現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。 作:佐久間 譲司
自身の恫喝する声が正面玄関に響き、やがて静かになっていく。残されたのは、風の音のみで、喉かな風景が訪れていた。
嵐の前のような静寂の中、アルティオスは視線の先に立っている『英雄』の姿を見据えていた。
標的に特に動きはない。降り注ぐ陽光のせいで、フードが陰になっており、さらに容貌が確認し辛くなっている。
アルティオスは眼前で震えている子供を盾に、再び大声を放つ。
「最後の通告だ。サングラスとマスクを取り払って、素顔を見せよ。さもなくば、この子供を殺す」
アルティオスに首根っこを掴まれている少女は、アルティオスの言葉に対し、さらに怯えた反応を示した。震えすら消え、電気に打たれたように身を硬直させる。
少女のその反応を見て、『ロビン・フッド』ははじめて、『人間』らしいリアクションをとった。奴はかすかに、頷いたのだ。
どうやら世界を救った英雄は、こちらの要求に応じるつもりらしい。
ようやく、思惑通りに事が進む。アルティオスたち占拠犯にとっては、都合の良い展開であった。
しかし、アルティオスは眉根を寄せた。何か妙だった。アルティオスの『眼』は違和感を捉えていた。
『ロビン・フッド』は、自分の顔に手をかけ、マスクとサングラスを外した。だが、フードのせいで、いまだ素顔は見えない。
『アルティオス。奴は素顔を晒すつもりだ。その瞬間がきたら、手筈どおりに事を進めろ』
アルファこと、李天祐から指示が下る。しかし、アルティオスは簡単に承服できなかった。胸の内に、黒い靄のような感情が生まれていた。
「少し待ってくれ。何かがおかしい。もしかして奴は……」
アルティオスが、そこまで言った時だった。『ロビン・フッド』はフードに手を掛けた。奴はフードを外そうとしている。遠方にあるとはいえ、テレビ局のカメラが四方八歩から自身を撮影している中、『ロビン・フッド』は、世界中にその真の容姿を明かそうとしているのだ。
『今だ。やれ』
インカムから李天祐の声が聞こえる。彼は断固として命令を下すもりだ。有無を言わせない姿勢に、アルティオスは歯軋りを行った。
くそ、やるしかないか。
アルティオスは、人質として捕まえている少女を乱暴に放すと、自身の拳を大きく地面に叩き付けた。次の瞬間、大地が震えた。
震えは学校全域に及んだ。まるで地震のように、周辺を揺らす。
すると奇妙な現象が発生した。学校内の複数の場所で、大きく地面が盛り上がり、下から突き上げるようにして、隆起する。
次第に隆起は大きくなり、やがて火山が噴火するかのように、地面は割れた。
割れた地面の中から、巨大な『何か』が生えてくる。
それは大きな木だった。木々は校内の至る所から生まれていた。まるで大蛇のように、次々と地面から姿を現し、体をよじりながら四方八方に伸びていく。
やがて日が陰った。太陽が雲に覆われたのではない。複数の大樹が一瞬にして生え揃い、学校を取り囲み、巨大な壁としてそびえ立ったのだ。
さながら、学校全てが森に飲み込まれたかのような光景だった。
まるで樹齢数十年は経っているであろう複数の巨木が、ビルほどの大きさにまで成長する過程を、早送りで見ているかのような現象であった。
これがアルティオスの『森の魔法』である。
アルティオスは腕を元に戻し、息を吐いた。
隔離完了。校外周囲からは、巨大な木々が障害となり、内部の様子は窺い知れなくなる。上空からでも、梢が邪魔をし、空撮すら不可能のはずだ。
倒れている少女や、そばに控えていた部下たちも、唖然とした様子で壁のようにそり立っている木々を見上げていた。校内にいる人質の子供たちもさぞや驚愕していることだろう。
アルティオスは目の前の『ロビン・フッド』に顔を向けた。『ロビン・フッド』は、フードを外す途中のまま硬直していた。衝撃的な光景のあまり、動揺しているのだろうか。
「……自己紹介がまだだったな。私の名前はアルティオス。隔離は済んだ。さあ、フードを外せ!」
学校を囲む木々のせいで薄暗くなった空間の中、アルティオスは叫んだ。動きを止めていた『ロビン・フッド』は、再度フードを外し始める。
アルティオスとその部下、そして、人質の少女のみがいる隔離された空間で、『ロビン・フッド』はフードを完全に外した。
フードの下から素顔が現れる。
アルティオスは『ロビン・フッド』の顔を目に焼き付けようと、凝視した。無論、ボディカメラも確実に『ロビン・フッド』の容貌を捉えているはずだ。それだけではない。部下の『目』と、その部下が装着しているボディカメラも存在する。
これで『ロビン・フッド』の正体が白日の下に晒されるのだ。我々の、ひいては、背後に控える李天祐たちの勝利である。
はずだった――。
アルティオスは、目を細めた。フードの下から現れた素顔は、とてもこちらの世界の人間のものとは思えなかったからだ。
『ロビン・フッド』は銀髪だった。白い肌に、少女のような整った相貌。人間の世界に存在する、どの人種にも該当しないルックスである。
「お前は……」
一体、誰なんだ? とアルティオスが尋ねようとした時だった。
「ルカ君!」
人質の少女が、アスファルトの上に倒れたまま、驚いたように叫ぶ。
「春香ちゃん、もう大丈夫ですよ」
ルカと呼ばれた『ロビン・フッド』は、穏やかに言う。二人のやり取りは、まるで既知の仲の言動だった。
アルティオスは混乱した。どういうことだろう。二人は知り合いなのか。つまり、李天祐が言及していた、この小学校に存在する『ロビン・フッド』の知り合いが、この少女だということなのだろうか……。
しかし、それはあり得なかった。『尋問』の際、この少女は、特に変わった様子をみせなかったではないか。
何がどうなっているのか理解できず、アルティオスは、毛むくじゃらの頭を掻き毟りそうになった。
「すぐに助けますので、そこで待っていてください」
『ロビン・フッド』もとい、ルカは、倒れている少女へ、落ち着かせるよう優しく微笑みかけた。唇の隙間から大きな八重歯がのぞく。
それを確認したアルティオスは、愕然とした。
吸血鬼種。間違いない。やはり、この『ロビン・フッド』は異世界人なのだ。こちらの世界の人間ではない。
つまり一年前、侵略してきた異世界人たちを蹴散らし、世界を救った英雄『ロビン・フッド』の正体は、実のところ、人類ではなく、裏切り者の異世界人というわけか。
いや、それもおかしい。アルティオスは心の中でかぶりを振った。運動場で目撃した戦闘では、確実に魔法は使われていなかった。魔法反応が発生していないためだ。
魔法が行使できる異世界人が『奇跡』を実行するならば、必ず魔法反応が発生する。魔法反応がない以上、『ロビン・フッド』が異世界人であるのは、大きな矛盾が発生するのだ。
ならば、この吸血鬼種は何なのだろうか。当然ながら、異世界人なのは確かだ。もしかして偽物か。
しかし、アレーナ・ディ・ヴェローナで直接確認した『ロビン・フッド』の戦闘と、こいつの戦闘は、同一のものであった。判別可能な自身の『眼』を使って確認しているため、間違いないだろう。
ようするに、こいつが『ロビン・フッド』と同じ性質を持つ人物であることは、疑いようがない事実なのだ。
一体全体、何がどうなっている? 相反する二つの事象に、アルティオスは理解が追いつかなかった。
『どうしたアルティオス。標的が素顔を晒した。作戦を進めろ』
李天祐が催促する。いよいよ本番なのだ。迅速に事を遂行しなければならない場面である。
だが、アルティオスは動けなかった。得体の知れない存在を前に、警戒心が赤ランプのように明滅していた。
「お前は、一体なんだ?」
アルティオスは声をかすれさせながら、質問する。こいつは危険だ。アルティオスの本能が訴えかけていた。
「さあ」
『ロビン・フッド』は肩をすくめた。表情から、質問に答えるつもりがないことがうかがい知れた。
そして『ロビン・フッド』ことルカは、こちらに向かって歩き出す。悠然とした風情だ。
脅威の念を最大限に引き出されたアルティオスは、反応しようとした部下を手で制し、そばで倒れている春香という名の少女の腕を掴んだ。そして、強引に立ち上がらせる。
「そこで止まれ。さもなくば、この少女を殺す」
春香を羽交い絞めにし、首筋に自身の爪を突き付けた。春香を正面に立てているため、奴が攻撃を仕掛けたとしても、春香が盾になるだろう。
ルカは立ち止まった。整った双眼がこちらを凝視している。
やがて、彼は口を開いた。
「時間もないことですし、一つだけ質問をよろしいですか?」
相手の意図が読めないものの、アルティオスはかすかに頷き、肯定を示す。
ルカは質問した。
「複数いる人質の中から、春香ちゃんを選び出したのはどうしてですか?」
妙な質問だ。アルティオスは訝がる。この場で頓着する疑問ではないはずだ。
この少女は、友達の身代わりとして、自ら志願している。たったそれだけ。アルティオスが選んだわけではない。
だが、それを伝える理由もなかった。今は作戦遂行が先決である。
「……この少女を殺されたくなければ、投降しろ」
アルティオスは、再度同じ質問を行い、そのあと、少女を掴む手に力を込めた。少女が痛みで、小さなうめき声を上げる。
「春香ちゃん!」
ルカは焦ったように名を呼ぶ。いくら強者と言えど、この少女の身を案じていることは察することができた。
アルティオスは伝える。
「すでにお前の素顔もこのボディカメラに収めてある。我々がその気になれば、全世界にお前の正体を明かすことが可能だ。だから、お前は我々に従う以外、道はない――」
己の言葉が、『森の魔法』により閉鎖された空間に、虚しく響くのをアルティオスは冷静に聞いていた。
本当にそうか? と疑問が頭に渦巻く。肝心な部分が現在、暗闇に包まれているのだ。
確かめなければならないだろう。
「……その前に、いくつか聞きたい。お前は本当に『ロビン・フッド』なのか? そもそも、お前は色々妙だ。なぜ、お前の行使する『力』に魔法反応がない? お前は一体、何者だ? この少女を死なせたくなければ、洗いざらい全てを話せ」
アルティオスは、矢継ぎ早に質問を行う。
ルカは微かに口角を上げた。例の、特徴的な八重歯があらわになる。やはり、こいつが異世界の住人であることに、間違いはないのだ。
ルカは、アルティオスの疑問に答えた。
「察しの通り、僕は『ロビン・フッド』ではありません」
ルカの断言に、アルティオスは歯噛みする。やはり、こいつは別人だった。だが、様々な矛盾点が存在する。
「私はアレーナ・ディ・ヴェローナで一度、『ロビン・フッド』を見ている。その時の奴と、今のお前は同じだ。一体、どうなっている?」
ルカは、おどけたように肩をすくめた。そして、鋭い目を向けてくる。
「その理由をお見せしましょう」
ルカは、こちらに向かって、手の平を掲げた。