現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第三十九章 水面下

 「袖山明誠が死んだ?」

 

 目黒での『面談』があった日から二日後、直斗は学校でルカにそう伝えると、ルカは怪訝そうな表情をみせた。

 

 「ああ。今朝のニュースでそう報道されていたぞ」

 

 当初、そのニュースを目にした時、直斗は目を疑った。昨日今日出会ったばかりの男である。まさか、突然、ニュースで目撃するとは思わなかった。ましてや、殺害されるなど。

 

 ニュースでは、袖山明誠を殺害したのは、強盗の犯行が濃厚である説が示されていた。

 

 事件の内容を知った直斗の脳裏に、ある可能性が沸き起こる。もしかすると、袖山は何らかの謀略によって、命を奪われたのではないのかと。

 

 袖山明誠はどう考えても、堅気の男ではなかった。ニュースで報道されていたように、強盗の仕業などではなく、利害関係のある組織だとか、恨みを買っている債務者などから襲われ、死んだのではないかと推察した。

 

 しかし、聞くところによると、袖山が殺された場所はセキュリティが厳重なマンションらしかった。債務者や、ただの一般人が、易々と侵入できる建物ではないのだ。

 

 つまり、殺しの『プロ』の仕業か、あるいは、さらに人知を超える者の仕業である可能性も浮上してくる。

 

 「まさか、渦中の男が、そんな目にあうとは」

 

 ルカは、切れ長の目を丸くしていた。フランス人形のように長い睫毛が、何度か瞬かされる。

 

 現在、二人がいる場所は、屋上へ続く階段の踊り場だった。階下からは、登校中の生徒たちの騒々しい声が聞こえてきていた。

 

 直斗は、ルカに質問を行う。新たな『仮説』が首をもたげたあと、気になっていたこと。

 

 「ルカ、お前何か知らないか?」

 

 袖山が殺害されたのは、ルカに相談した直後である。もしかすると、こいつが何らかの形で関わったのかもしれないと考えるのは、あながち無理な推論ではないだろう。

 

 あの時、ルカは「自分も対処する」と述べていた点も引っかかっている。

 

 「僕がですか? 僕は特に何も関知していませんが……。袖山という男が殺されたのも、直斗さんから聞いてはじめて知りましたし」

 

 ルカは、きょとんとした表情だ。寝耳に水といった風情である。

 

 「知らないならいいけど……」

 

 直斗は頭を掻きながら言った。ルカの関与は直斗のただの憶測なので、本人から否定されれば、信じざるを得ない。

 

 もっとも、犯人が誰なのか判明したところで、特に意味はないだろうが。

 

 とはいえ、袖山明誠の脅威が消え去ったのは事実である。直斗にとっては、歓迎すべき結果だろう。

 

 「春香ちゃんのほうはいかがですか?」

 

 ルカが、首をかしげながら訊いてくる。

 

 「うーん、あまり状況は変わらないみたいだ」

 

 遠月教諭への直談判が失敗に終わり、いじめへの対処が暗礁に乗り上げた結果、状況は好転をみせなかった。おそらく、即時的な解決を期待するのは難しいだろう。

 

 そもそも、遠月との面談からほとんど日も経っていないので、大きな変化がないのは当然ではあるが。

 

 だが、遠月教諭が袖山から弱みを握られていることは明白であるため、袖山が死んだことで、彼の心境に変化が訪れる可能性が期待できた。この先の進展に期待する他ないだろう。

 

 「いざとなったら、その時こそ、親や教育委員会に相談するよ」

 

 「それがいいかもしれませんね」

 

 ルカは肯定する。

 

 目下、妹のいじめ解決の件が最重要事項だが、他にも気がかりな点があった。

 

 具体的な事象ではない。しかし、心の奥底で、大きな不安があるのだ。知らない内に広がっていく癌細胞を体内に抱えているような、薄気味悪い感覚と、少しずつ破滅へと向かっているような恐怖感。

 

 ルカにそのことを伝えると、ルカは怪訝な顔をみせた。

 

 「袖山が死んだ以上、特に脅威はないと思いますが」

 

 「そうだけど、不安が消えてくれないんだよ」

 

 「前も同じようなこと言ってましたね。あなたの『血の力』でどうにかできないのですか? 精神不安を解消だとか」

 

 直斗は、頭を振った。

 

 「そこまで器用な真似はできないんだよ」

 

 ルカは、自身の形の良い顎に手を当て、考える仕草を取る。

 

 「ただの思い過ごしかもしれませんが、直斗さんの立場が立場なだけに、一笑に付すのも憚れますね。僕も少し調査をしてみます」

 

 「頼む」

 

 直斗は数少ない協力者に、頭を下げた。ルカに任せれば、何かわかるかもしれない。そんな予感があった。

 

 やがて、話が終わった二人は、踊り場を離れ、それぞれの教室へ戻った。自分の席に着くなり、チャイムが鳴る。

 

 授業が始まり、時間が経つ。しかし、それでも、胸中に淀みのように溜まっている不安は、少しも解消されなかった。

 

 立ち込める暗雲。不吉な予感。

 

 今すぐにでも、悪い出来事が起きそうな感覚に直斗は襲われていた。

 

 

 

 

 『DC会議』の参加者の一人である雨宮勇一は、自身が経営する銀行の頭取室にて、いくつかの書類を確認していた。

 

 現在は昼過ぎ。昼食を済ませ、午後の業務に精を出す時間である。

 

 雨宮は、手元の書類に目を通す。内容は、融資第一課が提出した融資金の稟議書である。

 

 融資対象の企業は上等で、内容も一級の融資案件ではあるが、やや陰りが見えてきた会社でもある。このまま融資を行った場合、ややリスクが上回る恐れがあった。

 

 雨宮は、フォーナインズの眼鏡を外し、目頭を揉みながら、その会社の社長の直近の姿を思い浮かべた。

 

 経営者らしく、身なりの良い服装で、コミュニケーションも明朗快活だった。融資を受ける立場上、銀行に良い印象を残したい意図が見えたが、それは当然の振る舞いでもある。

 

 しかし、いくつか気になる点があった。彼の腕時計である。少し前までは、誰もが知るブランドの高級腕時計を付けていたのだが、今は二線級の腕時計だった。融資を受けるのに、時計のランクを下げるのは致命的で、それすらも考慮に入らないとなると、相手方の経営は相当危うい可能性もあった。

 

 雨宮は融資第一課に内線を掛け、担当に繋いだ。そして、融資先訪問を密にするよう指示を行う。

 

 これで、案件先の化けの皮が剥がれるといいのだが。

 

 雨宮は眼鏡を掛け直し、眼前の端末に目を向けた。画面には、融資資金のポータル画面が表示されている。

 

 資金の融資先は『株式会社南開警備』。DC会議のメンバーでもあり、今回の『ミッション』のパートナーでもある李天祐が経営する会社だ。

 

 もっとも、警備会社とは名ばかりで、実質はチンピラや反社、果ては札付きの犯罪者を斡旋する傭兵業の会社だが。

 

 雨宮はポータル画面を操作し、外国の銀行にて開設されてある『南開警備』の口座へ、予め話し合って決めた額の資金を送金した。それから、ポータル画面を閉じる。

 

 雨宮は、息を一つ吐き、手を顔の前で組む。そして、瞑想するようにして、目を閉じて全神経を集中させた。

 

 つい今しがた、送金した『資金』の流れが、シミュレーションとして、脳内を駆け巡る。金は秘密保持が強いスイス銀行を経て、『南開警備』の手に渡り、それらは『従業員』の武器や報酬へと分散されていく。

 

 『従業員』は、どう見ても堅気には見えない連中ばかりだ。中には、異形の者、異世界人もいる。

 

 そして資金は『上海幇』や『新義安』といったチャイニーズ・マフィアにも渡り、彼らも『南開警備』へと馳せ参じてくる。

 

 やがて、アサインされたメンバーを率い、武器を手にした彼らは、とある場所へ襲撃を行う――。

 

 脳内の『仮定』が、まるで実際に起こった現象のように、映像として流れる。正確率が百パーセントに近い、未来予想。

 

 これが雨宮勇一の『才能』だった。金の流れが必ず必要だが、それを起点に、精密かつ高度な未来予測を行うことができる。

 

 雨宮はさらに能力を展開させていく。

 

 『その場所』を襲撃したアウトローたちは、見事、建物ごと占拠することに成功する。床が血に染まっており、犠牲者もそれなりに出ていることを示していた。

 

 そして、襲撃者たちは、一人の人物へ狙いを定めていく――。

 

 そこで、雨宮の眉根が寄った。フレームレートの良い動画のように、スムーズに流れていたシミュレーション映像が、ふいに暗転、ブラックアウトしたのだ。まるでもうそれ以上、処理が追いつかなくて、限界を迎えたパソコンのように、動画が停止されたのだった。

 

 雨宮は再度、映像を再生させる。しかし、何度やっても、必ず同じ位置で『未来予知』は途切れてしまっていた。

 

 一体、どういうことなのだろう。こんなのは初めてだった。

 

 雨宮が原因を特定するため、『未来予知』映像の詳細を精査しようとしたところで、懐に入れていたスマートフォンが、着信を告げる。

 

 雨宮は舌打ちをし、目を開けた。そして、スーツの内ポケットからスマートフォンを取り出す。

 

 相手は李天祐だった。

 

 「もしもし」

 

 雨宮が応じると、受話口から李天祐の低い声が聞こえてくる。

 

 「送金を確認した。これより早急に『計画』へと行動を移す」

 

 「わかった」

 

 とうとう動き出す、強大な『力』を得るための計画。大きな野望への第一歩。

 

 雨宮は、自身の心臓が、期待でわずかばかり高鳴ったことを自覚した。

 

 その時、ふと気づいたように、李天祐が尋ねてくる。

 

 「そういえば、『未来予測』はしたのか?」

 

 李の質問に、雨宮は逡巡する。完全無欠のはずの自分の『才能』に、ちょっとした異変が生じてしまったことを告げるべきか否か、判断に迷った。

 

 少し考えたのち、雨宮は答える。

 

 「まだ全てを再生はしていないが、確認できた範囲では、問題なく事は推移していたよ」

 

 「そうか。ならば、やはり決行しても差し支えないな」

 

 李天祐は納得したように言う。おそらく、雨宮に対する能力の確認は、あくまで補足に過ぎず、元より、よほどの障害がない限り実行する腹積もりなのだろう。

 

 それだけの『価値』が、この計画にはあるのだから。

 

 そのあと、いくつか打ち合わせを行い、雨宮は電話を切った。

 

 雨宮は本来の業務に戻る。しかし、銀行業務をこなしながらも、『未来予測』での障害のことが、残り香のように頭へとこびり付いており、中々集中できなかった。

 

 結局、その日はずっと、胸中に到来したわずかばかりの不安が、一切解消されることはなかった。

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