現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。 作:佐久間 譲司
日が沈みかけた頃、直斗は清見台にある自宅へと帰宅した。
カーポートに車が停まっていることと、家の明かりが点いていることから、両親はすでに家に帰っていることがわかった。電話で受けた話によれば、市民体育館で警察からの説明を受けたはずだが、何かしら有益な情報を得たのだろうか。
玄関を開け、家の中に入る。そのまま居間に直行すると、テーブルを挟んで両親が話し込んでいる姿が目に映った。二人の声に混ざって、居間の中では、点けたままのテレビの音が響いている。
直斗が帰ってきたことを確認した蛍子と辰三は、同時に立ち上がった。
「直斗。帰ってきたか」
父の辰三が、声をかけてくる。徹夜続きのような、どこか疲弊した様子を纏っていた。それは、母の蛍子も同じであった。
「春香は無事なの?」
直斗は開口一番、そう尋ねる。ここにいないということは、まだ学校に捕らわれていることの証左でもあった。
蛍子が沈痛な面持ちで首を振った。
「それが今のところ、安否不明なの。学校内の情報が外に出ていないから」
「そう」
直斗は落胆した。当然とはいえ、警察の不甲斐なさに憤りを覚える。
蛍子は説明を続ける。
「警察の話では、学校を占拠している人たちは、殺した人質を外に運び出して、見せしめのように並べているらしいわ。だから、死体を確認できない人質は、無事である可能性が高いって言ってた」
蛍子の声は、所々震えていた。
「死体を……?」
テロリストの悪辣な行為に、直斗は胸を悪くする。しかし、妹が無事である可能性が示唆されて、少しばかり安堵が訪れた。
「今日、警察の特殊部隊が学校に突入して、人質を救出するらしいが、まだ報告がないんだ」
父の辰三が低い声でそう言った。
「突入?」
直斗は目を丸くする。すでに人質救出作戦が進行していたとは予想外だった。警察なんて、お役所主義的な機関だと思っていたが、どうやらきちんと事件解決に尽力しているようだ。
もしも、これで春香が無事に保護されれば、全て上手く収まるのだが……。ルカが語った『作戦』に頼らずとも、また日常が戻ってくる。
直斗は、蜃気楼のような淡い期待を胸に抱いた。
そのあと、とりあえず三人は夕食をとった。母は朝から事件の対処で大忙しだったはずだが、ちゃんと料理を作っていたらしい。手抜きでもない普段通りの夕食だ。母に感謝の気持ちを覚える。
春香がいない食事を親子三人でとっていると、点けたままにしてあるテレビから、ニュースキャスターの緊迫した声が流れてきた。現在、ワイドニュースが放送される時間帯なのだ。
親子三人は、反射的にテレビへと顔を向ける。テレビ画面には、学校の俯瞰風景が映し出されていた。
ニュースキャスターの声が響く。
『今日発生した春日小学校占拠事件について、続報です。夕方、警察の特殊部隊が校内へと突入しましたが、犯人たちの手によって過半数以上が殺害され、作戦は失敗した模様です』
続いて、画面には作戦を実行した警察署の署長の記者会見の様子が映し出された。シャッターの光が驟雨のように浴びさせられる中、髭面の署長は複数のマイクを前に、沈痛な表情を浮かべていた。
『春日小学校を占拠している犯人の中には、異世界人もおり、強大な武力によって、我が署の署員は多数が殺害されました。引き続き、政府と共同体制を整え、人質救出に向けて、尽力する所存であります』
警察署長の声明を聞き、親子三人の間に、落胆した空気が流れた。希望が打ち砕かれ、剥き出しの悲劇が、冷たい風となって親子三人を包んだのだ。
「そんな……。春香ちゃんは……」
母が茶碗を置き、自身の顔を手で覆った。指の間から、雫が流れ落ちているのを直斗は確認する。母は泣いているのだ。
父も痛みに耐えているかのように、苦い顔で腕を組んでいた。
ニュース番組は、さらに新たな情報を伝えてくる。
『人質の安否が気になる中、内閣府から記者会見が発表されました』
テレビ画面に、どこかで見たことのあるスーツ姿の男の姿が映し出された。詳しくは知らないが、内閣府の官僚で、人当たりの良さそうな印象を持つ男性だ。
『現在確認されている情報によりますと、春日小学校の生徒から犠牲者は出ていないものの、教師の遺体が複数確認できている模様です。これは占拠犯が校内を占拠する際に犠牲になった方々のみならず、占拠犯の要求であるロビン・フッドの身柄の引渡しが成されないことによる、見せしめの犠牲者もいると思われます』
大勢の記者に囲まれたまま、政治家は会見を続ける。
『占拠犯はさらに犯行表明を出し、明日の昼までにロビン・フッドが正体を明かすか、身柄を引き渡さない限り、今度は生徒の中から犠牲者を選び出すとのことです』
政治家は記者たちに訴えるようにして、言葉を継いだ。
『よって、内閣府から所望があります。もしも、この会見をアレーナ・ディ・ヴェローナで異世界人と戦った通称、ロビン・フッドが観ていたらお願いがあります。明日の正午までに、我々の前に姿を現して欲しいのです。あの時、人類を救ったように』
やがて、ニュース番組は映像を変え、スタジオ内にいる有識者のコメントに移る。
どこの誰かもわからない有識者も『ロビン・フッド』が正体を明かすべきだとの見解を述べた。
それを観ていた父は、賛同を示す。
「こいつの言うとおりだよ。あんなに強いんだから『ロビン・フッド』は、さっさと姿を見せるべきなんだ。そもそも、そいつが今回の事件の元凶なんだから」
本物の『ロビン・フッド』を前に、父は憤った。怒りの矛先は、学校を占拠しているテロリストよりも、世界を救った英雄に向けられているらしい。
「……私もそう思うわ。もしも春香ちゃんが殺されたら、『ロビン・フッド』を一生許さない」
泣いていた母も、小さく鼻をすすりながら、父の意見に同意した。
直斗は、二人に気が付かれないよう、静かに息を吐く。そして、ルカが述べた『作戦』について、思いを巡らせた。
こうなったら、もはや、ルカが提案した『作戦』に期待を寄せるしかない。話を聞いた限りでは、薄氷のように危ういが、このままでは自分も妹も破滅を迎えるだろう。
直斗は食事を早々に済ませ、椅子から立ち上がった。
春日小学校が占拠され、ほぼ二十四時間が経過した。
李天祐は、千代田区にある自身所有のビルの一室にて、複数台設置されているモニターを前にして座っていた。
部屋には他にも様々な機材が置かれてあり、さながらテレビ局の編集室のような様相を呈していた。
モニター画面は、直接ハンディカメラで撮影したような映像や、監視カメラのような映像で大半が占められていた。
それらに共通して映っているのは、まだ幼い子供たちだ。
子供たちは多目的ホールへと集められ、身を寄せ合うようにして座っている。それを武装した大人たちが、複数人、取り囲むようにして立っていた。中には、獣が人間化したような姿の者も散見される。
『人質』として集められた子供たちのほとんどは、春日小学校の学年五年生だ。その他の学年の子供は、管理に支障が出るので、開放してあった。
残された子供たちには、疲弊の色が濃く現れている。このまま立てこもりが続けば、命に関わる者も出てくるだろう。
李天祐は、モニター越しにその光景を眺め、ほくそ笑んだ。ここまでは順調である。当たり前だが、マスコミたちはダボハゼのごとく食い付き、小学校の外観や周辺を絶え間なく撮影していた。
それら複数のカメラは、自身が保有する『警備会社』の部下や、協力体制を敷いている『
これでは、猫一匹だろうと、校内に侵入されれば、たちまち姿が世界中に晒されるだろう。ヘリコプターからの映像もある。相当遠方でも、ワンショットでの撮影が可能だ。
現在もモニターのいくつかは、各テレビ局の番組をリアルタイムで映してあった。
李天祐は、モニターを操作し、運動場の映像に切り替える。そこには、人間の死体が魚市場の魚のように並べてあった。
この死体たちは、今回の占拠事件の犠牲者だ。春日小学校の教師や、昨日、学校へ突入した特殊部隊員である。
目立つように運動場に晒しているのは、『見せしめ』のためだ。これはもちろん、いまだ正体不明の『ロビン・フッド』に対する警告である。このまま隠れ続ければ、いずれお前の関係者と思わしき小学生も犠牲になるぞ、とのメッセージを込めていた。
李天祐はしばらくの間、モニターを操作し、異常がないか確認を行う。依然、校内は武装した男たちが何人も点在し、戦場の風景のような物々しい有様だった。
たったこの環境だけでも、小学生にとっては、苛酷なストレスを感じることだろう。もっとも、それが狙いでもあるが。
やがてモニターのチェックが終わり、李天祐は、手元に置いてあるスマートフォンに目を落とした。
時刻は午前九時を迎えようとしている。今日は平日なので、本来はこの小学校も開校されているべきなのだが、現在邪魔者が『来客中』なので、無論、そうはいかない。臨時休校真っ盛りである。
李天祐がスマートフォンから目を離した時、モニターの隣に設置されてあるビデオデッキのような機材から、音が発せられた。
これは、デスクトップ型の広域受信機である。デジタル無線対応であり、春日小学校を占拠している隊員とのやり取りに利用していた。
声の主は、占拠部隊のリーダーであるアルティオス・ヴァルテだ。熊のような厳つい容姿の異世界人。
またの名を『森のヴァルテ』と呼ばれている。
こいつは所謂、個人傭兵の部類に属し、『戦い』で生計を立てている戦闘屋である。ゆえに、戦闘能力に関しては折り紙つきであった。
また実績も豊富で、例の『扶桑高校襲撃事件』に関与したチュポエウスなる異世界人をも上回る実力を誇るという。
以前、李天祐は『品定め』として、アルテイオスの『力』を確認したことがある。『森の魔法』を行使し、軍隊ですら容易に壊滅せしめる脅威に目を見張ったものだった。
アルティオスは、守銭奴的な側面があり、こちらの世界に渡ってきたあと、利用価値が高いということで、中国マフィアに肩入れするようになった。
その影響により、現在李天祐のもと、協力者として動いているのだ。報酬は『ロビン・フッド』の賞金の一割か、もしくは三億ルーグ。ルーグの単価は、日本円とほぼ等価なので、約三億前後が彼の要求する金額となる。
李天祐は、マイクを手に取り、通信へと応じた。雑音が一切ないクリアな音声が、スピーカーから流れる。
『アルファに連絡。現在、日本政府からの取引の要請があった。金銭と引き換えに、人質を解放せよ、とのこと。どうするか』
アルティオスは、流暢な日本語で伝えてくる。アルティオスは、こちらの世界の言語をネイティブのように使えていた。
『無視して構わない。我々の目的はあくまでロビン・フッドだ。引き続き、ロビン・フッド及び、その他の侵入者に警戒せよ』
『了解』
通信は途絶えた。同時に、モニターに目を移すと、アルティオスが他の隊員に指示を出す姿が映っていた。どうやら司令室として使っている校長室にいるらしい。
李天祐は、そのあと、スマートフォンで雨宮と連絡を取り、いくつか打ち合わせを行う。彼は予定通り、清見台にあるビルのマンションで待機をしているようだ。
電話を終えると、李天祐は少し遅めの朝食を取った。冷凍の中華丼だが、現在の正念場、少しでも栄養は取らなければならない。
朝食を済ませ、手元の書類を処理していると、再びアルティオスから通信が入る。異世界人のリーダーの声は、敵意を前にした時のように、どこか固かった。
『アルファに告ぐ。標的らしきものが出現した。運動場の南側だ』
李天祐の神経が、一気に昂ぶった。弾かれたように手を伸ばし、モニターを操作する。
運動場の南側入り口を捉えたモニターには、確かに一人の人間が映っていた。
土埃が舞う中、その人物の風体が確認できる。緑のマントに、黒色のインナーと黒のズボン。まさにアレーナ・ディ・ヴェローナで見た、『ロビン・フッド』そのものである。
とうとう『獲物』姿を見せたのだ。『DC会議』が狙う大きな餌。
李天祐は快哉を上げた。
御神龍司は、扶桑高校にある理事長室にて、壁掛けの液晶テレビを前に、腕を組んで立っていた。
目線の先は、現在、リアルタイムで放送されている報道番組だ。
『ご覧下さい。春日小学校の運動場に、ロビン・フッドらしき人物が姿を現しました。一年前、世界を救って以来、初めて我々の前に姿をみせます。果たして、ロビン・フッドは人質を救うのでしょうか』
アナウンサーの緊迫した声を聞きながら、御神は小さく息を吐いた。
雨宮勇一と李天祐が仕掛けた罠。そこに『ロビン・フッド』は、のこのこと現れた。世界中が注目する中にも関らず。
ここまでは、二人の思惑通りのはずだ。あとは、これからどう転ぶか。成功か破滅か。
お手並み拝見といこうか。
御神は静かに笑みを浮かべた。