現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第三十二章 凶兆

 妹の様子がおかしいと直斗が気が付いたのは、つい最近のことだ。

 

 扶桑高校襲撃事件から、ちょうど十日ほどが経過した頃。自分もルカも体調が万全になり、ルカへの注目も減り、日常が戻った思った矢先だ。

 

 今度は、妹の春香に異変が生じていた。

 

 端的に言えば、とても暗くなったように感じたのだ。これまでは、恥ずかしがり屋で、人見知りなところはあったが、決して暗い性格の子ではなかった。

 

 しかし、先日までと比べて、どこか塞ぎこんだような様子をみせていた。もしかすると、直斗の勘違いかもしれないが、今まで妹のそんな姿は見たことがなかった。

 

 両親は気付いていないらしく、普段どおりに接していた。だが、一番身近にいると言っても過言ではない兄の直斗は、違和感を覚えていた。

 

 それとなく、直斗は、春香に尋ねてみたことがある。しかし、彼女は「なんでもない」との一点張りで、話すようなことはなかった。

 

 気のせいかと思い始めた矢先、決定的なことが起こる。夜、寝る頃になって、妹の部屋の前を通ると、中から声が聞こえたのだ。

 

 泣き声である。すすり泣くような、悲しみに包まれた嗚咽。

 

 直斗は、思わず、ドアノブに手を掛け、扉を開こうとする。だが、寸前のところで、思いとどまった。もしも、今の姿を見られたら、妹はひどく傷付くかもしれない。あれだけ隠そうとしていたのだから。

 

 妹の部屋の前から退散し、自室へと戻る。ベッドに座り、悩んだ。

 

 無理に問い質す真似は悪手だろう。かといって、部屋や荷物を探るといった、家捜しのような行為はしたくない。

 

 どうしようか考えた挙句、直斗は誰かに相談してみることにした。

 

 

 

 

 「それは多分、学校でとてもよくない何かがあったと思うわ」

 

 翌日のことだ。登校を終えた直斗は、すでに教室にいた神崎志保に相談をしてみた。

 

 志保には確か、小学生の弟がいたはず。何か、参考になる話が聞けるかもしれないと考えた末のことだ。

 

 「俺もそう思う。けど、妹は話したがらないんだ」

 

 直斗は、妹の直近の姿を思い出した。自分の様子がおかしいことを、家族――特に父と母――に悟られるのを避けていた節がある。

 

 「妹さんの友達とかは事情を知らないの?」

 

 志保が、健康的なショートカットの髪をかき上げながら訊く。

 

 「うーん」

 

 以前、何度か春香の友達と登校したことがあった。そのため、若干ながら面識はある。とはいえ、ろくに名前も知らず、もちろん連絡先も住所も把握していない。

 

 事情を聞く相手としては、難しいように感じた。それに、思えば、最近その子も見ていない気がする。

 

 「妹の交友関係はそこまで詳しくないんだ」

 

 直斗が、説明すると、納得したように志保は首肯した。

 

 「普通そうだよね。私も弟の友達とかあまり知らないし」

 

 でも、と志保は続ける。

 

 「その友達と何度か登校したことあるんでしょ? いざとなったら、通学路で待って、やってきたところで話を訊くとかはどう?」

 

 女子小学生を待ち伏せする男子高校生。構図を想像するだけで、すこぶる怪しい。

 

 「いや、やっぱり無理だよ」

 

 直斗はひらひらと手を振った。話を聞く前に、警察と話をするはめになりそうだ。しかし、それでも志保の提案は頭に留めておこうと思った。

 

 やがて、俊一や裕也も登校してきて、相談は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 志保に相談を持ちかけた日から、二日ほどが経過した。

 

 直斗は、妹の様子がさらに悪化してきていることを実感していた。

 

 妹はそれでもなお、家族の誰にも悟られないよう、無理して振舞っているようだった。しかし、直斗には筒抜けだった。

 

 妹の心が、より暗闇に接近したことを顕著に表わしているのが、彼女の食欲だった。

 

 春香は元々大食いではなく、むしろ小食の部類である。しかし、以前よりも食べる量が大幅に減り、今では食事を度々残すようになった。

 

 さすがに母の蛍子も違和感を覚えたらしく、妹にどうしたのかという質問を投げかけていた。だが、春香は曖昧な返事でお茶を濁し、正直に話してはくれなかった。

 

 直斗は思い悩む。打つ手は限られていた。もしもこれが怪我などの症状ならば、自身の『血の力』を使って、修復はできたかもしれないが、問題は心にあると思われた。

 

 そればかりは、直斗にもどうしようもなかった。

 

 とはいえ、自分は一番身近な存在である『兄』なのだ。妹に降りかかっているであろう問題を解決するには、最も適任の位置にいた。

 

 直斗は熟考した上、以前相談した志保の意見を取り入れることにした。

 

 

 

 

 学校が終わり、放課後を迎えると、直斗はすぐに教室をあとにした。下駄箱に到着した時には、すでにルカが待ち構えおり、共に帰宅する要望を求めてくる。

 

 扶桑高校襲撃事件を期に、話題の人となったルカだが、世間のコンテンツ消費力は時代が進む事に早く流れる性質らしく、今はずいぶんと時間に余裕ができたようだ。原点回帰したかのごとく、よく誘ってくるようになった。

 

 先を急ぐ直斗は、ルカの要望を丁寧に固辞し、高校を出る。

 

 今回、プライベートの問題なので、あまり他者は介入させたくない。特に、ルカは妹のお気に入りであるため、なおさらセンシティブな部分に触れさせるべきではないだろう。

 

 寂しそうに俯くルカをその場に残し、直斗は下駄箱を出て、学校をあとにした。

 

 そして、そのまま通学路を通って、目当ての場所へ向かう。

 

 十分ほどが経ち、直斗は目的の場所へとたどり着いた。通学路途中の、何でもない場所だ。清見台地区の交差点。通行人も普通に歩いている路傍だ。

 

 ここは春香と春香の友達と一緒に登校した際、分かれる地点だった。この交差点を扶桑高校とは反対の道を行くと、妹が通う春日小学校へ到着する。

 

 直斗は、極力怪しまれないような位置に陣取り、歩道の様子を伺った。小学校が近いせいか、ランドセルを背負った子供たちが歩いている姿が散見される。不審人物に見られなければいいが……。

 

 職質と通報の恐怖に怯えながら、張り込みの刑事のように、通行人に目を光らせる。対象の人物だけではなく、春香本人にも警戒しなければならない。妹に張り込みの姿を目撃されたら、言い訳が難しくなる。

 

 結構時間が経った。あまりにこないので、もうすでに通過したあとだと直斗が思い始めた頃。該当者が影のように現れた。

 

 一人だ。バイラビットのトレーナーにチェックの切り替えスカートを履いた女の子。間違いなく、春香の友達の子だ。

 

 直斗は、ゆっくりと歩き出し、その女の子へと近づいた。どこからどう見ても不審者だが、幸い、こちらに注目している者はいなかった。

 

 直斗は少女の魔の前までいく。

 

 「こんにちわ。今帰り?」

 

 直斗は手を上げ、気さくな態度で声をかける。可能な限り、フレンドリーに振舞ったほうが怪しまれないだろうと判断した末のことだ。

 

 女の子はぴたりと立ち止まり、不思議そうな顔でこちらを見上げる。

 

 直斗は続ける。

 

 「覚えていないかな? 俺のこと。春香のお兄ちゃんの直斗だよ」

 

 春香、という単語が飛び出した瞬間、目の前の女の子は表情を変えた。

 

 「あ、春香ちゃんの……」

 

 どうやら、顔は覚えてもらっていたらしい。不審者扱いされなくて済んだようだ。

 

 直斗はすぐに本題へと入る。

 

 「あの、春香のことで話を聞きたいんだけど……」

 

 直斗の目的を知った女の子は、表情を曇らせた。嫌な雰囲気を感じる。良くない話の顛末が待っていると、直感が告げてきていた。

 

 女の子は、悲痛に表情を歪め、請うように言う。

 

 「お兄さん、春香ちゃんを助けてあげて」

 

 直斗は、自身の予感が当たったことを確信した。

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