現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

3 / 8
第二章 ロビン・フッド

 両親と共に自宅のテレビを観ていた篠崎春香は、心の底から脅えていた。これまでテレビ画面に映し出され続けた陰惨な光景のみならず、その後に待ち受けるであろう恐怖を想像すると、大声で泣きじゃくりたくなる。

 

 現に、今、母の腕にしがみつくようにしてテレビの前にいた。両親が口を揃えて、別の部屋に退避するよう勧めたが、春香は頑として首を縦に振らなかった。怖くて堪らなかったが、この決闘を、最後まで観続けなければならないような気がしたのだ。

 

 異世界人達の侵略が始まってからこの先、人類がどうなるのか、教師や親もはっきりとは教えてくれなかった。しかし、テレビの報道や学校での同級生との会話で、想像はついた。以前、ロボットが反乱を起こして人類のほとんどが滅ぶ映画を観たことがある。生き残った僅かな人類が抵抗を続けているのだ。その戦いは悲惨なものだった。その姿が、春香には人類の行く末に思えた。

 

 一時間近く前に、兄の直斗が、家から逃げるように外出した。本当に一緒にいて欲しかった。友達に会うと言っていたが、本当だろうか? もしも、実は会う相手が女の子だったら悲しい。両親や自分よりもその人を優先したのだから。

 

 母親にしがみ付いたままの春香の目に、アレーナ・ディ・ヴェローナが映る。残すは大将戦のみだった。副将戦は、これまでと同じように、人類側が無残に殺されていた。相手の残忍な所業に、春香は身震いをする。

 

 大将戦まで五分を切っていた。実況のアナウンサーが、それを告げた。凄惨な現場となった血に塗れたリングには、すでに大将であるアメリカの兵士が佇んでいた。手には大きなロケット砲のようなものを持っていた。

 

 アナウンサーによれば、その武器は、この狭い範囲だと、撃った本人も危険であるため、自滅覚悟の戦いに挑むつもりかもしれない、とのことだった。

 

 大将戦まで残り二分。これまでの展開から、戦いの趨勢は決まっているようなものだった。全人類、絶望的な心境でこの光景を眺めているに違いなかった。

 

 春香は、そんな人々の姿を想像した。

 

 皆、自分達のように、家族や恋人同士で抱き合い、死刑宣告を受ける無実の罪人のような気分で、テレビの前にいるのだ。そして、自分達も含め、その人達には未来がある。人類が負けた場合、具体的にどんなことが起こるかはっきりとはわからないが、きっとその未来は終わってしまう。兄や、母、父、学校の友達、親戚の人達、近所の人達、大好きな皆の未来が。

 

 春香は強く願う。どうか神様、皆を救ってください。私はどうなってもいいから。

 

 最後の決闘の合図が始まろうとしていた。その時だった。テレビの中の会場にざわめきが起こった。アナウンサーも驚きの声を上げた。理由はリング上に()()()()()()()からだ。開け放たれている野外コンサートの上部から、パラシュートも付けずに降りて来て、スーパーマンのように、何の問題もなく、着地したのだ。 

 

 空から降りてきた人物は、春香の目には、少し前に学校の図書館で読んだ『ロビン・フッドの冒険』の主人公の姿に映った。緑のマントを羽織っていたからである。しかし、頭はすっぽりとフードを被り、顔はマスクとサングラスに覆われていたため、人相が全く判らない。その上、裾の長い緑マントのせいで、体格もわかりづらく、男女の区別が付き難かった。

 

 春香は突然のアクシデントに釘付けになった。おそらく、テレビを見ているであろう、全ての人間がそうなっているはずである。

 

 

 

 アレーナ・ディ・ヴェローナ内のリングに見事着地した直斗の足は、すくんでいた。これからの戦いの緊張のせいではない。360℃、全ての方角から注がれる視線のせいだった。思えば、直斗は、これまで大勢の人間の前に立ったことはほとんど無かった。せいぜい、クラスの発表会で、黒板の前に立った程度である。それが、この大舞台だ。自然と胸の鼓動が早くなる。

 

 しかし、やるべきことはやらねばならない。

 

 直斗は、鼓動の高鳴りを抑えながら、背後で唖然と突っ立ているアメリカの兵士を、手で制するジェスチャーを行った。そして、次に、正面に見えるミノタウロスをサングラス越しに見据えた。

 

 直斗はそのまま、手を伸ばし、手の平を上に向けて、何度か指を曲げる仕草をする。カモンのハンドサインだ。挑発の意味を込めたが、伝わるだろうか。

 

 一瞬、間が空き、会場内に割れるような歓声が響き渡った。それは主に異世界側からだった。直斗のジェスチャーの意味を解し、彼らが突然の乱入者を歓迎したことを表していた。

 

 場内アナウンスが流れた。それは異世界側の言語だった。直斗は、そのアナウンスが、何と言っているか理解できなかったが、歓声が一際大きくなったことで、察しがついた。そして同じ内容の放送が英語で流れる。

 

 英語に変わったからと言って、直斗のヒヤリング力では聞き取ることは困難だったが、「approve」「change」という単語を辛うじて拾うことが出来た。

 

 やはり許可されたようだ。

 

 その場内放送を受け、後ろの兵士が声を掛けてくる。

 

 「Is it really all right to change?」

 

 おそらく、いいのか? という意味だろう。直斗は頷いた。

 

 「I wish you good luck」

 

 そう直斗に声を掛けると、兵士はロケット砲を抱えたまま、リングから降りていった。その背中は、安堵したような気配に包まれているようだった。

 

 ここまでは順調だった。

 

 直斗は正面を見やった。五十メートルほど先に、ミノタウロスがいる。こうして見ると、相当恐ろしげな容貌をしていた。本能的な恐怖を感じる。ミノタウロスの表情は毛で覆われているため読み取れないが、喜んでいるように思えた。

 

 ミノタウロスは大きな雄叫び声を上げた。空気を震わすその轟音は、自分が捕食者の立場だと強く主張していた。

 

 ミノタウロスの雄叫びが止むのを待っていたかのように、決闘開始の鐘の音がアレーナ・ディ・ヴェローナ内に鳴り響いた。

 

 ミノタウロスはボールを投擲するように、腕を大きく振った。何かが直斗目掛けて凄まじいスピードで飛んでくる。それは、以前、兵士を爆散させた火の玉だった。観客や、テレビの前の人間には見えなかったが、直斗にははっきりと見ることが出来ていた。体内の血を消費し、動体視力を強化していたためだった。

 

 直斗は、黒の綿手袋に包まれた右手を前に伸ばした。手袋の手の平部分には自身の血を染み込ませてある。公園で止血した傷口を、再度広げ、こしらえたものだ。

 

 直斗は飛んで来た火の玉を右手のみで、小学生が投げたボールを捕球するかのように、軽々と受け止めた。右手の手袋から化学製品を焼いたような、嫌な臭いが鼻をつく。

 

 そして直斗は、火の玉を握り潰した。火の玉は音も無く、霧散する。

 

 ミノタウロスは唖然とした表情をした。ようやく表情をはっきりと読み取ることができた。驚くと、ポカンと口を開ける仕草は異世界人も共通らしい。

 

 南側観客席から、歓声が上がった。それは人類側が初めて上げた歓声だった。凶悪で不可思議な力を、人類側の味方が容易く退けたのだ。そこには驚愕と期待の色が渦巻いていた。

 

 直斗は自分へと向けられた歓声の中、右手を何度か握り締めた。手の平に滲み出ている血液を消費したので、出血を促し、再度、手袋に染み込ませるためだ。黒色の手袋なので、血が染み込んでいるとは誰からも気付かれないだろう。この決闘の映像を後から観直しても、タネはわからないはずだ。

 

 魔法が通じないと見るや、ミノタウロスは闘牛のように角を向け、直斗に突進した。凄まじい加速力で、一瞬にして時速100キロほどに達したようだ。凶悪な蹄の音を響かせながら、あっという間に眼前にまで迫ってくる。

 

 しかし、直斗は動かなかった。体内の血液を消費し、全身に力を漲らせる。特に下半身には重点的に力を回す。

 

 ミノタウロスの隆々とした角が直斗に刺さる瞬間、直斗はその角を掴んだ。そして堪える。即座に突進の勢いが消滅し、牛頭は完全に停止した。なおも牛頭は突進しようと足を動かすが、直斗は微動だにしなかった。ミノタウロスは大人に相撲を仕掛ける子供のようだった。

 

 そして直斗は、掴んでいるミノタウロスの二本の角を木の枝のように、容易く根元から折った。ミノタウロスは絶叫し、折れた部分を押さえながら大きく仰け反った。さらに直斗は、無防備になった腹部に、折り取った二本の角をフェンシング選手のように突き刺す。その二本の角は、鋼のような筋肉を容易く突き破り、埋没した。

 

 ミノタウロスはさらに耳を貫くような大きな絶叫を発した。ミノタウロスはタフネスらしく、腹部を刺されただけでは機能停止には到らないようだった。ならば、絶対的な損壊を与えればいい。

 

 ミノタウロスは、耐えかねたように背後に飛び跳ねて、間合いを取った。だが遅かった。すでに直斗は、ミノタウロスの背後へと回り込んでいた。右手の手の平をミノタウロスの背中に当て、手袋に染み込んだ血液を使い、爆発のためのエネルギーを送り込む。

 

 ミノタウロスは水風船を叩きつけたような音と共に爆散した。指向性を持たせた爆破だったため、肉片や内臓が直斗とは反対方向に、扇状に広がった。直斗には血飛沫一つ、掛かっていなかった。

 

 先ほどよりも遥かに大きい歓声が轟いた。人類が初めて異世界側に一矢報いた瞬間であった。人類がいる南側の観客席ばかりではなく、北側観客席からも歓声と怒号が入り混じった不協和音の声が発せられている。それらは、地鳴りのようになって、会場内を満たした。

 

 会場内だけではなく、テレビの前で、奇跡のような展開を目撃した人間達も、皆一様に、驚愕と感動の声を上げているに違いない。

 

 響き渡る歓声の中、直斗の勝利を告げるアナウンスが異世界語と英語で流れた。

 

 まずは第一関門は突破したと見て良いだろう。これから先は無し崩し的に、直斗の続投が決まるはずだ。

 

 インターバルを告げる音が鳴った。本来ならここから三十分間、インターバルが入るはずである。

 

 しかし、異世界側の次鋒は我慢できなかったようだ。自分の戦いが回って来ないことへのフラストレーションが溜まっていたのか、目の前で無残にも殺されたチームメンバーの復讐心からなのか、ルールを無視して、リングに上った。

 

 二足歩行の蜥蜴のような生き物だった。緑色の鱗を蠢かせ、直斗の視線の先に立つ。そして、鐘の音も何も待たず、直斗に向かって突進した。

 

 直斗はこれでいい、と思った。下手にインターバルを挟んで時間を取られるよりは、即座に続行した方が良かった。まだ四人も相手が残っているのだ。早めに事が進むのは、かえって好都合だった。

 

 直斗は向かってくる蜥蜴を見据えながら、右手を握り締め、手袋に血を染み込ませた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。