現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第三十章 英雄の姿

 テュポエウスは、少しだけ混乱していた。チャネリングストーンが混線でもしたのか、本隊からの連絡が途絶えていた。『標的』との接触を告げる言葉を最後に、音沙汰がないのだ。それは、どの部隊も同様だった。

 

 まさかな、とテュポエウスは思う。あまりにも、早過ぎる。

 

 『戦術部隊に告ぐ。応答せよ!』

 

 無音。やはり通じない。何かトラブルがあったのか。

 

 黒い影が、地面から、D棟屋上へと、着地した。

 

 テュポエウスは、ハッと振り向く。

 

 緑色のマントと、黒いズボンを身に付けた人間が立っていた。フードやサングラス、マスクのせいで、顔はわからない。だが、アレーナ・ディ・ヴェローナで見た姿と、全く同じだった。

 

 『ロビン・フッド』だ。

 

 テュポエウスは、瞬時に理解した。チャネリングストーンが応答しなかったのは、混線のせいでも、故障のせいでもない。こいつのせいだ。こいつが、ごく短時間に『本隊』を壊滅させたのだ。

 

 テュポエウスは、ヘルムに包まれた自身のたてがみが、逆立つのを覚えた。強力な獲物を前に、武者震いすら起こる。

 

 「待ってたぜ! 二十五億ルーグ!」

 

 テュポエウスは、両手を広げ、ロビン・フッドを歓待した

 

 ロビン・フッドは、何も答えない。リウド国の言語なので、理解出来ていないだけか。しかし、構わない。

 

 「悪いが、お前は俺のエサだ!」

 

 テュポエウスは、自身の力を全て解放した。そして、拳を屋上へと叩き込む。

 

 たちまち、屋上の床板が、猛烈な熱を帯び、マグマのように赤色化する。膨大な陽炎が発生し、蜃気楼の中にいるかのように、屋上の空間が歪む。D棟屋上が、燃え盛る蝋燭の如く、ドロドロに溶け始めた。

 

 一瞬のうちに、屋上は、生物が即死してしまう環境に変貌した。テュポエウスの能力によって生み出された熱は、全てを焼き尽くす地獄の業火となった。

 

 はずだった。

 

 テュポエウスは、首を傾げた。ロビン・フッドが、悠然と、何事もないかのように、こちらに向かって歩み寄ってきていた。緑色のマントには、焦げ一つ付いていない。マグマ化した床板に接触しているブーツすら、無傷だ。高熱対策でも施しているのか。

 

 いや、こちらの世界の人間が、アンチマジックを施せるわけがない。テュポエウスは、自分の考えを否定した。そもそも、生半可なアンチマジックでは、俺の『灼熱』の力は防げないはずだ。

 

 どんなトリックだ? テュポエウスは、怪訝に思う。しかし、関係ない。次は直接、叩き込めば済む話だ。直に『灼熱』を送り込んで、溶解しない物体など、この世に存在しない。

 

 テュポエウスは、陽炎の中、歩いてくるロビン・フッドの背後へと回り込んだ。

 

 そして、殴り付ける。それと同時に、『灼熱』を送り込む。

 

 拳を叩き込んだ瞬間、アダマンタイトを殴ったような硬さを覚えた。そして、大地に根付いているかの如く、微動だにしなかった。

 

 送り込んだはずの『灼熱』は、ロビン・フッドの体から、煙一つ発生させることが叶わなかった。

 

 テュポエウスは、驚愕した。獅子の如き鋭い目が、見開かれる。

 

 ――なぜ、溶けないんだ、てめえは!

 

 その言葉をテュポエウスが発する前に、黒甲冑に包まれているテュポエウスの右腕が、飛んだ。

 

 キョトンとした目のテュポエウスが、状況を理解する時間はなかった。右半身に凄まじい衝撃が走った。テュポエウスは、吹き飛び、赤色化した屋上の上を転がった。

 

 起き上がったテュポエウスは、黒甲冑ごと、自身の右肩から、右脇腹まで切り裂かれていることに気が付いた。右脇腹から、腸が、すだれのように垂れている。

 

 テュポエウスは、ロビン・フッドの右手に握られている物を見た。ちっぽけな、折りたたみ式ナイフだった。刃の部分が血で染まっている。

 

 自身の右半身を切り落とした物が、そのようなちっぽけなナイフだと知り、テュポエウスは、頭に血が上るのを感じた。

 

 残った左腕で、再び、床板を叩く。

 

 極めて膨大な熱が、ロビン・フッドを襲う。すでに床板と呼べるものではなくなった、屋上のコンクリートが赤く溶け、屋上の縁から、コップの水のように、流れ落ちる。そして、相手の姿がかき消されるほどの、多量の陽炎が立ち上った。

 

 それでも、ロビン・フッドは、少しもダメージを負っていなかった。鉄の塊に、松明を押し付けているような、無力さを覚える。

 

 「何なんだ!? てめえは!」

 

 テュポエウスは怒鳴った。リウド国の言葉であるため、通じないかもしれないが、口にせざるを得なかった。

 

 テュポエウスの視界が回転した。空が揺れている。瞬時に肉薄したロビン・フッドが、テュポエウスを蹴り上げたのだ。

 

 テュポエウスは、それを把握出来ないまま、D棟の外周部へと落ちていく。今の一撃で、左足から骨盤まで、いとも容易く砕けていた。黒甲冑がスクラップのように、体へ食い込んでいる。内臓も、損傷したようだ。

 

 テュポエウスは、派手に地面へと叩き付けられた。ろくに受身を取れず、潰されたカエルのような声を出す。

 

 落ちた地面の上で、テュポエウスは、息も絶え絶え、のたうち回っていた。テュポエウスの中に、恐怖心が芽生える。何だ、あの化け物は。

 

 テュポエウスは、なおも苦しそうに息を乱しながら、辛うじて動く左腕を動かし、這いずって移動を始めた。あいつから離れなければ、という一心だった。

 

 テュポエウスは、芋虫のように蠢きながら、少しずつ、進む。

 

 近くに、砂袋を落としたような音がした。

 

 そちらを見る。ロビン・フッドが、地面へと着地していた。

 

 テュポエウスの恐怖心が、さらに跳ね上がった。体が震え、頭が真っ白になる。

 

 どうにかしなければ。今すぐにでも止めを刺されてしまう。

 

 這いつくばって逃げるテュポエウスの目に、あるものが映った。

 

 人間の女だった。ポカンとした表情で、こちらを見つめている。服装から察するに、ここの学校の女子生徒なのだろう。逃げる最中に、不意にこの状況に遭遇して、硬直しているようだ。

 

 テュポエウスは、このチャンスを逃さなかった。左腕で地面を叩き、飛び跳ねると、女子生徒へと踊りかかった。そして、女子生徒を引きずり倒し、左手で、首を掴む。

 

 「動くな! こいつを溶かすぞ」

 

 テュポエウスは、ロビン・フッドへと叫んだ。言葉は通じないが、意味は通じるはずだ。

 

 ロビン・フッドは、立ち止まった。相変わらず顔は見えないが、動揺のようなものが生まれたことを、テュポエウスは感じ取った。

 

 テュポエウスは、震えている女子生徒の体を起こした。そして、立ち上がらせる。

 

 このまま、逃げ切って見せるつもりだった。このロビン・フッドから離れてしまえすれば、どうとでもなる。テュポエウスはそう考えた。

 

 その時だった。

 

 テュポエウスの全身に、ハンマーで殴られたような衝撃が走った。続いて、雷鳴。

 

 思わず、掴んでいた女子生徒を離してしまう。もう一度掴もうとするが、筋肉が硬直し、動かない。

 

 再度、青白い光と共に、雷鳴が轟き、全身が痺れる。

 

 テュポエウスは、何とか首を動かし、攻撃があった方向へ、血走った目を向けた。

 

 視線の先に、先ほど戦った、銀髪の吸血鬼がいた。ボロ布のようになって、地面へと落としたはずだ。それなのに、五体満足だった。どういうわけか、服まで元に戻っている。

 

 一体、なぜ?

 

 テュポエウスの思考はそこまでだった。その後、連続で放たれた吸血鬼の電撃により、テュポエウスの意識は消失した。

 

 赤獅子傭兵団、団長《レッド・レウ》テュポエウスの最後だった。

 

 

 

 

 テュポエウスの絶命を確信したルカは、電撃を止めた。テュポエウスの体が、地面へと倒れ込み、派手な音を立てる。

 

 ルカは、テュポエウスの顔を見る。肉食獣を思わせる、鋭利な目がカッと見開き、赤い瞳が、黒く変色していた。そこにはもう、命が宿っていないことが、はっきりと示されていた。

 

 ルカは、目を逸らし、人質になっていた女子生徒を助け起こした。怪我がないことを確認する。

 

 女子生徒は、茫然自失だったが、ルカの介抱で我に返り、顔を赤らめながら、その場を離れていった。

 

 女子生徒の後姿を見送った後、ルカは緑マント姿の直斗へ声をかけた。

 

 「それ、レイラさんが用意した服ですね。家にまで取りに行っていたとは、知りませんでした」

 

 直斗は肩をすくめた。

 

 「面倒だったよ。結界も一部、壊したし」

 

 「《レッド・レウ》をあそこまで追い詰めた上に、あの結界を破壊できるなんて、信じられません」

 

 ルカは、感極まったように、首を振った。

 

 「それに、僕の傷を完治させたあなたの血、一体、何なのですか?」

 

 直斗は、ルカの質問には答えなかった。

 

 その時、遠くから、パトカーや、救急車のサイレンの音が聞こえてきた。

 

 「結界が全て消え去ったみたいですね」

 

 ルカは、空を見上げる。扶桑高校全体を覆っていた、黒いフィルターのような膜が、消滅しており、本来の暖かい日差しが差し込んでいた。

 

 「外では、既に学校の異変に気付き、パトカーや救急車が待機していたようです」

 

 次第に大きくなるサイレンに対し、ルカが言及する。

 

 直斗は、溜息をついた。

 

 「俺はもう離れるよ。この服を脱がないと。このままじゃ、俺がロビン・フッドだとばれるからな」

 

 「ええ。わかりました」

 

 直斗が立ち去ろうと、歩き始めた時、直斗の体がふらついた。ルカは慌てて直斗を支える。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「ああ、ちょっと血を使い過ぎた」

 

 マスクとサングラスの隙間から覗く、直斗の肌の色が、少し白いような気がした。

 

 「建物の中まで連れて行きますよ」

 

 「いや、いい」

 

 直斗は、再度、歩き出す。今度は、ふらつかなかった。しっかりとした足取りで、C棟校舎へと向かう。

 

 ルカは、直斗の姿が見えなくなるまで、見守った。

 

 やがて、いくつものサイレンが学校の敷地内へと入ってきた。そして、大勢の人間が降りてくる気配が伝わってきた。

 

 

 

 扶桑高校を襲った事件は、大きなニュースとなり、全世界に広がった。異世界の生物と、傭兵団による襲撃は、世界を震撼させた。比較的順調に進んでいた、異世界との交流に対し、一石を投じる結果となった。

 

 しかし、不可解な点がいくつもあった。強力な魔獣による殺戮や、傭兵団の襲撃があったにも関わらず、人類側の犠牲者がゼロなのだ。

 

 被害にあった生徒や、教師の証言によれば、確かに殺された記憶はあるが、気が付いたら、無傷で倒れていたという。

 

 魔獣を撃退したのは、留学生の男子生徒だと報道されていたが、一方で、別の証言があった。

 

 ロビン・フッドの関与である。

 

 ロビン・フッドが、現れ、魔獣はおろか、傭兵団全てを倒し、犠牲者や、怪我人を次々に救ったらしい。それは、まさに『英雄』の名にふさわしい行動だったようだ。

 

 だが、それについて、確固たる証拠がなく、パニック同然の状況だったため、疑問視する声もあった。

 

 それでも信じる声は多く、一年前のアレーナ・ディ・ヴェローナの件のように、ロビン・フッドは再び、話題に上がるようになった。それに加え、確実に証言がある、異世界からの留学生も、同様に注目を浴び始めた。

 

 正体不明の『英雄』ロビン・フッドと、異世界からやってきた美少年である、ルカ・ケイオス・ハイラートは、連日ニュースで取り上げられるようになった。

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