現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。 作:佐久間 譲司
テレビニュースで、春日小学校を占拠している犯人の犯行声明文が発表されてから、直斗の周囲の話題はそのことで持ちきりだった。
直斗の周囲だけではない。ネットでも同様だった。SNSや掲示板でも、『ロビン・フッド』について様々な憶測や推察が流れていた。まるで、一年前に戻ったかのような有様である。
それもそのはず。とうとう世界を救った英雄の正体が、白日の下に晒される可能性が出てきたのだ。
「ロビン・フッドって、一年前、世界を救った謎の人物だろ? どうしてテロリストから名指しされるんだよ」
前の休み時間、志保のスマートフォンで一緒にニュースを観た裕也が、疑義を呈する。裕也は腕を組んでおり、スポーツマン特有の引き締まった腕が強調されていた。
「さあ。賞金目当てとかじゃない?」
俊一が首を捻る。マッシュルームカットの髪が微かに揺れた。
「でもこれで、もしかすると、ロビン・フッドの正体が判明するかもな」
俊一の細い目が、爛々と輝いていた。好奇心がむき出しの様子だ。俊一は『ロビン・フッド』の正体に興味津々らしい。
「世界中の人間が気になってたもんな。異世界人たちも」
裕也も同じように、興奮気味だ。こいつもこいつで、『ロビン・フッド』の正体判明に対し、大きな関心があるようだ。
「でも、わざわざ日本の学校で犯行声明を出すってことは、ロビン・フッドって日本人だってことかな?」
俊一が、こちらを見ながら訊く。ずっと無言のままの直斗を気にかけたのだろう。妹の学校が占拠され、気落ちしているはずの友人を心配しているのだ。
「あ、ああ、どうだろうね」
直斗は口ごもる。『ロビン・フッド』という自身の正体に対する話題と、犯行声明に対する動揺で、直斗は上手く言葉を発せられずにいた。
これはとんでもないことになったと思う。直斗の頭の中で、赤い警告灯が明滅していた。
妹の学校がテロリストに占拠された点だけでも、非常に心がざわ波立っているのに、その犯行グループから、まさかの『ロビン・フッド』の正体の露呈及び、身柄の引渡しの要求である。
まるで悪夢を見ているかのようだった。
先ほど、ネットニュースを確認した限りでは、さっそく管轄である木更津警察署に対策本部が設置されたらしい。このまま警察の手により、事件が解決されるのが望ましいが、そう上手くいくのだろうか。
犯行グループの目的はわからない。裕也たちが言及したように、賞金目当ての可能性もある。しかし、こうなったら、自分が姿を隠して出張っていくしかないかもしれない。
人質を取られていようと、自分の『血』の能力を使えば、復活はさせられる。もちろん、時間制限や限度はあるが、赤獅子傭兵団の時のように、犠牲者は最小限に抑えられるだろう。
今日、学校が終わったら、すぐにでも春日小学校に赴いて、犯人一味を一掃するのだ。そうすれば、妹は助かるはず。
直斗がそう決心した時、離れた所で友人たちと話をしていた志保が、こちらに寄ってきた。
「ねえ、春日小学校を占拠していたテロリストの新しい情報が、ニュースで公開されたよ」
三人は、同時に志保の顔を見る。志保は愛用のスマートフォンを手に、神妙な面持ちだった。直斗に気を遣っているのだろう。
「マジ? どんなの?」
俊一が尋ねる。
「犯人たちは皆、軍服みたいな服を着ていて、銃を持っているみたい。それに、CCDカメラのような装置を顔に付けてるんだって」
「CCDカメラ?」
直斗は怪訝に思って、志保に訊く。何だか嫌な予感がした。
「うん。アメリカの特殊部隊が装備しているような小型カメラを付けてるんだって」
「なんだよそりゃ。何のために?」
裕也が、奇異そうに声を上げる。
「私だって理由はわかんないよ。ただネットニュースでそう流れてきただけ……って、直ちん、大丈夫?」
志保はこちらを見ながら、目を丸くしていた。
「え? ああ」
声をかけられ、直斗ははっとする。先ほどの志保がもたらした新情報のせいで、心が大きく揺さぶられていた。
「顔色が悪いよ」
志保が気にかけるような口調で言う。裕也と俊一も、こちらを凝視している。
志保が伝えてきたCCDカメラの件は、直斗に少なからず衝撃を与えていた。自分でもわからないほどに、顔が青ざめていたようだ。
――敵は小型のボディカメラらしきものを装備している。
これの意味するところは、直斗の襲撃が無効化される点だ。こちらは何としても正体を隠匿したい存在である。もしも素顔がカメラに映りでもしたら、即アウトの可能性が出てくる。
おそらく、用意しているのはボディカメラだけではないだろう。ここまでやるのなら、監視カメラや隠しカメラも備えられていると見るべきだ。
それらを元に、少しのヒントでも相手に渡せば、それが致命傷に繋がる恐れがある。アレーナ・ディ・ヴェローナの時もいくつものカメラに囲まれていたが、今回はまるで傾向が違う。いまだ目的は不明なものの、何せ敵は、『ロビン・フッド』の正体を白日の下に晒そうとしているのだから。
ピンポイントで、妹の学校が占拠された点も含め、犯人の要求とカメラの存在を鑑みると、もしかすると敵は……。
絶望的な状況を前に、直斗は天を仰ぎたくなった。心がやすりで削られていくような、歯噛みしたい苦悩が生まれている。
一体、どうすればいい? このままだと妹の命が危うい。しかし、直斗が動いても、それはそれで危険なのだ。直斗の正体が発覚すれば、家族の人生すら崩壊させてしまうだろう。
直斗は頭を抱えそうになった。
「直斗、元気出せよ。きっと警察がどうにかしてくれるさ」
裕也が励ますように、直斗の肩を叩く。冗談じゃない。警察なんて当てになるか。
直斗は必死に否定したくなった。だが、声が出なかった。直斗は口をつぐむ。
そこで志保が提案を行った。
「もしかしたら、ルカ君なら何かいいアイディア持っているかもしれないよ」
直斗ははっとした。そうだ。俺には協力者がいる。事情を知る数少ない味方が。
ここは、ルカに意見を聞いてみたほうがいいだろう。異世界人の彼なら、志保が言うように、何かしら解決策を提案してくれるかもしれない。
直斗は心に決めた。
放課後、直斗はルカを呼び出した。そして、体育館倉庫の裏にて落ち合ったのだ。
運動場のほうからは、部活に勤しむ生徒たちの歓声がここまで聞こえてくる。同時に、体育館の中では、バスケットボールが床を打つ音も響いていた。
ここだけ切り取ると、何の変哲もない日常であった。妹がいる学校がテロリストに占拠されたとか、世界や異世界を敵に回すといった、常軌を逸した境遇とはまるで無縁の世界。
その狭間に直斗は立っていた。目の前には、これまた常軌ではない異世界人の人間がいる。
ルカは、直斗の話を一通り聞いたのち、顎に手を当てた。
「僕もネットのニュースで事件のことを知り、気にしていましたが、まさかここまで深刻だとは……」
「にっちもさっちもいかなくて、困り果ててたんだ」
直斗はため息混じりに呟く。ルカは真剣な顔付きで首肯した。
「相手が『ロビン・フッド』の証拠を得ようと画策しているのなら、襲撃するわけにはいきませんもんね。カメラの件は、こちらにとって、大変不都合な事実です」
ルカは続ける。
「それらを元に推察すると、おそらく、相手は『ロビン・フッド』が襲撃すること自体を望んでいるのだと思われます」
直斗は頷く。
「俺もそう思う。だからもう取れる方法がなくて……。なにかいい案ないか?」
直斗はルカに対し、切実に訴える。ルカは腕を組んだ。
「そうですね……」
ルカは眉根を寄せ、しばし、思案する仕草を取った。
それから言う。
「色々と気になる点があります。案を出すにはそれらを解消してからですね」
「気になる点?」
「はい。まず第一に、なぜテロリスト側は春日小学校を狙ったのか」
その点は、直斗にとっても非常に気がかりな部分だった。
ルカは続ける。
「『ロビン・フッド』の妹が通う小学校を『ロビン・フッド』の正体を探ろうとする者たちが占拠する。この道筋は、一つの事実を示しています」
「わかっている」
誰でもわかる理屈である。すなわち、それは……。
ルカは言った。
「あなたの正体を掴んでいる存在がいるということです」
自明の理だった。まさか妹の学校が狙われたのは、ただの偶然ではあるまい。つまり、敵は直斗の正体及び、家族関係まで把握しているのだ。
そう、すでに『ロビン・フッド』の正体は知られてしまっているということである。
この致命的な事実に対し、自分はどう立ち向かえばいいのだろう。直斗は崖の端に立っている気分に陥った。
しかし、ルカの意見は少し違うようだった。
「事実、そう考えられますが、奇妙な点がいくつも見受けられるのです」
「奇妙な点?」
直斗は鸚鵡返しする。一体なんだろう。
「まず、先ほど述べた、あなたの正体が知られている件。これが事実なら、結構おかしいのです」
「どういうことだ? 妹の学校が襲撃された以上、俺の正体が判明していることは疑いようがないだろ」
直斗の主張に、ルカは静かに首を振った。白銀の髪が、水面のように煌く。
「それが違うのです。よく考えてみてください。もしも本当にあなたの正体を敵が知っているのなら、わざわざ学校占拠なんてまどろっこしい方法を採ると思いますか?」
ルカはぴしゃりと言う。直斗はルカの顔を正面に見据えた。確信を得ているような真剣な眼差し。
直斗は反論した。
「しかし、現にピンポイントで妹の学校が狙われたじゃないか。まさか偶然だなんていうわけないだろうな」
ルカは再び、首を横に振った。
「武装集団すら容易に動かせる者が、背後にいると仮定した場合、まず根本的に、学校占拠というリスクが高い方法を取るはずがないのです」
直斗の頭に、光が明滅した。ルカの言葉の意味が理解できたのだ。
ルカは直斗の反応を見て、首肯する。体育館の内部から、部活を行う生徒たちの元気な掛け声が耳を突く。さっきよりも大きく聞こえた。
「あなたの正体が『ロビン・フッド』だと知っている者ならば、その気になれば、わざわざテロリストのような真似を行う必要はありません。直接あなたの妹さんを狙ったり、他の家族を狙ったり、いくらでもあなたを籠絡する方法はあるのですから」
ようやく腑に落ちた直斗は、思わず声を上げそうになった。言われてみれば、確かにその通りだ。
つまり、『ロビン・フッド』の正体が判明していると考えるのは、早合点だということである。
とはいえ、やはり妹が在校する小学校を敵が狙ってきたという揺るぎない事実は存在する。ルカの言うとおり、今回の春日小学校襲撃事件において、色々と奇妙な点が見受けられるのだ。
「俺の正体が知られていないとして、なぜ春香の学校が狙われるんだ?」
直斗の質問に、ルカは微笑んだ。薄い唇の隙間から、吸血鬼特有のやや長い八重歯がのぞく。ルカはすでに答えを用意していたらしい。
「今回の事件の発端には、おそらくテロリスト側が掴んだ一部分の事実が存在すると思われます」
「一部分の事実?」
「テロリスト側は直斗さんの正確な情報は得ていません。住所はおろか、名前も。しかし、なぜか妹である春香さんの通う学校は突き止めています。それらを総括すると、『ロビン・フッド』の関係者が春日小学校にいる、という事実のみがテロリスト側にリークされたの可能性が高い」
「よくわからないな。どこの誰がそんな中途半端な情報をリークできるんだよ」
直斗は腕を組み、首を捻る。ルカの言わんとしていることが理解できなかった。
ルカは肩をすくめる。
「直近の出来事において、我々は思い当たる人物を知っています。正確に言うと直接会ったのは、あなただけですが」
「誰のことだ?」
ルカは綺麗な声で、はっきりと人の名前を口にした。
「袖山明誠」
直斗の脳裏に、軍人のような容姿をした大柄な男の姿が想起された。角刈り頭の、厳つい男で、直斗を籠絡してきた怪しい人物。
「まさか……」
直斗は絶句する。ここであの男の名前が出てくるとは思いもよらなかった。
「あの男が関与していることは間違いないでしょう。彼が死んでしまったため、情報が中途半端に伝わった、と見做すのが妥当だと思われます。そして、おそらく、テロリストの背後に、袖山と繋がりがある何かしらの組織がいるはずです」
ルカが導き出した結論は、ある程度納得できるものだった。というより、今ある材料を元に考えたら、当然の帰結だとも言える。
まるで見てきたようなルカの推理に、直斗は舌を巻いた。異世界人はやはり頭はいいらしい。
直斗はいくつか疑問を口に出す。
「そいつらが俺を狙っているわけか。でも一体、どんな連中なんだ?」
ルカは、ため息をついて首を振った。
「それはわかりません。以前に袖山のことを調べた際にも一切、情報は出てこなかった」
「そもそも、なぜそいつらは『ロビン・フッド』を狙うんだ? テロ行為までやりながら」
「それもわかりません。しかし、やっかいな連中であることは確かでしょう。厳粛に対処しないと破滅を及ぼす可能性があります」
「……」
直斗は考え込んだ。ルカの推理は的を得ているだろうが、結局のところ、状況を打破するきっかけにはならないのだ。
「俺はどうすればいい?」
直斗は一番最初の質問に戻った。大切な課題だ。どうにかして妹を救わなければ。
直斗の切実な問いに、ルカは腰に手を当て、しばし考え込んだ。スタイルがいいので、絵画モデルのような雰囲気が醸し出されている。
やがて、ルカは口を開く。
「一つだけ方法があります」
ルカの好ましい返答に、直斗の心は躍った。やはりこいつは頼りになる奴だと思う。
「本当か?」
直斗は勢い込んで尋ねた。藁にもすがる思いであった。
「ええ。ただし、問題がいくつかあるのです」
「問題?」
直斗は首を傾げて訊く。
「はい。結局のところ、敵はテロリストだけではないということです」
ルカは言う。日が傾き、差し込む夕日にルカの目が照らされ、焔のように光を放っていた。
「どういう意味だ?」
上手く飲み込めず、直斗は訝しげに質問した。
ルカは答える。
「まずは、一から説明しましょう」
血のように赤い夕日に照らされながら、ルカは『作戦』について、説明を始めた。