現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第四十五章 現れた英雄

 休み時間に突入し、扶桑高校の生徒たちは皆がスマートフォンを片手に沸き立っていた。

 

 興味の矛先は、近隣地域の建物で起きた立てこもり事件。その続報である。

 

 テロリストとおぼしき者たちの手によって、春日小学校が占拠されたのが昨日の午前中。それが今朝、大きな進展があったのだ。

 

 テロリストたちの目当ては『ロビン・フッド』。一年前、世界を救った英雄。

 

 驚くべきことに、その『ロビン・フッド』が姿を現したのだ。だが、テロリストたちが要求する身柄の引渡しや、正体の暴露には応じず、その場に駆けつけた武装したテロリストの一味をあっさりと殺害せしめたのだ。

 

 その様子は、テレビ局のカメラにしっかりと収められていた。リアルタイムで放映され、日本中に大きな衝撃を与えた。そして、これから攻勢一転するのだと、皆が期待を寄せた。

 

 その光景は、一年前のアレーナ・ディ・ヴェローナでの決闘を想起させた。

 

 扶桑高校に通うバスケ部所属の小黒裕也は、クラスメイトの友人たちとスマートフォンでニュースの実況放送を観ていた。

 

 小学校の運動場に現れた『ロビン・フッド』が、迎撃に動いたテロリストの一味を一蹴し、屋上のスナイパーすら倒したあと、校舎内に姿を消したのが、直近の展開だった。

 

 裕也は興奮を覚えながら、その映像を友達と一緒に盛り上がって観ていた。『ロビン・フッド』が介入した以上、事態は急速に解決の方向へ動くだろう。

 

 世界を救った英雄は、そう確信を与える力があった。

 

 ゆえに、エンターテイメントを観る気分で、テレビ実況を見物できるのだ。

 

 「動きがなくなったな」

 

 隣で、同じようにスマートフォンの画面を見つめていた友人の柳田俊一が、残念そうに呟いた。

 

 「ああ」

 

 裕也は返事をしつつ、教室内を見回した。

 

 クラス内のほとんどの者が、今自分たちがやっているように、スマートフォンに視線を落としていた。ワールドカップでも開催されているような有様だ。

 

 無関係の者からすれば、まさに一種の娯楽である。結局は他人事なのだ。その点は、世界の命運が賭かっていたアレーナ・ディ・ヴェローナの時とは違う部分であった。

 

 しかし、当事者や関係者となれば、そうはいかない。アレーナ・ディ・ヴェローナで世界中が恐怖に慄いたように、今も人質となった小学生たちの親や兄弟たちは、戦々恐々としているのだろう。

 

 裕也は、教室を見回しながら、その『関係者』の姿を探した。休み時間が始まると同時に、教室を出て行ったっきり、姿が見えなくなった友人。

 

 篠崎直斗は、いまだ戻ってきていないようだ。

 

 ちょうど直斗が教室を出て行ってからすぐに、春日小学校に『ロビン・フッド』が姿を見せたため、直斗は今の状況を知らないということになる。

 

 「ねえ、直ちんどこいったの?」

 

 クラスメイトの女子である神崎志保が、話しかけてくる。彼女も裕也たち同様、直斗の友人であり、同時に彼を気にかけている人物であった。

 

 「わからない。休み時間が始まってからすぐに教室を出て行ったけど、まだ戻ってきてないな」

 

 「具合でも悪いのかな?」

 

 妹がテロリストの人質になった挙句、一昼夜が過ぎ、いまだ救出に至っていないのならば、体調不良になるのもおかしくはないだろう。

 

 「ウンコでもしてんじゃないのか? 色々溜まっているみたいだし」

 

 俊一が呑気そうに言う。狐のような細い目は、今もスマートフォンに向けられていた。

 

 「ちょっと。茶化すのは止めなよ」

 

 志保が薄い唇を尖らせ、たしなめる。

 

 「別に茶化しているわけじゃあ……」

 

 俊一はようやく顔を上げ、ばつが悪そうに、マッシュルームカットの頭を掻いた。

 

 「直ちんの前じゃあ、絶対変なこと言わないでよね。昨日からずっと落ち込んでいるんだから」

 

 「わかってるって」

 

 俊一はため息混じりに頷く。母親のような志保のお人好しぶりに、舌を巻いているのだろう。

 

 裕也は、場を取り直すために言った。

 

 「でも、『ロビン・フッド』が現れたから、もう大丈夫じゃないか? 一年前の時みたいに、すぐに解決してくれるだろ」

 

 「そうさ。なんたって『ロビン・フッド』は英雄なんだ。全て任せてオッケーさ」

 

 俊一が調子良く言う。こいつの優柔不断さというか、粗忽さみたいなものは相変わらず健在だ。そう言えば、異世界人であるルカやレイラが転校してくる際にも、強く警戒心を露わにしていたが、すぐに懐柔されてしまっていた。

 

 異世界との交流を推進し、転校生受け入れを提案したのは理事長である御神龍司だが、おそらく生徒の大半がそうなることを見越していたのだろう。

 

 結局、レイラは行方不明になり、責任者である御神は、非難に晒される立場となったが、扶桑高校襲撃事件――あのおそろしい化け物たち――などのイレギュラーが重なり、幸いにもその矛先は逸れる結果となっていた。

 

 裕也はふと思う。いまだにレイラは行方不明だが、一体、どこにいるのだろうか。殺されているとの噂もあるが、彼女は人間を遥かに凌駕する『武力』を持っている。そう簡単に彼女を殺害できる者はいないはずだ。

 

 そして、それは同じ転校生であるルカにも言えることである。

 

 考えてみれば、色々と自身の周りで不可解な出来事が多く起こっている気がする。いや、違う。俺じゃない。正確には、友人である篠崎直斗の周りで、だ。

 

 レイラは、直斗に好意を寄せ始めてから行方不明になっているし、同じ転校生であるルカもルカで、なぜか直斗と友人のような関係を結んでいた。さらに、直接的には関係ないが、近隣という意味では、大田山の異変もある。

 

 それから異世界人の襲撃事件に、そして、今回の立てこもり事件。

 

 おそらく、全てただの偶然に過ぎないだろうが、ほとんどの出来事が直斗に何かしら繋がりのある『異常事態』となっていた。それに気づいているのは、友人である自分くらいだろう。

 

 そもそもの発端である御神龍司理事長は、多分、そこまでの詳細は掴んでいないはずだ。特に直斗のような目立たない生徒の情報など、まずは耳に入ってこないに違いない。

 

 だが、今回の立てこもり事件を契機に、理事長も直斗のことに注目する可能性はあるかもしれない。

 

 「直ちん、本当に遅いね」

 

 志保が教室の戸口を眺めながら言った。

 

 「もう授業始まっちゃうよ」

 

 裕也は教室の時計を確認する。すでに針は、授業開始の時刻を指す寸前だった。志保の言うとおり、このままでは授業に遅れてしまうだろう。

 

 直斗は何をしているのか。まさか、さぼりだとか、学校を抜け出したとかではあるまい。不良行為とは一切無縁の、絵に描いたような真面目な友人なのだ。

 

 実際、志保が言及したように、具合が悪くなった可能性がある。そうだったら、友人として手を貸して然るべきだろう。

 

 「トイレにいるかもしれない。ちょっと探してくるよ」

 

 裕也が立ち上がろうとした時、俊一が大きな声を上げた。

 

 「小学校の事件、また何かあったみたいだぞ」

 

 俊一が持っているスマートフォンを覗き込むと、屋上で『ロビン・フッド』がテロリストと一戦交えている光景が映っていた。ヘリからの俯瞰映像だろう。

 

 武装しているので分かりにくいが、『ロビン・フッド』と戦っている連中は、異世界人らしき姿の者と、人間らしき姿の者がいるようだ。

 

 扶桑高校襲撃事件とは違い、襲撃犯たちは人間と異世界人の混成パーティらしい。

 

 「あ、敵が全滅したみたいだ」

 

 屋上で応戦していた武装集団は、あっという間に床へ倒れ込んでいた。『ロビン・フッド』の強さも健在のようだ。

 

 「この調子じゃあ、テロリストの奴らを全員倒すのも時間の問題だろうな」

 

 俊一は、報道番組のコメンテーターのように、知った風な口調でしみじみと呟いた。

 

 それと同時である。聞き覚えのある声が耳に届いた。

 

 「なにか進展あった? 『ロビン・フッド』が現れたらしいけど」

 

 「あ、直ちんおかえり」

 

 直斗がようやく教室へと戻ってきた。『ロビン・フッド』のことを知っていることから、直斗もどこかでニュースを観ていたようだ。

 

 「その『ロビン・フッド』が、敵を順調に殲滅中」

 

 俊一がスマートフォンを掲げた。画面はちょうど、『ロビン・フッド』が、屋上から地上まで飛び降りる姿が映っていた。漫画のキャラのような行動だ。なんて奴だと思う。

 

 「おー、すごいじゃん。さすが『ロビン・フッド』」

 

 直斗は目を丸くし、感嘆のため息をついた。

 

 「今日中に事件は解決するかもな。お前の妹も救出されるぞ」

 

 「それはありがたい。早く春香に会いたいよ」

 

 直斗は目を輝かせた。

 

 直斗は思いの外、落ち着き払っているようだった。いくら『ロビン・フッド』が現れたとはいえ、実の妹の安否はまだ不明である。不安は付き纏っているはずだ。

 

 それだけ『ロビン・フッド』に対し、信頼を寄せていることの証なのだろうか。直斗の口から直接『ロビン・フッド』の話題が発せられることは稀であったが……。

 

 「今までどこにいたの?」

 

 「ちょっとお腹痛くて、トイレにこもっていたよ。もう大丈夫だけど」

 

 志保の質問に直斗が答えると、俊一が声を張った。

 

 「ほら俺の言ったとおりじゃん。何が茶化すなだよ」

 

 俊一が唇を尖らせる。同時にチャイムが鳴り響いた。

 

 その時だった。実況放送を映したままであった俊一のスマートフォンから、アナウンサーの音声が聞こえてきた。とても切迫した様子である。

 

 『春日小学校の正面玄関に、学校の占拠犯の一味と思われる三名の者が、姿をみせました。一人は熊のような外観の者であるため、異世界人と思われます、背後に、一人の子供を連れてきています』

 

 直斗をはじめ、その場の全員がスマートフォンの画面に釘付けとなった。

 

 映像には確かに、小学校の玄関と、三名の武装した者たち、そして背後には一人の女子児童が映されていた。

 

 だが、奇妙な点がある。犯人たちは手に、フリップボードのようなものを掲げていた。まるでデモの最中のように。

 

 おそらく、スケッチブックを使っているのだろう。やつらは何かを伝えるつもりだ。

 

 そこには、日本語でこう書かれてあった。

 

 『ロビン・フッドに告ぐ。いますぐ素顔を晒して、玄関まで来い。そうしなければ、今ここにいる子供を殺す』

 

 そして、アナウンサーがこの世の終わりかのような口調でまくし立てる。

 

 『ロビン・フッドを捕らえられないため、犯人側は一人の子供を盾に、要求を突きつけているようです』

 

 「おいおい。マジかよ」

 

 俊一が驚いたように言う。

 

 とうとう人質の子供たちが殺されていく。悲惨な展開を迎え、視聴者は、なすすべもなく見守ることしかできないのだ。

 

 この状況を打破できるのは『ロビン・フッド』しかいなかった。

 

 「春香……」

 

 そこで、隣にいた直斗がポツリと呟いた。

 

 直斗を見ると、彼の顔は青ざめていた。

 

 

 

 

 李天祐はビルの一室にて、春日小学校の映像をモニタリングしつつ、順調に計画が推移している様を満足気に眺めていた。手には、老酒。酒齢十年の上海老酒で、すっきりとした飲み口と深みのある風味が気に入っている一品だった。

 

 グラスを傾けながら、李天祐は深く吐息を漏らす。

 

 『ロビン・フッド』の手によって、部下たちの命が容易く奪われるのは、想定の範囲内だった。現在の時点で、結構な数が減ってしまったが、何の問題なかった。

 

 あとは……。

 

 李天祐は、小学校の正面玄関で『ロビン・フッド』を待つアルティオスの勇猛な姿をモニター越しに確認する。

 

 恐るべき獣人。『森の魔法』を行使する怪物であり、実力者。今回の『作戦』において適任であるため、自身の目で見繕い、抜擢した逸材である。

 

 アルティオスは、忠実に任務を遂行しているようだ。このままいけば、『ロビン・フッド』の容貌を拝むことが可能だろう。

 

 再び老酒を一口飲んだ時、アルティオスの声が部屋内に響き渡る。

 

 『アルファに告ぐ。標的が現れました』

 

 李天祐は、アルティオスのボディカメラの映像に目を向けた。カメラは、正面玄関のアスファルトの上に、緑のコートを着た一人の人間が立っている様子を正面から捉えていた。

 

 とうとうお出ましか。

 

 李天祐は無線を手にし、指示を出す。

 

 『手筈どおりに行動せよ。相手はロビン・フッドだ。くれぐれも油断をするな。人質を盾にすることを優先しろ』

 

 『了解』

 

 アルティオスの返答が聞こえ、すぐさま画面内で動きが生じる。

 

 人質となった子供をアルティオスが背を押すようにして、前へと突き出す姿が見えた。

 

 子供は三つ編み頭の女の子で、JENNI系の服を着ていた。多目的ホールで、友達を庇い、人質に志願した勇敢なる少女である。

 

 しかし、いざ本番となると、勇敢な心はへし折れたようだ。彼女は心底怯えきっており、泣きじゃくりながら、嗚咽と共に子犬のごとく震えている。

 

 その子供の首を掴んだまま、アルティオスは、大地が揺れるような深い大声で叫ぶ。

 

 『ロビン・フッドに告ぐ。その場でマスクとサングラスを外せ。素顔を外に晒すんだ。そうしなければ、この子供を殺す』

 

 アルティオスの凛々しい脅迫の声を聞きながら、李天祐はいよいよ正念場が訪れた戦場の光景を注視した。

 

 これで『ロビン・フッド』は指示に従うほかないだろう。すでに結果は見えている。

 

 李天祐は老酒を一気に飲み干した。

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