現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第二十九章 《レッド・レウ》テュポエウス

 まさかのヘットハンティングを受けたルカは一瞬目を丸くする。だが、その質問には答えなかった。そんなことよりも、大切なことがある。

 

 「今すぐ、戦獣を停止させろ」

 

 「ま、そうなるわな」

 

 黒甲冑は、にやりと笑うと、再びヘルムを被った。そして、バイザー部分を上げ、顔面を露出させる。

 

 黒甲冑は、告げた。

 

 「俺の名は、テュポエウス・セリアン・スロビィ。《レッド・レウ》とも呼ばれている」

 

 テュポエウスは、脇に差しているロングソードを抜いた。

 

 「赤獅子団、団長として、お前を殺す」

 

 テュポエウスは、ロングソードを、床板へと突き刺した。

 

 猛烈な『熱』をルカは感じた。急速に、屋上の床板が、焼けた鉄板のように熱を帯び始めたのだ。

 

 驚くべき現象が起こった。

 

 屋上全体が『溶け』始めた。キルウルが作り出した刃物の森が、熱したバターのように、溶解している。絶命しているキルウルの死体も、甲冑ごと、蝋人形のように崩れ始めた。

 

 あまりの熱に、ルカは、跳躍した。屋上には、他に足場がないため、屋上外へと逃れようとする。

 

 だが、そのルカの全身に、激痛が走る。手足を見ると、制服が焼け始め、皮膚が露出していた。そして、白いはずのルカの皮膚が、まるで酸を浴びたかのように、赤く爛れている。その上、砂を飲んだように、喉に猛烈な痛みがあった。熱した空気を吸い込んだからだ。

 

 テュポエウスの能力は、空気すらも焼き、屋上を、呼吸も不可能なほどの、灼熱の地獄へと変貌させたのだ。

 

 ルカは、息を止め、渾身の電撃をテュポエウスに向かって放った。テュポエウスは、眉一つ動かさず、腕を軽く振るう。

 

 テュポエウスの周囲の床板が赤く染まり、陽炎が発生した。瞬時に、莫大な熱が生み出されたのだ。

 

 電撃は、テュポエウスの体に到達する前に、消滅した。熱に飲み込まれたのだと、ルカは悟った。

 

 ルカは愕然とする。これまで、電撃を避けられたり、防がれたりしたことはあっても、消滅させられたことはなかった。それは、ルカの電撃が、完全に無効化されたことを意味していた。

 

 それが可能なほどの実力者を、これまで見たことがなかった。

 

 周囲の熱は、ルカに深刻なダメージをもたらしていた。もうすでに全身が火傷で覆われ、感覚が次第に消えつつある。戦闘を続行出来る時間が、極端に減少していた。

 

 ルカは、再び、電撃を放とうとした。

 

 だが、テュポエウスの姿が消えていた。

 

 落下を始めたルカの背後に、テュポエウスは回り込んでいた。

 

 ルカは、咄嗟に、右腕を伸ばし、背後に向かって、電撃を叩き込んだ。テュポエウスへと直撃したはずだが、電撃は、いとも容易く霧散した。

 

 テュポエウスは、ルカの右腕を掴んだ。テュポエウスの顔が、極めて残忍な表情に歪んでいた。獲物を弄ぶような、悪意のある感情が入り混じっていた。

 

 ルカの右腕が、溶解する。皮膚の下にある筋繊維が、海老の皮を剥いたように剥き出しになり、蝋のように溶ける瞬間をルカは目撃した。やがては、熱したチーズ同然に、骨まで溶け出す。

 

 そして、それは、肩から、右脇腹まで、広がった。溶けた右脇腹から、腸が覗いている。

 

 あまりの熱さと痛みに、ルカは絶叫した。

 

 だが、テュポエウスはそれでは済ませなかった。

 

 テュポエウスは、ルカの頭部を大きな手で鷲掴みにすると、陽炎に包まれた屋上へと叩き付けた。ルカの体は、ボールのように跳ねながら、灼熱の床板の上に落ちた。

 

 間髪入れず、テュポエウスは、ルカの上へ落下し、勢い良く踏みつける。大柄なテュポエウスの重量と、膂力により、肉が潰れる湿った音と、骨が砕かれる乾いた音がした。その相反する二重奏をかき消すように、ルカの内臓を吐き出すような、うめき声が、屋上へ拡散する。

 

 「そおれ!」

 

 テュポエウスは、はしゃいだ声と共に、さらにルカの小柄な体を蹴り飛ばした。ルカは、溶けた床板の上を転がる。テュポエウスは、それを再び蹴る。ルカが転がる。また、蹴る。それを繰り返した。まるでボール遊びだった。

 

 テュポエウスに蹴られる度に、ルカの内臓と骨は、潰れ、砕けていた。折れた骨が方々から飛び出す。

 

 その上、灼熱の床板の上を転げ回っているのだ。フライパンの上で、ミートボールを転がすように、ルカの全身は『焼け』ていた。

 

 ルカの意識が消失しつつあった。痛みも、もう感じなかった。自分はもう死ぬのだ。そう思った。

 

 せめて、最後に、直斗の血を飲めたらな、と、馬鹿みたいな願いが首をもたげる。

 

 テュポエウスの攻撃が、止んでいるような気がした。だが、それは、もう痛みを全く感じなくなり、死ぬ寸前のせいだと、ルカは理解した。

 

 本当に、テュポエウスの攻撃が止んでいた。

 

 ルカは、ぼやけた目で、テュポエウスの姿を見る。

 

 テュポエウスは、ルカを見ていなかった。ハッとした表情で、中空に視線を向けていた。

 

 

 

 

 ルカと名乗る吸血鬼と戦闘を行い、容易に追い詰めたテュポエウスは、余興としてルカを嬲ってた。こいつは強い。しかし、俺様はもっと強い。さあ、その証明としてもっと遊ばせてもらうぞ。

 

 嬲る手をさらに振り上げようとした時だった。テュポエウスは、眉をひそめた。動きを止める。奇妙な現象を確認していた。急速に、戦獣がその数を減らし始めたのだ。

 

 そして、テュポエウスが、その原因に思い当たるよりも先に、学校中に展開させていた戦獣の生体反応が、一つ残らず消失した。

 

 吸血鬼のガキが、ある程度減らしていたとはいえ、この殲滅の早さは尋常ではなかった。

 

 ようやく本命のお出ましか。

 

 テュポエウスは、足元で、ボロ布のように転がっているルカを蹴り上げると、そのままD棟外周部へと落とした。もう既に虫の息なのだ。いずれくたばるだろう。

 

 テュポエウスは、胸元のチャネリングストーンへ伝達を行う。チャネリングストーンは、思念による会話が行える優れものだ。

 

 『本隊各位に告ぐ。標的が現れた。速やかに殺害せよ』

 

 そして、次々に了解を告げる声が複数届く。その数、十。一隊を十人とした、百人からなる戦術部隊だ。皆、戦闘に秀でている、百戦錬磨の傭兵だ。

 

 姿を消させ、学校に潜ませていた『本隊』だった。

 

 確実に『ロビン・フッド』を仕留めることが可能な連中だ。

 

 テュポエウスは、いずれ送られてくるであろう、勝利の報告を待った。

 

 

 

 

 体育館へ避難した生徒達は、恐怖に戦慄していた。先ほどから、例の黒い化け物が、体育館の扉をこじ開けようとしていたからだ。だが、その音が唐突に止んだと思ったら、今度は、合戦のような怒号と、大勢の人間が暴れまわるような音が聞こえてきた。

 

 しかし、それもやがては止み、静寂が訪れた。

 

 何が起きているのだろう。助けが来たのか。

 

 裕也は外部の様子が気になり、扉を開けてみることにした。制止する生徒もいたが、無視をして、扉を少しだけ開けた。そして、隙間からそっと、外を覗く。

 

 外の風景は、凄惨を極めていた。スペインのトマト祭りを行ったかのように、辺りは血で溢れ返っている。扉のすぐ近くに、例の黒い獣がいた。胴体に、太い槍を突き刺されたような、大きな穴が開いていた。その隣の獣は、真っ二つに切り裂かれていた。

 

 驚くべきことに、死体はそれだけではなく、どういったわけか、銀色の甲冑に身を包んだ人型の生物の死体も複数、並んでいた。ここからは、A棟とB棟の一部しか見えないが、そこに至るまでの空間に、その甲冑姿の死体が、いくつも転がっているのだ。

 

 脱げた甲冑の頭部分から、蜥蜴のような風貌の顔が外へと向けられていた。他にも、猪のような顔をしている死体もあった。

 

 明らかに『人』ではない。

 

 全く状況を掴めないでいる裕也の目の隅に、ふと動く何かかが映った。

 

 あれは、と思う。以前、テレビや雑誌で見たことがある。

 

 緑色のマントに身を包んだ、かつて、世界を救った『英雄』の姿だった。

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