現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第三十五章 勝利

 袖山明誠は、眼前で顔を青くしている高校生の少年を見下ろしながら、心の中で訝しがる。

 

 このガキは、警察の介入を示唆しただけで、強い動揺をみせた。

 

 通常の人間でも、反応としてはおかしくはない。当然だ。誰だって警察との絡みは望まないだろう。不安に感じるのも不思議ではない。

 

 しかし、このガキの動揺は、そういった一般的なリアクションとは異なる性質を纏っていることを袖山は看破していた。自身の『才能』によって。

 

 袖山は脳内で、篠崎直斗と面を通したあとの、彼がとった一連の行動を録画した映像のように流す。

 

 一定の地点までは、動作自体に問題はなかった。学校の校長と面会するような緊張は持っていたようだが、概ね正常範囲だった。

 

 袖山は、以前、篠崎直斗を『観察』した時の光景を思い出した。吸血鬼の異世界人と、妹である篠崎春香の三人が下校している時の光景。

 

 その際、このガキは貧血のような症状を見せていた。今はその兆候がないということは、クセでもなんでもなく、事実、貧血であったのだろう。つまり、直近で、血液を失うような出来事が身に降りかかったということである。

 

 特別視するべき部分ではない。しかし、留意しておこうと思える特徴だ。

 

 同時に、再び脳内の映像を再生。直斗は、袖山が『警察』の名前を出した途端、強い動揺を覚えていた。やはり、これは少し過剰だ。何か、やましいことでもあるのか。それは何だろう。

 

 以前見た光景を、デュアルモニターのようにして、もう一つ脳裏に流す。そこには、現在槍玉に上がっている女子児童の姿があった。

 

 篠崎春香。こいつの妹も、兄やその他の者に対し、何らかの隠し事をしていた。袖山の目を通せば、明白な事実として浮かび上がるのだ。

 

 兄妹揃って、腹に一物抱えているということだ。これは、とてつもなく臭う気がした。

 

 次に袖山は、同じ『DC会議』のメンバーである御神龍司が提示した情報を、脳内のアーカイブからピックアップする。

 

 直斗は、扶桑高校に異文化交流として転校してきた二人の吸血鬼と懇意の仲になっていた。ルカ・ケイオス・ハイラートは、友人として、レイラ・ソル・アイルパーチは恋人として。

 

 一介の男子高校生が、二人の異世界人と短期間で親密になるのは稀な事象である。これにも違和感があった。

 

 それらを結ぶ一本の線が、必ず存在するはずだ。モイライの糸のような、運命を分ける関係性が。

 

 袖山は、脳内の映像を閉じた。考察の時間も含め、ほんの数秒の現象だ。直斗も遠月も、こちらが瞬時に思案を巡らせたことなど悟ってはいないだろう。これこそが、袖山が持ち合わせた『武器』の真骨頂なのだから。

 

 もっとも、御神ならば、一言二言の質問で、確実に嘘を見破れるため、もしも相手の虚偽を看破する場合、あの若造のほうが有利なのは否めないが。

 

 袖山は、眼前の少年を見下ろしたまま、自身の優位性を確信していた。このガキは少なくとも、大して狡猾でもない、ただの平凡な内面をした男子高校生なのだろう。

 

 そろそろ仕掛けるか。

 

 袖山は、腕を組み、口を開いた。

 

 「篠崎直斗君。君、扶桑高校の転入生であるレイラさんと親しかったようだね。何でも交際していたとか」

 

 袖山の質問に、直斗は顔色を変えた。どうしてそこまで、という表情を浮かべる。単純に身元を探られたことに対する動揺が大半だが、それに隠れるようにして、深い陰影が心の底に差したことを袖山は見過ごさなかった。

 

 どうやら、『アキレス腱』に通じる糸口はそのあたりにありそうだ。

 

 「は、はあ。交際していたというか、付き纏われていたというか、別に仲睦まじいものではなかったですよ」

 

 直斗は、ぼそぼそと弁解する。ソファに座ったまま、落ち着きなく指を弄っている様を確認し、袖山は笑みを浮かべそうになるのを堪えた。

 

 「話を聞く限り、告白したのは、レイラさんのほうからだったらしいな。相手は、とびっきりの美少女だったんだろ? しかも異世界人で、吸血鬼の。どうしてそんな女の子が、君を好きになったのかわかるか? 本人に聞いたことあるか?」

 

 御神も説明の際、言及していたが、このガキは、袖山の目から見ても、魅力ある人間には到底思えなかった。おそらく、今まで異性と交際した経験すらないはずだ。女っ気皆無の冴えない男子生徒なのだろう。

 

 しかし、なぜそのような奴に、異世界人の美少女が惚れ込むのか。

 

 本来、そういった疑問は、直接篠崎直斗と面談すれば、自身の『才能』により、すぐさま理由が掴み取れると推測していた。しかし、対峙しても、そのよすがが全くなかった。

 

 このガキに対する不可思議な点の一つだ。

 

 「それが、俺にもわからないんです。理由を尋ねても、その、何となくって言うばかりだったし」

 

 どこか歯切れが悪い。何かありそうだ。

 

 「思い当たる節、本当にないの? 自分には、異世界人を惹きつけるような魅力があるとか」

 

 「そ、そんなことないと思いますけど」

 

 直斗は焦ったように、首を振った。御神でなくても明白にわかった。今、こいつは嘘をついた。その理由を知っているのだ。

 

 「本当に? 何か隠してないか?」

 

 袖山が詰め寄るようにして訊く。直斗は怯んだように手を振った。

 

 「か、隠してません」

 

 尋問に窮する容疑者のごとく、直斗は上擦った声で答えた。これでは何かあると自ら吐露しているも同然である。

 

 袖山は、思わず、にやりと笑う。いい感じだ。情報が次第に集まっていくことを実感した。この情報を元にすれば、さらに『攻略』の制度が増す。

 

 袖山は、改めて、篠崎直斗も内面について考察をした。

 

 本来、彼には、袖山の質問に答える義務などなかった。袖山は金を肩代わりしただけの、妹の件とは直接関係のない部外者なのだ。

 

 だが、すでにこちらのペースに乗せられているため、聞き流すことができず、誘導されるがまま応答しているのだ。いや、応答せざるを得ないといったところか。敏腕刑事の手の平で踊らされる容疑者のように。

 

 篠崎直斗が、あっさりと袖山の目論見に引っ掛かっていることから、これも、この少年が、純朴かつ素直な、男子高校生としては、ごくありふれた精神性の持ち主であることを証明していた。

 

 お前、結構真面目だな? そんなんじゃあこの世に跋扈する魑魅魍魎どもにあっさりと食われるぜ。

 

 袖山は、さらに畳み掛けることにした。

 

 「そうか。まあ、それはいいや。あと、これも訊いた話だが、そのレイラ・ソル・アイルパーチ。彼女は今現在、行方不明なんだって?」

 

 直斗少年は、どきりとした表情をみせた。

 

 「行方不明の原因には、お前が関与していると噂があるぞ」

 

 「……知りません。関係ないですよ」

 

 直斗は平静を装って、答えたようだが、彼が唾を飲み込んだことがわかった。これは、本当にもしかするかもしれない。

 

 レイラも異世界人である以上、魔法などの人知を超える力を持っていることは明白だ。御神の証言からもそれは確定している。ゆえに、御神が言及していたように『ただの人間』が異世界人を『どうにかした』可能性は極めて低いといえるのだ。

 

 つまり、痴情のもつれなどで、男が女を刺し殺し、埋めたとか、そういった類の事件に巻き込まれる恐れは皆無なのである。異世界人と人間の関係性においては。

 

 だから、このガキはシロ。と言える。

 

 ――ただし、例外を除いて。

 

 「まるほどね。それと、君と親しいルカ・ケイオス・ハイラート君だけど、どうして仲良くなったの?」

 

 「ルカから話しかけられて……」

 

 直斗は、悄然と答える。結構、精神的に参っているようだ。つまり、それだけプレッシャーを感じていることである。

 

 「彼も、レイラさんの失踪について、何も知らないのか?」

 

 「ええ。知らないと思います」

 

 直斗は目を逸らしながら答えた。

 

 袖山はしばらくの間、直斗を見つめる。直斗は、気まずそうな様子をみせ、視線を合わせない。

 

 もう充分だろう。情報はたんまりと得た。それに、あまり突っつきすぎると、かえって薮蛇になるだろう。嫌な予感もあった。

 

 袖山は、大げさに肩をすくめた。

 

 「オッケー。わかった。時間を取らせてすまない。ただ、関係者の身辺情報を知りたいから、行った質問なんだ。気にしないでくれ」

 

 袖山の宣言に、直斗はほっとした様子をみせた。

 

 「じゃ、あとは任せた」

 

 袖山は、遠月にバトンタッチする。

 

 応対を代わった遠月と、篠崎直斗は会話を始める。

 

 内容は、今回の件で、妹がいじめにあっているため、どうにかして欲しいという要望だった。おそらく、彼の本来の目的がそこなのだろう。妹想いの良い兄だと思う。

 

 袖山は、脳内でいくつもの映像を流しながら、篠崎直斗に対する『処置』を検討していた。

 

 もしかすると、自分は極めて大きなチャンスを前にしているのかもしれない。そう考える。『DC会議』で発起人の中島祥吾が提案したプラン。そこにいち早く到達できるような気がした。

 

 だが、すぐに報告するつもりはなかった。彼らも一応仲間とはいえ、普段は鎬を削り合う間柄だ。共闘は一時的なもので、結局のところ、一蓮托生は不可能な競合者達なのだ。

 

 必ず連中を出し抜いてやる。

 

 袖山は、心に誓った。

 

 そして計画を立てる。渦中の篠崎春香。あの子供も、何かしらの隠し事をしている。

 

 次、攻めるとしたら、彼女をおいて他にいないだろう。相手は子供だ。容易く情報が零れ落ちるに違いない。

 

 袖山は、自身の姦計が軌道に乗ったことを確信した。

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