現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。 作:佐久間 譲司
有り体に言えば、得た篠崎直斗の実情は、まさに『平凡』そのものだった。
成績も凡庸。特に秀でる教科はなく、かといって、ボンクラでもない。
部活はやっておらず、帰宅部。塾には通っていない。
彼女はおらず、特にこれといって大きな趣味があるわけでもない――。
あまりにも特徴がなさ過ぎて、聞いているこちら側が飽きてくるくらいだった。本当に、そのような男が、何かしら特別視される人間なのだろうか?
しかし、異世界人に好かれる特徴を持ち合わせているのは確かである。もう少し、突っ込んでみよう。
「お兄さん、異世界からの転校生と知り合いだよね?」
「うん。レイラさんとルカさん」
「どうして、二人がお兄さんの知り合いになったのかわかるかな?」
「どういうこと?」
「異世界人二人は、お兄さんのことなんて言ってた?」
春香は、眉根を寄せ、うーんと唸る。
「よく覚えてないけど、素敵な人って言ってた」
「素敵な人?」
異世界人云々に関わらず、あんな地味なクソガキを素敵だと思う人種がいること自体、信じられないが……。
「うん。お兄ちゃんからとても良い匂いがするんだって」
「……良い匂い?」
自身のこめかみがピクリと反応したことを、袖山は自覚した。今の証言はとても重要だ。
とはいえ、良い匂いとは、どういうことだろう。篠崎直斗と『面談』した際は、特に何も感じなかったし、袖山の『才能』を介した行動の推察からも、特に掴めなかった。
しかし、特徴的な証言である。そこに意味があるはずだ。
それに彼は、異世界人から好意を寄せられる根拠に全く心当たりはないと断言した。だが、やはり、それは嘘だったのだ。あるじゃないか。異世界人を惚れさせる一つの理由が。
そして、それを隠そうとした。なぜなら、他者に知られると都合が悪い部分があるから。
都合が悪いということは、そこには己を脅かすリスクが存在しているということだ。病巣のように、自身を蝕む『何か』が。
さあ、それは一体、どんなものだろうか。
袖山は言及した。
「良い匂いって、具体的にはどんなものなんだい?」
異世界人二人が、吸血鬼であることを念頭に置きながら、訊く。
「そこまではわかんないよ。でも、レイラさんはそう言ってたよ。ルカさんも同じようなこと言ってた」
「……なるほど」
詳細は知らないらしい。無理もないと思う。既知の仲とはいえ、所詮は好意を向けた相手の妹である。軽々しく全容を話す真似は、異世界人でもやらないのだろう。
だが、篠崎春香の先ほどの証言は、充分留意に値するものだ。
袖山は再び質問する。少し引っ掛かっていたことを。
「お兄ちゃん、ちょっと前に貧血だったよね? 何か心当たりある?」
「貧血?」
「ふらついたり、具合が悪そうな行動取ってなかった?」
春香は、俯き、思案する仕草を取った。
「うーん。言われてみれば、そんな感じだったような」
「君のお兄ちゃん、怪我してた?」
春香は首を振る。
「そんなことなかったと思う」
「これまで貧血気味だったことあった?」
これにも、春香は首を振った。
「ううん。なかったよ」
篠崎直斗は、吸血鬼から好意を寄せられ、行動を共にしている。考えられる原因としては、血液を提供したというものだ。
脳裏にイメージが湧く。シェリダン・レ・ファニュの小説『カミーラ』のように、首筋に噛み付く吸血鬼の姿が。
しかし、その線は薄いような気がした。以前確認した、二人の様子を何度も頭の中でリピートしても、損得関係といったステークホルダーのような印象は全くなかった。ただ、ルカのほうが好意を寄せているような、変わった挙動のみを確認している。
それに、貧血の原因が血液の提供ならば、これまでも幾度となく同じ真似をしているはずである。つまり、貧血に見舞われる現象が何度か発生しているということだ。その場合、妹の目に必ず留まるはずだ。
しかし、これまでそのような症状はないという。まさか血の提供が、たった一度きりというわけでもあるまい。
ようするに、貧血の原因は他にあるのだ。
新しい情報が、次々に蓄積されていく。今回は特に、有益な情報ばかりだ。
そして、最後に袖山は本命の質問を行う。この質問こそが、今日春香との『面談』設けた目的なのだ。
「春香ちゃん。君、何か隠してるよね?」
「え?」
「家族に言えない何かがあるんだろ?」
「その、お金が盗まれた話はお母さんたちには言ってないです」
「そっちじゃなくて、もっと前から何か隠し事あるよね?」
春香は口をつぐんだ。なぜわかったのだろう、という表情を浮かべている。ビンゴだ。やはりこの少女は、腹に一物抱えている。
「そのことについて、教えてくれないかな? もちろん誰にも言わないよ。君に降りかかっている問題を解決する糸口にもなるだろうし」
春香は逡巡しているようで、JENNIの白いスカートの裾を弄っていた。
「焦らなくていいからね。ゆっくりでかまわないから」
袖山は、債権者を懐柔させる時に使う口調で、春香を諭した。そして自分がすでに、目の前の少女を、債権者同様、ただの『獲物』としてしか見ていない事実に気がつき、思わず苦笑する。
おっと、いけない。これでは怪訝に思われてしまう。結構いい塩梅なのに。
幸い、春香は袖山のアクションに気を向けていなかった。俯いて、思案している。袖山は真顔になり、春香を見つめる。
その直後、春香は顔を上げた。どこか決心したような表情だ。
「わかった。教えるね」
春香の言葉に、袖山は破顔する。ようやく、真実が聞けるのだ。
「うん。頼むよ」
春香は言う。袖山は耳を傾けた。
「私ね、お兄ちゃんの部屋で見つけたの」
「見つけた? 何を?」
まさか、エロ本でも発見したのだろうか。もしもそんなお笑いのオチのような内容だったら、このガキを蹴り上げるかもしれない。
春香は答える。その内容は、少し不可解なものだった。
「緑色のコートだよ」
「はあ? コート?」
いまいちピンとこなかった。大して特筆する点ではなさそうだが……。この少女は、なぜ、兄の部屋で見つけたそれを、特別視したのか。
袖山が怪訝な面持ちでいると、春香が注釈した。
「ほら、あの『ロビン・フッド』が着ていた緑色のコート、あれとそっくりなものが、お兄ちゃんの部屋のクローゼットにあったんだ」
袖山ははっとする。テレビ越しに観た、アレーナ・ディ・ヴェローナの光景が脳裏に蘇る。
決戦場に乱入し、敵性勢力の異世界人たちを葬り去ったのが彼(正確には男かどうかもわかっていない)だ。その時に着用していたのが、緑色のコートに黒いズボン。まさに中世イングランドの伝説に登場する『ロビン・フッド』の出で立ちだった。
その者のお陰で、異世界人側は敗退し、結果、人類は救われることとなった(異世界人たちの侵略のため、大きな打撃を受けていた袖山の会社も、結果、救われている)。
まさに、八面六臂の活躍であり、原典である『ロビン・フッド』を超える存在たらしめたのだ。
それ以降『ロビン・フッド』の名称は、中世イングランドの英雄ではなく、アレーナ・ディ・ヴェローナで乱入した人物のことを指す代名詞となった。
その人物のシンボルとなったのが、まさに緑色のコートである。
「そうか? しかし、なんでそれが気になるんだ?」
『ロビン・フッド』が人類最大の英雄として克明に記憶されたのち、『ロビン・フッド』の衣装も流行の兆しをみせた。なにせ、簡単な服なのだ。いくつも模造品が生まれ、ブティックやアパレルショップをはじめ、様々な店舗で取り扱いがされるようになった。
最盛期からは失速したとはいえ、今でも『緑のコート』は人気を博している。
直斗も同じような理由でそのコートを持っていることが予想された。あるいは、そもそも、『ロビン・フッド』の真似事などの目的ではなく、ただのファッションとして購入している可能性もあった。
袖山の疑問に、春香は眉根を寄せる。
「お兄ちゃんは持ってたコートが、ちょっと変なことになってて」
そう言い、春香は黙る。
袖山は腕を組み、先を促した。
「変って、どう変なんだ?」
春香は言う。
「血とか泥で汚れてたんだ。最初はコートを着たまま転んだとか思ってたけど、お兄ちゃん怪我なかったし、なんであんなものがクローゼットの中にあったのか不思議に思ってたんだ」
はじめはそれの意味することが、理解できなかった。しかし、やがて氷解する一つの事実。
ただの下らない憶測。だが、考慮するべき事案だ。
「そのコートを発見したのはいつ頃?」
春香は、少しだけ悩んだあと、答える。
「二週間くらい前かな?」
二週間というと、ちょうどレイラ・ソル・アイルパーチが行方不明になった時期か。そして、大田山の事件に加え、扶桑高校襲撃事件の直前でもある。
「……一つ関係ない質問をいいかな? アレーナ・ディ・ヴェローナで異世界人との決闘があった時、君はお兄ちゃんと一緒にいたのかな?」
春香は不機嫌そうに、頬を膨らませた。
「それが違うんだよ。お兄ちゃん、友達のところに行くって言って、出かけたんだ」
「でかけた?」
「うん。突然、いなくなっちゃったよ」
アレーナ・ディ・ヴェローナでの決闘の時、篠崎直斗は、家にはいなかった――。一つの事実が、袖山の脳みそに蓄積される。
袖山は訊いた。
「そのことを誰かに話した?」
「ちょっと前にレイラさんがうちにきた時、話したよ。同じような質問されたから……。ねえ、なんで皆そんなこと訊くんだろ?」
不思議そうに首を捻る春香を無視し、袖山は、押し黙る。腕を組んだまま、思考を巡らせた。
一つずつの『点』は下らない戯言に過ぎなかった。だが、点と点が繋がった時、それは途方もない大きな真実が見えてくる。あたかも、政治家が企てた汚職事件のように、真っ黒い影が、背後にそびえているのだ。
パズルのピースが、かちりと音を立てて嵌った気がした。これは、ひょっとすると、あり得るかもしれない。DC会議の目指すものが、中島が提言した目標が、早くも実現する可能性が目の前に出現したのだ。
もう充分だろう。この少女からは、何もでてこないはず。
なおも、不思議そうにこちらを見つめている春香に、袖山は手でハエを払うような動作を行う。
「もう戻っていいよ」
あっさりと面談の打ち切りと宣言した袖山に、春香は面食らう。
「あの、私へのいじめはどうなるんですか……」
袖山は、春香の質問を無視し、考察を巡らせる。
あくまでも状況証拠でしかない。しかし、それぞれの事実が、光点のように輝き、繋がりを見せるのだ。星座のごとく。
袖山は、一つの事実に確信をもった。