現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。 作:佐久間 譲司
数日後、雨宮は日中、客先への訪問を理由に、銀行を外出した。目指す先は千代田区。雨宮の経営する銀行は、赤坂にあるため、車で二十分ほどかかる計算だ。
雨宮は、頭取用の駐車スペースに止めてある愛車のジャガーFタイプR75に乗り込む。
イグニッションキーを回すと、スーパーチャージャーV8エンジンのエキゾチックな音が場内へと響き渡る。
己を鼓舞させるような、万雷の拍手のごときエキゾースト音を聞くと、雨宮の心が湧き立った。感情の奥底にある不安が払拭され、この先、待ち受けるのは、確実な『勝利』ではないのかと、そう思わせた。
雨宮は車を発進させ、国道413号線へと出る。そしてそのまま赤坂通りを北へ向かう。
到着場所は、千代田区にあるビル。そのビルの地下駐車場にて、李天祐と待ち合わせをしていた。
『計画』が本格的に動き出したことに対する、最終確認が目的である。
山王下の交差点を左折し、多くの車と共に見附駅前の通りを直進する。そして青山通りへと入った。
すぐに首都高下の信号にぶつかり、赤信号で停止する。雨宮はアイドリングをさせながら、R75の運転席から見える歩道を眺めた。
平日の昼間にもかかわらず、大勢の人間が行き交っている。つい去年、異世界からの侵略があり、滅亡の危機に瀕した事実など忘れたかのような、天下泰平の光景だ。
日に照らされた薄っぺらな世界に目を向けたまま、雨宮は、先日体験した自身の『才能』の障害を改めて考察する。
一体、あれは何だったのだろうか。『未来予知』の再生が途切れるなんて今まであり得なかった。まるで何者かにインターラプトされたかのような、気味の悪い現象。
あのあとも、何度かリピートさせてみたが、結果は同じだった。
雨宮はふと思う。もしかすると、自身は何かとんでもない間違いを犯しているのではないのかと。
銀行業界の世界において、一つの鉄則がある。それは企業に融資を行う際、企業が戦略的な決算対策を取っているかどうかを見極める点だ。
企業は融資を受けるのだから、自分の会社を良く見せたいと思うのは必然。そのため、粉飾などを行うのは常である。
そこを看破し、その企業が有効な返済計画を持っているのかどうかを判断する必要が出てくる。言い換えれば、少しでも瑕疵があれば、融資計画を中断するのは当たり前の措置なのだ。
今回の『予知』において、想像外の躓きが発生している。瑕疵がある以上、計画を取り止めるべきなのかもしれない。
そのような懸念が頭をかすめる。
しかし、明確な否定基準がないのも事実であった。順調に推移していた予測が、途中で閲覧できなくなっただけ。李天祐との打ち合わせでは、滞りなく遂行できる『計画』であった。
考えすぎなのかもしれない。しかし、憂慮するべき内容とも言える。
それか、あるいは……。
その時、後方からクラクションがけたたましく鳴らされた。
雨宮ははっとして、我に返る。どうやらかなりの時間タイムトリップしていたらしく、いつの間にか青信号に切り変わっていたようだ。
雨宮はアクセルを踏み込むと、勢いよくR75を発進させた。爆発したようなエンジン音と共に、一気に加速し、クラクションを鳴らした安い車を、あっという間に後方へと置き去りにした。
千代田区にある目的のビルに到着し、地下の駐車場にR75を乗り入れたあと、少し進んだところで、雨宮は『それ』を確認し、ぎょっとする。
大型商業施設のように広い駐車場に、大勢の群衆がいたのだ。群衆のみならず、ハマーなどの大型車も複数台、駐車場の奥に駐車されていることが確認できた。
雨宮は、かろうじて空いているスペースに車を停め、R75から下りる。
すぐに李天祐が近づいてきた。彼は雨宮の愛車を把握しているため、場内に進入した時点で、こちらの到着に気がついていたようだ。
「早かったな」
「飛ばしてきたからな。……で、こいつらが例の連中か」
スーパーの特売日の開店を待つ客のように、周囲でたむろしている大勢の人間たちを、雨宮は顎でしゃくった。
「そうだ。彼らが今回の『計画』の実行役だ」
李天祐の誇らしげな声を聞き、雨宮は改めて駐車場内にいる人影たちを見渡した。
アジア系から、黒人、白人など、様々な人種の人間が集まっている。その誰もが、堅気には見えない様相の者ばかりだ。皆は、自身満面に、銃や刃物などの武器を手にしていた。まるで暴徒のように。
その数、およそ二百人ほどか。
そして――。
雨宮は、人だかりの一角へと視線を移す。
そこには、堅気どころか『人類』ですらない存在が複数いた。
全身が毛むくじゃらな熊のような人型の生き物や、二足歩行の爬虫類のような生き物など、バリエーション豊かな奇妙な姿をした生命体が盛り沢山であった。
異世界人である。
その数は全体の三分の一ほど。雨宮にとっては、直接異世界人を目にするのは初めてであった。
「よく集めたな」
雨宮は素直に感嘆する。これほどの『戦力』をかき集めるとは、裏社会に通じている李天祐ならではの所業である。
自身の『警備会社』だけではなく、『上海幇』や『新義安』などの中国マフィアすらも引き入れるその手腕は、相当なものだ。
それだけ『DC会議』のリーダーである中島が語った『計画』に力を入れる覚悟を持っている証でもあろう。
それに……。
アウトローや、マフィアたちを前にし、雨宮は確証を得ていた。今のこの光景は自分の『才能』を経て、一度目にしたものである。つまり予測どおり『計画』は順調に推移することの表れでもあった。
いける、はずだ。俺の『予知』は間違いがない。例のちょっとした『不備』。それは無視していい。それ以外はほぼ全て、上手くいく算段だったじゃないか。
雨宮は、自分にそう言い聞かせた。
「決行は予定通り、明後日だ」
李天祐は意気揚々と宣伝する。こいつもこいつで、勝利を確信しているらしい。
李天祐は、続けて言う。
「予め打ち合わせしたように、我々は不測の事態が起きない限り、外野で観戦だ」
雨宮はフォーナインズの眼鏡を上げながら、首肯した。
「わかっている」
矢面に立つのは、『傭兵』や『兵隊』たちだけでいい。これは、戦場において当然の鉄則である。映画や漫画のご都合主義じゃないのだから、わざわざ指揮官や出資者が敵前に姿を見せる必要性は皆無なのだ。
「では、明後日、作戦決行とする」
李天祐は、周りにいる兵隊たちに対し、高らかな声で、そう宣言した。
すると、駐車場内に、兵隊たちの鬨の声が響き渡る。びりびりと、空気が震えているのが伝わってきた。
これから兵隊たちは、このビルで明後日まで待機し、やがて決行日当日、駐車場の奥に停めてある車両に乗り込み、目的の場所を目指すのだ。
春日小学校に。
雨宮は腕を組み、兵隊たちを眺める。
自分が見た『未来予知』では、こいつらからは、犠牲者はほとんど出ていなかった。しかし、血は大量に流れていた。つまり、明後日、この兵隊たちは本当に人殺しを行うのだ。おそらく残虐に、戦争のように。
間違いなく、大きなニュースとなって世界に流れるだろう。
そして、それこそがこの『計画』の目的なのだ。
雨宮は、眼鏡を掛け直すと、微かに頬を緩めた。
「ねえ、あの話どうなった?」
朝、学校へ登校し、自分の席に着くなり、直斗は神埼志保から声をかけられた。
「あの話?」
直斗はきょとんとする。あの話とは何だろう。覚えがないが。
直斗の間抜けな反応に、志保は咎めるような顔で、首を捻った。
「忘れたの? ほら、春香ちゃんのこと」
志保は、声を潜めるようにして言う。
直斗ははっとした。もちろん、春香の身に降りかかっているいじめについては片時も忘れたことはないが、志保に相談したことは忘れていた。
「あ、ああ。そういや相談していたね。いまだに解決していないよ」
「あたしに相談したこと忘れるくらいなら、そりゃ無理でしょ」
志保は頬を膨らませる。少し不機嫌になったようだ。
「ごめんってば。……えっと、色々難しいことがあって、解決が遠のいたんだ」
「難しいことって?」
志保は真顔になり、訊いてくる。
直斗は、袖山のことについては言及せず、担任教諭がいじめの対応に消極的である旨を伝えた。
「なにそれ。最低な教師。いずれ天罰が落ちるよ」
志保は、自分のことのように憤慨した。志保は志保なりに、本気で春香のことを心配してくれていたらしい。
直斗は、自分が志保に相談した事実を忘れていたことを恥じた。
「これ以上ひどくなるようだったら、できるだけ早めに、親や教育委員会に相談するつもりだよ」
「そうだね。そのほうがいいかもね」
志保は、得心したように頷いた。そして、二、三言葉を交わすと、志保は直斗の
元を離れていった。
やがて、俊一や裕也も登校してきて、始業までの朝の雑談が始まった。いつも通りの、何ともない光景。
戸口近くでは、先ほど会話をしていた志保が、友人たちと楽しそうに笑っており、隅のほうでは、木場建治が自分の席で一人、本を読んでいた。さすがに懲りたのか、魔法の指輪は披露しておらず、現在は閑古鳥である。
生徒たちの青草のような瑞々しさと、爽やかさに包まれた空間。慣れ親しんだ世界だ。
現在、自分はその安寧の空間にいる。境遇こそは人類の中でイレギュラーだが、客観的に見れば、一般的なただの男子高校生である。
だが、いつまでその立場でいられるのか。世界を救い、異世界人から命を狙われる身分となった自分。俗に言う『ロビン・フッド』が。
俊一たちと談笑しながら、直斗は一抹の不安を払拭できないでいた。
午後になり、いつもの三人で弁当を食べたあと、直斗は、俊一たちとスマホゲームに興じていた。
その最中、志保が話しかけてきた。
「ねえねえ、篠崎君。妹の春香ちゃんが通っている小学校って、確か春日小学校だったよね?」
「え? なんだって?」
ちょうど俊一や裕也と共に、高難易度の限定イベントを攻略している途中だった。そのため、直斗は生返事で答える。今はクラスの女子と関わっている場合ではないのだ。
志保は、直斗のあしらい方に不満を覚えたようだが、それでも引き下がらないつもりらしい。少し突っ込んだような勢いで、こちらの肩を叩く。
「聞いてよ。春日小学校が今、大変なことになっているんだって」
そこで初めて、直斗は顔を上げた。眼前に、血相を変えた志保の顔が見える。手には、スマートフォンを握り締めていた。
「なんだよ」
直斗は言う。一体、どうしたのか。こっちは暇じゃないのに。しかし、よほどのことらしい。
志保の行動に、それまで一緒にスマホゲームに興じていた裕也と俊一も、顔を上げて、不思議そうな顔で、こちらを注視していた。
「なんだよ、じゃないってば。だから、春日小学校が大変なんだって」
志保は、手に持ったスマートフォンの画面を、印籠のように持ち上げて、こちらへ向けた。
志保のスマートフォンの画面には、映像が表示されていた。どこかの街並みを上空から俯瞰している光景。どうやらヘリコプターからの空撮映像らしかった。
おそらく、ネット配信されているニュース番組なのだろう。メインの被写体は、中央に映っている大きな建物のようだ。運動場が併殺されていることから、学校だとわかる。どうやら、志保の言葉通り、これは春日小学校らしい。
音声は流れてなかったが、どこか物々しい雰囲気は伝わってくる。少しずつ、心臓の鼓動が大きくなっていくのを直斗は実感した。
直後、画面にテロップが表示される。それを読んだ直斗は、脳天を殴られたような衝撃を受けた。
テロップには、こう書かれてあったのだ。
『木更津の春日小学校で立てこもり事件発生。負傷者多数。犯人は複数の模様』
「そんな……」
直斗は思わず絶句し、志保のスマートフォンを掴んだ。春日小学校は、妹の春香が通う学校だ。春香はいじめられているとはいえ、ちゃんと毎日登校している。当然、今の時間は、学校にいる。
「ついさっき、ツイッターで流れてきたんだ」
志保は、気を遣うように言う。直斗の反応を見た裕也たちも、何事かとスマートフォンを覗き込み、同様に絶句した。
直斗は呆然と呟く。
「立てこもりって、どうして……。負傷者多数って……」
妹は、春香は無事なのか? 一体、なぜこんなことが。
眩暈がしたところで、机の上に置いたスマートフォンが、鳴動した。反射的に画面を確認すると、母の蛍子からだった。
急いでスマートフォンを手に取り、通話に出る。
「もしもし」
「直斗、えっとね春香ちゃんが通う学校で大変なことが起きてて……」
蛍子の逼迫した声が耳を貫く。相当動揺しているようで、言葉の節々が上擦っていた。
「知ってる。立てこもりがあったとか。春香は無事なの?」
「それがわからないの。警察から連絡がきて、これから市の市民体育館で説明会があるみたい。そこにお父さんと一緒に行くわ」
父の辰三も、会社を早退して状況把握に動くようだ。
「俺はどうすればいい?」
「そのまま学校にいていいわ。あなたがきても何も変わらないし」
ひどい言い草に聞こえるが、真っ当な意見だと思う。こっちは表向き、ただの男子高校生なのだから。
「わかった。何かわかったら教えて」
直斗はそう言い、通話を切る。同時に、裕也が声を上げた。
「何か進展あったみたいだぞ」
裕也は、いまだ掲げられている志保のスマートフォンを指差した。画面では、テロップが切り替わっている。
志保はスマートフォンを弄り、音声をオンにした。
同時に、アナウンサーの仰々しい声が聞こえてくる。
アナウンサーはこう言っていた。
「犯人の一味と思われる人物から、犯行声明が出されました。内容は一年前、イタリアのアレーナ・ディ・ヴェローナで活躍した『ロビン・フッド』の引渡しだということです。『ロビン・フッド』が自ら現れ、正体を明かさなければ、生徒を一人一人殺していくとの声明です」