現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。 作:佐久間 譲司
春香の友達の女の子から話を持ちかけられた後、二人は近くの公園まで歩いた。
公園のベンチに着き、途中の自販機で買った缶ジュースをその女の子に渡す。
女の子はお礼を言い、缶ジュースを受け取る。そしてそのジュースを飲みながら、春香の友達は、自身の名前を苅田理衣《かりた りい》と自己紹介した。
直斗は、理衣に尋ねる。
「さっき、春香を助けてって言ってたけど、何があったの?」
嫌な予感は今も続いている。なんだか、少しずつ、暗く沈んだ森の中に分け入っている気分に陥った。
理衣は、缶ジュースを両手で覆うようにして持つと、ぽつぽつと語り始める。
「春香ちゃん、クラスでいじめにあってるんです」
やっぱり、という思いが胸中に去来した。そのような理由でなければ、人は急に暗くなったりはしない。
「いじめって、どんな内容なの?」
直斗は質問する。あまり聞きたくはないが、妹の現状を把握するため、必要なメソッドだ。
理衣は、しばらく悩む仕草をする。口にし辛いのか、もじもじとバイラビットのスカートを弄っていた。前はJENNI系を着ていたと思うが、趣旨が変わったらしい。両方ともカジュアルブランドだが、おそらく、妹との関係性の変化が、そのまま服装の好みに反映されたのだと思われた。
「そんなに言いに難いこと?」
不安に包まれる。よほどひどい目にあっているのだろうか。
すると、理衣は首を振った。
「いえ、違うんです。ただ、かんこうれい? みたいなものが敷かれていて、本当はあまりいじめのことは人に話しては駄目なんです」
どういうことなのだろうか。かんこうれいとは、緘口令のことらしいが、なぜそのような状況になっているのか。
直斗が怪訝に思ったところで、理衣は言う。
「いじめの内容は、無視だとか、机に落書きされるとか、そういったものです」
「身体的ないじめはないの? 暴力とか」
理衣は首を振った。
「暴力はないと思います。私が知る限り」
妹の姿を思い起こしても、確かに暴力を受けた痕跡はなさそうだった。その点は安心してもいいと思う。
「でも、なぜいじめが始まったの? 春香はいじめられる人間には見えないけど」
「私もそう思います。その、きっかけがあったんです」
「きっかけ?」
「はい。給食の徴収金を春香ちゃんが盗んだっていう状況になって」
直斗は絶句した。徴収金を春香が窃盗? そんな馬鹿な、と思う。春香は窃盗やら暴力とは一番縁遠い女の子だぞ。
「そんなの、何かの間違いだよ」
直斗は強めの口調で言った。本当に信じられなかった。
理衣は、怯んだようにスカートの裾を握り締める。驚かせてしまったようだ。
「ごめん」
直斗が誤ると、理衣はすぐに元の表情に戻った。
彼女は説明を続ける。
「その、給食のお金が入った封筒が教室からなくなって、それから次の日、お金が入ってたはずの封筒が、春香ちゃんの鞄から発見されたんです」
「中身は?」
「なくなってました」
「それで春香が盗んだって結論になったのか」
理衣は、こくんと頷くと、缶ジュースを傾けて、一口飲んだ。
「それから、ちょっと問題になって……。春香ちゃんは泣きながら否定したんだけど、先生が認めてくれなくて」
「先生って、担任の?」
「はい。遠月安信《とおつき やすのぶ》って名前の先生です」
名前から察するに、男の教師なのだろうが一体、どんな奴だ? 春香を犯人扱いしやがって。
「どんな先生?」
「ちょっと気が弱そうな、髪の毛の薄い先生です」
そんな奴に、春香が苦しめられるとは。
とはいえ、いくつも疑問がある。
直斗は聞いた。
「どうして、先生やクラスの皆以外は知らないの?」
「それが、さっき言った誰にも言ってはいけないルールができたからです」
緘口令は、そのために敷かれたらしい。
理衣は続けた。
「もしも、親とか他のクラスの人に知られたら、春香ちゃんが困るからって先生が説明してました」
「お金はどうなったの? 見つかってないんでしょ?」
「先生が肩代わりしたみたいです」
理衣の話を聞いてみて、ようやく経緯が判明してきた。
事の発端は、徴収した給食費の消失。その時は騒ぎになったものの、結局見つからず、保留となる。
しかし、問題なのが、次の日、その給食費が入った袋が、妹の春香のランドセルの中から見つかったことだ。
中身は消えており、妹が窃盗の犯人だと疑われた。妹は否定したが、状況が状況なだけに、聞き入れてもらえず、犯人に確定されてしまう。
担任の遠月安信教諭が、なくなった給食費を肩代わりし、問題を大きくしないために緘口令を敷く。
同時に、妹へのいじめが始まった。相手は皆の大切な給食費を盗んだ窃盗犯。無視や、机の落書きなど嫌がらせが行われる。
突如、迫害を受けるようになった春香は、次第に暗くなり、やがて兄の知る由となる。
といったところか。
なんだか、所々、妙な点が見受けられる。不可解なのだ。経緯が。
ともかく、優先するべきは、二つ。妹に真意を聞くことと、担任教師である遠月安信から事情を聞くことである。
「ありがとう」
直斗は礼を言うと、立ち上がった。
その日、家に帰ると、直斗は妹の部屋を訪ねた。そして、実情を知った旨を伝え、改めて質問をした。
妹は、当初、躊躇う仕草をしたが、やがて堰を切ったように泣き出し、しゃっくりと共に話を始めた。
内容は理衣から聞いたものとほとんど同じだったが、一つだけ確かな言質を取ることができた。
盗んでいない――。妹ははっきりとそう断言した。
当然だ。妹はそんな人間ではない。俺は妹を信じている。
直斗は泣きじゃくる妹を抱き締めながら、次の行動を頭の中で計画した。
次は春香のクラスの担任教諭である遠月安信から話を聞こう。その人物が色々発端である気がする。少なくとも、春香の誤解だけは解かなければならない。
妹を抱き締めたまま、直斗は決意した。