現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。 作:佐久間 譲司
アルティオス・ヴァルテは、運動場に姿を現した人物をモニター越しに確認しつつ、歓喜に震えていた。
とうとう本命が出てきたのだ。大金を担いだ好餌が。
アルティオスは、自身の大きな舌で唇を舐めると、無線機に向かって声をかける。
「デルタチーム、貴様らは運動場の南側に近い。『ロビン・フッド』の元へ急行しろ。警告なしで攻撃して構わない」
すぐに、耳に取り付けたインカムに『了解』の返答が届く。デルタチームのリーダー、トルクのものだ。
トルクは、猪姿の頼れる男。昨日、突入してきた警察機関の特殊部隊の大半を殺した奴だ。デルタチーム自体も、異世界人のみで構成される剛の者たちである。
通信が終わると、アルティオスは、司令室と化している校長室の窓を開け放ち、外を一望できるようにした。
遠方に運動場が見える。そこに、緑色のマントを羽織った人影が佇んでいることが確認できた。
ここからなら『ロビン・フッド』の動向が、監視カメラを介せず、直接視認が可能なのだ。
おまけに私は『目』が良い。双眼鏡すら必要なかった。
アルティオスは、他のチームにも指示を出す。トルク率いるデルタチームが『ロビン・フッド』への対処に急行する中、フォローを行う部隊も必要だった。なにせ、相手は目標そのものだからだ。
現在、最高指揮官であるアルファこと、李天祐からの特別な指示はなかった。ということはつまり、事前に説明を受けている『作戦』を遂行せねばならなかった。
『デルタ隊、目標に接近』
インカムから、トルクの声が聞こえる。校長室から把握できる視界内でも、武装をした兵隊たちが八名ほど、運動場の粗い砂の上で佇んでいる『ロビン・フッド』を囲み、銃を突きつける姿が確認できた。
しかし、それでも『ロビン・フッド』は、依然、身じろぎ一つしない。アルティオスはふと疑問を覚える。なぜ奴は出現当初から、何のアクションも取らず、その場に突っ立っているのか。
『チームベータ、指示を願う』
トルクの刺すような声が飛び、アルティオスははっと我に返った。慌てて、無線機を手に取り、口に当てる。
「銃を突きつけたまま、標的へ顔を晒すよう言え。奴の素顔をボディカメラへ収めるんだ」
『ロビン・フッド』は、アレーナ・ディ・ヴェローナの時と同様、顔にマスクとサングラスを付けていた。
そのせいで、素顔の確認ができない。素性を暴くなら、それらを取り去らなければならなかった。
やがて、トルクの恫喝するような声が、インカムを通じ、耳を貫いた。
『そこの者。マスクとサングラスを取れ。さもなくば射殺する!』
しばらく、沈黙が訪れた。『ロビン・フッド』には一切の動きがみられない。校長室から注視している光景でも、まるで時が止まったかのように、双方とも硬直していた。
アルティオスは、眉根を寄せる。何かがおかしい気がした。アレーナ・ディ・ヴェローナで目撃した『ロビン・フッド』と姿は瓜二つであったが……。
遠方に双方を捉えたまま、トルクへ追加の指示を出そうと無線機に手を掛けた時だ。『ロビン・フッド』に動きがあった。ほんの些細な動き。何の特色もないアクション。
奴はハエを払うように、手を振ったのだ。
次の瞬間、アルティオスは目を見開いた。『ロビン・フッド』を取り囲んでいたトルクたちが、一斉に『弾け飛んだ』のだ。さながら、透明な大剣にでも切り付けられたかのように、手足は千切れ、胴体は両断され、肉片と内臓を撒き散らしながら、八人は声すら上げることなく、一瞬にして肉塊となった。
そして、一人残った『ロビン・フッド』は、血溜まりの中、校舎のほうへ向かって歩き出した。
アルティオスは、唖然としつつ、無線機に向かって指示を出す。
「今だ。やれ」
すでに、校舎の屋上へと待機させていた狙撃主。二キロ先のコインすら撃ち抜ける部下は、とっくに『ロビン・フッド』を『必殺』の圏内に捉えていた。
アルティオスの命を受け、すぐに発砲音がこだまする。一度。二度。三度。
標的までの距離は、五百メートルもない。死の弾丸は、確実に『ロビン・フッド』を貫くはずだ。
だがしかし、奴はそよ風に身を任せるかように、意に介することなく、歩き続けていた。
アルティオスは、最初、弾丸が外れたのかと思った。名スナイパーは緊張で、標的を射抜くことができなかったのだと。
だが、違った。『ロビン・フッド』は次にとある行動を取ったのだ。それの意味を理解し、アルティオスは身を震わせた。
奴は手の平を開いた。双眼鏡を遥かに超えるほどの優れた『目』を持つアルティオスは、その手の平の上にある物体を捉えていた。
パチンコ玉ほどの大きさのくすんだ塊。それは鉛玉だった。おそらく、狙撃によって使われた弾丸――。
信じられないことに、『ロビン・フッド』は、狙撃された際、自身に迫った弾丸を空中でキャッチしていたのだ。アルティオスの目すら認識できないスピードで。
そして『ロビン・フッド』は、弾丸を持った手を投擲するようにして、振った。その方角は、待機させている狙撃主がいる屋上のほうだ。
インカムから、小さなうめき声が聞こえた。狙撃主のものだとアルティオスが気づいた時には、すでに遅かった。
「狙撃主。応答しろ」
しかし、返答はない。無言のままだ。
アルティオスは絶句する。どうやらやられてしまったらしい。『ロビン・フッド』は、先ほキャッチした弾丸を『お返し』するという芸当をやってのけたのだ。五百メートルほど先の、屋上にいた者に対し、投擲だけで――。
そして『ロビン・フッド』は、散歩でもしているような風情で、悠然と歩き、やがて南校舎のほうへ姿を消した。
「標的が校舎へと侵入した。奴は紛れもなく、例の『ロビン・フッド』だ。各自、厳格に警戒せよ」
そして、アルティオスは続けて指示を出す。
「倒すことは考えず、カメラに姿を収めることを優先しろ」
第一の目標が、奴の姿の暴露なのだ。素顔さえ捉えられれば、こちらの勝利である。いくら犠牲を重ねようとも、目的に変更はない。
インカムに各チームの返事が届き、『ロビン・フッド』への対応が取られ始める。
「私についてこい」
アルティオスも装備を整え、待機していた部下に声をかけた。そして、部下を引き連れて、校長室をあとにする。
のしのしと大股で廊下を歩きながら、アルティオスは、先ほど『見物』した『ロビン・フッド』の戦闘を頭に想起させていた。
紛れもなく、あいつは『ロビン・フッド』だと断言できた。フードやマスクのせいで容貌が確認できないにも関わらず、そう確信を持つのには、理由があった。
一年前の決闘の日、アルティオスはアレーナ・ディ・ヴェローナで観客としていたのだ。そのため、直接『ロビン・フッド』を目で見て確認している。
アルティオスの優れた『目』は、魔素を見分けることが可能だ。アルティオスが持つ、限られた特性。
これは誰も(一部の者は除き)言及していない点だが、『ロビン・フッド』の戦闘に際し、魔素が発生していない事実がある。言い換えれば、『ロビン・フッド』は魔法を使っていないのである。
これは前代未聞の事実だ。あの強力無比な力を、魔法もなしに顕在化しているということである。
原理は不明で、例もないことから、『ロビン・フッド』を捕らえて解析でもしない限り、出所は判明しないが、逆にその特徴が『ロビン・フッド』を見極める根拠ともなるのだ。
運動場で相対した部下が一蹴された際、アルティオスは、奴から魔素を確認していない。そのため、魔法が使える異世界人や、魔具を行使している人間が『ロビン・フッド』に化けている可能性は存在せず、必然的に、奴が『ロビン・フッド』だと断定できるのだ。
アルティオスは、二階に上り、多目的室へ到着する。入口で警戒している二名の部下が敬礼を行う中、アルティオスは扉を開けた。
通常の教室よりも、数倍は広い多目的室内には、大勢の子供たちがいた。一学年ほどの数で、全部が五年生だ。
中央付近に集められ、身を寄せ合うようにして座っている。
この子供たちが、今回の襲撃事件の肝心要の存在、いわば人質兼、交渉材料である。奪還されるわけにはいかないので、特に厳重に警備してあった。
アルティオスは、子供たちを見回す。このどこにでもいるような平凡な子供たちの中に、『ロビン・フッド』と繋がりがある者がいるのだ。
だがしかし、その者を特定できていなかった。全員に『尋問』してみたが、収穫はなし。信じられないことだが、子供でありながら該当者は、隠蔽を貫いているということだ。
多目的室に入ってきたアルティオスを見て、子供たちは一様に怯えた表情を浮かべた。『尋問』の際の恐怖を思い出しているのだろう。
『尋問』を行った時の、子供たちの反応も、通常の子供のそれであった。全員、漏れなく演技ではない恐怖を感じており、例外はなかった。ゆえに、もう一つの可能性として、該当者は『ロビン・フッド』が身近にいることを知らない可能性があった。
――もっとも、『ロビン・フッド』の関係者だと自覚していての『尋問』に対する反応ならば、該当者も通常の子供の域を脱した、異常《イレギュラー》な存在になってしまうだろうが。
その時である。インカムから部下たちの声が聞こえた。『ロビン・フッド』討伐に動き出していた部隊だ。
『こちらイータチーム。ロビン・フッドを発見した。これより攻撃を加える』
少ししてから、遠くから発砲音が響いてくる。位置的には南校舎から東校舎に繋がる渡り廊下付近だろう。おそらく『ロビン・フッド』は、地道に自らの足で人質を探しているのだ。
そして、展開している部隊の一つと会敵した――。
一連の出来事から、どうやら『ロビン・フッド』は、索敵に類する能力を保有していないことが示唆された。
これは、有益な情報である。
「繰り返す。標的の素顔をカメラに収めることを優先せよ」
アルティオスが指示を出す。だが、応答がなかった。砂嵐のような雑音のみが聞こえる。
「どうしたイータチーム。返答せよ」
やはり、なしの礫。無視したかのように無言が続く。気がつくと、銃声も止んでいた。
アルティオスは、眉根を寄せる。イータチムもやられたようだ。会敵して、ものの数秒である。その間に標的は、武装したプロの戦闘員数名を、一瞬で全滅させたということになる。
これは最早、手段を選んでいる場合ではなさそうだ。『任務失敗』という憂き目に遭うばかりか、こちらの命も危ぶまれる可能性すらあった。
「一人、子供たちの中から立ち上がらせろ」
アルティオスは、自身に付き従っている部下に命令を下す。命を受けた部下は、一人の子供を選出し、強引に立たせた。
立たされた子は、チェックの切り替えスカートを着用した少女だった。
この少女は、これから利用される供物である。子供たちのどこかに『ロビン・フッド』の知り合いがいるらしいが、見極められない以上、適当に選ぶしかなかった。
少女は、生まれたての小鹿のように震えていた。これから自分は何をされるんだろう。そういった怯えと恐怖が露骨に感情となって、幼げな表情を彩っていた。
すると――。
「私が理衣ちゃんの代わりになります」
一人の少女が、集団の中から立ち上がった。三つ編み頭の女の子である。
おそらく、理衣と呼んだ少女の友達なのだろうが、随分と気丈なものだと思う。わざわざ身代わりを買って出るとは。
アルティオスは一瞬悩むが、殊勝な少女を前に、彼女の提案を承諾した。下手に怯えている者を使うより、従順な者を使うほうが効率は良さそうだと判断したためだ。
チェック柄のスカートの子と三つ編み頭の子が、入れ替わる。三つ編みのほうは、やはり、さほど怯えはなさそうだった。
何はともあれ、準備は整った。
アルティオスは、怒声にも似た大声で指示を下す。
「私に付いてこい!」
そして、多目的室の戸口へと歩き出した。
何としてでも、目的は達成してみせる。『ロビン・フッド』がなんだというのだ。金と自身の名誉がかかっている。必ず仕留めてやろう。
アルティオスは、闘志をみなぎらせた。