斗ほど心に負荷が掛かっているわけではないだろうから、三味線の可能性がある。とは言え、裕也は、事実のはずなので、そうなると、今回に限っては、裕也といい勝負になるまで、点数が落ちているかもしれない。

 

 何はともあれ、期末試験は終わった。後は夏休みを待つのみだ。もう、気にしていられないし、試験よりも警戒するべき事案が増えていた。

 

 その一つが、もうそろそろやって来る。

 

 就業のチャイムが鳴り響き、三々五々、生徒達が教室を出て行く中、それは直斗のクラスへと入って来る。

 

 ルカだった。

 

 休み明けからルカは、よく直斗のクラスへと訪れるようになっていた。まるでレイラがそうしていたように。

 

 ルカにも取り巻きがいるが、説得し、単独で会いに来ているらしい。そうまでして、ルカは直斗と逢引を望んでいるのだ。その理由もおよそ、わかっている。

 

 「直斗さん、帰る準備は済みましたか?」

 

 まるで一緒に帰宅する約束でもしていたかのように、ルカは訊く。もちろん、約束などしておらず、ルカの一方的な押しかけだった。

 

 「出来ているけど、一緒には帰らないぞ」

 

 「まあ、そう言わずに」

 

 ルカは、直斗の意見など気にすることなく、随伴するつもりだ。

 

 「ルカ君、いらっしゃーい!」

 

 ルカに対し、明るく声をかけたのは、志保だった。志保はルカに『お熱』なので、ルカが二年三組へ通って来ることを、強く歓迎していた。

 

 「直ちんが一緒に帰らないなら、私が帰ってあげるよ!」

 

 「志保は、部活あるだろ。サボるのか?」

 

 期末試験が終わり、今日から部活動が再開されていた。

 

 「うん」

 

 志保はあっさり肯定する。

 

 「そこまで一緒に帰りたいのか。今まで休んだことないのが自慢だったよな?」

 

 志保はにやりと笑い、ルカにしがみ付く。女子だから許されるセクハラ行為だ。

 

 「扶桑高校、美男子部門ダントツ一位のルカ君と帰ることが出来るなら、皆勤賞なんてポイッだよ」

 

 志保は物を放り投げる仕草をし、再びルカの腕に自身の腕を絡める。

 

 ルカはそういった扱いに慣れているのか、少しも動じず、直斗を見て優しく微笑んだ。

 

 中性的で整った顔から作られる笑顔は、ミケランジェロの石像のように美しかった。直斗は思わず目線を逸らす。

 

 「それにしても、どうしてルカ君は、直ちんにここまで懐いたの?」

 

 志保は当然の質問を直接ルカ本人へ行う。

 

 直斗はまさか、事実を言わないだろうなと思いながら、ルカの返答を待った。

 

 「惹かれるものがあったからです。素敵な人じゃないですか」

 

 ルカのまるで愛の告白のような台詞に、志保は口に手を当て、目を丸くした。

 

 「ええ!? それって恋しているってこと?」

 

 「そうとも言えます」

 

 ルカは躊躇うことなく、首肯した。

 

 すると、志保よりも先に、周囲から驚きの声が上がった。三人のやり取りを、他のクラスメイト達が聞いていたのだ。クラスメイト達は、学校一の美少年のことが、気になってしょうがないらしく、聞き耳を立てていたのだ。

 

 気付くと、裕也や俊一達も、少し離れた位置から、他の男子に混ざって、こちらを眺めている。部活があるはずなのだが、野次馬を優先したようだ。

 

 しかし、目を輝かせている女子達とは違い、男子達は、どこか嫉妬が入り込んだ視線をルカに向けていた。木場は、レイラの時と同様、曇った表情をしている。

 

 「まさか男の子のルカ君が、これまた男である直ちんを好きだとは」

 

 志保は不思議そうに首を捻った。そして、続けた。

 

 「レイラさんの時もだけど、直ちんには、どこか異世界人を惹き付ける魅力があるのかな?」

 

 志保の疑問は、直斗に向かって放たれた。直斗は首を振る。

 

 「わからないよ」

 

 レイラの時もそうだったが、あまり突っ込まれたくない部分だった。

 

 そして直斗は、ルカの腕を引いて、歩き出した。

 

 「帰るぞ」

 

 これ以上ここにいたら、どんどん誤解が広がってしまう。ルカは直斗の味方だと言っていたが、思惑があり、油断は出来ない。

 

 ルカを連れて歩き出した直斗達へ、志保が不満気な声をかける。

 

 「待ってよ。まだ聞きたいことあるのに」

 

 直斗はそれを無視し、ルカの腕を引いたまま、教室の出口に向かう。そして、クラスメイト達全員が目を向ける中、直斗は教室を後にした。

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